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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第5回   「メイドのユーリ」 B
7時の朝食の時間である。

エリカはいつものように食後のホットコーヒーを飲んでいた。
食べるのはクロワッサンとサラダのみ。
シンプルな朝食だが、エリカは朝が弱いのでこれで十分だった。

国営放送のラジオ局からクラシック音楽が流れている。

エリカは本土から送られてくる、1週間遅れの新聞記事に目を通していた。
孤島なので新聞は1週間分がまとめて船で送られてくる。
これでは世間を知ったことにはならないかもしれないのが、
孤島生活をしているので仕方がない。

世間で騒がれていたのは、与党政治家の献金不正受給問題だった。


食堂の扉の開く音がして、太盛が入ってきた。

エリカはにっこり笑って新聞から目を離した。

「太盛様。おはようございます。
 今朝の野鳥観察はいかがでしたか?」

「おはようエリカ。今朝は、はずれかな。
  知らない鳥が一羽だけいたけど、種類が分からなかったよ」

太盛は偽の笑みを浮かべながらエリカの対面側に座る。

しょうじきエリカに愛想笑いをしたところで
何も感じるものがない。本当は孤独に食べたいくらいなのだが、
夫婦なので食事は共にしないと不自然だ。

結婚して10年。もうエリカに対する感情は嫌でも悲しくもない。
ただ、無関心の一言に尽きた。

「朝食をご用意いたします」

エリカのそばに控えていたミウが配膳する。

いつも通り洋食だった。

ドイツ風スクランブルエッグといわれるのは、
ベーコンの上に半熟卵2個を加えたものだ。
太いウインナーもさりげなくそえられている。

ベーコンの厚みと脂っこさが半端ではなく、
見ているだけで胸焼けしそうだ。
それにケチャップがたんまりとかけられていた。

それにエリカと同じクロワッサンが2つ。
バター風味の地味なパンではあるが、こういうパンこそ
シェフの腕前が瞬時に判断できるとよくいわれる。

サラダの盛り合わせはレタス、ミニトマト、コーンなど
一般家庭で出されるものと違いは特にない。
日本風の胡麻ドレッシングがかけてある。

それに熱々で濃い目のコーンスープが
浅めのスープ皿に盛ってある。


「ミウ。今日もありがとうね。すごくおいしそうな食事だよ」

「いえいえ。これが私どものお仕事ですから」

ミウは気さくでおしゃべりが大好きな女の子だ。
太盛の使用人に対する心からの笑顔と感謝を素直に受け取っていた。

太盛はミウ達を使用人だからとこき使うことはない。
むしろ日頃屋敷中の管理をしてくれている彼女たちの
労をねぎらっていた。

彼女らの誕生日を忘れたことはなく、
毎年必ずプレゼントをあげていた。

「へえ。このパンチの利いた卵焼きはドイツ風なのか。
 どおりで豪快なわけだ」

「後藤さんは各国の料理に精通しておりますからね。
  そうそう。ドイツと言えばシュトーレンという
   黒糖パンがおすすめですよ。
   さくっとした触感で私も大好きなんですよねー」

「へえ。紅茶に合いそうだね。
  こんど3時のおやつに焼いてもらうかな。
   よかったら君も一緒にどうだい?」

「ええっ、よろしいんですかぁ? ならぜひご一緒に」


そんなミウを絶対零度の視線で見るエリカ。

(うわ……こわっ。小姑みたい)

身震いするミウ。せめておびえが顔に出ないよう全力を尽くした。

エリカの睨みは一瞬の流し目だったが、
太盛も妻の鬼の顔をはっきりと確認した。

すぐに話題をそらすことにする。

時刻は7時を少し過ぎている。ラジオはクラシックを流し続けていた。


「エリカ。これはブラームスのヴァイオリン協奏曲だね。
  ヴァイオリン・ソリストは誰かな?」

「……オイストラフですわ。
  これは生演奏でなく録音のようです」

「彼が生きている頃に生で聞けた人たちが羨ましいね。
  技巧派のハイフェッツとは違い、情感豊かな音色だ」

「ハイフェッツも、アキュレートを極めた演奏スタイルで
  聴きごたえがありますのよ?
   うふふ。おすすめの録音がいくつかありますの。
   よかったら太盛様もあとでお聴きになって」


