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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第23回   C ミウは鈴原からICレコーダーを渡された
「鈴原が帰って来たよ!!」

レナの元気な声に一同はリビングに勢ぞろいし、
鈴原の言葉に耳を傾けた。

「お嬢様方、大変ご無沙汰しておりました」
 ミウも後藤も変わりはなさそうだな。
 話したいことがいろいろあるのですが、
 まずは手紙の件から始めましょう」

鈴原は息を大きく吸い、ゆっくりと語った。

「ご党首はミウを解雇するつもりはない。その理由もない。
 なぜそんなことを気にするのか不思議に思っておられたぞ。
 これからも使用人として働いてほしいと思っているそうだ」

「本当!? 私はここにいていいのね?」

「無論だ。あの方はミウをお嬢様たち姉妹の延長と
 考えてらっしゃる。つまりミウを入れて4人姉妹と
 いうわけだ。もったいないお言葉だな」

「うれしいけど、なんだか不思議な気分」

「後藤に関しても同様だ。
 日々まじめに働いていることを高く評価されていた。
 エリカ奥様から後藤の評判をよく聞かされていたようだ」

「ほう。奥様からもお褒めの言葉を頂けるとは。
 私もとりあえずは安心しましたよ」

「さて」

少し疲れ気味の鈴原。ごうごうと燃え盛る薪ストーブが
暑く感じたのか、ハンカチをおでこに当てた。

彼は執事長で、きっちり着こなした執事服に白髪の坊主頭が特徴だ。
直立不動の姿勢、お辞儀の角度に全くスキがなく、機械のように正確だ。
彼のプロ意識の高さがうかがえる。

「太盛様達の件ですが」

待ってましたと言わんばかりに全員が身を乗り出した。

「まことに残念なことになっております。
 お嬢様たちの心の準備ができているかを……」

「早く言って!! じらさないくていいから」

レナが突っかかるように言ったので
鈴原は単刀直入に述べることにした。

「行方不明になりました」

「は……?」

「最後に彼らを目撃したのはゴビ・アルタイの田舎町でした。
 町の宿舎にチェックインした記録はあるそうです。
 乗っていた装甲車も警察が確保しました。
 しかし、肝心の彼らの姿が消えてしまったのです」

「消えた?」

カリンとミウは思わず顔を見合わせる。

外国で行方不明になるのは死亡した例が多い。
誘拐された可能性もある。
どちらにせよ最悪の事態になっていた。

カリンが悲鳴に近い声を出した。

「レナ!!」

「な、なに?」

「最近マリンと連絡はしてないの?」

「最後に連絡したのは1週間前だったかな?」

「なんて言ってたの!?」

「パパがまだユーリに未練があるのがむかつくって。
 あとアルタイ地方はミサイルは降ってこないけど
  軍隊の警備が厳しくて外国人は肩身が狭くて
  居づらい場所だって」

