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作品名:孤島生活  作者:なおちー

最終回   「すべてが終わる時」 B
ミウがタオルで太盛の汗を拭いてあげた。

監視塔からの眺めはいつ見ても壮大である。

監視塔は全天候型のガラス張りだ。
太盛は備え付けの双眼鏡で海岸を見下ろす。

風がほとんど吹いてないので波は穏やか。
最近戦争があったとは思えない平和な海だった。

かつて日露戦争ロシア艦隊を迎えたことのある日本海で
ある。今回の戦争では北朝鮮のミサイルが海上を飛び、
日本へ深刻な被害を与えるに至った。

「核攻撃がないだけよかった……」

太盛は自分を慰めるためにつぶやいた。
そんなささいな言葉をミウが拾ってくれた。

「あちらも核で報復されるのが怖かったんでしょうね」

「全面核戦争なんてシャレにならないもんな」

「ここの景色は皮肉ですよね。向こう側に朝鮮半島が
 見えますから。あの国と日本は戦争していたんですね」

晴れならはっきり見える半島。曇り空の今日はうっすらと
見える。2人は敵意と憎しみをもって半島を眺めた。

「もう戦争の恐怖はないんだ。今日は悪天候だから
 夕方までここでのんびりしないか?」

「いいですよ」

屋敷の仕事は双子姉妹とエリカも手伝ってくれるので
ミウの手はほとんど必要としなかった。

この監視業務は、いつ本土からの船が来るか分からないので
非常に重要な業務だった。太盛達はホームラジオと
連絡用のトランシーバーだけ持ってきた。

ラジオは大きいスピーカーを積んでいる。
太盛がFM放送を流すと往年の洋楽ポップスが流れた。
今日の特集は80年代前半のヒップホップとソウルだ。

明るい音楽が二人の憂鬱な気分を吹き飛ばしてくれる。

太盛とミウは肩を並べて座っているが、エリカの目が
ないからといってキスはしなかった。

以前の怪しい関係から仲のいい友達の関係を保っている。

「海鳥がいないな。はるかに遠くを漁船の群れが
 通過していくのみだ。はたしてどこの国の漁船なのやら」

太盛が独り言を言いながら備え付けの大型双眼鏡を
真横に動かしていく。
ぐるりと島の周囲を見渡しても変わったものは見られなかった。

監視は15分か20分ごとに双眼鏡や望遠鏡で確認する。

太盛は念のためもう一度見てみようと思い、
双眼鏡へ目を近づける

「おぉ……」

「何か見えましたか太盛様?」

「ついに見えたぞ。あれは定期船じゃないのか?」

漁船とは明らかに違う。太盛達が見慣れた荷物を
満載してそうな綺麗な船が見えた。

距離は果てしなく遠い。
高倍率の望遠鏡で見ると、船の詳細は分からないが、
漁船とは違うのが分かった。船は間違いなくこの島へ
進路を取っていた。

「エリカ。聞こえるか?」

トランシーバーで館のエリカに連絡する。

船への出迎えは太盛とミウ、それとマリンもついてきた。
マリンは部屋で音楽を聴いていたが、定期船らしくもの
見るとの報告を受けて嬉々として飛び出してきた。

戦争が始まってから島以外の人と関わるのは初めてだ。

太盛達は小型トラックに乗り、海岸沿いを走った。
荷揚げ場へ着くと、さっそく話を聞きつけたジョウンが
先にいた。ジョウンは太盛から双眼鏡を受け取ると、
何度も海を眺めたのだった。

