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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第17回   「すべてが終わる時」 A
五月の半ばをすぎ、今日も畑仕事に精を出す双子姉妹。

夏野菜(トマト、キュウリ、ナス)をビニールひもをつかって
支柱へと誘因し、固定するのだ。

まずは支柱を地面に深く刺し、ひもで結わくのだが、
形をしっかり整えないといけないからコツがいる。

「カリンは手先が器用だねー」

「慣れれば誰でもできるって」

「こうして支えとかないと夏野菜はだめなんだね」

「めんどくさいけど、ちゃんと育つためには仕方ないみたいね」

今日の昼は曇り空である。湿度がないので風が心地よく、
作業しやすい日だった。
支柱立ては簡単なように見えて手間がかかるので時間は早く過ぎていく。

いつか食べられる夏野菜を夢見て作業に精を出す姉妹。

カリンがふと空を見上げると、
不思議な閃光がいくつも見られた。

「ん?」

「どうしたのカリン?」

「流れ星みたいなのが飛んでるんだけど」

「昼なのに流れ星? って、あれはジェット戦闘機みたいな形してる……」

館から後藤が飛び出てきて、姉妹たちを急ぎ屋敷へ招き入れた。
2人ともジャージが泥で汚れているが、お構いなしだった。

リビングにエリカと鈴原がいる。ユーリが無線で太盛達、漁船組に
早く引き返すよう大声で急かしていた。双子はユーリが
声を荒げていることにまず驚いた。リビングには常設のラジオの他に
テレビとノートPCも用意されている。

テレビは信じられないことを報じていた。

「現在も北朝鮮からの断続的なミサイル攻撃は続いている模様……」

ついに全面戦争が開始されたのだ。

米国は三個まで増やした空母打撃軍で、朝鮮のミサイル基地を
集中攻撃したが、壊滅には至らなかった。

報復で北朝鮮が地下や山脈に隠していた基地から大量のミサイルを
発射しているのが現状だった。

党首の予測通りとなり、最初に長崎、福岡、沖縄が攻撃の対象になった。
佐世保軍港では以前から侵入していた北朝鮮スパイ(特殊部隊)が
暴れまわり、港の防衛機能をマヒさせた。

北朝鮮が発射したのはノドン、スカッドなどの短距離から中距離の
ミサイルであり、自衛隊の地対空ミサイルと護衛艦、イージス艦の
防御力では防ぎきれなかった。

北朝鮮が350発以上のミサイルを連続発射したのに対し、
実際の迎撃率は信じられないことに17パーセントしかなかった。
戦争とは演習通りにはいかないものである。

日本国の都市はさらに広島、名古屋まで被害を受けた。
発射したすべてのミサイルが着弾したわけではないが、
ミサイル飽和攻撃の破壊力は圧倒的だった。

核攻撃はされていないとの報道だけが、エリカたちにとっての救いだった。

一方、国土三十八度線では朝鮮軍と韓国軍の死闘が続いていた。
北朝鮮の2万門の大砲が火を噴く。韓国は主力戦車と
航空機の空爆で答えた。陸戦部隊は双方の合計で300万を超えた。

韓国の三大都市にもミサイルの雨が降り注ぎ、壊滅的な打撃を受けた。
米海軍の主力はピョンヤンへの爆撃を強め、戦争開始からわずか六時間で
北朝鮮の主要都市は全て壊滅。地上から確認できる軍事施設の
90パーセントは消滅した。

北朝鮮の敗北は必至であった。

「ついに始まったのか……」

帰って来た太盛達はリビングにとどまり、メディアから流れる
情報にかじりついた。テレビは時々電波が悪くて見れない時があるが、
ラジオだけはどんな時でも情報を流してくれた。

初日以降はミサイルの応酬は止まり、朝鮮半島での地獄の地上戦が展開された。
米韓両軍の最新式の装備に北朝鮮軍はじりじりと後退していく。

米韓軍の総兵力は350万を超える。韓国軍は予備役を招集して
総兵力を450万へ増やした。極東アジアにおいて空前の大兵力である。
自民党は緊急時に際して憲法を改正させて攻撃用の部隊を編成するに至った。

戦争が始まって5日が経った。ピョンヤンへ米韓地上部隊が
進行する直前になって北朝鮮政府は敗北を認める。
停戦条約が結ばれた。

北朝鮮の最高権力者は逃亡し、クーデターが起きた。
キム一族が長年支配していた国家は終わりを告げたのだ。

停戦の仲介をしたのはロシアだった。ロシアは開戦前から
外交での解決をするよう米国に促していた国だった。

国営放送が報じる。

「政府と外務省は停戦が結ばれたことを確認しました。
 今回の米朝戦争で核の使用はなかったとの正式な発表がありました。
 ミサイル攻撃を受けたいかなる地域でも核汚染はされていないとのことです」

