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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第3回   3
9月の彼岸を迎える頃だった。

台風が接近するたびにもろに被害を受けるという、
孤島生活最大のデメリットがある。

幸運なことに屋敷には軽妙な被害しか出なかった。

暴風に備えて窓や扉を補強したり、
盛り土をして雨水の侵入を防いだりと、
台風に備えてやることはたくさんあった。

快適なリゾート地は住むうえで苦労が多いが、
孤島生活を10年以上もしてる彼らにとってこれが日常だった。

「うちの食事って毎日西洋料理じゃん。
 もう飽きちゃったよ。
 たまにハンバーガーが食べたいな」

「そうね……。テレビでしか見たことないから
  どんな味がするの気になるわ」

能天気なレーナの声に答える、双子の妹のカリン。

普段はパパとママも一緒に食卓に座るのだが、
今日は用事があったので子供たちだけで食べてる。

マリンは低血圧で朝に弱いので9時以降までまず起きない。

現在の時刻は朝7時。この屋敷では子供たちは
7時ちょうどに食堂で食べるようエリカに躾けられていた。

食事前に顔を洗う、パジャマを着替えるなどの
身支度が出来てないと叱られる。

レーナは朝食のサラダ皿に盛りつけられたミニトマトを
手でつかみ、大きな口を開けて放り込むと、

「レナお嬢様。お行儀がよろしくないかと」

壁際に立つ鈴原からツッコミが入る。

「はーい。わーってるよ」

レナはつまらなそうに足を椅子の上でぶらぶらさせる。

「エリカ奥様に見つかったらなんと言われることか。
  レナ様にはもう少し淑女としての自覚を
   持っていただかなければ……」

「んもおお。いちいちうるさいなぁ。
  鈴原がいるとご飯がまずくなるじゃなぁい」

歌うように話すレナ。

いちおう怒っているのだが、のんびりとしゃべるので
そんなふうには見えなかった。いわゆる幼児声なのだ。

「バカレナ。あんたがママの言いつけを守らないと
  私まで叱られるんだからね」

「ああー。カリンがまたバカって言ったぁ。
  バカっていうほうがバカなんだもん!!」

「世の中はレナの思った通りにならないの。
  カリンたちはもう小学3年なんだから、
   もう少し大人になったらどう?」

「むぅ。その言い方、ママみたいでむかつくぅ」

双子がナイフとフォークをテーブルに置いて
口喧嘩を始めてしまったので、あきれた鈴原が咳払いをする。

「お嬢様方。お食事が覚めてしまいますよ?」
  今日の午前中は英語のレッスンがありますから。
   時間に遅れないようにお願いします」

「あー、今日は英会話の日か」

カリンが溜息をつくと、レナも賛同する。

「ほんとめんどくさーい、英語なんて
  しゃべれなくても生きていけるもん」

「語学は淑女のたしなみの一つでございます。
  華道や茶道と同じく習っておいて損はありませんよ?
   お二人の将来のために」

「はいはい……。鈴原はお母さまということが
  全部いっしょなんだもの。耳にタコができたわ」

食事後、メイドのミウが家庭教師になって英語を教える。


場所は双子の子供部屋だ。子供部屋といっても
大きな屋敷の一室なので相当な広さがある。


「What would you like for todays' dinear?
  pretty little girls?」
 (今夜の夕飯に何が食べたいですか?)

ミウの英語だ。彼女は英国暮らしが長かったので
流暢なイングランド英語を話す。

ロンドン下町英語といわれるコックニーなまりだ。

「I want hamburger」(ハンバーガーだよ)

レナが舌足らずの声で答える。
幼少から英才教育をされていただけあり、発音はかなり本格的だ。

ミウは双子の姉妹専用のお付きであり、教育係だ。
気さくで人当たりの良い彼女の性格がエリカに気に入られたためだ。

英会話のレッスンは、基本的に一問一答形式。

レッスンの最初は先生から質問を始める。

「Hanberger?  
maybe it's a plaice name of german? humburg?」

 (ハンバーガーですって? それはドイツの地名の
   ハンブルグのことをおっしゃってる?)