「太盛、気を付けろよ」 

「どうした?」

「あの船。少し怪しくないか?」

「なぜだ? あのデザインは本土からくる船じゃないか。
  ほら。あの色とかさ」

「確かに外見はそうだが、人が乗っている気配がないぞ」

「なに? てことは漂流してるってことか?」

「漂流とは少し違う気がするが、とにかく油断するな。
 全員銃を持っておけ」

ジョウンの油断のなさに全員が緊張した。
太盛達は小型トラックの荷台に積んでいた銃を
それぞれ装備した。全員全て自動小銃である。


「船の上に人が乗っていますわ!!」

マリンは双眼鏡から目を離して言った。
太盛達が確認すると、無人と思われた船の甲板に
中肉中背の男が立っている。

こちらを確認すると手を振って来たので、太盛も振りかえした。

やがて彼の姿が肉眼で見えるようになると、恐るべきことが
明らかになった。

「うーーっす。ひさしぶりっすねー」

その男は太盛達のよく知った男だった。
スーパーマリオに出てくるルイージの帽子を被った男だ。
日本語に堪能な、ロシア出身の北朝鮮のスパイ。

朝鮮国籍のルイージに違いなかった。

「待て!! まだ撃つな!!

射殺しようとしたマリンをジョウンが制した。
ジョウンの言葉がなければミウも銃のトリガーを
引いてしまうところだった。

「もう戦争は終わってるんだぞ。
 奴の態度を見ろ。敵意はないようだ」

ルイージは分かりやすいように両手を上げている。
船が海岸沿いに近づくと声を張り上げた。

「俺たちは太盛さんたちに降伏するっす!!」

激しく当惑した太盛達だが、ジョウンの指示で
船を港に横付けすることを許可した。

ルイージは右の太ももと胴体に包帯を巻いていた。
船の内部から他の仲間たちも出てくる。

仲間たちは朝鮮語を話していた。屈強な体格をしているが、
怪我をしていて満身創痍だった。顔に包帯を巻いている者。
足が折れたのか、自分の力では歩けないものもいる。

「あのー、サーセンすけど医療品とかないっすかね?
 俺の仲間、傷が化膿してやばいことになってるんで」

「あらそうですか。ならいっそ、腐った足なんて
 切り落としてしまえばいいんですわ」

マリンが無機質な声で言い、ルイージへ銃を向ける。

「ちょ……降伏するって言ってるのに撃つつもりっすか?
  うちの国は日本と停戦してるはずっすけど」

「北朝鮮がどれだけ多くの日本人を殺したか
  知ってて言っているんですか?
  あなたにその報いを受けてもらうわ」

「あのーマリンさん? 非戦争下で俺らをやっちまったら
  殺人罪で罪に問われること分かってて言ってますか?」

「そんなの関係ないわ!! お前たちも
  たくさん日本人を殺したんでしょう!?」

「あ、俺たちっすか? 俺たちはちょっと佐世保に
 侵入してイタズラしただけっすよ」

「な……」

軽い口調で衝撃的な事実を告げるのはルイージの癖だ。
マリン達の表情が引きつった。

ニュースで戦争初日に佐世保軍港で北朝鮮の特殊部隊が
暴れまわったという話は聞いた。

目の前の男が特殊部隊の一員だったと知らされて
驚愕するしかなかった。

太盛がルイージに聞く。

「貴様は事件のあと外交ルートで北朝鮮へ返還された後、
  今度は長崎へ潜入してたってことなのか?」

「そうっすね。変換された後、本国で制裁されて
 歯が全部おられたっすけど、そのあとは元気に職場復帰っす。
  うちの国って任務が果たせない人は即制裁されるんで
  こっちも必死っすよ」

「まてまて。長崎に潜入した特殊部隊は全部22人いたという。
  そいつらは自衛隊の反撃で全員死んだと言われたが……」

「俺らはその中の生き残りっすよ。
 佐世保脱出後は日本海をさまよってました。
  もちろん傷だらけでご覧のありさまっすけど。
  ちなみに銃弾もほぼ打ち尽くしたし、そもそも
  持っていた銃も日本に置いてきちまったんで丸腰同然っす」

「おまえのことだ。どうせ何かを隠し持っていて、
 こちらが油断すれば爆弾でも爆破させるつもりだろう?
  この島に来たのはそれが目的なんだ」

「ちげーっすよ。信じてもらえないかもしれないっすけど、
  日本本土で捕虜になると拷問されるって俺らの国では
   教わってるんで、太盛さんたちのとこで捕虜になろうと
   思ったんすよ」