さらに韓国メディアも韓国内で生物化学兵器が使用されなかったと
報じた。日本も同様である。懸念されていた毒ガスは使われなかったのだ。

「太盛様。戦争が終わったのですね」

「そうだな……」

エリカが太盛の隣に座り、手をぎゅっと握っている。
エリカは太盛の手のぬくもりが心地よく、頼もしく感じた。

旦那の眼の奥に浮かぶのは、被害にあった西日本一帯の地域の悲惨さである。
現地のメディアが断続的に被害の状況を伝えている。

ミサイルで破壊された街並み。巨大ビル、鉄道、橋などあらゆる
インフラ設備が破壊された。初日の大火災は火の海と形容されたものだが、
いつのまにか鎮静されていた。とにかく被害が大きすぎる。

がれきの山。その下から下敷きになった人間が救助隊によって運び出される。
戦闘装備を解除した陸上自衛隊が復興作業に当たる。

「ご党首様が私たちに島暮らしを強制させた理由は
  この時のためだったのですね」

「僕のお父さんは、本当に未来のことがよく分かる人だよ。
 まるで、占い師みたいにね」

軍事施設のある佐世保、呉、嘉手納が破滅的な打撃を受けた。
日本の艦艇の30パーセントが被害を受けたが、
損傷が大半で沈没船はわずかだった。

航空機部隊の被害は軽妙である。陸軍の被害は
朝鮮上陸作戦に加わらなかったので皆無だった。


戦後は予想通り定期船はやってこなくなった。
島は自給自足の生活が始まった。

「みんな。本土が復興するまで我慢の日々が続くぞ。
  希望を捨てずに頑張ろうじゃないか」

と太盛が音頭を取り、家族たちをはげますのだった。

漁船の燃料はまだ十分に備蓄がある。

野菜の収穫も順調である。肥料も買い込んである。
井戸は三か所掘った。

米は作っていなかったが、父が戦争前に相当な量を送ってくれた。
さらに倉庫に山積みされた缶詰もある。

今すぐ飢えることは考えられないから、太盛の言う通り希望はあった。
日本は阪神大震災や東日本大震災でも復興の速度が速かった。
今回の被害は甚大であるが、いつかは復興すると太盛が頻繁に口にした。

戦争が終わったことへの安堵感。
そして破壊された本土に対する哀しみ。怒り。

マリンは、一度も足を踏み入れたことのない日本本土の
ことを思い、涙を流した。

「お父様。どうして北朝鮮は日本の人をたくさん殺したのですか?
 日本人のことをそんなに恨んでいたのですか?
 昔日本が朝鮮を植民地にしていたから、その恨みなのですか?」

学校や病院にもミサイルは降って来た。マリンと同い年の子供たちも
たくさん死体となって運び出されている映像を見た。

「戦争は、こういうものなんだよマリン。
  起こってしまったものは仕方ないんだ」

優しく言う父。太盛は涙を流す娘を心から哀れに思った。
マリンは父の腕の中で震え続けていた。

「私は北朝鮮のことを許せませんわ。
 日本人だけでなく韓国人やアメリカの軍人もたくさん殺して。
  あの国の人たちは血に飢えた殺人鬼の集まりですわ」

「ああ。そうだねマリン。君の言うことはもっともだ。
 その悪の北朝鮮は、もう滅びたんだよ」

「戦争が終わってもただで終わらせてはいけませんわ。
  今の北朝鮮の政府に賠償してもらうべきです。
  死んでいった罪のない人たちに償いをさせるべきですわ」

「ああ。そうだ。そうだね」

「あんな国。この世になければよかったのに」

朝鮮の北半分の地域は韓国が吸収することになった。
多くの世論の反発を受け、多額の赤字を背負いながらの朝鮮半島合併である。
米国が資金援助を申し出て韓国は快諾した。