「no」(違うわ)

とカリンが答える。カリンもレナと同じく英国アクセントで話す。

「We want hamburger. because we've never
tried that before. we wacht it in only tv」

(私たちが食べたいのはハンバーガーよ。
  テレビで見るけど口にしたことないもの)

(Ladys.you don't know that,
fast foods will be good friend for you.
if you would be fat women like american.
you mast be lady. so you should eat europian foods
like you'r mother. that's all we want)

(ハンバーガーのようなファストフードは太りやすくなるし、
  体にもよくありませんわ。淑女のお二人は
   お母さまのように欧州の食事をたしなむべきですわ)

少し説教臭い言い方だが、鼻の上に刺さるような甲高いアクセントには
威厳を感じさせる。ゆったりと身振り手振りを加え、
しっかりとお嬢たちの目を見て話すあたりに本場英国の香りがした。


「それでも食べたいの!!」

「レナ様。レッスン中は日本語は慎んでくださいませ」

「英語で話してると頭がかゆくなってきてうざいんだもん。
  レナたち日本人なんだから日本語で話したほうが楽だよ」

「うふふ。お嬢様はご存じないでしょうけど、
  本土では英語の話せる人はすごく貴重だと思われるんですよ?
  お嬢様ほどしゃべれる人はそうそういないと思われますよ?」

