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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第16回   16
どのみち核ミサイルの打ち合いになる可能性が高い。
米国軍は高性能兵器を集中的に使う先制攻撃で
北朝鮮を一撃で仕留めるつもりだが、はたしてうまくいく
保障などなかった。

後藤がそのことを口にすると、全員の顔が恐怖と
緊張で引きつるのだった。

「あはは……つまりこういうことかしら?
 もう孤島がどうとか、家族がどうとかではなくて、
 へたしたら地球から文明社会が滅ぶかもしれないと?」

自嘲気味に言うエリカに対し、答える者はいなかった。
黙って話し合いを見守っていたユーリとミウは
青ざめている。ミウは、本土と違って核や毒ガスで
汚染されないことだけを幸運に思って自分を慰めていた。

ユーリは、多くの人が死ぬことへの恐怖で心が
押しつぶされそうだった。津波の記憶が鮮明に
よみがえる。

「さあみんな。もう日付の変わる時間だ。
  今日の話し合いはここまでだ。各自休んでくれ」

太盛が音頭を取って全員を退席させた。
みんな明日からの日常があるので一斉に
食堂から去っていく。

残ったのはエリカと太盛。エリカは太盛の手を
ぎゅっと握って言った。

「今日から一緒に寝ませんか?」

「いいよ」

太盛は手を離さずに夫婦の寝室へ行った。

あれだけ憎みあっていたのがウソのように
どちらともなくキスをし、ベッドへ横になる。

「太盛様ぁ……」

「ああ。こいよエリカ」

太盛がエリカにおおいかぶさり、くちびるを奪う。
唇を開いて舌を挿入し、複雑に絡み合う。

今度はエリカが上になり、太盛に甘えながら
ひかえめにキスをした。

何度も互いの位置を入れ替えながら、服を一枚ずつ
脱いでいき、肌と肌を重ねた。

「太盛様……私、ずっとあなたと一緒にいたい」

「僕も同じことを考えていた……。
 どうして今まで気づかなかったんだろう」

開戦が迫っている。いよいよ極東アジア全域で
核戦争が開始される直前になり、彼らはついに
本当の夫婦として結ばれつつあるのだった。

結婚して10年。実に長い月日であった。
死ぬかもしれない恐怖が、彼らを深い絆で結び付けた。

太盛は、ルイージ事件の時にエリカの手を握り続けた
時のことを思い出した。今もエリカの細い指は太盛の
指と絡んだままだ。

「絶対にお前と離れ離れにならないぞ」

「私も同じ気持ちですわ」

強烈な愛撫に耐え切れず、体をいじらしくよじらせるエリカ。
太盛が挿入を始めるとさらに甘い吐息をはいた。

2人が初めて感じる、長くて充実した夜だった。

この日から太盛はメイド達と浮気するのをやめた。
エリカも嫉妬心が不思議と消えてしまい、あいかわらず
主人にべったりなマリンを見ても優しく微笑むようになった。

翌日から子供たちへのホームスクールが無期限中止になった。

子供たちに屋敷の清掃や家庭菜園のやり方を指導した。
使用人たちは手の空いた者から底網漁、狩り、山菜取りなど
食料を得るための仕事にでるようになった。

太盛は冬に備えた薪割りの仕事をさらに増やした。
エリカは節約術を磨き、少ない食材と日用品で
いかにサバイバル生活をできるか研究した。

「戦争とかまじうぜーし。北朝鮮くたばれ」

「ぼやいてないで、早く種まいちゃいなよ。
 ダラダラやってたらいつまでたっても終わらないよ?」

カリンのどやされたレナが大根の種をまいていく。
定規を使い、等間隔にまくようにする。
綺麗に一直線に作られたうねへ2人が協力して
種をまいていく。

うねも自分たちで鍬(くわ)を使って作らされた。
いわゆる、さくきリと言われる作業である。

鍬は重量がある。力の入れ具合を知らないとすぐに
足腰が疲れてしまうし、集中しないとまっすぐ
なうねにならず、盛られた土がでこぼこになってしまう。

家で上品な生活をしていた双子には大変な労働であった。

「すぐ腰が痛くなるし。日差しも強いし、喉かわいた。
農家ってこんなにつらいのぉ?」

