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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第22回   22
「やっぱり私たちって目立つのかな?」

「そうだよ。特におまえがな」

「うそ。私の髪型、変? 切ったばかりだからかな」

「いや、髪とかじゃなくて。なんていうか、
 ミウは芸能人っぽいんだよ。おまえがコート着て
 街歩いてるだけですごい目立つぞ」

「え? なんで? 中学時代に同級生の女たちから
 目立ちすぎるって言われ続けたけど、
 私普通にしてるよね?」

「ホテルのお客さんでもたまにミウみたいな人がいたよ。
 良いとこの令嬢が多いんだが、いるだけで周りの注目を
 浴びる女性ってのは、なにか特別なオーラを持ってるものなんだ」

「それって褒めてるの?」

「俺は良いことだと思うぞ」

後藤は安い白ワインのグラスを傾けた。
しばらくしかめっ面をしたが、まあこんなものかと思い、
グイグイ飲んでしまう。

「チョイ飲みというのはこんな感じなのか。おつまみも
 セットで千円かからないのは確かにお得だな。
 会社帰りについ寄りたくなるってところか。
 しかしこの薄い生地のピザを見てみろ。
 これではアフガン風のナンではないか。
 これでピザ呼ばわりされてもはたまらんね」

「そんなこと言われても……。私たちが普段食べるもの
 じゃないからどうでもいいよ」

後藤のワイングラスが空になる。生ハムとチーズも
さっさと食べてしまう。酔いが回ってきて頬が赤くなった。

「後藤さん、本当は何しにここに来たの?」

「別に目的なんてないさ。暇つぶしだよ。
 奥様が出て行ってから俺もお前も
 屋敷にこもりっぱなしだったからな。
 それに俺たちは世間から遠ざかりすぎたよ」

「さっきから世間世間って。私はこの国の文化が
 好きじゃない。後藤さんも人間嫌いなのは同じでしょ。
 ホテルで後輩の派閥抗争が嫌で辞めたんでしょ?」

「あれは、いきつくとこまで行ったから仕方なかったよ。
 でもなぁ、今の仕事も正直どうにもならないとこまで 
 きちゃったかなぁ」

「後藤さん、今の仕事辞めたいと思っているの?」

「さあ、どうだろうな」

「私に仕事辞めるなって言ったのは後藤さんじゃない。
 自分だけ抜け駆けしようとするなんてなんか、ずるいよ……。
 私だって太盛様がもどって」

話をさえぎるようにテーブルの横を
小さな子供2人が走り去っていった。
少し遅れて母親の怒号が飛ぶ。

「こらっ、ゆーくん、走り回らないで!! 
 ママのそばを離れないでって言ったでしょ!」

子供たちは相撲の練習のようなことをして遊んでいた。
店内でママ友たちが話で盛り上がっていて退屈だったのだ。

ミウは当然イラっとした。彼女は
こういう雰囲気が大きらいだった。

「Now she makes a noise. yes.
 she is a noise. child is all right.」

「俺も母親が静かにしろと言いたいよ。
 あとしつこいようだけど、英語話すとよけいに目立つぞ」

「あっ」

今の何語だろうと、大学生とも専門学生とも取れる学生たちが
ちらちら見ていた。ロンドンの英語は日本の学校で習う英語とは
別言語に聞こえるのが普通だ。

「話を戻すが、俺たちは浮世離れしすぎて転職が難しくなると思う」

「周りの人達になじめなくなるってこと?」

「Si(肯定だ)。あの屋敷は奥様の機嫌さえ損ねなければ
 かなり快適な環境だ。給料も良いし、住み場所も確保されている。
 今の不景気な日本ではかなり恵まれていると思うぞ」

「後藤さんは料理係だから休みなしで働いているじゃない。
 朝ご飯の支度があるから朝は一番早く起きてるよね」

「確かに休みはないが、暇な時間も結構作れるぞ。
 掃除とか雑用はユーリが全部やってくれたから
 昼食の片付けのあとに昼寝もできるしな。
 まとまった休暇も奥様に頼めば取れるじゃないか」

「民間の企業はどうしてだめなのよ。
 もっと給料が安いの?」

「ネットで求人を調べてみるといい。
 あまり大きな声では言えないが、ここの店員とかな」

「いくらなの? 今教えてよ」

後藤はミウに顔を近づけ、小声で時給の額を説明した。

「時給って何?」

「まずはそこからかよ……。筋金入りの箱入りだな」

「だって今までお金の心配したことないもの」

「ああ、お前のお父さんは証券マンだったか」

「うん」

「一応社会人なのになんで時給を知らないんだよ。
 うちの仕事もネットで探したんじゃないのか?」

「適当にページを開いてたら、たまたま見つかったのよ。
 両親に相談したら、ミウがやりたいなら、
 なんでもやってみなさいって」

「適当すぎるだろ……」

人に聞かれたくないので、
後藤が英語でアルバイトの時給を説明すると
ミウはひっくり返るほど驚いた。

「Bloody hell, it’s so few income. they pay that per hours?
 how they live? how they pay taxes?
 taxes are very high in this country」

「Sorry. i don’t know that.cause, It’s not my business.
 and can i ask? you want to join with them?」

