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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第2回   序章 後半

鉄格子の先にエリカがいた。


「ごきげんよう。太盛様。夜分遅くに失礼いたします」

「エリカ……よくすずしい顔をしてここに来れたな。
  こんなことして何になる!? 監禁は立派な犯罪だ!!
   君は僕を虐待している自覚はあるのか?」

太盛は鉄格子を両手で握り、
エリカと鼻先が触れるほどの距離まで近づいた。

眼前で失跡しているのに、エリカに動揺は見られない。
まるで午後のティータイムを楽しんでいるかのごとく冷静だ。

「うふふ。お食事なら日に3回出しているではありませんか」

「そういう問題じゃないんだ。
  君に僕の自由を奪う権利があるのか!?
  いつここを出してくれるんだ!?
   目的を言ってくれ!!」

「目的だなんて……」

エリカが手で口を押えながらクスクスと笑っていた。

「ご自分で分かってらっしゃるのでしょう?
  すぐよその女に目移りする、いけない旦那様に
  制裁をしているんですの」

「今すぐ僕をここから出してくれ!!
  君との婚約は解消させてもらう!!」

「それは難しいですわ。なぜなら私たちの
  縁談はあなた様のお父様が強く望んだことだからです。
   お父様は目的のために手段を選ばない方なのではなくて?
    ご子息のあなた様が一番よく知っているのでは
    ないのですか?」

「親の顔色をうかがって生きるのが嫌なんだよ。
   僕は結婚相手すら自由に選べないのか」

「自由とは堕落の証拠ですわ。
  古風だと思われるでしょうが、決められた相手と
   結婚し、長く夫婦生活を営むのが一番幸せなのです」

「よく言うよ……」

太盛が目を細めるが、エリカは笑顔のままで動じない。

壁を相手に相撲をしてる気分だった。

冷静さを失った太盛は、つい口が滑ってしまった。

「君に比べたら、ユーリのように
  おとなしい女の子のほうがよっぽどましだ」

エリカの顔から笑みが消える。

琥珀(こはく)色の瞳には何の意思も宿っていないように見えるが、
太盛は経験からエリカの逆鱗(げきりん)に触れたのだと理解していた。

太盛は、ジョウンとは違うプレッシャーを感じ、
全身の血が凍りつく思いがした。

「まあ。まだそんなことを言う元気がありましたの。
  わたくしは太盛さんと楽しくお話をしてますのに、
  どうしてユーリさんのお名前が出てくるのでしょうね?」

太盛は、もうエリカと目を合わせることができない。
うつむき、エリカの怒りが収まることを祈るしかなかった。

「本当は明日にでも解放してあげようかと思っていましたけど、
  もう少し監禁日数を増やして差し上げますわ」

「ま……待ってくれ。お願いだ。考え直してくれ」

「うふふ」

「エリカぁ。頼むよ」

「うふふふふ。だーめ」

強力な電流が太盛の全身を襲う。

エリカが鉄格子越しにスタンガンを彼のお腹に当てていたのだ。

太盛は短くうねり声をあげたあと、
視野が暗転して死んだように床に倒れこんだ。


「しばらく反省してるといいんですわ。
  次は少しきつめのお仕置きをしてあげます」


それから食事量を減らされた監禁生活が始まった。

基本的に1日に1食。気まぐれ2食出してくれることもある。

メニューも栄養を考えた学校給食のようなメニューから
一転し、ごはん、みそ汁に漬物が少々と、極めて質素だ。

これに煮干しや焼き魚がつけば、ましなほうだった。


高級食材になれていた太盛にとって、十分な虐待となった。

エリカに言わせれば、太盛には婚約者としての
自額が足りないらしい。

父と離れて暮らしていても、結局父の分身のような
エリカが圧政をしき、弱者である人民は従うしかない。


思いつめた太盛は、いよいよ自殺の方法を考えるようになる。

涙はすでに枯れ果て、白髪の割合がどんどん増えていく。
配膳係のユーリは事務的な対応に徹底してるために
しゃべる間もなく、最後に会話らしい会話をしたのは
いつだろうと思った。