「別に話せたってうれしくないけどね。
  私たちはパパとママが英語に堪能だったから
  話せるようになっただけだし」

カリンがふてくされた顔で言った。

「パパのアメリカ英語は、なんていうか音が濁ってて
 田舎っぽい。ママの言う通りイギリスのが綺麗」

「カリン様。地域差で言葉を差別してはいけませんよ?
  お父様がよくおっしゃってるでしょう?
  人の違いは個性なのだと」

太盛は大学時代に独学で英語を学んだ。

ただ英語を学ぶだけではなく、その背景にある文化も学んだ。

西洋文明の根幹をなすキリスト教を知り、
音楽や絵画、彫刻、さらに政治や歴史について学ぶ。

その学習の果てに、卒業するころには
フランス革命をきっかりに生まれた近代民主主義の原点が、
『思想の異なる人が自由に生きていける社会』と認識していた。

「それならさ」

とカリンが言う。

「私たちにもケンタッキーフライドチキンを食べたり、
  ピザーラの出前とかとっていいのかな?
  これも私たちの自由なんでしょ?」

「う……」

思わず言葉に詰まるミウ。

困った顔でカチューシャの乗ってる頭をかく。

カリンはこうやって話の矛盾を突くのが得意だった。
9歳にしては聡明でエリカ寄りの
頭脳をもっていると言われていた。

英会話の基礎文法も、英国ドラマと映画で
だいたい把握してしまったほどだ。

つまり母親似の子供なのだ。

それに引き換え、レナの能天気さは誰に似たのか
さっぱり分からなかった。

「あとね。レナ達はディズニーランドってとこに
  行ってみたぁい」

「そうね。それに大阪のユニバーサルスタジオにも
  行ってみたいわ。素敵なアトラクションが
   たくさんあるそうじゃない」

「日本本土には楽しい遊び場がたくさんあるんだよ。
  デパ地下で買い物とか」

「アイドルグループのライブとか行ってみたいわね。
  テレビで見るよりずっと臨場感があるんでしょう?」

姉妹のそんな会話を聞いて、ミウは哀れみで涙が出そうだった。

生まれてからずっとこの孤島で生活してる娘たちは、
島以外の世界を知らないのだ。

こんな田舎の島にマックやケンタッキーがあるわけがない。

ちなみに離島なのでピザーラの出前も取れない。
アマゾンの配達は別料金を取られるし、
荷物が届くのに最短で一週間かかる。

他の配達業者はもっとだ。

英国育ちのミウは何度もディズニーに何度も行っている。
本場合衆国へ旅行に行った時も必ず立ち寄っていた。

東京都心も観光と買い物目的で何度か訪れた。
ピーク時の満員電車のすさまじさはロンドンの地下鉄ですら
あり得ないほどだったのをよく覚えてる。

地下鉄迷宮のような新宿駅や渋谷駅での乗り換えにはうんざり。
それ以来、人込み恐怖症になった。

USJは混雑が半端ではないと聞いてるので一度も訪れてない。


「はいはい。気をとりなして授業を続けますよ。
 あんまり話が脱線してるとエリカ奥様に怒られちゃいますから」

授業と言ってもただ英語で日常会話をしてるだけなのだが、
これが外国語にとって非常に重要であり、
自分が思ったことを口にしなければ訓練にならないのだ。


「Teacher. may I ask you something?」(先生。質問してもよろしくて?)

「Go ahead. lady karin」 (どうぞ。カリンお嬢様)

「Now I and rena are 9 age. but we still live in this island.
I'm always wandering how do feel like? if we go to
a primary school. could you tell me about you'r
story in you'r school life in japan?」

(カリントレナは9歳になるのにまだ孤島暮らしをしてるでしょ?
   学校生活をしたことがないから、どんなものか気になるの。
    あなたの日本での学校生活を語ってくださる?)

「in japan...my lady...?」(日本の、でございますか……)


ふと目を閉じて浮かぶのは、中学3年時代の思い出。
ミウがイングランドから日本に来たのは中学3年の6月だった。

「uhh it was rainy days every day...
whem i was only...15 years old.
wow it's japanese calls tuyu」

(15歳のころ……あれは毎日が雨の日でした。
  ああ……日本では梅雨の時期って言いますよね)

先生が話し始めると、双子の姉妹は真剣な顔で聴き始めた。
自分らにとって未知の世界を語ってくれる先生の話は、
たとえ英語で話されても大好きだった。
 
「I was a lonly girl in my class. because...
I...I was a strangerII came from england.
I spoke english perfect...and...」

(私はクラスでは……孤立してましたね。なぜかって、
  私は英国帰りで完璧に英語を話したから、
   目立ってたんですよね……それで……)

おしゃべりなミウにしてはめずらしく言いよどむ。

「Go on please?」(続けて?) とカリンがせかす。

ミウは難しい顔をしていたが、
やがて決心がついたので語り始める。

「There was a bull in my class」(クラスでいじめがあったんですね)

「Really? it's not story in TV drama?」
  (ほんとー? いじめってドラマの世界だけじゃないのね?)

「Shre.That is a true story.lady karin」
   (ホントの話ですよ。レナ様)


ミウは英国で生まれ育った。
父がロンドンの金融会社に勤めていたからだ。

ミウは生粋の日系人で、白人の血は一切入っていない。
両親が日本人のため、英語と日本語のバイリンガル
(2か国語話者)なのである。

英国は国民投票によってのEU離脱を決定し、
英国に進出していた各国の企業が撤退を開始することになる。

これは金融業にとって致命的な打撃になった。
EU離脱は、共通通貨であるユーロからの離脱を意味したからである。

そのあおりを受け、ミウの父は日本での暮らしを望み、
神奈川支社で務めることになった。

ミウは横浜にあるごく普通の市立中学に通った。


「ミウ、お願い。ここから先は日本語で話して。
 レナたちはミウの過去を真剣に聞きたいの」

ミウは「分かりました」と言い、ゆっくりと語り始めた。


「中学生ってすごく多感な時期だと思うんですけど、
  日本人の女子って無駄に結束感が強いというか、
   なんでも平等じゃないと気が済まないって気持ちがあるんですよね」

さらに続ける。

「私が英語を話すだけでも嫉妬されることは結構あしました。
  日本って国際データによると実は第2言語が英語と
   なっていますから、てっきり誰もが英語を話せるものだと
   勘違いしてました。転校したての頃にいろんな生徒に
   英語であいさつしてたらすっごく浮いちゃいました」