「You mean …with people here? as a shop staff?」

「Yes」

「ここで働くなんて嫌に決まってるでしょ。
 給料が10万くらい下がっちゃうよ」

「声がでかい。店員に聞こえるぞ。あと急に日本語に戻るなよ。
 語順を考えるのが大変だからどっちかに統一してくれ」

「え?? 私今何語で」

「もういい。特におまえさんは高校を中退しているからな。
 今の仕事を簡単に辞めないほうがいいぞ」

「給料が低いのってこの店だけでしょ?」

「どこの店も同じだよ……。レストランだけじゃなくて
 アパレル系とかホームセンターも同じ。
 若者の売り手市場とかメディアがぬかしているけど、
 実際はブラックばかりだからな。物流関係とか地獄だぞ」

「日本ってそんなに悪い会社ばかりなの?
 てかアルバイトの人って生活どうしてるのよ。
 独り暮らしで家賃とか税金払ったら
 給料全部なくなるじゃない」

「それでもなんとか暮らしていくしかないだろ。
 俺も妻と離婚後はしばらくマンション暮らしをしていたがな。
 それにしても、ミウもエリカ奥様に負けないくらいの
 世間知らずだな。日本の若い女性の非正規雇用率とか知らないだろ?」

「ヒせいきコヨウって何? たまにニュースで聞くわね」

「おいおい……。まあいいや。そろそろ店を出るか」

外に出たら3時過ぎになっていた。
日が傾き始め、風が冷たさを増していく。

モノレールの駅からエスカレーターを使って
たくさんの人が降りて来た。
買い物帰りの主婦や学校帰りの学生が多く、
交差点で信号待ちをしている。

後藤とミウも彼らと一緒に青信号を渡った。

屋敷は奥多摩の山岳地帯にあるので、
バスに乗って移動しなければならない。

バス停はここから5分ほどの距離にある。
ミウにとっては長く感じられた。

ミウは通り過ぎる人たちにじろじろ見られたので
不機嫌になる。彼女は他人の視線を浴びるのが大嫌いだ。

後藤にぴったりと肩を寄せながらうつむいて歩く。
本当は後藤の後ろに隠れたいくらいなのだ。

後藤の大柄な体が少しでも自分の姿を
隠してくれればいいと思っていた。

後藤は口数が減ったミウを気づかって明るく話しかけた。

「そろそろお嬢たちが帰ってくる時間だな」

「うん」

「来月にはクリスマスか。今年もいろいろあったな」

「そうだね。嫌なことが結構あった」

「4人じゃ寂しいけど、ささやかな
 クリスマス・パーティでもするか?
 またイタリアから高級食材を取り寄せてやるよ」

「楽しみね……」

ミウは表情が硬い。やはり彼女は町の空気には
なじめないタイプかと後藤は心の中でため息をはいた。

「俺、屋敷で働いて何年になるのかな。
 めんどくさくなって数えるのもやめちまったよ」

後藤の白い息が、空気の中に消えた。

通りがかった金髪の男性が、「おっ」と言ってミウを振り返った。
話しかけられたくない。そう思ったミウは、
カップルのふりをするために後藤の手をギュッと握った。

後藤は何も言わず、ミウの好きなようにさせてあげた。

「少し酔いが冷めてきたかな。
 安いワインは変に酔えてしまうから困ったよ」

「私も飲めばよかったな。
 ここを歩いているとイライラする」

「話をすれば気がまぎれるさ。
 屋敷以外で食事したのは何年ぶりだろう。
 たしか太盛様の結婚式以来だったか。
 今日は時間が経つのが早く感じたよ」

「後藤さんは酔うと饒舌(じょうぜつ)になるからね」

「饒舌なんて言葉よく知ってるな」

「レナお嬢から借りた漫画に書いてあった。
 漫画は漢字に読み仮名がふってあるから勉強になるよ」

「そっか。ミウは漢字がほとんど読めないんだったな。
 そう考えるとミウが転校してきたタイミングは最悪だったな」

「国語の時間とか地獄だった。朗読の時とか、
 先生に読めない漢字を質問したら
 クラスの女子にクスクス笑われて……。
 ちょっと、嫌なこと思い出させないでよ!!」

「わ、悪かったよ。てか俺のせいなのか?」

赤の他人から見たら仲の良い親子といったところか。
最近は20代のタレントでも休日に父親と手をつないで
歩いている人が存在するほどである。

バスは混んでいた。ミウと後藤は吊革につかまって
揺れに体を任せていた。ミウは寝不足からか、
器用にも吊革につかまったまま首を上下に泳がせている。

たまに後藤の肩に頭を預けてくるのが妙におかしくて、
後藤は笑ってしまった。

(俺もお前も根本は同じさ。俺たちはあの屋敷を出て
 外で生きていくことはできないんだよ。まだ党首様からの
 手紙の返事はない。いつまでいられるか分からないが、
 今しばらくはあの屋敷で暮らしていこう)

口にはしないが、ミウも同じことを考えていた。
後藤とミウは運命共同体なのである。

都市部の景色から一変し、山と住宅ばかりが
見えるようになっていく。西東京のはずれは、
とても東京とは思えないほど田舎なのだ。

バスは傾斜のある道の昇り降りを繰り返す。
乗客はほとんど途中で降りてしまった。

奥多摩のバス停に着くころには、
すっかり日が沈みかけていた。


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