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作品名:モンゴルへの逃避 作者:なおちー

第21回   B ミウは料理人の後藤とお出かけした 前半
手紙を書いてから一週間たったが、
党首からの返事はなかった。

「あー、今日も掃除だ。だるいだるい」

ミウはやる気のない動作で大浴場の清掃をしていた。

露天風呂だ。浴槽は屋外と屋内に設けられている。
浴槽の天井に埋め込まれたスピーカーから音楽が流れている。

いつもはエリカがプログラムしていたクラシックが
日替わりで鳴るようになっていた。
誰にも怒られることがないので、ミウはロックに変えていた。

米国のハードロックだ。大浴場を包み込むように
ベースの重低音が鳴り響く。風呂場なので天然の
リバーブエフェクトがかかり、もはや騒音に等しい。

ミウはボーカルに合わせて小声で歌いながら、
床をブラシでこすっていく。
何度歌ってもアメリカ人のようにリズムが取れなかった。

アクセントの位置がまるっきりずれていて、
ミウが歌うと落ち着きすぎて平坦な歌になってしまう。

「曲は楽しいけど、アメリカン英語はお腹から声を出す感じだから
 発音しにくい。田舎っぽいというか、やぼったい音。
 Rの発音が野性的すぎてロックにはぴったりだけど」

ミウはイングランドの下町英語で育っているので
米国人の獣がうねるような発音はどうにも慣れなかった。

テレビで米大統領の演説を聞いても、
どこの山奥から来た人なのだろうとしか思えない。

といっても強烈な訛りのスコットランド英語よりは
よほど聞き取りやすいのだが。

多くの英国人にとっての標準英語とは、
伝統ある英国王室のクイーンズ・イングリッシュだった。


ブラシをかけるのは意外と腰を使うので良い運動になる。

「そろそろバス用洗剤が切れそう。買い置きはあったかな。
 あれ……。やっぱりないか。買いに行かなきゃ。めんどくさいな」

ささいなことだが、イライラしてブラシを投げ捨てた。
買い出し係のユーリが数か月も不在のため補充をしていなかったのだ。

ミウは中学3年の時から日本人が大嫌いになってしまった。
町に出かけるのも好きではなかった。

日本に来てから幼少時代からの人見知りを
さらに悪化させてしまったのだ。

独りで出かけるのが嫌なのでユーリか、
カリンたちと行くことにしている。
しかしみんなが都合よく暇なわけではない。

そんな時には太盛と買い物に行くときもあった。

エリカとしては信じられないことに特別に許可してくれるのだ。
エリカはユーリとマリンには
必要以上に警戒するが、なぜかミウには甘い。

仕事のことも口出ししてこなかった。
ユーリや後藤にはどうでもいい細かいことまで
いちいち小言を言ってくるのに、ミウとは距離を取る。

ミウの知るところではないが、理由はちゃんとある。
実はミウが党首の一番のお気に入りだから、
何か不都合があった時に党首に告げ口されるのが怖かったのだ。

エリカとて屋敷の所有者であり、管理者である党首に
逆らうことはできない。党首の財力はあらゆるものを
屈服させるほどの力があるのだ。

「ねえ後藤さん」

「最近は通販でどんな食材でもそろうようになってきたな。
 この瓶入りのケチャップ、値下げ中だからひとつ頼んでみるか」

「後藤さん」

「イタリアンチーズとボジョレも追加注文しておくか。
 もっとも飲めるのは俺とミウしかいないがな」

「後藤さんっ!!」

「おぅ、なんだ!?」

後藤は厨房でIPAD片手に通販のサイトを調べていたのだ。
IPADを専用の充電スタンドにかけ、ミウの方を振り向いた。

「いつからそこにいたんだ?」

「さっきからずっと呼んでいるじゃない」

「そうだったのか。で、何のようだね?」

「ちょっとドラッグストアまで買い物に行ってほしいんだけど」

「こっちはお昼ご飯の支度をしてるから手が離せないぞ。
 むしろ君に調味料でも買ってきてほしいくらいだ」

「ちぇ。いつもはユーリがやってくれてたのに」

「あの子はしっかりメモして買いに行くから
 買い忘れがないし、ほんと完璧主義だったな」

「ユーリの話はよしましょうよ」

「いや……君からふってきたような気がするが」

お嬢たちは学校に行っている時間だ。
今屋敷には後藤とミウしかいなかった。

以前はエリカを筆頭に殺伐としながらも
にぎやかなロシア風お屋敷だった。
それが嘘のように静かになってしまった。

「今作っている分は夕飯に回すとするか。
 どうだ。たまには外食でもしないか?」

「いやいや。その辺の店より後藤さんが作ったほうが
 絶対に美味しいでしょ。帝国ホテルの元シェフなんだから」

「たまには人の作ったものも食べたくなるんだよ。
 というか一日くらい料理をサボりたい。わりと深刻に」

「あっそ。で、どこのレストランに行くの?」

「サ〇ゼだよ。近所のユニクロの隣にオープンしたんだ」

「What the hell? 
 あのイタリアン・チェーン店になんでわざわざ?」

「最近売れ行きがすごいそうじゃないか。市場のお客様が
  食べるものがどんなものか興味がわいてね」

「高級フレンチの店じゃなくていいの?」

「いや、高級な店はほら。
 昔を思い出しちゃうじゃないか……」

「あ、ごめん」

「気にするな」

後藤は気さくに笑った。
支度してすぐ出ようと言うと、ミウはうなずいた。

「それにしてもチェーン店か。本場のイタリアンを
 作れる後藤さんが参考にできるものが
 あるとは思えないけど。どうせ世間の若い女の客でも
 見たいんでしょ。それに……」

