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作品名:『学園生活』  ミウの物語 作者:なおちー

第1回   1
「ミウちゃん。そろそろ起きないとお昼休み終わっちゃうよ?」

クラスメイトの声でミウは目を覚ました。
身体は鉛のように重く、真夜中に目覚めたかのように不快だ。

着なれない学生服の感触、天井には規則的に配置された蛍光灯。
ごおごおと、空調の音がする。窓の外は強烈な太陽光。
教室内はそれとは無関係に涼しくて快適だ。

「顔色悪いけど、家でちゃんと寝てるの?
 保健室に連れていこうか?」

「……いや、体調は悪くないから。ごめんね。心配かけて」

ミウの前に座るのはメガネをかけたおとなしそうな女子だった。
この世界ではミウの少ない友達の一人なのだ。

「おまえら、おっす。席に着け。授業はじめんぞ!!」

いかつい風貌の世界史の教師が入って来た。
筋肉質でどうみても体育教師に見える。

彼は語り口調が独特で面白く、どのクラスでも人気があった。

(ここは高校の教室なのね。私、また別の世界に飛んだんだ。
 あの鳥居をくぐったら別の世界に行くことはなんとなく
 想像していたけど、それにしても急展開過ぎるよ)

ミウが通っていた学校とは違う。そもそも彼女は一学年の時に退学したのだ。
ここは二年生の教室だった。黒板に書かれている日付は6月の下旬。
もうすぐ梅雨が明け、過酷な夏が始まろうとしていた。

「世界史の授業中にね、太盛君がミウのこと
 心配そうに見てたよ。気づかなかった?」

帰り支度をしていると、髪の長い女の子にそう告げられた。

「え? 太盛くん……太盛君って……だれ? 太盛……さま?」

「はぁ? あなた太盛君を忘れちゃったの?
 あの有名人の太盛君を? それってブリテンジョーク?」

「いや、冗談じゃなくて……」

その女の子が男子達の方を指すと、ミウのよく知っている男がいた。
間違いなく太盛である。ミウの知っている彼よりずっと若返っている。

夏服姿の高校生の太盛である。

長めの黒髪。童顔で女性的な顔立ち。
女装すれば似合うだろうと噂されていた。

成績優秀。落ち着いた性格でいわゆる優等生タイプ。
先生の推薦でクラス委員をしていた。壇上に立つと
ハキハキしゃべるリーダーシップのある人物だ。

(太盛様って、女子みたいな顔してたんだ……。
 すごくかわいくて草食系男子ってイメージね)

ミウはカバンにとりあえず教科書やノートを適当にしまい、
帰ろうかと思ったが、そもそも帰り道が分からない。

帰る家がどこにあるかすらわからないのだ。

「さっきからキョロキョロしてるけど、どうしたの?」

女子が不思議そうにミウを見ている。

まさか自分の家が分からないと言えるわけがない。
頭のおかしい人と思わること必至だ。

「高野さん」

と男子に呼ばれて振り返った。ミウの席は、廊下側の一番後ろの席。
ミウの後ろにいたのは件の太盛だった。彼女の本名は高野ミウという。

「午後の授業から具合が悪そうだったけど、大丈夫?」

「え、ええっと、いえ。だ、だだ……大丈夫ですよぉ」

「大丈夫なようには見えないな。
 話し方とか普通じゃないよ。熱でもあるんじゃないか?」

「私もそう思って心配してたのよね。
 この子、さっきから言ってることがおかしくて、
 家まで1人で帰れるのかしら」

髪の長い子がケラケラ笑うと、太盛が不快そうな顔をした。
女子は彼の雰囲気を察してすぐに笑みを消した。

「太盛君」 と、太盛に声をかける女がいた。

「部活に遅れるといけないわ。早く行きましょう」

小鳥がさえずるような高いトーン。
ゆったりとしていて優雅だが、威圧的に
話す人物は、間違いなくエリカだった。

エリカも夏のYシャツ姿だ。ベージュのサマーセーターに
紺色のスカートと、どこにでもいそうな学生の姿。

屋敷時代も年齢を感じさせないほどの美女だったが、
10代のエリカは肌がきれいで美しさの次元が違った。

「でもね橘(たちばな)さん。俺は一応クラス委員だし、
 高野さんの様子がおかしいからほおって
 おくわけにはいかないよ」

「うふふ。エリカって呼んでいいのに。
 女の子には女の子の悩みがあるものだから、
 関わりすぎるのも良くないと思うけど」

エリカは視線だけを髪の長い子に向けた。

「そこのあなた」

「は、はい?」

「高野さんを保健室に連れて行ってほしいのだけど。
 もし病気だとしたら素人の私たちより
 保健の先生に見せるのがベストだと思わない?」

なんで私が、と嫌そうな顔をしたらエリカに見透かされた。

「あら、ごめんなさい。こんなこと急に頼まれても迷惑だったわよね。
 やっぱり私が」

「と、とんでもない。私暇ですから! それじゃあ、行ってきまーす」

またこんなカースト制度みたいなことを、と太盛が小さく溜息を吐いた。

エリカはお嬢様で成績も抜群で、クラス内の女子の中で一番高い地位にいた。
外国風の美人であり、知的な話し方からクレオパトラと陰で噂されるほどで、
太盛の近くにいたいからという理由だけでクラス委員にも立候補していた。