「レナ様。しゃべってばかりで手が止まっていますよ?」

「これに比べたら算数の勉強のがずっとましだよ」

「お父様は10年間、自ら進んで畑仕事をされていたんですよ?
 娘のレナ様も覚えてしまえば楽になりますわ」

「ほんとに楽になるのかなぁ?」

拡大した農地で子供たちに農家を指導しているのは
ミウと太盛だ。

子供たちには戦争の危機を説明して生き残るための
実用的な仕事に取り掛からせることにした。
つまり、勉学よりも生きる知恵という、現実的な発想である。

「カリンはすじがいいね。まだ少ししか教えてないのに
 自分から進んで覚えようとしてるから上達が早い」

「ふん。そうやっておだてたって何も出ないよ?」

と言いつつもうれしそうなカリンの作業は
はかどった。力よりも頭脳を使って、くわをぱっと
手から離し、後ろに少し滑らせる。

力を最小限に使い、また体の向きをよく見ながら
まっすぐ動かすコツをすぐにつかんだ。

「さすがカリンはうまいな。
勉強のできる子は畑仕事も利口にできるね」

「だからパパ。おだてても無駄だっての」

作物に肥料と水が必要なこと。
定期的に雑草を取らなければ栄養を吸い取られて
しまうことも学んだ。

消毒の仕方も太盛が実践するとすぐに覚えた。

太盛が大根は栄養豊富で冬の間にためておけば
年中収穫できること、葉っぱもみそ汁のだしなどに
利用できる貴重な野菜であることを説明すると、さらに
やる気を出した。

終始文句を言い続けているレナと対照的である。

レナは口では文句を言いながらも、
母から丈夫な体を受け継いでいたから
慣れるとどんどん体が動くようになってきた。

レナは体育会系なところがある。作業した分だけ
成果がはっきりと見える畑仕事は嫌いではなかった。

そんな生活が2週間もするころには
草取りを欠かさないようになった。

あぶら虫に食われている葉を見つけると
消毒の必要性がよく分かった。

今では双子そろって麦わら帽子にジャージ姿で
畑仕事をするのがさまになっている。

「北朝鮮、まじぶっころす」

と言いつつ、レナは収穫できる野菜をプラスチックの
バケツに取っていく。朝の5時半である。

「ほんと北朝鮮とかこの世から消えればいいのに」

すぐ後ろでカリンが野菜を一輪車へ積んでいく。
カリンも愚痴をこぼしながらも手は休めない。
手慣れたものだった。

レナが不出来な野菜とそうでない野菜を見分けながら言う。

「いっそ私らが戦いに行きたいくらいだ。
 武器の使い方をミウに教えてもらうぜ」

「いいね。今のカリン達は力もついたし、
重い銃も使いこなせるんじゃない?」

「この島には一兵たりとも上陸させないぞぉ」

「そうだそうだ。たとえ攻めてきても
ぜんぶ海岸沿いでぶっ殺してやる」

2人とも農家の仕事をしてからさらに朝が早くなったが、
戦争の危機を理解しているので早起きが
苦痛ではなくなった

屋敷の納屋まで何度も往復して仕事を終えた。

以前の二人なら朝早くからの仕事など苦痛以外の
何物でもなかった。今の彼女たちを動かしているのは戦争の恐怖と
北朝鮮への怒りである。

まもなく朝食の時間になる。

レナとカリンは着替えてから食堂へ行く。
仲良く隣通しに座った。

メニューは野菜を中心とした日本食が中心であるが、文句はない。
明らかにおかずの皿数が減っているのが全員の危機感をつのらせた。

「いただきます」

太盛とエリカ、マリン、山籠もりをやめたジョウンも食卓に座っている。
家族一同がそろっての朝ごはんとなった。

レナがみそ汁を飲みながらカリンに言う。

「あー体がだるい!! 今日は真夏並みの日差しになるんでしょ?」

「そうらしいね。五月の暑さはもう夏だよね。
  昼の外仕事で熱中症になったらどうしよう」

「倒れたらその時だし、気にしないよ。
 汗かいても冬の寒さに比べたらましじゃね?」

「あー確かに。あの冷たい風を受けながら
 作業するなんてゾッとするわ」

「私、腰痛いの少し治ってきた」

「私も。なんか前より汗かかなくなってきた。
  風が吹くと汗が渇いてすごく気持ちいよね」

メニューはご飯、みそ汁、煮物、漬物、デザートのプリン。