マリンは戦争のショックが大きく、その日から家にいることが多くなった。
外仕事に精が出ないのも無理はないので、大人たちは何も言わなかった。

レナカリ姉妹は元気なもので、畑仕事にますます力を入れた。

戦争は五月の末に終わり、季節は六月になった。
島特有の蒸し暑さは双子の体力を消耗させる。

日中の仕事中に汗をかく量が増えた。
喉が渇くので水筒は欠かせない。

それでも日の出前はまだ涼しくて快適だった。
朝は鷹やカモメの鳴き声を聞いて目が覚める。

手間暇かけた野菜が順調に育つのが楽しみだった。
玉ねぎや大根の収穫も順調である。野菜を入れて
重くなったバケツが心地よかった。

レナがカリンに言う。

「今日も良い天気になりそうだねー」

「そーだねー。これ以上暑くなると困るけどねー」

「こんどさ、料理も覚えてみようよ。
  私らが作った野菜を料理してみたいじゃん」

「あっ、それ私も前から思ってたんだ。
  後藤とかユーリに教えてもらうか」

ユーリは後藤の調理の手伝いをよくしていたから、
料理の基礎はしっかりできている。家の仕事は
ユーリに聞くようにと父によく言われていた。

部屋や廊下の無駄のない掃除の仕方もユーリに教えてもらった。
ユーリは利口なので雑巾の掛け方、掃除機の使い方に
無駄がなかった。

自分が見てどう思うかではなく、人から見て綺麗だと
思うように掃除をしなさいというのが彼女の口癖だった。

朝の収穫のあとは屋敷の掃除の手伝い。
午後は天気の様子を見て畑に出る毎日。

テストの点数を気にしていた時期が懐かしかった。
雨の日は外の仕事がないので家で思い思いの時間を過ごした。

六月の第二週になり、梅雨が始まった。

「いただきます」

今日も家族そろっての朝ごはんである。
ジョウンとマリンはいない。

ジョウンはテントを張って森で暮らしている。

戦争が終わっても自らの身体を鍛えることに余念がなく、
たまに屋敷に帰っては飼った獣や釣った川魚を提供してくれる。

ジョウンの生活スタイルは屋敷に来た時からほとんど変わっていない。
家族にとって貴重なタンパク源を提供してくれるありがたい存在だった。

漁船は燃料の備蓄を考えて今は操業を停止している。
マリンはふさぎ込むことが多くなり、朝寝坊の日々が続いた。

朝から雨なのでレナとカリンは少し遅く起きた。

「今日も私たちのおかずの皿多くね?」

レナが言うと、カリンも首を縦に振った。
いぶかしげにエリカを見る。

「レナ達は成長期なのだからたくさん食べないとだめよ?」

「お母さまたちと量が違うのは、ちょっと……」

とカリンが控えめに言うが、太盛は遠慮することはないと笑った。

定期船が来なくなってしばらくたった。現状で本土の復興は
ほとんど進んでいない。戦争の被害は震災とは比較にならず、
インフラ設備が破壊されたために関東から関西への食糧が
十分に供給されず、一部地域で飢餓が発生していると報道があった。

自衛隊のヘリや輸送機が連日空を飛び、生活必需品を
戦争被災者らへ供給する毎日だった。

エリカの提案によって子供たち三人に優先的に
食料を提供することになった。
質素すぎる食事だと将来のトラウマになりかねないので、
できるだけ手間をかけた料理を出すようにした。

親たちはごはんとみそ汁と焼き魚だけ。

子供たちには牛肉、チーズ、アイスクリームなど
保存していた食材を惜しみなく出してあげた。
後藤自慢のイタリアンサラダも庭の野菜を使って
和風にアレンジし、朝食によく並んだ。

後藤サラダはボリューム満点で見ているだけで満足できる。
それだけでなく子供たちに気を使い、例のハンバーガーまで
昼食に出したこともある。残り少ない高級食材を使ったのだ。

「レナ達ばっかりじゃ悪いよぉ。パパたちも
 野菜炒め食べなよ。これ、豚肉も入ってるよ」

「子供たちがそんなこと気にするもんじゃない。
  レナ達はお腹いっぱい食べていいんだよ」

「太盛様の言う通りよ。出されたものはきちんと
 残さずに食べなさい」

「うん……」

食事のたびにこのような会話が繰り返されたものだった。
子供たちは空腹が我慢できないのでエリカに言われた通り
全部食べた。

本土で親兄弟をなくして生きる人たちを思い出すと
どれだけ食料が貴重か分かるものだ。今では姉妹にとって
農業は神聖なものになった。

双子が家の掃除までつだってくれるおかげでミウは外仕事の
頻度が増えた。彼女はほとんど森か山へ行く。
太盛やジョウンに付き添って仕事の補助をしていた。

六月の不安定な梅雨空のもと。ミウは太盛と森を歩いていた。
森で長くテント暮らしをしているジョウンの様子を見に来たのだ。

「ジョウン様。ここにいらしたのですか」

「おうミウか。こんなところまでどうしたんだ?
 今日は悪天候だから獣はいない。おとなしく家にいるといいぞ」

ジョウンは米国製の頑丈なテントを小川の近くに貼っている。
洗濯物を干すための竿(さお)がわりに、ロープが一直線に敷かれている。
支柱となっているのは細い枝を改良したものだ。