島で趣味のバードウオッチングをしていた日々を思い出す。
あの鳥たちを双眼鏡で観察できる日は2度と戻ってこないのか。

実家には厳格な父とは対照的に優しい母がいる。

幼少のころ、外に出かけるたびに
はしゃぐ太盛をやさしく見守っていた母。
子に甘く、愛情を惜しみなくそそいでくれた。

太盛は将来子供ができたら母のように子煩悩な
人間に成りたいと思っていた。

こんな生活では、幸せな結婚生活など望めるはずもない。

枯れてたはずの涙が頬に流れる。

腹の音が鳴た。

この年の男性にとって質素な食事は耐えきれるものではない。
何もすることがないと、おいしい食べ物のことばかり頭に浮かぶ。

ユーリは食器の乗ったトレイを牢屋の前に置き、
無言で去っていく。取りに来るときも一言も話さない。

太盛も、エリカに気を使うためにユーリとは
話さないようにしていた。牢屋の天井の一角に
監視カメラが設置してあるのだ。

白米を一瞬で食べてしまい、みそ汁も飲み干す。

腹が減っていると、つい早食いになってしまうのだ。

太盛はベッドに仰向けに寝て、
今日も変わらぬ天井を見上げる。

洗面所に用意されてる歯磨きセットを
使う気にもなれず、髪もぼさぼさ。

お風呂は3日に一度くらいの頻度で入れてくれるが、
護衛付きなので自由はない




太盛が地下で監禁されてる間に地上では変化が起きていた。

「島に侵入者ですって?」

「左様でございます。エリカお嬢様」

ここは大広間。ソファで偉そうに足を組むエリカのよこに
うやうやしく立っているのは、鈴原という執事長だ。

蝶ネクタイにタキシード姿の洗練された紳士である。
短い白髪を整髪料で固めた中肉中世の壮年男性だ。

仕事上の会話はもちろん、日常会話ですら
たんたんとした口調で話すのが特徴だった。

彼が使用人の中で最も地位が高い。


「ボートは未明にミウが発見したのね?」

「はい。早朝の定期監視の際、波打ち際に
  打ち付けられたゴムボートを見たそうです。
   モーター式のボートと思われます」


職務に忠実で、主君に使えることがわが名誉と
考える古風な人物だった。

太盛の父から信用を得ており、孤島全体の
管理を任されている。時と場合によっては
太盛への制裁を行うことも許可されてるほどだ。

言い方を変えれば、エリカと太盛という
若者たちにとって保護者代わりでもある。

「侵入者は森の中にでも潜んでいるのかしら?
  それともすでにこの館の中へ?」

「お館様が用意した監視システムは健在でございます。
  生身の人間がこの館に侵入するのは難しいかと」

監視システムとは、太盛の父が旧ソ連の内務人民委員の
友人から着想を得た、モスクワのクレムリンに実在した
侵入者迎撃用のシステムだった。

この島を買い取り、洋館まで立てるほどの財力を生かし、
領空侵犯した敵国の戦闘機すら迎撃できるほどの
システムが存在すると噂されていた。

エリカは、防犯対策に関してはすべて鈴原に
一任しているから、詳細は知らない。

「そうね。この館に部外者が侵入するのは不可能に近いわ。
  侵入者は森の中に潜んでいるのかしら」

この島は大きく二つに分けて平野部と山岳部に分かれてる。
山岳部には標高の低い山がいくつか並び、平野には森が広がる。

平野部のもっとも開けた場所に館があるのだ。
館は海岸からそれなりに離れている。

この島の、ちょうど中央部を占領する広大な森。
森の奥地に迷い込むと、帰り道が分からず迷うほどだ。

森の内部は日光がほとんど入らず、風の音、
鳥や小動物の鳴き声が響く野生の空間だ。

エリカは1人では絶対に森に入らないようにしていた。

「エリカお嬢様。ほとぼりが冷めるまでは
  外出を控えてくださいませ」

「ええ。もちろんよ。
 ミウとユーリはどうしているのかしら?」

「ミウには引き続き監視塔で警戒に当たらせています。
  ユーリに地下の武器庫から最低限の装備を
   取り出すよう指示を出しておきました」

「最低限の装備……か」

エリカの脳裏には、歩兵の標準装備並みの武器弾薬が
思い浮かんだ。ここの使用人の雇用の最低条件として
自動小銃や拳銃、ナイフの使い方を教えられているらしい。

いざというときは主人の盾となる。
文字通り命を張らなければならないのだ。

仕えるというのは、そういうことだった。

太盛の父が教えたことは、中世ヨーロッパの
主従関係に近いものがある。

こういったことから、太盛の父は欧州の文化や風習に
深く染まった人物なのだとエリカは思った。

自分の祖先との共通点が多いので親近感がわく。


