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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第3回   妻の放った刺客の襲撃
「太盛様。ここにいたらやられる可能性が高いです」

「深刻だな。だが、どこに逃げればいいのかもわからない」

「いっそ当局にでも」

「当局?」

「モンゴルの警察です。この国の行政がいまいちわかりませんが、
 どこかに民間人を保護する施設はあるのではないですか。
 事情を話して保護してもらえばよろしいかと」

「なるほど。さすがユーリだ」

中央通りに立派な警察署があった。
外観は日本の警察署と変わらない。
中年の警官が門の前に立っている。

ユーリが英語で話しかけるが、モンゴル人の警察には通じない。
逆に向こうが中国語で返してきたので、ユーリは片言で応じていた。

「にぃしぃ ぶぅじぃ じゅんごぉレン?」

「ブゥシぃ ヲォメン シァン チュィ  レンゴウ」

ユーリは15分ほど警官と話していた。
太盛とマリンは中国語が全く分からないので黙って見ていた。
太盛ら一行でモンゴル語が分かる者はいない。
相手側も日本語が分からないから、会話は必然的に第三言語になるのだ。

ユーリはくわしい話をするのに語感が足りていなかった。
スマホの翻訳アプリを有効に使い、
日本の追手から逃げていることを告げた。

モンゴルの警官は鼻からそんなドラマのような話を信じておらず、
ユーリをナンパし始めた。日本人の女性はどこの国に行っても
男に口説かれやすいといわれる。

長身で容姿の整ったユーリはなおさらだ。芯の強い瞳。
東北人特有の透き通った白い肌。長い茶色の髪をカールさせている。

せめて自分にモンゴルの言葉が理解できればとマリンは思った。

マリンは分からないことがあるのが気に入らない性格だった。
国内から持ってきたポケットサイズのモンゴル語辞書を握りしめた。

ユーリは警官をにらんだ後、きっぱり話を止めて太盛に振り返った。

「だめでした。事情を話したのですが、そんな面白いジョークを
 どこの国で習ったんだい、お嬢さんと言われました」

太盛達は諦めて宿舎に戻ることにした。太盛が宿の管理人に
夜は侵入者に気を付けるように伝えたら、生返事を返されて腹が立った。

仕方ないので最低限の装備で敵を待ち構えることにした。
ちなみにこの世界ではどの国の人も軍事訓練を受けている。
武器はどこからでも簡単に調達できる。

自分の身は自分で守る。国家や法に過度な期待をしないことを
国連が定めていた。もちろん銃刀法違反はどこの国にも存在しない。
とんでもない世界である。

深夜になる。

風の音はほとんどしない。町を通る人もいない。

ガラスが割れたような小さな音がしたな、と思うと
ずしりと重みのある音がした。

(侵入者か!?)