「……虫のいい話だな。俺たちがおまえらをただで帰すと思うのか?」

「サセンすけど、俺ら傷口がシャレにならないほど
  いてえっす。包帯も交換してねえから血と膿がやべえっす。
  真水、ガーゼ、消毒液とか持ってきてもらっていいっすか?
  太盛さんはキリスト教徒だから俺らを見捨てたりしないっすよね?」

あつかましく手当てを受けるのが当然だと思っているルイージに
太盛は腹が立った。それはマリンとミウも同じだった。
ミウはかつてルイージに襲われたことを思い出し、
目が血走り、息が荒くなっている。

マリンは非業の死を告げた本土の人たちの恨みを
今ここで晴らしたかった。銃を握る手に力が入る。

冷静なのはジョウンだけだった。
ジョウンが彼らを手で制す。

「みんな落ち着け。無抵抗の捕虜を殺して
 得るものがあるのか? このクズどもを屋敷へ連れていくぞ。
  下手なことをされないように十分に警戒しよう」

落ち着きのある声に説得力があった。
太盛達は素直に従い、捕虜たちを館まで歩かせた。

ルイージの他に三人の捕虜がいた。足が不自由な捕虜は
他の捕虜の肩を借りながら歩く。傷口が痛むのか、
ルイージ以外の捕虜は歩くたびに苦しそうな声を発している。

ルイージは重傷を負っているのにヘラヘラした態度を
崩そうとしない。

捕虜の列を囲うように太盛達が銃を構えて歩く。
少しでも抵抗しようとしたら即銃殺するもつもりだった。

館まで着くと、エリカの指示で捕虜全員に手錠がされて
地下へ閉じ込めた。地下牢の鉄格子越しに
エリカ、太盛、ジョウン、マリン、ユーリ、ミウがいる。
マリンを含め、全員が銃を装備していた。

エリカが直接尋問する。

「日本語で質問するから、日本語で答えなさい。
 まずは所属部隊を述べなさい」

「朝鮮人民軍偵察局っす。階級は上尉っすね」

「それは特殊部隊ということなのね?」

「うっす」

「あなたは重傷を負っているけど、
  まるで悲壮感を感じないわ。なぜなの?」

「もともとこういう性格になっちゃったんすよねー。
  死を恐れない人間に怖いものはねえんす。
  平和な暮らしをしてるエリカさんたちには
  分からねえと思いますよ」

エリカが目を細めて睨むが、ルイージはまるで動じない。

「それより俺ら、もう帰る場所がなくて困ってるんすよね。
  日本に行っても朝鮮半島に行っても地獄。
  うちの国が戦争で負けちゃいましたからね」

「この島にいても同じことだと思うわよ?
  家族たちはあんたを殺したいほど恨んでいるわ」

「あっ、やっぱ俺らって殺される流れなんすか?
  なんかそういう殺伐とした展開って
   あんまり好きじゃねえっす」

ルイージの緊張感のない態度に激高したのはユーリだった。

「いつまで減らず口を!!」

ルイージの足元にマシンガンを連射した。
短い連射音が木霊し、エリカ達を驚愕させた。

エリカは横目でユーリを見ながら言う。

「よしなさい。まだ話は終わってないでしょ」

「はっ。すみません奥様……」

「気持ちは分かるけどね。
本当は私もすぐに銃殺したいくらいよ」

ルイージはいつこの島から出られるか聞いた。
エリカは、それは一緒ないと答えた。

日本にも朝鮮にも米国にも彼らを引き渡さないと言った。
ルイージが仲間にそれを朝鮮語で伝えると、牢屋の中で
騒ぎが起き始めた。仲間たちは口々にエリカたちをののしり始めた。

虫のいい話である。島に逃げたからと言って安全が保障される
ことはなにもない。そもそもルイージたちを生かすとして、
自給自足生活の貴重な食料を彼らに分け与えることになる。

