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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第4回   4
だいぶ首都から離れた。

ここは大草原の廃村だ。

遊牧民たちはとうに別の場所へ消えてしまったのか、
家畜小屋と、長屋が残されている。
放置された家畜の死体があり、野犬が襲ってこないか心配になった。

モンゴルでは都市部での生活を好んで
移住する人が増えている。近年は異常気象が続いており、
真冬の寒さがマイナス40度に達することもある。

寒い日が続くと家畜が小屋に
入ったまま凍死するので食べる手段がないのだ。

「追手はこなそうだな」

「そのようですね」

太盛がペグを打とうにも暗くて足元がよく見えない。
ユーリが手持ちのLEDライトで太盛の地面を照らしている。

マリンはそれが気に入らなくて何度も舌打ちしていた。
夫を手伝う妻のようにふるまうユーリがめざわりだったのだ。

家畜小屋の近くにワンポールテントを立てた。
風上は建物が防いでくれるようにした。

馬は家畜小屋に入れた。

テントの天井付近にランタンをつけると心地よい明かりになる。
中にラグを敷き、その上にエアベッドを2つ並べる。

エアベッドは町で買った本格仕様だ。
電動ポンプで空気が注入される。

ユーリは独りで体を横たえる。太盛はマリンと一緒に寝た。
ジャケットを着たまま、真冬用の寝袋にくるまるユーリ。
寒さで震えている。寝袋を2重にすると少しマシになった。

吹き続ける風がテントのポールをギシギシと揺らす。
隙間風がわずかにテント内に入ると、すごい寒さだった。

それでも外よりは確実にましだ。
太盛は寝袋を大きく広げて布団代わりにした。
マリンとくっついて寝る。

マリンが必要以上に体を密着させて来るのが気になったが、
おかげで体温を交換できて暖かい。
マリンは体温が高いのでホッカイロのようだった。

3人は朝の5時まで寝た。
寒さで何度も目が覚めたので、安眠には程遠かった。

またしてもモンゴルの夜明けを迎える。
地平線のかなたから浮かんでくる太陽は
冗談のように美しく、幻想的だった。

そんな時だった。

空から飛行機のようなものが降って来た。

それは太盛達の頭上を通り越して町の方へ落下した。

数秒遅れで突風が彼らを襲う。

「うおおおっ」

風圧で太盛達が飛ばされそうになった。
太盛の帽子が遠くまで飛ばされてしまう。
古い長屋や家畜小屋は屋根が少しもっていかれた。

ユーリとマリンは同時に尻もちをつく。

マリンと肩がぶつかってしまい、ユーリが謝る。

マリンはバックパックから双眼鏡を取り出して
ウランバトルの方角を見た。
バトル市内は炎が燃え盛っていた。黒煙が空を覆っている。

「おい、みんな、大丈夫か!?」

マリンは平然としていたため、
太盛がユーリの肩を荒々しく揺さぶる。

ユーリは言葉を発しなかった。
白い肌はますます色素を失って死人のようになっている。

太盛はユーリが正気を取り戻すまで何度も大声をあげた。
のどが枯れるまで怒鳴り続けている一方、

「お父様」

スマホを持つマリンの声は冷静だ。

「モンゴルに弾道ミサイルが発射されたようです」

太盛は顔色を失った。

「モンゴル政府と国連安保理は北朝鮮か中国の可能性が高いと
 指摘しています。発射国を特定次第、米国が軍事介入をするそうです」

太盛が一番驚愕しているのは、
幼い娘がたんたんと報道の専門用語を話していることだ。

確かに、小学校に入学してからマリンは異常に
勉強熱心になった。学校の成績も群を抜いて飛び級だ。

しかしである。

プロの女性アナウンサーのレベルでニュース用語を
はきはきとしゃべる娘は賢(さか)しいのを通り越して怖い。

「うあわあ…」

ユーリがいきなり号泣した。
冷静沈着で感情を表に出さないユーリがここまで
取り乱すのを、愛人の太盛さえ初めて見た。

太盛がマリンをちらりと見ると、ユーリのことを全く
気にしていないので少し腹が立ったが、今はユーリが先だ。

「お、おい。どうしたんだよ?」

ユーリは顔を両手で覆ったまま動かない。
太盛が困り果ててマリンを見るが、まだスマホをいじっている。

無神経さにまた腹が立った。

ユーリは「もう死にたい」と繰り返しつぶやいていた。

なぜだと太盛が聞くと、戦争が始まったからだと言う。

「まさか。モンゴル軍が軍事演習をしていたんだろう」

「ウランバトルが燃えているのが分からないの?
 双眼鏡でちゃんと見てよ。どう見ても軍事攻撃じゃない」

「まだ分からないじゃないか。きっと間違えて発射して」

「間違えで済む問題じゃないわ。
 ミサイルが降って来たのよ!? これは戦争よ!?
 すぐに敵国の軍隊がこの国に入ってくるんだわ!!」

「まだ戦争と決まったわけじゃないだろ!!
 きっと北朝鮮がミサイルを間違えて発射して……」

「どっちにしろ!!」

ユーリの声が張り詰めた。

「私たちはどこに帰ればいいのよ!?
 ウランバトルの宿がないとずっとテント生活を
 続けないといけないのよ!? 日本メーカーのしょぼいテントと、
 わずかな食料だけでどうやって生きていくの!?
 ちゃんと現実を考えてよ!!」