太盛はベッドから飛び起きる。ユーリは部屋の隅で待機していた。
マリンも太盛に続いて起きた。時計を確認すると深夜の2時半。

宿は静まり返っているが、トントントンと押し殺したような足音。
賊が、確実に階段を登っていた。

「やりますか、太盛様?」

太盛はユーリに無言でうなずく。
ユーリ階段に爆薬を仕掛けていたのだ。

ドイツ製の地雷である。
階段の手すりの裏に設置した。
地雷は布で偽装されていた。

伸びた線(有線)は太盛達のいる二階の部屋に続いており、
起爆装置はユーリが握っていた。
両手で押し込むタイプのスイッチである。

足音が、部屋の前まで近づこうとしていた。

ユーリがスイッチを押して起爆する。

乾いた爆発音がして煙が宿内を埋め尽くした。
さく裂した破片と散らばった木片、そして人のうめき声が聞こえた。

太盛が扉を開けると、黒ずくめの男三人が血を流しながら倒れていた。
男たちはまだ息がある。腕が吹き飛んでおり、内臓をまき散らしている。
地獄絵図だった。

男たちは忍者のコスプレをしていた。
手にしていたであろう銃が床に散らばっていたので太盛が拾う。

太盛は男たちの頭に銃弾をたたき込みたかったが、
敵を目前にして気が動転してしまう。
仕方ないので銃の裏で男たちの頭を叩いて気絶させた。

廊下には、客たちが集まって騒然としている。
深夜の静けさはもうここにはなかった。
破壊した階段の下から、管理人の怒鳴り声が聞こえる。

まもなく警察や消防などが駆けつけるだろう。

「外にも刺客がいますわ!!」

マリンの悲鳴に近い叫び。

また、忍者たちだった。外からはしごをかけ、
2階の窓へ殺到しようとしている。その数は5人。

マリンは電気ポットのふたを開け、窓から熱湯をぶちまけた。

頭から熱湯をかぶった男たちの悲鳴が聞こえ、はしごが崩れ落ちた。

「マリン、下がっていなさい。いくぞ、ユーリ」

「はい。せーのっ」

太盛とユーリは同時に手りゅう弾のピンを抜いて窓の外へ投げた。
3人は窓際に身を縮めて爆発を待った。

手りゅう弾がさく裂し、土が空高く盛り返される。
深夜の闇を煙が覆った。

マリンがLEDライトで地上を照らすと、男たちは4人が倒れていた。
血だらけで伏せている者、痛みでうめいている者など様々だ。

生き残った1人が町の外へ逃げていく様子が確認された。


「くそっ、全滅させられなかったか」

「太盛様。これ以上ここにいると危険です。
 宿を出ましょう」

隣の部屋は無人だった。
一行はその部屋の窓から飛び降りた。
地面にクッション代わりに大量の布団を
置いたので、奇跡的に怪我はなかった。

預り所から馬を連れて草原へ戻る。

首都から30分も歩けば大草原になる。
深夜の草原は虫の鳴き声が聞こえるのかと思いきや、
不気味なくらい静かだった。

夜は冷える。寝不足の体に夜風はこたえた。

少しでも町から離れなければ、また刺客に襲われるかもしれない。
太盛とユーリはマリンの体調を心配しながら歩いた。
馬1頭と人間が3人。三日月が彼ら一行の影を作っている。

「マリン、疲れるだろうけど、もう少し先まで歩こうね」

「私なら平気ですわ。これでも鍛えているほうですから」

彼女は厚手の蒙古コート、ニット帽、ネックウォーマーを
着こんでいる。マリンの強さは異常だった。

普通、9歳の女の子が命を狙われた直後で冷静でいられるわけがない。
まるで、常に死が隣り合わせの生活をしていたかの如く。

太盛とエリカの家は東京都の多摩市にある豪邸だ。
極めて治安のよい文明社会の中で生きていたはずなのに、
どうやったらここまで強くなれるのか謎だった。

「あの憎い母のことですから、これから
 何をしてきてもおかしくはありませんわ」

「そうか。マリンが強い子に育ってパパはうれしいよ」

「あんな家。二度と帰る必要はありませんわ」

「もしかしてエリカと喧嘩した?」

「ええ。しましたわ。お父様がいなくなってから何度も」

太盛の胸がちくりと痛んだ。

娘たちを巻き込みたくないから。
そんな勝手な理由で家を飛び出した。

姉のレナとカリンならともかく、
エリカの血をよく引き継いだ強かなマリンはそれで
納得できるわけもなく、単身でモンゴルまで来てしまったのだ。

強い風が吹いた。
ユーリは毛皮のコートできつく身を覆いながら震えていた。

「ところでマリン様は、どのようにして
 モンゴルまで来られたのですか?」

「普通に飛行機で来たわ」

「まさかおひとりで?」

「そうだけど?」

またしても天と地がひっくり返るほどの衝撃を受けた。
ユーリは驚きのあまり手綱さえ手放してしまったが、
馬は逃げずにそこにいた。

「マリン。少し整理させてくれないか?
 パパがモンゴルに来るのは誰にも
 話してないはずだけど、よく分かったね?」

「そうでしょうか。前々からお父様とユーリが
 怪しい動きを見せているのには気づいていましたわ」

あの憎きエリカに似た娘だとは思ってはいた。
顔は父親似だが、物事の考え方は母親にそっくりだ。
とにかく言いようのない危険性が秘められていた。

ぷっくらした頬。健康そうな肌の色。
父に似てくりっとした瞳がよく動く。
表向きは美しい顔立ちの少女。

その内面は、腹黒い政治家のようで実にしたたかだった。

どうやってモンゴル行きを知ったか、聞く気にはなれなかった。

「ところで、ユーリ」

「は、はいマリン様」

マリンに鋭い目で見られたユーリはいすまいを正した。

「あなた、私のお父様とモンゴルで過ごしていたようね。
 昨日はずっと二人きりだったのでしょう? 
 それはさぞ楽しかったのでしょうね」

ユーリは何も答えられなかった。
使用人という立場上、マリンの目を怖くて見ることができず、
ただおびえている。

「あなたはお父様にとっての使用人でしょう?
 まさか、お父様と愛の逃避行をするつもりでモンゴリアまで
 来たわけではないのでしょう?」

「そ、そのようなことは……」

「なら、私が父の隣を歩くから、あなたは後ろから馬を引いて
 着いてきなさい。私たちの世話をするのがあなたの仕事よ」

厳しい口調のマリンは、エリカにそっくりだった。
全身から発せられる威圧感。とげのある口調。
中世欧州のような階級社会を感じさせる。

太盛は小姑のような娘に鳥肌が立った。
ユーリが気の毒なので口を挟む。

「マリン、言いすぎだぞ」

マリンが意外そうな顔で父を見た。

「ユーリは家族の一員だって昔から言っているじゃないか。
 使用人とかじゃあなくてさ、3人で仲良く並んで歩こうよ」

「お父様はユーリのことをかばうのですね。
 ユーリのことを愛しているのですわ。浮気ですわ。浮気」

「そういう言い方をするのはよしなさい」

「私がここにいるとお邪魔ですか?」

「そんなことはない。パパはマリンと再会できた時、
 うれしくて泣きそうになったくらいだ。 
パパはね、ユーリのことと同じくらいマリンのことも好きだよ?」

「ふん、そんなこと言われたって誤魔化されませんわ」

唇をとがらせてふてくされるマリン。
ユーリに厳しいふるまいをした原因は嫉妬だった。
マリンもエリカほどではないにしても独占欲が強い。


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