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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第5回   彼女の名はエリカ。太盛の奥さんである
「反抗期の子供を持つ親って、こんな気持ちなのかしら」



エリカは寝不足だった。
昨夜は2時過ぎまでPCとテレビで情報収集をしていたのだ。

カーテンの隙間から陽光が漏れている。
窓を開けて青空を見上げた。太陽は天頂付近まで昇っている。

「信じられない。もう11時過ぎなの。
こんなに寝てしまうとは私も緊張感が足りないわね」

エリカはベッドの横に用意された着替えを手に取る。
身支度を整えてから大食堂へ向かった。

厨房では男性の料理人が楽しそうにパスタをゆでている。
黒髪のオールバックで顔立ちは整っている。
一見すると陽気なイタリア人のような外見だ。
若作りだが年は44になる。

「おはよう。後藤。起きるのが遅くなったわね」

「おはようございます。奥様」

深々とお辞儀する後藤。料理中と違い、顔がこわばっていた。
エリカは紅茶を食堂まで運ぶよう命じた。

「ごくろうさま。
 娘たちは学校に行ったのかしら?」

「あいにく本日は休校になったようです。
 先日のモンゴリアへのミサイル発射の件で
 日本政府が非常事態宣言をだしたようです」

「あらそう。で、あれはどこの国が撃ったの?
 やっぱり北朝鮮なのかしら?」

「北朝鮮のミサイル基地を衛生上から調べたところ、
 その可能性はないようです。北朝鮮外務省も全力で
 容疑を否定しております」

「本当かしらね。とぼけてるだけではなくて?」

「……おそらく嘘ではないでしょう。
 北朝鮮がモンゴルを攻撃する理由が考えられませんから」

「他の国の可能性はないの? 
 パキスタンとかインド、あるいはロシアとか」

「現在までの情報ですと、発射した国が特定できないようです。
 また、国連の常任理事国も関与を否定しております」

「なによそれ?
 実際にミサイルは撃たれたのよ?
 1日たっても原因が分からないの?
 まさかあのミサイルが宇宙から降って来たって言わないわよね?」

「それに関しましては……。米国の一部の報道機関は
  宇宙人の侵略説を唱えていますが」

「バカらしいわね。これだからマスコミは好きになれないのよ。
 そこまでして新聞を売りたいのかしら」

飲み終えたティーカップを置くエリカ。

目をきつく閉じ、深呼吸した。
着物を着こなし、背筋を伸ばして座っている姿は
令嬢そのものだ。

肩の上で切りそろえられたショートカットの黒髪。切れ長の瞳。
つやのある美しい肌は、母親としての貫禄がでてからも
全く衰えることがない。20代半ばと称しても通用するほどだ。
太盛と同い年で33歳である。