「考えてるよ、俺だって!! 
 ただ君が急に泣き出すからなぐさめようと思って!!」

しばらく無意味な口論を続けていた。

マリンは携帯用アンテナにスマホを近づけつつ、
しっかりと情報収集をしていた。

「お父様。お話の最中に失礼しますが」

「な、なんだい?」

「衛星からの情報でも弾道ミサイルをどの国が
 発射したか分からないそうです。
 アメリカ国防省の発表では、中国と北朝鮮のミサイル基地に
 まったく動きはなく、発射した形跡も見られないそうです」

マリンはスマホのニュース記事を読み上げている。
マリンの冷静な口調がユーリをますます絶望させた。

「今度はジェット戦闘機みたいのが空を飛んでいるぞ!!」

太盛が言うと、マリン達も双眼鏡で空を見上げる。

2機の軍用飛行機がコンビを組んで空を行きかっていた。
ジェット気流が空に描かれていく。

「あの飛行機、ロシア国籍のマークだわ」

「ユーリは分かるのか?」

「東日本の震災の時も、あれが飛んで日本列島を縦断したのよ。
 ロシア大統領が日本の被害状況を偵察するよう命令したの」

飛行機は轟音と飛行機雲を残し、
あっという間にいなくなってしまった。

太盛達は状況を冷静に考えることにした。

首都の火災は収まりそうにない。
発射されたのはICBMが一発。凄まじい破壊力だったようだ。
幸いなことに核は使用されていない。

完全な奇襲であった。
バトル市内でどれだけ死者が出たか想像もつかない。

ユーリがスマホで近い町を探した。

観光地として有名なブルドにはキャンプ地がある。
そこは砂漠地帯で、首都の南西280キロの位置にある。

ツェルヘル村温泉と言う場所があった。
天然温泉で有名な地だ。
残念なことに首都から480キロ離れていた。

日本に中国経由で帰るとすれば、国境沿いの街
ザミーウーデまで鉄道で行く手段もあるが、
あいにくモンゴル国内が
戦争状態では列車の旅などできるわけがない。

ちなみに、太盛達の現在の移動手段は馬を連れての徒歩である。

テントなどの家財道具を満載させているため、
馬なしでの行動はありえない。

10倍の倍率の双眼鏡で草原を見渡す。
燃え盛る首都。北には雄大な山々。
無限の地平線が広がっていた。

蒙古の地において太盛達は外国人であり、
日本の文明社会で生まれ育った若者たちである。

ここモンゴルの草原や砂漠では、もちろんトイレも水もない。
トイレは大自然の中で済ませる。持ち運んでいる
水のボトル(16リットル)がなくなれば飲み物はない。

井戸がどこにあるかなど、異邦人の彼らに分かるわけもない。
あるのかどうかすら分からない。

ユーリは絶望しつくし、調理用ナイフで首を
切ってしまおうかと思った。

「まだ希望はあるわ。ユーリ」

マリンがスマホを片手に続ける。

「テレルジ国立公園とう観光地は保養所も兼ねているわ。
 ここからなら50キロと離れていないみたい。
 方角さえ間違わなければ行けるはずよ」

「ほ、ほんとうかマリン?」

「はいお父様。地図をご覧になって。ここは有料道路沿いに
 行くと、少し遠回りですが70キロの距離にあるようです」

「70キロか。迷わずに行くなら道路沿いのほうが確実だね。
 地図アプリを頼りに進んだところで、草原と岩しかないから
 すぐに方向を見失いそうだ」

「私も道路沿いのほうがよろしいかと。
 頑張って一日20キロくらい
 歩けば、三日くらいで着くと思います」

「食料がもつか心配だが、やるしかないのか。
 ここまできたら、なんとしても次の街まで行くしかない」

また空から轟音が鳴る。戦闘機が空を飛んでいたのだ。
エンジン音が違う。先ほどのロシア製ではなさそうだった。
もうどこの国の飛行機だろうと彼らには関係なかった。

青天の今のうちに少しでも歩き始めなければならない。
馬と3人の男女は、のろのろと足を進めた。
せまる気持ちはあるが、速足だと体がもたなくなる。

頬をやさしくなでる九月の風は、あまりにも乾ききっていた。
ユーリが目元をぬぐうまでもなく涙が渇いていた。

太盛は怒鳴りすぎて口が渇いていたが、
貴重な水を飲むわけにはいかない。
馬に背負わせた給水タンクが彼らの持つ水のすべてだった。

帽子を深くかぶり、歯を食いしばって歩きを始めた。

そんな太盛のラインが鳴る。
エリカからのメールが届いた。

『太盛様。モンゴルに弾道ミサイルが降って来たそうですね。
 大変ですわね? 生きていたら返事を下さいな』

まるで挑発するかのようなメールに、太盛は腹が立って
携帯をたたき割ろうと振りかぶると、ユーリが慌てて止めた。

また着信が鳴る。

ユーリが代わりに読むと腰を抜かした。
なんと太盛の父、すなわち党首からのメールだった。

『貴様が外蒙古に逃亡していることはエリカ君から聞いている。
 バカ者が。愚か者のおまえに説教することはたくさんあるが、
 まずは生きて日本へ帰ってくるがいい。
 もし死んだら地獄で愛人と仲良く暮らすことだ』

ユーリが文章を読み上げると、太盛が血の気が引いてしまい
気絶しそうになった。それでも歩みを止めるわけにはいかない。

ユーリに寄り添われ、道路沿いを進んだ
横に並ぶマリンだけが、表情一つ変えずに歩を進めた。

空は青く、世界の果てまで続いているかのようだった。


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