アウトドア用の大型テーブルにはコンパス、手書きの地図、懐中時計、
欧州製の小型ライト、チャッカマン、マッチ棒などが置かれている。
その横にはメーカー品の綺麗なたき火台がある。

「エリカ奥様がジョウン様のことを心配しておられましたよ。
 これから梅雨で雨が続きますから、たまには屋敷に
 戻られてはいかがですか?」

「ありがたい心配だが、私は外で過ごすほうが性に合うんでね。
 私は去年、冬の山籠もりも経験した。梅雨の時期なんてなんでもないさ」

くったくなく笑うジョウン。釣り上げた川魚たちがバケツに満載されている。

「おい太盛。この魚を屋敷へ持っていけ」

「いつもすまないな。君の食べる分は間に合っているのか?」

「なに。魚ならまだ釣れるし、その辺の獣を狩ることもできるからな」

太盛はバケツを受け取る。釣ったばかりの魚はバケツの中で
まだ動いていた。川魚特有のしつこい匂いも今では気にならない。
川の浅瀬にはザリガニもいて、煮たり焼いたりして食べることができる。
森の木々には食べられる実もある。

ジョウンはリクライニングチェアのうえで大きなあくびをした。

「太盛よぉ」

「なんだ?」

「マリンは元気か? 戦争が終わってからふさぎ込んでいると聞くが」

「六月に入ってから部屋で過ごす事が多くなったな。
  テレビで見た戦争の被害者たちのことが忘れられないみたいだ」

「そうかい。あの活発だった娘はどこ行っちまったんだろうね。
  あの子が風邪ひいたときのことを思い出したよ。
  食事はちゃんと食べてるのか?」

「食欲はあるみたいだな。出されたものは残さず食べてくれるよ。
  作ってくれる後藤に気を使ってるんだろう。後藤も冷凍保存していた
  肉と魚をマリンに出してあげてるんだ」

「はは。あの子のことだからお父様達より上等な食べ物は
 食べられませんわ、とか言うんだろうな。良い子だからな」

「ジョウンの言う通りさ。説得して食べさせてるけどね」

雨雲が接近してきた。優しいが湿った風が太盛達の頬をなでる。

「おまえたちはそろそろ戻りな。太盛もミウも元気そうでよかった。
 私はしばらくここで生活するから、また魚を取りに来るといい。
 何か変化があったらすぐ教えてくれよ?」

「かしこまりました。ジョウン様。
 何もお渡しできるものがなくてすみません」

「がはは。こんな戦後の非常事態にそんな気遣いは無用だよ。
  お前たちの元気な顔が見れただけで十分だ」

太盛はアウトドア用カートにバケツを入れてガラガラ音を立てながら歩く。
ミウも自然と隣に寄り添い、屋敷へ続く遊歩道を歩く。
いつ雨が降ってもいいようにミウが大きめの傘を持っていた。

「ミウ。一つ教えてくれ」

「なんでしょうか?」

「君は日本に来たことを……いや、この島に住んだことを
 後悔してないか?」

「うふふ。なぜ、そのようなことをお聞きになるのですか?」

「日本は戦争に巻き込まれたじゃないか。
  君は英語圏の国ならどこにでも住めるよ。
   ここで働かずに他の国へ移住する選択肢もあったはずだ」

「ここの暮らしも外国みたいなものじゃないですか。
 家族はほぼ全員英語が話せます」

太盛は、ミウが住民のことを家族と呼んでくれるのがうれしかった。

「英語を話すと故郷を思い出すかい?」

「はい。とっても。倉庫の曇り空も英国みたい。
  晴れた空なんて無効じゃめったに見れないです。
  この新緑の景色も、むこうの田園を思い出します。
   地味な景色で、本当に緑ばっかりなんですよ」

「僕もいつか行ってみたいな、イギリス」

「その時はぜひご家族そろって行きたいですね」

その日は昼食のあと、午後から監視塔での監視をすることにした。
天気は小雨がたまに降る程度で安定しない。

太盛は目の良いミウに付き添う形で監視塔のらせん階段を
一段一段登り、頂上へ着く。


2人とも息が上がっている。
足が疲れたので椅子に座って一休み。
蒸し暑さのせいで汗が止まらない。


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