「侵入者が来たせいでサボる暇もないよ。
  監視って神経使うからなぁ」

メイドのミウがぼやいた。

日本の誇る1流ブランドであるNikonの文字が刻まれた
大型双眼鏡と、高倍率の望遠鏡を使い分け、監視塔の
頂上から地上の変化を見守る。

ニコンの高解像度は桁が違った。望遠してるというより、
遠くの景色が眼前で巨大化したというほうが正しい。

監視カメラの映像とは違い、双眼鏡越しに
見える景色はどこまでも鮮明ですき渡っていた。

現に海上保安庁でも監視にニコンの双眼鏡が使われているのだ。


海上に新たな侵入者が現れる可能性もある。
侵入済みの不審者は森の中にいるのは間違いない。

沿岸部に人影はなく、たまに森の小鳥たちが
不自然に飛び立つ場面がみられる。

森の深い茂みの中までは確認できないが、
ある程度の見当はついた。

(いるね。おそらく森の小川が流れてる当たり。
  あそこには大きな岩場もあるし、大木のほとりで
   テントを張ったりできそう)

ミウの感は正しく、実際に侵入者は小川のあたりで
狩りの計画を練っていた。

メイド服のポケットから袋入りクッキーを取り出す。
監視業務の神経疲れで甘いものがほしくなるのだ。

クッキーは後藤に焼いてもらっている。
後藤は料理だけでなく菓子作りも超一流だった。

ミウの大好物は後藤徳性のチーズタルトだった。
あの生地の硬さと濃厚チーズのハーモニーを
思い出すだけでよだれが垂れてくる。

ミウは身長が150と小柄で、164もある長身のユーリと並ぶと、
デコボココンビと揶揄(やゆ)された。

年はユーリの2つ下でこの当時17歳だ。

長い髪を後ろでとめてアップにしてる。
外見は今どきの女性がメイドルックをしてるといった風だ。


「なるほど。あそこに侵入者はいるのだな?」

「へっ!?」


突然後ろから声をかけられ、食べかけのクッキーを
床へ放り投げるミウ。テーブルに置いていた
カチューシャを急いで頭に装着し、かしこまる。

「ジョ、ジョウン様。いらしてたのですか」

「うむ。島に侵入者ありとの報告をエリカから
  聞いたのでな。急いでここに駆けて来たのだよ」

堂々とした風格のジョウン。急いできたという割に
息が切れた様子はない。監視塔の頂上までは
長いらせん階段を登しかないのだが……。

肉厚の彼女が塔内を動くたびに
監視塔がぐらぐらと揺れるような錯覚すら感じる。

「私にもその双眼鏡で見せてくれ。犯人はどの辺りだ?」

「Over there.my majesty」(あの辺りでございます)

「ふっ。日本語で言いなよ」

ジョウンが大きな口をあけて笑う。

英国暮らしの長かったミウはとっさの場面で
英国式メイドの言葉が出てしまうのだった。

「そんなに私がいると緊張するのか。
  クッキーも捨てることなかったのに。
   食べ物を粗末にするものではないぞ?」

「はっ。申し訳ありません。ジョウンさま」

規則に厳しいエリカと違い、ジョウンはメイドが
仕事中に飲食をしていても叱ったりはしなかった。

そもそもジョウンは居候であり、エリカの友人と
いうことになってる。ジョウンに直接メイドたちに
指示する権利は本来ない。

それでも主人の友人という設定だから
使用人たちがかしこまるのは当然でもある。

エリカ同様に使用人たちもジョウンの風貌と
言動にビビりまくっているのだが、
どういうわけかジョウンはメイドたちは優しかった。

「ミウ。あの侵入者は単独犯で間違いない。
  おそらく金目当ての泥棒か、珍獣ハンターといったところだろう」

「はい」

「私がやつを狩ってくる。君はここで様子を眺めていくれ」

「ジョ、ジョウン様。
  まさかおひとりで行かれるおつもりですか?」

「生身の人間なら大したことないさ。
  それに太盛とエリカにはこの屋敷に住ませてくれたた恩がある。
   こういう時こそ私の出番だろう?」

自信満々に笑うジョウン。不細工だった。
彼女の戦闘力なら全く問題なさそうだとミウは判断。

深々と頭を下げる。

「お……お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「心配するな。私は森にピクニックに行く程度の軽い気持ちだから。
   帰ってきたら後藤にパーティー料理でも
   用意させような? おまえももちろん一緒に飲もう」

「はっ。もったいないお言葉でございます」

「ドンと うぉーりぃ。アんど グッどらっく」

ジョウンは下手くそな英語でそう言い、
窓から降下していった。
(監視塔の高さはマンションの4階に相当する)