「あらそうなの? 本当に日本人って英語を話せないのね」

カリンが目を丸くして言った。

「英語の授業で教科書をスラスラ音読したら
   先生からはすっごく褒められて男子からは羨望の目で
   見られましたよ。女子たちからはそうでもなかったですけど」

「ふーん。帰国子女はそんな風にみられるのね。
  それにミウは綺麗だから余計に目立ちそうね」

「お世辞でもうれしいですよカリン様?」

「お世辞じゃないって……」

「ミウは誰かと付き合ったりとかしなかったの?
  中学にはかっこいい人もいたんでしょ?」とレナ。

「まあいましたねぇ。サッカー部やバスケ部の人とか。
  いわゆる日本系のイケメンってやつですか。
   付き合った人は……1人だけいたかな」

「その人とは続いたの? デートとかは?」

とカリンが身を乗り出して聞くと、ミウは

「それが……すぐ分かれちゃいました」

と言って顔を伏せた。思い出したくないことだったのだ。

サッカー部員で女子から大人気だった男子に告白され、
何気なしに付き合ったまではよかったのだが、
しょせんは日本人気質の男でレディファーストの文化がない。

欧州的な、洗練された男性を好むミウにとって日本人的な、
本音を直接言わずとも察しろという文化が気に入らなかった。

もっと言葉ではっきりとアプローチしてくれる男性が好みだった。


「日本の人ってどうして初めてのデートの時に手をつないで
  くれないんでしょうね。電話をしても愛してる(love)って
  言葉をくれないし。町を歩くときに車道側に男性が
   立たないし。扉を開けてお先にどうぞってしてくれる人も
   めったに見ませんよね?」

「そうなのかしら? お父様と鈴原たちは
  カリン達にもやってくれるじゃない」

「鈴原は執事だから当然ですけど、太盛様は特別ですねぇ。
  欧州人の考えをよく理解している方だから、
   女性を立てる考えが身に染みてるんでしょうね。
    あそこまで気が利く男性って、日本ではまずいませんよ」

「パパってそんなに気が利くのぉ?」

「レナ様は普段から優しくされてるから気が付ないんですよ。
  ほら。食堂で座るときに太盛様が椅子を引いてくれるところとか」

「え? そういうのって当たり前なんじゃないの?」

「まさか」

とミウが言う。

「話すときは常に笑顔、視線を泳がせない。
  これは相手に不信感を与えないための
  国際コミュニケーションの基本です。
   太盛様はきちんと守っていますよ」

「へえ」と感心する双子。

「残念ながら、私は日本の学校では浮いた存在だったんですよね。
  英国から来た目立ちたがり屋女とか、男に色目を使ってるとか
   言いたい放題陰口を言われてましたね。
   しかも私が振った男子の1人が、校内かなりの人気者だったみたいで。
    彼のファンの子たちからしつように嫌がらせを受けました……」

ミウが話し続ける。

「女子の目立つグループを敵にまわしちゃったせいで
  体育の時間とか誰もコンビを組んでくれないんですよね。
   バレーボールとか。好きな人とチームを組んで
    練習しないといけないのに。話しかけても無視とか
     聞こえないふりをされました」

「陰険ねぇ。そういうことする奴らってバカみたい。
  死ねばいいのに……」

いまわしそうにカリンが吐き捨てる。

「あと嫌だったのは国語の時間ですね。
  日本語は話せるんですけど、読み書きが全然できないから
   授業についていけなかったんです。男子は味方だったんですけど、
    女子たちは漢字に無知な私をバカにしてきました。
    なにせ小学生レベルの漢字さえ勉強してやっと分かる
     レベルでしたから」