「太盛くぅん。今日も一緒に部室に行きましょうか」

ぴったりと太盛の近くに寄り添い、まるで夫婦のように廊下を歩くのだった。
太盛はもう慣れたもので、特に感じることは何もない。しかしエリカにとっては
放課後の校内を彼と歩くことは一種の儀式になっていた。

エリカは大胆が過ぎるのである。普通なら校内で悪いうわさが広がるものだが、
誰しもエリカに逆らうのが怖くて見て見ぬふりをした。
上級生たちからも何も言われないのだから、相当なものである。

ここは美術部の部室だ。絵具の独特の匂いがする。
エリカは自分の席に座ってイーゼルにキャンバスを置く。

なかなかデッサンを始めようとせず、ペットボトルの紅茶を飲んでいた。

「暑くなってきたわね。エアコンがないとこの時期は辛いわよね」

「そ、そうですね。ほんとじめじめして嫌な季節ですこと」

隣の席の一年生の女子が恐縮して話す。

「でもね、ここのエアコンは少し効きすぎなのではないかしら?」

「あ、寒かったすか? ちょっと下げてきますね」

気を利かせた男子がエアコンのリモコンを操作した。

この美術部は特殊な部活であり、なんと三年生が一人もいなかった。
少し前までいたのだが、エリカと喧嘩してみんな辞めてしまった。
三年生の先輩はみんな女子だった。

部員はほとんどが女子で、男子は三人しかいない。
二年の太盛の他には一年生の男子が二人。二年生はエリカを初め女子のみ。

先輩たちが喧嘩した理由は単純で、エリカの態度がでかすぎること。
常に太盛とイチャイチャしているのがうざかったことだ。

しかもエリカは吹奏楽部から転部してきた身なのに、
女王のように振舞うものだから先輩たちの怒りを買った。

転部の理由は単純。太盛と同じ部活に入りたかったからだ。


「最近パステル画に興味があるのよね。
 油絵よりさっぱりしていて楽しそうじゃない?」

「はい。いいですよね、パステル」

「私ね、部活は音楽ばっかりだったから、美術には詳しくないのよ。
 良かったら教えてくださらない?」

「わ、私でよろしければ」

部室内ではエリカが文字通り女王様。後輩部員はもちろん、
同級生の部員も彼女の機嫌を損ねないように神経を使って過ごしていた。

ちょっとトイレに。そう言って太盛が席を立った。

行き先は保健室だ。エリカにばれたら嫌味を言われそうだが、
部活中なら大丈夫だろうと急ぎ足で向かった。

「高野さんはまだ寝ていますか?」

「ずっと起きていますよ」

中年の保健の先生がそう答える。
丸みを帯びた体でガマカエルのような
顔をしているが、生徒思いの先生だと評判だ。

「私ね、もうすぐ会合に出ないといけないのよ。
 月一の会議があってね。堀君。よかったら高野さんの
 そばにいてあげてよ」

「分かりました。僕はクラス委員ですから、
 よろこんで引き受けますよ」

ありがとー、と先生はフランクに言い、さっさと廊下に消えてしまった。

「せ、太盛様……」

仕切られていたベッドのカーテンを自ら空けたミウ。
こんな形で彼と再会できるとは思っていなかった。
驚きと緊張でどんな顔をしていいのか分からない。

「さま?」

太盛が疑問に思ったのはそこだった。

「なんで様なんだ?」

「いや、クセで」

「いやいや。そんな王族じゃあるまいし。
 クラスメイトを偉い人みたいに扱わないでよ。
 俺は橘エリカみたいに威張ってるつもりは
 なかったんだけどな」

「あ、そういうつもりじゃなくて」

「いいよ。気にしてないから」

といって太盛は笑った。

「でもさ。高野さん、なんか変だよ」

「そうかな……?」

「うん。カンで分かるんだ。なんか君、別人みたいだよ」

「そんなに私のこと、見ててくれたの?」

「君だけじゃなくて、クラスの人のことはみんな心配してるつもりだよ」

それはクラス委員だからって意味ね、とミウは少し落胆した。

「ちょっと心が不安定なの」

「……クラスの女子に嫌がらせとかされたとか」

「そういうのとは違うの。全然違う。問題はもっと別のことなの」

「あっ、ごめん。男の俺があんまり聞かないほうがいい話題だったか」

「いいの。聞いてほしいの。ただ、本当のことを話したら、
 なんて思われるか心配で」

「いったいどんな話? まさか実は二重人格で
 今は別の人格が出てるとか、じゃないよな」

「それに近い……。実はね」

「うん」

「帰り道が分からなくて困ってるの」

太盛は本気でミウの頭の心配をしてしまった。

英国からきた帰国子女なのは聞いていたら、ジョークの一種だと
笑い飛ばしたかったが、ミウは真剣に悩んでいるようだった。

太盛は困っている人をほおっておけない性格だった。

「嘘ついてるわけじゃなさそうだね。
 言っちゃ悪いけど、病院で見てもらったほうが……」

別の世界から来たことなど説明しようがない。
太盛は本気でミウの心配をしてくれてるのが分かるから、
余計に辛い。

ミウは耐え切れず泣き出してしまった。

「ご、ごめん。泣かせるつもりはなかったんだっ!!」

おろおろし、あたりを見渡す太盛。
はたから見たら太盛が女の子を泣かせているように見えるだろう。
事実そうなのだが、別にいじめたわけではない。


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