自殺したわけではない。

パラシュート用のランドセルを背負っており、
ジョウンが一定高度まで落下するとパラシュートが開き、
庭に下り立った。

そのあとは虎を連想させる速さで森内を疾走。
進路を邪魔をする樹木や茂みをもろともせず、
土煙を上げながら目的地の小川(森の中心部)へと迫る。


「まるで森でダンプカーが爆走してるみたい……」


ミウはキャンディーを舐めながらそう言った。


さて。視点を侵入者に移す。

侵入者の名前はシンヤノモリといった。

漢字になおすと深夜の森である。

彼が森で登場する人物だからではない。
彼の母が、ある人気バンドメンバーの名前をもじって
シンヤノモリにしたのだ。

本人はこのおかしな名前をずっと不満に思っていた。


「イタチやヒグマのような生き物はいるようだが、
  俺の目当ての鹿はなかなか出てこないな」

彼は鹿ハンターだった。長崎県の沖合の島に
珍しい鹿がいると聞いてこの島にたどり着いた。

船上からそびえ立つ不自然な塔(監視塔)が見えたが、さっさと
狩りをしてから逃げるつもりだったので気にしてなかった

今日も夜明けごろ、餌を食べてる鹿を狙っていたのだ。


「む? なんだこの足音は?」

シンヤノモリが地響きがするほどの足音を警戒し、
大木の根元に伏せる。vixen の名を冠する双眼鏡で
あたりを警戒すると、いた。

熊とも人間とも思えない女が、全力疾走する姿が。

女はジョウンだった。

まっすぐにシンヤノモリを目指してやってくる。

瞬時に勝てないと判断したシンヤノモリは、波打ち際の
ボートを目指して疾走するが、距離はだんだんと縮まっていく。

「おいおい、嘘だろあの女。
  どうして森の中であんなに早く走れんだよ。
   ……ちくしょおおおおお!!」

まるで警察のパトカーに追われる犯罪者の気分。

シンヤノモリは足元に落ちていた太い枝でつまずいて倒れた。

急いで起き上がると、目の前には仁王立ちしたジョウンがいた。

「う……うああぁ……」

その迫力たるや、ハンパではなかった。

野生の獣でも出せないと思われる、圧倒的な殺気。

脂肪と筋肉に覆われた肉体は、どんな銃弾さえも
跳ね返してしまいそうだ。そして足に自信のあった
シンヤノモリを一瞬で追い詰めた俊敏さ。

スピードとパワーは、熊やライオンと同等かと思われた。
(実はもっと強い)

「許して……ください……命だけは……」

シンヤノモリは、手のひらを地面につき、服従の証とした。
ボロボロと涙を流し、ジョウンの靴の裏を舐めてでも
助かりたいと思った。


(へえ。結構いい男じゃん)

ジョウンは無言で立っており、圧力を加えていたが、
心の中ではシンヤノモリを悪く思ってなかった。

シンヤノモリの外見は、分かりやすく言うと
ゴールデンボンバーのボーカルが狩人になったと
いったところだ。

細い顔にクセのかかった長めの髪の毛が、彼の目元を隠している。
普段館でみる紳士ぶっている太盛とは違った魅力があった。

学生時代から男にモテたことのないジョウン(当時25歳)は、
容姿の整ったシンヤノモリに惹かれてしまった。

この未開の地では人間との出会いは貴重なのである。

どうせ侵入者なので屋敷に連れて行ったら
エリカに尋問と称される拷問されるのは確実だ。


そのことをシンヤノモリに伝えると、彼の表情が凍り付く。
狩りを生業にしてる以上、自然環境の厳しさ、残酷さは
身に染みていたが、地下で監禁拷問される恐ろしさは違った。

「助けてください。二度とこの島を訪れないと誓います。
 いっそ狩りも今日で終わりにします」

「それが、私も困ってるんだよね。あんたを連れて帰ると
  約束しちまった以上、ここで帰すわけにも
  いかないし、エリカは侵入者をいたぶりたくて
   しょうがないみたいだし」