「外国育ちのミウに漢字は難しいに決まってるじゃん。
  ミウだって好きで英国で生まれたわけじゃないのに、
   その女たち、お父様が良く言う差別主義者だねー」

「そう。まさにレナ様の言う通りなんです。
  日本人って閉鎖的なんですよね。
  同じ島国でも中東やアフリカ、東欧など、幅広い
  国から移民が集まるイングランドとは全然違います。
   どうして外国人に対して寛容(かんよう)になれないんでしょうね」

「お父様がよく言ってたわね。寛容の精神こそ外国人との
  付き合いの第一歩だって。違いとは優劣ではなく、
   個性の違いだと考えなさいって」

カリンが神妙な顔で言った。


「友達は、よく選ばないといけませんよ?
  私だって女子全員が敵だったわけではありません。
   中には優しくしてくれる子たちもいました」

「いい人もやっぱりいるのね」とカリン。

「もちろんいますよ。悪い人ばっかりだったら
 世の中うまく回りませんからね。ただ、女社会は本当に疲れます。
  料理係の後藤も帝国ホテル時代はそうとう
  人間関係に悩まされたそうですよ? もっとも
  彼の場合は男同士の意地の張り合いだったらしいですけど」


実際に後藤のような大ベテランのシェフでも対人トラブルを
理由に退職に追い込まれる人は少なくない。

特に若者では3人に1人が人間関係を理由に辞めていくという。
同僚、上司、先輩、後輩。社会では胃が痛くなるほど
我慢をしなくてはならない場面がたくさんある。

近年、うつ病は日本人の国民病と呼ばれてるほどだ。


カリンが質問する。

「ミウの高校時代はどうだったの? 
  やっぱり中学と同じでつまらなかったの?」

「もともと漢字が読めないせいで日本の勉強は
  すっごくつまらなかったんですよ。
   文化にもなじめなかったし、途中で辞めちゃいました」

「途中っていつ?」

「高校2年の夏でしたね。パパから猛反対されたけど
  就職先を探して、この島の使用人になりました」


その時の求人案内にはこう書かれていた。

『急募。長崎県の離島での使用人(メイド)
  高収入。好待遇。衣食住完備(豪邸)
   主な職務内容は下記の連絡先まで。
   年齢、学歴不問。外国語が話せる方、留学経験がある方尚可』


「ご党首様と面接した時はそれはもう緊張しましたよ。
   心臓が止まるんじゃないかってくらいに。ご党首様の
    威厳というか迫力にのまれましたね。
     あの御父上のご子息が温厚な太盛様なのですから不思議なものです」

カリンがさらに聞く。

「面接ではどんなことを聞かれたの」

「最初は英語で質問されたので普通に答えていきました。
  生まれとか育ちとか、両親のこととか。
   あと何か国語話せるか聞かれたので、
   フランス語も少し話せると言ったら喜んでました」

それに加えて党首とはキリスト教徒という点でも一致した。
教派は違うものの、同じ神を信仰している以上、根底にあるものは同じだ。

「ええっ。ミウはフランス語も話せるのぉ?
  かっこいいね!!」

「そんなに褒められたものではないですよ、レナ様。
 英国の中学ではだいたいどこもフランス語を学びますからね。
  私にできるのは旅行会話程度です」

「それでも私たちからすれば憧れるわ。
  なによりロンドンに住んでたこと自体がすごいわ。
   ミウは面倒見がよくて優しいし、おじいさまに
    気に入られたのがよくわかるわ」