太盛がかまってくれると、すぐに笑顔を取り戻すエリカ。
鬼の本性を持つ一方で寂しがり屋の少女の一面も持つのだ。

太盛はエリカとの生活を経て、すっかり彼女の相手をするのが
疲れてしまっていたが、間違ってもそれを口に出すことはできない。

「ところで太盛さん。一面の記事は読まれましたか?
  例の献金問題。与党と学園の理事、ちらが黒とお思いですか?」

「それは与党側だろうね。具体的な証拠も集まってきているし、
  予算委員会で野党の連中があそこまで責め立てているんだ。
   根拠があるから奴らが元気に騒いでいるんだろう」

「うふふ。やっぱりそうですわよね。
  最近の国会はすごく面白くて目が離せませんわ」

エリカは私立大学の外国語学部出身だった。
経済学部を出ている太盛のほうが詳しいと思い。
政治経済のことを何でも質問するのだ。

太盛は院をでているわけではないので、政治経済について
それほど詳しいわけでもないが、エリカは先生に質問するように
太盛の意見を聞きたがった。

たまに返答に困って適当なことをしゃべっても
エリカは真剣に聞いてくれるのだから不思議だった。

これはエリカが、伴侶となる男性に頭脳を求めているからだった。
エリカは幼少のころからソ連のサンクト・ペテルブルク大学
(日本でいう京都大学に相当)で外国語を学んだ父から、
社会主義や政治学についてよく聞かされていた。

高校生のころから知識欲が盛んになり、分からないことは
父に何でも聞いた。父は教育熱心な人で、エリカの欲しがる教材や
本は御金に糸目をつけずに買ってくれた。

孤島で暮らし、父のことをさみしく思うこともある。
そんな時は、太盛にこうして世の中の動きについて質問するのだった。

「自民党が考えている、北方領土の共同管理案は机上の空論だろうな。
  たとえ日本企業が実質支配に成功したとして、主権がロシア国にある
   以上、のちの争いの火種にもなりかねない。
    むこうの大統領はあれこれ屁理屈を言ってくるぞ」

「確かにロシアの外交は老獪(ろうかい)ですわ。
  日本からいかに利益を引き出そうとするが、
  虎視眈々(こしたんたん)と狙っているのがよくわかります」

「米国内務省にサイバー攻撃をしかけたのもロシアだ。
  大統領選にまで影響を及ぼすなんて国家的スパイ行為だよ。
   ソ連から名前だけは変わったが、現在でも世界的脅威と言えるね」

エリカは祖先の故郷であるロシア国を批判されて少し胸が痛くなったが、
太盛が一生懸命に語っているので黙っていた。


「お父様とお母さま、おはようございまーしゅ」

寝ぼけた顔で食堂に入ってきたのはレナだった。

髪もボサボサでパジャマ姿。
スリッパをパタパタ言わせながら廊下を歩いてきた。

エリカが母の顔になる。

「レナっ。ちゃんと顔は洗ったの?
  パジャマは着替えてから食堂に来るように言ってあるでしょ。
   すぐ部屋に戻って身支度を整えてきなさい」

「ふぁい」

寝ぼけたレナは厳しい言葉など軽く受け流し廊下へ戻っていく。
エントランスの中央階段を登ったすぐ先に子供部屋があるのだ。

階段ですれ違ったカリンが「レナのバーカ。また怒られたんでしょ?」
と言ってからかう。レナはいつものように言い返して喧嘩になる。

太盛は、子供たちを厳しくしかる妻を見るのが好きではなかった。
太盛の子育ては放任主義に近く、伸び伸びと育ってほしいと思っていた。


「カリン。スープは音を立てないで飲みなさい。
  スプーンの持ち方がなっていません」

「こうですか。お母さま」

「手の角度が違う。こうよ」

「はいっ」

エリカが細かいことで口を出している。

太盛は聞こえないふりをして新聞を読んでいる。
ミウは興味なさそうに窓の外へ視線を泳がせていた。

「椅子の背もたれは、拳一個分開ける感覚よ。
  もう一度座り直してみなさい」

「は、はい」

「いいわ。ちゃんと背筋が伸びたわね。
 そうやって座ると食べ物を消化しやすくなるし、
  こぼしたりもしなくなるわ」

カリンも緊張のせいか、動作がぎこちなくなって
それが余計にエリカのカンに障るのだった。

隣に座っているレナが大口を開けて笑う。

「カリンも怒られてるじゃん。バぁカ」

「こらレナ!! そういうはしたない言葉遣いは
  やめなさいっていつも言っているわよね?」

「ひいっ。ごめんなさぁい」

空気の悪さに居心地の悪くなった太盛は席を立つ


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