腕組するジョウンはこの男に対し、珍しく慈悲の心を
もっていた。狩りの対象が動物ではなく人(しかも男)
だったということが大きい。

十字架をふところから取り出し、神に祈りを続ける男に対し、
ジョウンは一つの判決を繰り出した。


「あんた、しばらく私のおもちゃになりな。
  私が満足したら無事返してあげる」 

「は……? それはどういう意味ですか」


固まるシンヤノモリに覆いかぶさるジョウン。
器用にもシンヤノモリの服を脱がしていく。

「うわああああ!?」

叫ぶシンヤノモリ。
口の中に丸めたハンカチを入れられて黙らせる。

男に飢えていたジョウンはなんとこの状態で
逆レイプを始めるのだった。

エリカいわく、ソ連の収容所では女性監視員から
囚人逆へのレイプは頻繁に行われていたらしい。

そんなソ連での過酷な事情を聞いていたために、
なんと孤島でソ連式虐待を実行してしまうジョウン。

戦闘力で圧倒的に劣るシンヤノモリはまだ現実が
受け入れられず、手足をめちゃくちゃに振り回して抵抗する。

ジョウンに耳元で、逆らえばエリカの命令で
地下監禁されると言う。彼は絶望のあまり抵抗を諦めた。


それから1時間後、屋敷へ帰ってきたジョウン。

大広間で待っていたエリカに報告する。

「侵入者は若い男だった。悪いね。
  あまりにも抵抗するものだから逃がしちまった」

「……そうですの。ジョウンさんから逃げれるとは
  中々のツワモノですわね」

「奴の正体は鹿ハンターだよ。
  証拠として奴が残していった備品を渡すね」

テーブルの上に彼の身分証明書、猟銃、双眼鏡、
コンパス、地図、メモ帳、携帯用テント、
サバイバルベストなどの衣服まで置かれていく。

「まあ、所持品がこんなに手に入るなんて
  魔法のようです。彼は着るものさえ置いて
   逃げたのでしょうか?」

エリカは猟銃を慎重に手に取り、
装填されてる弾薬を確認していた。

「ほとんど新品の銃ですわ。サバイバルに必要な
 道具をこれほど揃えていたとは、手練れですね」

「奴は私にビビッて所持品を全て捨てて帰ってしまったのさ」

「いっそボートも置いて行ってくれれば良かったものを」

「……はは。まったくさね」

エリカは、ジョウンの返答のぎこちなさと
視線の動きから嘘を見抜いていた。

ソ連のスターリンはかつてこう言った。

恐怖と暴力以外に人を従える方法はない。
また、恐怖は信用にまさる。

スターリンは部下の報告を聞く際、
必ず細かい質問をいくつかする

5秒以内に返答しない者、目をそらして
返答する者にスパイ容疑をかけて粛清したことがある。

するどい洞察力を持つエリカでも、
さすがに逆レイプのことまで察することは
できなかったものの、ジョウンが秘密裏にボートなど
脱走する手立てを手に入れたものとして警戒した。