ミウはこうしてためを作る時がよくある。
二か国語話者の欠点で言葉がとっさに出てこないのだ。

「それに、なんだ?」

「料理とは関係ないけど」

「うむ」

「Francly say, I do not want to see people outside.
 it is sure any restaurants packed by Japanese people」

「まあオープンしたばかりだから混むだろうな。
 俺だって混むのは好きじゃないが、殺風景な屋敷で
 暮らしているとたまには人恋しくもなるではないか」

「You know i hate Japanese, especially students. Teenagers.
 before i come hire, i dropped out of my bloody high school.」

「確かに学生がメインの客層だろうが、
 今の時間なら主婦や大学生くらいしかいないだろう。
 ミウの過去は言われなくても知っているよ。
 ところでおまえの英語の発音、BBCの
 アナウンサーみたいに綺麗だな」

「うそ? 私、何語で話してた?」

「やっぱり無意識か。ミウは中途半端なバイリンガルだな。
 俺は普通に聞き取れるから構わないけど、
 人前では気を付けたほうがいいぞ」

「ごめんね。分かっているつもりなんだけど……」

「non non, Pas de problème. Je suis de ton cote. mon amie miu?」

「え?……え? すっごい早口に聞こえる。今のフランス語ね?」
 
ちなみに後藤は英語、仏語、イタリア語が日常会話レベルで話せる。

料理の修行でイタリアとフランスで暮らしたことがあるのだ。
特に滞在時間が長かったのはイタリアだ。

ちなみに、この屋敷の雇用条件は最低でも二か国語が話せることである。

党首は欧州の近代文明を崇拝しながら育った世代だから、
英国育ちで素直なミウが可愛くて仕方なかった。

ミウは混み入った話をするときやイライラした時は
つい英語が出てしまう。それはロンドンの日本人の家庭で
育ったものの、日本語が得意ではない証拠だった。

数か国語を完璧に使いこなせる人は、話の途中で言語を変えたりしない。


そんなこんなで昼時で混んでいるサイゼ〇アに行ったのだった。

後藤は40代に見えないほど若い。掘りの深い顔立ちに黒髪を
整髪剤で固めている。肩幅も広く、がっちりとした体形で男らしさがある。

屋敷で働いているだけあり、背筋を伸ばして歩く姿に品が宿る。

後藤はイタリアの文化が入っているのでオシャレに
大変な興味があり、今着ている冬服は全て
欧州のブランドで揃えている。

ミウと並ぶと見事な美男美女。
人によっては親子に見えるだろう。

「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」

「2人だ。禁煙席で頼むよ」

「申し訳ありません……。ただいま当店は
 込み合っておりまして、ご案内できるのが
 喫煙席のみとなっておりますが」

マニュアル通りのことを話す店員は、だいたい早口である。
後藤はミウを気づかって違う店を探そうかと思った。

「私は喫煙でもいいよ」

「そうか? 無理しなくていいんだぞ」

「いいよ。後藤さんもたまには息抜きしてよ」

「ならお言葉に甘えさせてもらおうか」

小さなテーブル席に座る。賑わう店内は女の話声が多い。
今日は昼上がりなのか、テーブルの一角を女子高生6人が
占拠し、ガールズトークで盛り上がっている。

突然大声で騒ぎ始め、爆笑して手を叩いている。
ミウは不快そうな顔で彼女らに視線を向けた。

「Very very noisy like a rock concert. 
 don’t make me a pain to my head…please.
 まったく品性のかけらもないわ」

「高級レストランじゃないんだから、こんなもんだろう。
 世間なんてこんなもんだ。むしろ俺たちが
 浮世離れしすぎてるんだよ。あと英語でてる」

「あっ、ごめん」

「Speak only Japanese, all right?」

「Right. Mr.gotou」

「若い娘なんてどこの国も変わらないよ」

「そうなんだろうけどさ」

「おまえも友達がいれば、ああやって外で
 はしゃぐことができるのに」

「騒ぐのは好きじゃないの」

「高校の友達と連絡はとってないのか?」

「辞めた直後はたまに連絡が来たけど、今はさっぱり。
 屋敷で暮らしていると、だんだん周りの人から
 遠ざかるじゃない。あの屋敷っていろいろかたすぎじゃない?
 品があるのは嫌じゃないけど、中世の貴族みたいに格式高いよね」

「そうなんだよなぁ。特に奥様のくせが強すぎる。
 正直帝国ホテル時代もあそこまで
 テーブルマナーにうるさくなかったよ。
 自分が世間からどんどんずれていくのが分かる」

「さっきから私たちが周りの人にじろじろ
 見られてるのもそのせいかな?」

「うむ。あそこのおばさんたちから明らかに視線を感じるな」

学生時代から同性に嫉妬されたミウの美貌は、
ここでも実に注目を浴びていた。

ミウは髪を切ったばかりだ。腰辺りまであった髪を
セミロングまで短くし、やや肩の下にかかる程度にした。
濃い目の茶髪も黒髪に近いほどに落としている。

コートを脱いでタートルネックの白いセーターに
濃紺のジーンズという庶民的なの格好をしているのだが、
服を着ている人の素材が良いのだ。

色素の薄い肌に大きな愛らしい瞳、くちびる。そばかすが特徴的だ。
一度ミウの顔を見たら、そのままずっと見ていたくなる。
異性には愛され、同性からは嫉妬される美しさだった。

ミウは英国育ちだからか、白い色を好んだ。
正義の色。英国正教会の影響が強いのだ。


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