「いつ!? 何日のことなのそれは!?
 時間は何時?」

「いや、そんな急に聞かれても」

「早く答えろ!! 連絡したのはマリンとだけ?
 パパとはずっと音信不通なのね!? 
 マリンとはメール、電話!?」

「ちょっと待って」

「大切なことなんだよ。早く言え!!」

「警察の尋問みたいなことするな!!
 そんなに知りたいなら自分で見ろよ、くそカリン!!」

レナが怒りに任せてスマホをぶん投げると、
勢いがありすぎてカリンは取り損なった。

後藤が急いでスマホを拾い、カリンに渡してあげた。
気になるので後藤も隣で画面をのぞき込んだ。

「11月16日に電話をしたのが最後ね」

「それ以降に送ったラインメールは既読スルー。
 意図的な無視ですな。携帯を開いてはいたようですが、
 連絡したくなかったのでしょうか」

「今さらだけど、よく電波がつながりますよね。
 むこうってアジア最高レベルの田舎なのに
 電波とかあるんですかね?」

「茶化さないでよミウ。今日は11月25日。
 今日までにお父様達は失踪したってことなのね?」

「左様でございます。お嬢様」

鈴原がカリンに頭を下げる。

ママがいないから、かしこまらなくていいよ
とレナが言うと、「くせですので」と鈴原は譲らない。

カリンは持ち前の観察力で鈴原の動作の
ぎこちなさを見逃さなかった。

「鈴原、具合悪そうだけど大丈夫?
 ここのソファ譲るから横になったらどう?」

「私は使用人ですので遠慮させていただきます」

「でも声に元気がないよ。立ってるだけでも
 辛いんじゃないの? 無理しないほうがいいよ」

「そうですよ鈴原さん。一度部屋で休んだ
 ほうがいいですよ。部屋は綺麗にしてありますから」

子供たちや年下のミウにまで気を使わせて
さすがに悪いと思い、鈴原は折れることにした。

ミウに付き添われる形で寝室に案内された。
鈴原のベッドは布団を干したばかりでふかふかだった。
室内の小物に至るまでほこりひとつなく、完璧に掃除されていた。

ミウは鈴原の部屋だけでなく、不在中の主人たちの部屋も
同じように綺麗にしている。ミウの家事は
ユーリに教わった通りにこなしてみせた。

彼らがいつ帰ってきてもいいようにと、
普段と変わらぬ掃除を心掛けていた。
同時にそれは願いだった。きっと帰ってくる日があると。

鈴原は冬用の上着だけ脱ぐと、脱力してベッドに横になった。

「ちょっと、大丈夫? 熱があるんじゃない?」

「体温計を持ってきてくれるか」

熱はかなりの高温だった。39・5度。先ほどまで
立って話していたのが信じられないくらいだ。

「今電話でお医者さん呼んでくるから!!」

ミウが廊下をバタバタと走り、何が起きたと
リビングから出て来た後藤に事情を説明する。
後藤も大慌てで看病を手伝うことになった。

鈴原は実直で冗談の一つも言わない男だ。
面白みに欠けるが、誰よりも党首に信頼されていて、
党首との付き合いは30年にも及ぶと言われている。

このメンバーの中では最も党首と深い関係にある。
太盛が結婚するまで党首の住む本家で侍従の一人として務めていた。

「帰ってきてそうそうに情けない限りでございます。
お嬢様方にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「謝る必要全くなし。そういう堅苦しいの
 はいいから、今は治すのに専念してね?
 何か食べたいものがあったらすぐ言って」

医者の診断の結果は風邪だった。
今年は寒気が例年より早く訪れ、11月なのに真冬並みの気候が続いた。
鈴原がどれだけ体調管理に気を付けていても仕方ないことだ。

だが一番の原因は精神的な疲労だった。
太盛の逃亡の件で鈴原は党首と共に頭を悩ませていた。

根性なしで臆病な太盛のことだ。最初は一か月もすれば根を上げて
帰ってくるものかと考えていたが、蒙古に旅出てすでに3ヵ月が経過した。

太盛達はウランバトルを離れ、草原地帯を超え、モンゴル西部の
砂漠地帯を突き進んだ。行動範囲が広いだけではない。
彼らは家族として固まり、草原の民の生活の知恵を身に付けつつある。

困ったことに夫を捕まえに行ったエリカにも帰る様子はない。
ミイラ取りがミイラになるとはこのことである。
これは、党首達の予想をはるかに超えた逃避行だった。

「レナ。あんたも風邪ひかないように気をつけなさいよ?
 毎日夜更かししてないで早く寝なさい」

「それ、ママの真似でしょ? 
 カリンがやってもぜんぜん似てないから」

鈴原の風邪が治るまでみんながおとなしく待った。

鈴原の高熱は一時的なものだった。
医者の処方した薬が効いた成果もあり、2日後には平熱に戻っていた。

「世話をかけてすまなかったな。ミウ」

「だから謝らなくていいってば。鈴原さんだって人間なんだから
 風邪くらい引くでしょ。お嬢たちも何度も言っていたじゃない」

病み上がりの鈴原は8時過ぎに起きて朝食を食べていた。
普段朝5時半に起きている彼にとっては朝寝坊したことになる。

食事を作るのは後藤で配膳するのはミウの仕事だ。

後藤は食器洗いをしていているので
食堂にいるのはミウと鈴原だけだった。

「お嬢様たちは学校に行かれたのだな?」

「ちゃんと行ってますよ。レナ様も鈴原さんに
 迷惑かけたくないからサボらずに行ってくれたわ」

鈴原は安心したのか、ため息をついた。
あまりに深いため息だったのでミウを驚かせた。

鈴原はさらにテーブルに両手の肘(ひじ)まで着いた。
執事の長とは思えないほど人に対する配慮を欠いた行為だった。

「まだ調子悪いの?」

「ミウ」

怖いくらい真剣な顔で見つめられたのでミウは緊張した。

「私はご党首から伝言を承っている。
 おまえには包み隠さず本当のことを伝えてほしいと言われたよ」

「本当のこと?」

「前にも言ったが、ご党首はミウをたいへん気に入ってらっしゃる。
 お嬢様たちの前ではとても言えないが、おそらくエリカ様よりもずっとな。
 あの方は敵には厳しいが、情を許した相手にはどこまでもお優しい」

「それ、ずっと不思議に思ってた。
 私、党首様とほとんど話してないのに」

「今風に言うとフィーリングか。ご党首が初めておまえを
 見た時に感じたことがあったそうだ。党首様はお年だから
 後継者を探そうとしている。それは事業のことではなく、
 一族の秘密を受け継ぐに値する者を探しているという意味だ」

「秘密? 先祖代々隠し持っている金銀財宝とか埋蔵金?」

「そのような低俗なものではない。この家は普通の家にはない特殊な力がある。
 党首様の家系が代々繁栄してきたのは決して偶然ではないのだ」

「ふーん。それって魔法みたいなもの? 
 あのお方も意外とメルヘンチックなのね」

「こら。めったなことを口にするものではない。
 私は冗談を言っているのではないぞ」

「ご、ごめんなさい」

鈴原は初老だ。年齢は党首とそう変わらない。
威圧的に話す鈴原からは、エリカとは違う厳格な
オーラが漂っており、近寄りがたかった。

「このことは後藤にも秘密にしておきなさい」

そう言って小型のICレコーダーをテーブルに置いた。

「これは?」

「みんなが寝静まった時にこれを再生しなさい。
 スピーカー内蔵型だからそのまま音声が鳴る。
 ご党首の音声メッセージが再生される」

「どうしてわざわざ録音を?
 話したいことがあるなら電話でも構いませんけど」

「電話だと誰に聞かれるか分からないだろう。
 それにご党首はお忙しい身だ。察してくれ」

「そこまでして伝えたい内容ってどんな内容なんだろ」

「聞けば分かる」


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