この島に住んでいる以上、ジョウンもエリカと運命共同体だ。

特に定期船が来ないなどの理由で食糧事情に困った場合、
ジョウンの森での狩りは貴重な栄養源だ。

勝手に脱走されては困るため、翌日、エリカはメイド2人を
連れて海岸や入り江に舟がないか探し回ることにした。


それが、ジョウンにとって好機となった。


ジョウンはエリカたちが外出してる間に
地下監禁室へ足を運ぶ。


「おーい、起きろぉ。外はもう昼前だぞ」

「うーーん……ユーリの声じゃない?
  そこにいるのは誰だ?」

時間の感覚がなく、日中は寝ていた太盛。

眠い目をこすりながらジョウンの巨体を確認していく。


「太盛よぉ。ずいぶんやつれちまったじゃないか。
  頬がこけて頭は白髪だらけだぞ。
  おまえをここから出してやろうか?」

「……そんなことしてもエリカにすぐ捕まって逆戻りだよ」

「エリカは屋敷の外を散歩してるんだ。海岸のほうだから
  ここから結構距離がある。今ならばれないぞ」

「ここから出て、どうするんだよ?
  ここは孤島だぞ。逃げ場でもあるのか?」

「モーターエンジンで動くゴムボートの都合がついてね。
  今なら脱走するのに時間はかからないぞ。
  私もこの島での生活は飽き飽きしていたんだ」

ちなみに、シンヤノモリにはお手製のカヌーと
木でできたオールを渡し、気合で本土まで帰れと言って見送った。

彼がその後、どうなったかは誰にもわからない。

「どうやってボートを手に入れたのかはあえて聞かないよ。
  逃がしてくれるっていうなら賛成だ」

太盛の瞳に強い意志が宿る。廃人だった彼が、
夢にまで見た外の世界に出れるのだ。

ジョウンのことは苦手だけど
仲間としてうまくやっていく決心もついた。

ジョウンはうなずいた後、剛腕で鉄格子を破壊した。
素手で鉄の檻を破壊したのである。

確かに普通の人間なら物理的に不可能な行為だが、
ジョウンなら朝飯前だ。

牢屋に入るなり、ジョウンは恐るべき条件を出してきた。

「逃がしてやるお代として、あんたの身体をもらう」

「は……?」

シンヤノモリで味を占めたジョウンは、
巨体で覆いかぶさる。

またしても逆レイプを始めてしまったのだ。

ジョウンが太盛の子を妊娠するのはこのためなのだが、
生まれてくる子供がシンヤノモリの子か、
太盛の子なの子はそのあともはっきりしていない。


ジョウンは男にモテない生物のため、
こうすることでしか子孫を残すことができないのだ。

行為が終わり、服を着たところで
エリカ一行が都合よく探索から帰ってきてしまった。

鉄格子が壊された牢屋の中で気絶してる太盛を見て絶句する。

ジョウンは、レイプに夢中でエリカとメイド達が
帰ってくるまでに脱走することを忘れていたのだ。間抜けである。


「これはいったいどういうことですの!?
  わたくしの許可なく勝手に地下に
   入ることは許しませんわ!!」

あのジョウンでさえ、エリカのヒステリーにひるんでいた。
ばつが悪そうに視線を下げ、黙ってエリカの叱責に耐えている。

「太盛さんは、わたくしの未来の夫になる人です!!
  わたくしの管理下に置かなければいけないのです!!
  これは彼の父上殿からも任されていることなのですよ!?」

「すまないエリカ。
  ちょっと彼がかわいそうかなっって思っちゃって」

「かわいそうですって……?
 お仕置きに情けは無用ですわ。
  早いうちに徹底的に教育してあげないといけないんですの。
  彼にはよい父親となるべく、自覚を持っていただけなければ。
   子供ができてからでは遅いんですのよ!?」

「う、うむ。そうだな。
  浮気相の男はよく飼いならさないといけないな。
   これからは女性が家庭をリードする時代だ」

「太盛様は、このわたくしの。わたくしの夫になるんですの!!
  彼はわたくしが導いてあげますの!!
   他の誰でもない!! このわたくしが!!」

「ああ……」

泣きそうになるジョウン。

エリカは右手を自らの胸に置き、感情たっぷりに訴える。
まるでオペラ歌手のように派手なジェスチャーを交えながら。

ジョウンは、もはや白人女性に説教されてる気分になった。

エリカはもっと大声が出したくて
後半は英語が出てしまった。

「Did you bllody understand it!? haa!?」
(理解されましたの!?)

「……え!?」

「Ahh...excuse me,madam.
i'm afraid you are speaking english now」

(あのー、奥様、英語が出てますけど)

「shut up you'r bllody mouth!! miu!!
i am talking to joun!!」

(黙りなさいミウ!! 今ジョウンと話してるんですの!!)

その後、無限に続くような説教の間、
ジョウンはエリカの機嫌取りに終始した。

逆レイプのことは、ばれてなさそうなのでほっとしていた。

普段は優しい語り口調のエリカが声を荒げることは
めったにない。本気で怒ったエリカの声はカン高く、
威圧的で耳障りだった。

英語の凄まじい大音量と迫力にジョウンは漏らしそうになった。

ジョウンがアイムソーリー、ヒゲソーリー、
アベソーリーなどと言って茶化すと、エリカはさらに切れた。

エリカの後ろに立っているユーリとミウは、
エリカから放たれる鬼のような殺気にふるえながら
時間が過ぎるのを待っていた。

しばらく説教したあと、
落ち着きを取り戻したエリカがミウに命じる。

「太盛さんを私の部屋にお連れして」

「はっ、よろしいのですか?」

「檻が壊れれた以上は仕方ありません。
  監禁はもう十分にしたわ。
  今度は別の方法で太盛様を管理する」

「手錠や足枷(あしかせ)を用意しましょうか?」

「必要ないわ。私の部屋のベッドで寝かせておいて
  ちょうだい。彼の世話は私がする」

「かしこまりました」

ミウとユーリがタンカを用意し、彼を運び出そうと
するが、さすがに成人男性なので重い。

太盛は167センチと男性にしては小柄なほうだが、
気絶してる人間を運ぶのは骨が折れる。

「私に任せな」

ジョウンが彼を肩に担いで運ぶことにした。

その勇ましさにエリカ達は関心てしまう。



ベッドで目を覚ました太盛は、見知らぬ天井を見ていた。

牢屋ではなく文明的な部屋の明かりの中にいた。
半分開かれたカーテンから陽光が漏れる。

日が沈む時間帯だった。開けっ放しの窓から
入ってくる生暖かい風が太盛のさらさらの髪を撫でた。

(俺の髪がさらさら!?)