話しながらでも食欲があるのでどんどん皿が空になっていった。

双子の会話は話し好きのレナから始まるのが定番だった。

「毎朝早起きで眠いんですけど」

「お昼ご飯を食べた後、急に眠くなるよね。
  つか今も結構眠いんだけど」

「畑仕事ハードすぎっしょ」

「本土の農家はもっと広くて大変らしいじゃん?
農家の人たちを尊敬するよ」

そんな双子をミウが見かねて言う。

「今日は夕方から作業を開始しますから、
それまで好きにされていいですよ」

「まじ? じゃあ昼寝しよ!!」

レナが元気にはしゃぐ。前向きなのは素晴らしいことだと
太盛が良く褒めた。エリカはレナの俗世間風の話し方を
注意しなくなった。

勉強に乗り気でなかったのに、外の仕事に精を出すレナ。
カリンは家にいるのが好きだったのに
積極的に畑に出てくれる。
そんな2人のことをエリカは微笑ましく思っていた。

「二人とも毎日お仕事を一生懸命に頑張って偉いわ」

「お、お母さま?」

まさかの誉め言葉を頂戴した双子は目を丸くした。

「お父様とミウの言うことをしっかり聞いて汗水流して
  働いていると聞いているわ。おこずかいをあげるから、
  食べ終わったらママの部屋に来なさい」

「やったー!!」

目を輝かせる双子を邪魔するようにラジオが速報を報じた。
国営放送のアナウンサーの言葉である。

「自民党は閣議の結果、内部に駐留する自衛隊予備役を緊急招集することを
 決定しました。自衛隊の総戦力は31万人に達し、これに加えて
  全国で隊員を募集する予定です。イージス艦全六隻を日本海側と
  太平洋側に分散配置し、米国海軍と共同で防衛に当たらせる方向で
   調整をしています」

太盛とエリカは言葉を失った。ジョウンも血の気が失せてしまい、
はしが止まった。

子供たちには話が難しすぎたが、大人たちが深刻そうな顔をしているので
計り知れない不安を感じていた。レナとカリンが顔を身わせてから、
マリンにアイコンタクトで質問しろとうながした。

マリンはうなずき、いつものように口を開く。

「お父様。ニュースの内容はどういう意味ですの?
 よびえき、とはなんですか?」

「自衛隊は予備として用意していた人たちまで戦争に
   備えさせているんだよ。今言った31万というのは、
   いま日本国が使用できる全戦力だ」

マリンはつばを飲み込んだ。遠慮なく質問を続ける。

「イージス艦という船で日本は守られるのですか?
  敵が山みたいにミサイル攻撃をしてくるのに、
   日本はどうなるのですか? 31万人で守れるのですか?
   敵は陸軍だけで100万いると言われていますが」

「こっちの海軍力がすごく強いから、
  敵兵が日本海を渡ってくることはまずない。
  問題はミサイルだが、実際の迎撃率は未知数。
  はっきりいって半分は打ち漏らすだろう」

「半分も!? 北朝鮮は数千発もミサイルを持っているのでしょう?
 日本はどうなるのですか!? おじいさまも本土に住んで
  らっしゃるのに、みんな殺されてしまうのですか!?
  それに北朝鮮の核はどうやって防ぐのでしょうか?」

娘が質問攻めをしたい気持ちは痛いほど太盛にはよく分かる。
だが、太盛は国防省に勤務しているわけではないので戦争の行方など
分かるわけがない。父である党首は西日本が壊滅するという予想を立てている。

太盛は父の予想が間違っていることは一度もなかったことを
子供の時から知っている。しかしそれを娘に言っていたずらに
不安をあおるわけにはいかなかった。

「落ち着けマリン」

とジョウンが言う。皮肉なことに彼女は朝鮮国の最高権力者に酷似している。

「この島は攻撃を受けないとご党首様も言ってただろう?
  そのために島暮らしをしてるんだからさ。
  私たちは生き残れるさ」

「私たちだけ生き残れても、他の人たちはどうなるんですの!?
  本土から定期船が来なくなれば生活できなくなってしまいますわ!!」

「そのためにエリカと鈴原が自給自足の計画を作ってくれてるじゃないか。
  定期船も戦争前に急ぎで必要な物資を運んでいる。
  先月に漁船が届いたから底網漁で海の幸が取れるようになるぞ」