黙って座っているエリカは気品に満ち溢れており、
見慣れた後藤でさえ見とれてしまいそうなほどだった。

若いメイドがエリカに近づいた。

「奥様。そろそろ昼食の時間でございます」

「分かったわ。娘たちを食堂へ連れてきなさい」

「かしこまりました」

ミウと呼ばれた若いメイドがお辞儀をしてから退室した。

年齢は17歳。屋敷の住人では比較的エリカの娘たちに
年が近くてしたわれていた。
明るく活発的な性格でユーリとは対照的だった。

身長は152センチ。エリカより10センチ低い。

ミウは頭の上のカチューシャが良く似合っている。
濃い目の茶髪のロングヘアー。夏は両サイドで
髪をまとめる、いわゆるツインテールヘアにしいてる。

「お母さま。おはようございます」

双子の娘が大きな二枚扉を開けて食堂へ入って来た。
娘たちはおとなしくテーブルに座り、食事が来るのを待っている。
まるでホテルで食事をする子供たちのようだ。

「お父様のこと、心配ですね」

と遠慮気味にカリンが言う。
双子の妹でメガネをかけているのが特徴だ。

「そうねぇ。あの方にメールを送っても返信がないのよ。
  どうしたものかしらね」

ミウが厨房から出て来ると、遅れて後藤もやって来た。

テーブルの上にイタリアンな食事が並んでいく。

後藤は不機嫌なエリカに気を使って白ワインと
チーズとサラダを用意した。

子供たちにはパスタと肉料理を中心に並べていく。

エリカがいただきますと言うと、子供たちも復唱した。
前菜から手を付けて粛々と食事をしていた。

母が不機嫌なので子供たちが委縮していた。
だからといって黙っているのも良くない。
エリカが無言だと空気が悪くなる一方だ。

レナが意を決して口を開いた。

「あの、メールがダメなら電話で
 お父様とお話することはできませんか?」

彼女は双子の姉でくせのないロングヘアーが特徴だ。
右目の下に泣きぼくろがある。

「電話は何度もしているけど、出る気がないようね。
 何コール鳴らしても絶対に出ないの。
 たまに強引に電源を切られることもあるわ」

白ワインのグラスがあっという間に空になった。
ミウがお代わりをつぐ。

エリカはまたグラスを口につける。
つまみは少しも減っていない。

ワインというよりビールの飲み方だった。
エリカが冷静さを失っていることがうかがえた。

「ミウ」

「は、はい。奥様」

「あなたはどう思う?」

「と、申されますと?」

「太盛様と連絡を取る方法よ。良い案があったら
 遠慮なく言ってちょうだい。さあ早く」

即答しなければフォークを
投げつけられそうな雰囲気だった。

エリカは声を荒げたわけではないのだが、妙な迫力がある。
ワインを早飲みしたため目がすわっていた。

「ええと、そうですね。
 レナ様とカリン様がメールを送ればよろしいかと。
 太盛様は子煩悩な方ですから」

聞きようによっては、夫にとって
妻より子供が大切なのだと解釈することも出来る。
エリカは酔っていたのでこの失言を見逃した。

「悪くないわね。なら、そうしなさい」

と言って双子を急かした。これは命令である。
ちなみにエリカの許可なく父に連絡を取ることは
許されていない。

太盛の携帯は基本的にエリカ専用なのである。

カリンとレナはお互い目配せしあい、同時にスマホを操作した。

数分後、カリンが顔を上げた。

「返事がきました」

「あら、意外に早かったのね」

「その、お母さま。実は」

「なに?」

「返事はマリンからです。実はレナがお父様に、
 私はマリンへ送っていました」

「あらあの娘、まだ生きていたのね」

まるで他人事の物言いにミウと後藤はぞっとした。
マリンは双子の一つ下で9歳である。

小学3年の末娘が家出した時も母は全く取り乱さなかった。
むしろ、邪魔ものが消えてせいせいしたという風だった。
お腹を痛めて生んだ子に対する態度とは思えない。

「で、あの子はなんと?」

「も、申し上げてもよろしいのでしょうか?
 お母さまを怒らせそうな内容なのですが」 

「どんな内容でも構わないわ。
 そのまま読み上げなさい」

「お父様とモンゴルで平和に暮らしているそうです。
 母様が送って来たプレゼントは全て撃退したと……。
 二度とくだらない贈り物を寄こさないで下さい……」

エリカがカリンにスマホを渡しなさいと言い、
全文に目を通した。みるみるうちに
エリカの目が凶悪に細められ、食堂全体の空気が張り詰めた。

『年増の嫉妬ババアによろしく、エリカは結婚に向いていない異常者』
『私の服に発信機をつけて位置を特定したのはお見事。さすが陰険女』
『エリカよりユーリの方が美人だとお父様がよく言っていた』

などと、とても小学生の娘が母に送る内容とは思えない
罵詈雑言が並べられていた。

「なんて反抗的な娘なのかしら」

エリカは飲みかけのワイングラスを床へ投げた。
小さな音を立ててグラスが転がり、床に染みを作る。

ミウは3秒ほど動きが止まっていたが、すぐに掃除を始めた。
娘たちは食事がのどを通らないくらいストレスを感じていた。

「うふふふ。マリンったら、どんどん知恵をつけていくのね。
 メールの語感がすっごく豊富。私に似て出来がいいのよね。
 その能力を別のことに生かせばいいのに」

エリカはコップの水を飲み干した。

「ところでレナ」

「はい」

「あなたのほうはどうなの?
太盛様から連絡はあったかしら」

「あ、ありました」

「なんて?」

「心配するなと」

「他には?」

「なにもありません。これしか書かれていませんでした」

「シンプルね。まあ生きているならそれで十分よ」

エリカはテーブルナプキンを置いて席を立ち、
休校中は自主学習をしておきなさいと
娘たちに言い残して去っていた。

彼女は自室に侍従の鈴原を呼び、太盛確保の作戦を練るのだった。

たとえモンゴルが原因不明の攻撃を受けても関係ない。
夫への執着が消えることはないのだ。

レナとカリンは、ミウからこっそりと聞かされていた。

屋敷の地下に夫を監禁するための収容所があることを。
過去に粗相をした使用人たちも収容されたことがあると。

彼女らが自室に戻ってテレビをつけると、防衛大臣と官房長官の
インタビューが行われていた。次にウランバトル市の被害状況。

日本のメディアは連日モンゴルの弾道ミサイルの報道でもちきりだった。


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