近くにあった姿見で確認すると、太盛は監禁される前と
同じ服を着ていてることに気づいた。
痩せ細っていたはずの顔も元通り、白髪も生えていなかった。

「これは本当に俺なのか?
  それにエリカの部屋じゃないのかここは?
   いったい何が起きたのかさっぱり……」

「……さま」

「え」

「……太盛様」

「エリカ……?」

「お昼寝から目覚めたのですね?」

今まで気づかなかったが、部屋の長椅子に腰かけ、
編み物をしていたエリカが立ち上がって声をかけていた。

何度も名前を呼ばれていたのに、意識がそちらへ
いかなかったために気づくのが遅れたのだ。

「寝起きだから喉が渇いたでしょう?
  紅茶でもお飲みになります?」

慈愛に満ち溢れた瞳。監禁した時の冷徹な
エリカとは、まるで別人のようだった。

「僕を出してくれたのか。
  いったいどんな気まぐれなんだ?」

「なんのことでしょうか?」

「とぼけるのか? 僕を監禁してただろうが」

「ですから、なんの話をしておりますの?」

長い沈黙が訪れる。

太盛は、エリカが知らぬふりをしてる理由が読めなかった。
なにより凄惨なお仕置きをしておいて、まるで
罪の意識がなさそうなことに腹が立った。

いっそエリカの顔にビンタでも食らわそうとすら
思うが、怒りよりも恐怖のほうが勝り断念する。

本来は自分専用の使用人であった鈴原、ユーリ、ミウの
3人がエリカの支配下に置かれてるのは間違いない。

名義上、この館の支配者は太盛の父だが、
裏で支配してるのはエリカだった。


沈黙を続ける太盛が引きつった顔をしてるのに対して、
エリカは花のような笑顔を向けてる。

エリカにとって、あのお仕置きは幼児を軽くしかる程度の
軽妙なものであり、酷いことをしたという自覚は全くない。

太盛を愛するという気持ちに微塵の変化すらなかった。

「太盛様ぁ。おびえていますの?」

エリカの手が彼のほほにやさしく振れた瞬間、
太盛の全身をふるえが襲った。

太盛は、生理的にエリカのことを恐れた。

ジョウンの放つ分かりやすい圧力や殺気とは違う、
心の内に秘められた本物の狂気を目の当たりにしたからだ。

「太盛様のそんな顔も素敵ですわ。
 うふふ。わたくし、たまに太盛様のことを
  さん付でよんでるのはご存知?」

「……ああ。気づいてるよ」

「太盛様はどっちで読んでもらうのがお好きですか?」

「好きなほうで呼べばいいじゃないか。
  僕たちは夫婦になるんだから、いずれ
   ダーリンとかあなたという呼び方に変わるかもよ」

少しエリカに気を使った言い方をすると、
エリカはさらにうれしそうな顔をして
太盛に体重をあずけてきた。

よく手入れされたお嬢様の髪が目の前にある。
リンスの香りが、太盛の尾行をくすぐった。

見た目だけなら、エリカは相当に美しい。

彼女の本性を知らない頃だったら
遠慮なく抱いてしまったことだろう。

「太盛様もお腹がすきませんか?
  今日は精のつくものを後藤に
   用意させておりますの」

「良いね。一緒に食堂まで行こうか」


エリカと肩を並べて長い廊下を歩く。

何気なしに太盛が手を伸ばすと、
エリカは嬉々として手をつないでくれた。

細くて長い指。手のひらは冷たかった。

「わたくし達、もうすぐ恋人から夫婦になりますの。
  ずっと一緒にいたら手をつないだくらいで
  こんな初心な気持ちになったりしないですわね」

「ああ。そうかもね」

「太盛様と一緒ならどこにいたって天国ですわ」

「僕も同じだよ。僕にはエリカしかいないんだから。
  エリカさえいてくれたら他には何もいらない」

「うふふ。お上手なんだから。素直な太盛さんは大好きですわ」

その横顔に愉悦の笑みがあるのを太盛は見逃さなかった。

(エリカは監禁の効果があったと思っているのだろうが…。
  誰がこんな女のことを好きになるものか)