エリカはカフカース人特有の冷徹な顔で言う。

「手当てする必要もない。かといってこいつらを銃殺して
 私たちが殺人の罪を背負う必要もない。
 このまま牢屋に放置しておきましょう」

「しかしエリカ……。長崎に引き渡さなくていいのか?」

「本土は復興が全然進んでいないわ。
  いつ定期船がやってくるかもわからない。
  それにこいつらを船に乗せてこちらから運ぶのは
  危険すぎる。閉じ込めておくのが一番だと思うけど?」

妻があまりに真剣に言うので太盛はうなづいた。

「閉じ込めるのは分かった。だが監視をつけないとね。
  こいつらはプロの軍人だ。それも特殊部隊。
  いつ脱走されるかわかったもんじゃない」

「そうね。負傷してるとはいえ、ルイージのことだから
  何をしでかすか分からない。なら……」

ルイージが目を見開き、口を開く前にエリカが発砲する。

「ぐ……」

ルイージの無傷だった左の太ももを銃弾が貫通した。
激痛でのたうちまわるルイージ。大量出血で
牢屋の床がどす黒い色に染まっていく。

「あんたたちもね」

エリカが絶対零度の視線で言うと、ルイージの仲間たちも
抵抗する間もなく次々に撃たれていく。
全員が腕や足に一発ずつ食らい、床に倒れた。

軍人たちのうめき声、血と汗の匂い、牢屋は地獄絵図になった。

殺してはいないとはいえ、致命傷だ。
重症者の彼らがさらに銃弾を食らったのだ。、

放置しておけば確実に死ぬ。

エリカは感情のこもらぬ瞳で言った。

「あんたたちは自分から墓場に来ただけね」

「ふ……ふふ……。エリカさんたちに殺されるんだったら、
  まあいいっすよ。日本の軍人に拷問されるよりましっす」

「まだそんな軽口が叩けるなんて尊敬するわ。
  あんたさ、初めからここで死ぬつもりだったんでしょう?」

「そうでも……ねえっすよ? またスキをついてエリカさんたち
  から武器を奪おうとか考えてましたから……でも……
   そこまでうまくはいかなかったっすね……。
    俺たちは以前知り合ってしまいましたから……」

「もしあんたが赤の他人だったら、助けた可能性もあったわね。
  自業自得よ。あんたはここで死になさい」

エリカは自分と太盛以外の人たちに地下から出るように言った。
捕虜の監視はエリカと太盛だけが担当した。

捕虜たちはその日の夜を超えられず、
出血多量が原因で全員死んだ。

エリカは太盛と一緒に彼らの死ぬ様子を眺めた。

エリカは無抵抗の捕虜を撃ったことの罪の意識で
過呼吸になり、太盛にささえられた。

ルイージは最後に太盛の目を見てこう言い残した。

「俺は太盛さんたちのファンっすから、ここが死に場に
  なったことは後悔してねえっす……」

敵である自分らを本当に手当てするようなお人よしだったら
救いようがなかったと、得意げに言って絶命した。

最後まで態度のでかい男だった。

彼らの墓は森の奥に掘った。
土葬したのはせめてもの情けだった。

その後、敵兵の乗った船が島を訪れることは二度となかった。
米朝間で正式な講和条約が結ばれて極東アジアが平和になったのだ。
北朝鮮という国家はこの世から消滅した。

島の住民はもう北朝鮮の脅威におびえる必要はなくなった。

党首は太盛家族たちの本土への帰還を許したが、
太盛達は住み慣れた島を離れるつもりはなかった。

彼らにとってここが唯一の住む場所だった。
党首はそれを許した。

党首は2年後に病気で急死した。残された莫大な遺産は
太盛達にたくされた。太盛家族があと200年生きても
使い切れないほどの金額だった。

太盛達を戦争から救おうとした父の思い、そして遺産を
引継ぎ、家族たちは島で幸せに暮らしたのだった。

ある日の昼下がり、エリカが2階のテラスでお茶を
飲みながら、太盛にこう聞いた。

「太盛様。ここの暮らしは退屈ですか?」

「ぜんぜん。だって僕は、大好きな家族たちに
  囲まれているんだから」

                    終わり
  


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