「でも船の燃料がすぐになくなりますわ」

痛いところを突かれたジョウンはこめかみを抑えた。
なだめるために言っているのだが、強烈なツッコミをされたら
言葉が続かなくなる。

太盛が入れ替わりで言った。

「マリン、戦時中は国民に自由はなくなるんだ。
  生きることだけを考えよう。生きなくちゃいけないんだよ。
  たとえ国土がめちゃくちゃになろうと、帰る場所がなくなろうとね。
   ジョウンの言う通り、僕らは住む場所が確保されているから幸いだ。
   パパに未来は分からない。毎日しっかりニュースで朝鮮とアメリカの
   動きを確認しようね?」

太盛の言葉は前半部分がエリカの祖父の受け売りだった。
ソ連の政情が不安定だったころに、祖父が
息子であるエリカの父によく言い聞かせていた言葉だった。

ソビエトが崩壊するまでの70年間で一億人を超える人間が
粛清されたという。
エリカはつらいことがあるたびに祖父の言葉を思い出した。
人として生まれたからには、人として死ぬ義務がある。
死ぬまでに自らがすべきことをしろ、ということである。

朝食が終わり、レナとカリンは肩を並べてエリカの部屋にやって来た。
エリカは机の引き出しから封筒を二つだし、双子に手渡した。

「これはあなたたちのお仕事に対する成果です。
  畑仕事だけでなく、自分の部屋とお風呂場の掃除もしっかり
  やっているとユーリから報告を受けています。
 立派な娘に育ったわね。褒美を受け取りなさい」

「え……」

見間違いかと思い、カリンが何度も中身を確認した。
レナはエリカの顔をじっと見て、金額を
渡し間違えたのではないかと疑った。

金額はそれぞれ五万ずつ。計十万であった。
島暮らしをしている二人にも大金だと分かる。

「あの、お母さま……。こんなにもらっていいのでしょうか?」

「もちろんよ。あなたたちが自由に使っていいお金よ。
 ネット通販が使えるうちに好きなものを買ってしまいなさい」

双子は困ったときは互いの顔を見合わせる。戸惑いと混乱で
素直に喜ぶことができなかった。カリンが真剣な顔で口を開く。

「お母さま」

「なあに?」

「このお金があればお肉や魚が買えます。
 私たちが無駄遣いしたら、もったいないと思います。
 みんなの生活のために使ったほうがいいのではないですか」

隣のレナが首を何度も傾けて同意している。

「そんなこと、気にしなくていいのに。どうしてそう思うのかしら?」

「だって……戦争が始まるじゃないですか。
  マリンが遊ぶのは自粛して
  生きるための知恵を身に付けろとよく言ってるんです」

「マリンちゃんがそんなこと言っていたのね」

マリンは山の山菜取りから、ジョウンの漁船で漁まで手伝っている。
太盛も海へ出ている。マリンと太盛は船酔いに悩まされた。
船上で吐いたことは一度や二度ではない。

慣れない漁はそれだけ過酷だった。
双子も最初の頃は畑仕事の辛さを何度も嘆いたものだ。

夕方に真っ黒に日焼けして海から帰ってくる太盛とマリン。
彼らが船酔いと疲れで体調を崩しても、翌朝にはめげずに
漁に行く姿を見ると何も言えなくなった。

「畑仕事をして食べ物の大切さを学びました。
  これからどんな食べ物を残さず食べるつもりです。
  マリンはお姉さん面して生意気だけど、今は
  あいつの言う通りだったなって思います」

「ふふ。面白いわね。マリンちゃんは食の大切さまで
  あなたたちに話していたの。質素倹約を常とする
  太盛様の教えがしっかりと守られているのね」

エリカは優しく手を伸ばした。カリンとレナの頭を
交互になでてからこう言った。

「あなたたち二人の成長を母としてうれしく思うわ。
  そのお金は受け取りなさい。これは母としての気持ちよ。
  もちろん使わなくても構わないわ。
   大事に取っておくのも一つの手よね」

鈴原と話があるからと言って、エリカは部屋を去っていった。
双子は大金の入った封筒をいつまでも握り続けていた。

開戦前夜ともいえる昨今。戦争への恐怖が屋敷の住人たちを
大きく変えてしまうのだった。子供たちは少し早く大人へと成長していく。
子供たちを見守る親たちはただ生き延びることだけを考え続けた。

鈴原は、党首からの連絡をメールで頻繁に受けるようになった。
党首が政府の情報筋から受けた情報によると、いよいよ米国の
空母艦隊が日本海付近に集結しつつあり、一斉攻撃をかけるとのことだ。


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