太盛はエリカを赤の他人としか思っていなかった。
虐待と監禁の記憶を簡単に消せるわけがない。
愛の言葉も口から出まかせだ。

横幅のある中央階段を、太盛がエスコートして降りていく。
太盛に手を預けて降りるエリカの優雅さは、映画のワンシーンのようだった。

その時だけは恨みの感情を忘れ、エリカの姿に見惚れてしまう。

「太盛様は優しいですわ」

「当然さ」

男性だから麗しい女性に惹かれるのは当たり前なのだが、
そんな自分がたまらなく嫌だった。


「前菜をご用意いたします」

今日はミルが食事を運んでくれた。

花の刺繍がされたテーブルクロスの上に置かれたのは、
白ワインの入ったグラスと、イタリアンサラダの盛り合わせ。

そこのあるサラダには厚みがあり、サラダの下に
パスタや細切れのウインナー、クラッカーなどが入ってる。

見た目はサラダの盛り合わせだが、
計算されて食材が入れられており、、
上から順に食べていくと様々な味が堪能できる。

「乾杯♪」

エリカと二人きりの食事である。

主人らの食事中はメイドのミウが
壁際に立っている決まりのなのだが、
空気を読んで厨房へと消えていった。


(ワインの味は……こんなにも染みるものだったのか。
  一口飲んだだけで酔いが回りそうだ……)

太盛は、何週間ぶりかに普段通りの食事ができたことに
涙を流しそうになった。

濃厚なブドウの香りが脳を焼き尽くしてしまいそうだった。
暗い地下での記憶がかすれていくのを感じる。

「いつもより食が進みますの」

「僕も同じだよ。ついがっついてしまいそうだ」

エリカの前で監禁時代の話はタブーだ。
彼女の考えは読めないが、太盛に日常を返してくれたのだ。
下手に刺激してもメリットはない。

大好きな白ワインをたしなみ、上機嫌になったエリカ。

ワインを口にするたびに、どんどん饒舌(饒舌)になっていった。


「明日は晴れの予報らしいですわ。
 太盛さんがよろしければ、海岸でピクニックでも
  しませんか? 天気の良い日の海の眺めは最高ですの」

「それはいいね。海にはカモメもたくさんいそうだし。
  大自然の中で食べるものは何でもおいしく感じるよね」

「わたくしは太盛様と一緒にいられるなら、
  どこにいても天国ですわ」

「僕も一緒だよ。僕はエリカのことを愛してるからね」

「まあ。嬉しいですわ」

エリカは、太盛の空になったグラスにワインを注いでくれる。

「もっと言ってくださいな」

「え?」

「わたくしのことを愛してるって」

「……愛してるよ。僕はエリカのことが好きだ」

「うふふ。うふふふ」

「うれしそうだなエリカ」

「それはもう。こんなに楽しい夜は久しぶりですわ」

白い肌が朱色に染まりポーっとした目で太盛を見つめるエリカ。


エリカにとって太盛の気持ちなどそこまで重要はなかった。
彼女は太盛が本心から愛を口にしてないのは良くわかってる。
ただ、夫婦になるという形がほしいのだ。

若い時の気持ちなど、いつかは冷めて消えてしまう。
彼女が求める永続する愛の形とはなにか。

それは強制する力だった。彼を縛っておく鎖が必要だった。
彼がエリカを恐れ、機嫌を取るようになるのも
監禁があったため。エリカにとって監禁は十分に意味があったのだ。

一方で太盛はすきあらば島から脱走しようと
策をめぐらす日々になる。いっそエリカを殺してでも
かまわないと思うほどには恨んでいた。

くやしくみじめだった日々を、
今はお酒の力を借りてすべてを忘れることにした。



「太盛様。準備はできてますわ」

入浴後の深夜、エリカは色っぽい声でそう言った。

それは、男を迎え入れる準備ができてるということだった。

エリカと一緒に寝るのはこれが初めてではない。

監禁後に肌を重ねあうのは新鮮で、
太盛は初めてエリカという女性を知った気がした。

美しいエリカの肌を見た瞬間、太盛の男性としての
本能が活発になる。残酷な過去すら乗り越えて
しまえるほど、太盛の身体を突き動かした。

エリカは、それはもう激しく太盛を求めるようになった。
いきり立った太盛に奥まで突かれるたびに、
激しく身をもだえ、女の声をあげるのだった。

その次の日も同じことが続いた。

次の週も。

子孫を残すという本能的要求のために、
エリカの部屋では夜のたびに行為が行われるのだった。


「愛してますわ」

「ああ。俺もだよ」


それは、一方的な愛にすぎなかったかもしれない。

とにかくエリカは無事に子供を身ごもるのことに成功した。

身ごもったのは、皮肉なことにジョウンの子と
ほぼ同時期だったこと。

その後、2人の奥さんの間で大喧嘩になり、激論が交わさた。

最後は父から届いた一通の手紙により、
子供全員を養育することを命じられた太盛。

子育てに必要な資金は全て父が出してくれることになった。


こうして物語は冒頭のシーンへと戻る。


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