「うふふ。ここは素直にお褒めの言葉を
 受け取っておきますね、カリン様」

カリンは父に似て素直に人を褒めることができる女の子だった。
日本だったら歯の浮くセリフと言われるだろうが、
カリンにとってはごく自然のことだ。

「あっ。もうこんな時間だね」

レナが時計を指した。

「まあほんとですわね。そろそろ授業を終わりにしましょう」

「はーい」

「それとレナ様、カリン様。先ほどのハンバーガーの件ですが、
  それに近いものならお出しできるかもしれませんよ?」

「ほんとう!?」


翌日の昼である。

ミウが料理人の後藤に頼んでハンバーガーの
ようなサンドイッチを作ってもらった。

「これがハンバーガーなんだぁ。生まれて初めて生でみたぁ!!」

スコットランドから輸入した丸皿に置かれたハンバーガー。
それを見て目を輝かせるレナ。他方、カリンは冷めていた。

「よく見てみないさいよ。テレビCMで見たのと
  ずいぶん違くない? パンが丸くないし、肉に
  ずいぶん厚みがあるわ。マックのはもっと薄っぺらいでしょ」

それもそのはず、パンはフランスパンの生地だった。
もっちりとした触感でいかにもファストフードっぽく
しているが、そもそも生地が高級すぎる。

それに挟まれてる肉も、なんと高級和牛だった。
牛肉の一番良い部位を切り取っており、
焦げ目がつくほど焼いていてこおばしい香りが漂う。

他にも千切りのレタス、トマトはいいとして、
肉の臭みを消すためにオリーブと黒糖まで入ってる。

こういうアクセントのつけ方がいかにもフランス流だった。

そもそもハンバーガーは普通、高級皿の上に置かれてない。
ようするに品がありすぎるのだ。

本物に似てるのは、ぱっと見の外見だけである。
(しいて言えばモスバーガーに近い)

「……すごく美味しい。なんていうか、優しい味。
  でも、ほんとにこういう味なのかしら?
   ケチャップの味が強いとか、独特の匂いがするって
   お父様がおっしゃっていましたけど」

「美味しければなんでもいーじゃん」

いぶかしむカリンと能天気なレーナ。

レナはパクパクと食べて口の周りを汚していくが、
カリンは、一口ずつ慎重に食べては首をかしげている。

「レナ様。お口を吹いてくださいませ」

ウエットティッシュを差し出すミウ。

「ありがとー。ミウはほんとに気が利くんだからぁ」

「うふふ。これもお仕事ですからね」

「ねえミウ。このハンバーガーは本場の味と比べて
 どうなの? あなたも少し味わってちょうだい」

とカリンに言われる
本来なら使用人が主人たちのご飯を口にしてはいけないのだが、
カリンがしつこいので仕方なくほおばる。

(う……うますぎる……。
 こりゃ、貴族階級が食べるサンドイッチといったところね。
  まずお肉の質が良い。食べたあとにお肉の風味が残るのは
   高級牛肉の証拠……。おそらく国産のいいのを仕入れたわね。
   それにオリーブと豆がパン生地と絶妙に合わさってる……。
    かなり計算されて作ってあるわね……さすが後藤)

総合すると、世界一美味しいハンバーガー(自称)と
いったところだったが、本当のハンバーガーが実は
安っぽくて100円程度の味しかしないとは言えない。

あれほどハンバーガー(庶民食)にあこがれて
目を輝かせていた姉妹に対してミウは苦し紛れにこう言った。

「まっ、かなり本物に近い味なんじゃないですかね?
  私が昔食べたのもこんな感じでしたよ」

「そーなんだぁ。ほんとはコーラもあるといんだけどねぇ」

純粋なレナは言葉を額面通りに受け取る。

コーラは低俗だからとママが許可してくれなかったので
フルーツジュースを飲んでいる。もちろん果汁100パーセントだ。

絶品ハンバーガーをまじまじと見つめてるミウを
カリンがいぶかしむ。

「ミウ。あんたペテン師みたいな顔してるわ。
  もしかして私たちに気を使ってる?」

「そんなことありませんって!!
  あぁ懐かしい味だなぁ。
  私もあとで後藤さんに作ってもらおうかな!!」

まさにレナリ姉妹は、皇室の息女並みの箱入り娘たちなのであった。

のちに、話を聞いたエリカと太盛が後藤特製の
ハンバーガーもどきを食べ、激しく感動した。


2人は、「貴族向け高級ジャンクフード」

    「おそらくマリー・アントワネットでも満足するレベル」

と称したという。

のちにこの料理は屋敷の正式なメニューに加わった。


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