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作品名:孤島生活  作者:なおちー

第1回   序章 前半

「お父様ぁ。木の枝に珍しい鳥が止まっていますわ!!」

元気にはしゃぐ少女の名前はマリン。
この物語の主人公である、太盛(せまる)の娘の一人だ。

9歳にしてはお嬢様らしく落ち着いた雰囲気がある。

少しクセのついたショートカットの黒髪。
知性と品性を帯びた琥珀色の瞳。

紺色のスカートから伸びる足はまだ幼い。
黒いタイツをはいている
上は高級感のあるグレーのコートを着ていた。

マリンは美少女なので、たとえ地味な服でも
子供モデルなみに着こなしてしまう。

父親から受け継いだ美貌は、
残念ながら世間の目にさらされることはない。

「はは、そんなにはしゃいだら小鳥さんが逃げてしまうよ?
  ここは孤島だから、本土にはいない珍鳥などが
   よく見られるんだよ」

まるで先生のような口調で話すのは父の太盛(せまる)

せまるとは読めない漢字のために
学生時代のあだ名はふともり君だった。

年は33歳。童顔なので実年齢よりずっと若く見える。

ジーンズにダウンジャケットというラフな格好だ。
春を迎えたばかりの時期なので
ニット帽をかぶっていた。

瞳はくりっとしていて、顔の輪郭は女性的。
高校生の時は平凡な女性より美しさで
勝ってると言われたほどの女顔だった。

彼の顔は母親から受け継いだものだ。

平凡な服装の割に物腰は柔らかく、品性を感じさせる。

一見すると人畜無害そうな紳士だ。

「……まあ、遠くへ飛んで行ってしまいましたわ。
  双眼鏡を構える暇もありませんでした」

「鳥はね、こちらから近寄ろうとすると逃げるんだ。
  逆に鳥さんが来そうなポイントで待ち伏せすると、
  不思議と出会える確率が高くなるんだよ?」

「そうなんですの? お父様は物知りですわ」

「はは。物知りって程でもないさ
  バードウオッチングでは常識だからね」

父は慈愛に満ちた瞳で娘の髪の毛をやさしくなでる。
マリンは目を細めながら、されるがままになっていた。

大好きな父。この島では使用人と家族親戚しかいないから、
父は貴重な遊び相手であり、教育者でもあった。

彼らは長崎県からほど近い孤島で暮らしてる。
孤島は、資産家のおじいさん(太盛の実父)が大昔に
買い取ったものである。

遭難者以外で部外者が立ち入ることはまずない。

マリンは生まれた時から孤島暮らしをしてる。

島に住んでる親族で同年代の子供がいるが、
それ以外の子供との関りはない。

悪く言えば閉鎖的な環境で育ってきた。
父は、娘が寂しい思いをしないようにと
毎日暇を見つけては遊びに付き合ってあげていた。

「冬鳥のオオモズがいますの。ほら、あそこの枝の上。
  鳴き声で分かりました」

「ほんとうだ。
  もうすぐ春になるのに、まだオオモズはいるんだね」

父が独身時代から続けていた趣味である
バードウオッチング(鳥見)は、
愛娘にもしっかりと引き継がれていた。

娘は、父の興味のあることにはなんでも興味を示した。
父が流暢なアメリカ英語を話すこと。西洋絵画や
クラシック音楽を好むこと。他にも外国趣味はたくさんある。

娘もすっかり西洋趣味になってしまい。
夜寝る前の聖書の音読をしているほどだ。

「あんたたち、こんな時間まで鳥なんか見てたの?」

威圧感のある声。娘と父に緊張が走る。

彼らがもっとも気嫌いしている女が現れたのだ。

「よく飽きないね。もう夕方だってのにさ」

女は太盛の妻であり、マリンの実の母である。

太盛とマリンは顔が引きつっており、先ほどまでの
のほほんとした雰囲気は消えてしまった。

母のあだ名はキム、ジョウンである。

その女の相貌さ、言動、容姿、態度などが
朝鮮労働党の委員長に酷似していたからだった。

顔は美人とはとても言えないし、太っていて男っぽかった。
唯一褒められるところは長い黒髪のみだが、
星の数ほどある欠点によって台無しである。

不思議なことにジョウンは朝鮮労働党員の服(軍服)を
好んで着ており、色気が皆無どころか、
遠目から見たら女性にすら見えない。

労働党の服は、数年前に難破した朝鮮の漁船が置いていったものだ。
屋敷で保管しておいた軍服をジョウンに与えたのだ。
ジョウンが党員服を好む理由はただ一つ。狩りに向いてるからだ。

本名はナツミというが、彼女のことを誰もその名で
呼ぶ人はいない。彼女は人間の女性であるというより、むしろ……。

グルルルルルル

ここは森の中だ。といっても奥深くに入ったわけではない。
父は娘を連れて森の開けた場所で待機し、
お気に入りの極楽鳥がねぐらに帰る瞬間を待っていたのだ。

ガルルルル

では、この森の奥から響いてくる声は何か?

「熊だねぇ」

ジョウンが言う。

同時に両手の拳を合わせ、指をボキボキならす。


普通の人間なら命の危険性を感じるところだが、
ジョウンは非常に好戦的である。

太盛の腕時計は夕方5時を指していた。

「ガルルr……!?」

熊は人の背丈ほどもある薮(やぶ)の間をくぐって姿を現した。

それと同時に反転して逃げ出した。

その間、わずか10秒にも満たない。

驚異的な判断の速さである。

熊は見てしまったのだ。人にして人あらざる者。ジョウンの姿を。

「逃がしゃしないよ」

「が〜〜〜〜〜!!」

追いかけっこを始めるジョウンと熊。

もちろん追いかけてるのはジョウンだ。
熊は、ジョウンと目が合った瞬間に戦うことをあきらめた。

彼女らが駆け回るたびに木々の間から鳥が逃げていく。

遠目から見てる旦那と娘からは、巨大な黒い影(ジョウン)が
茂みの中を高速で動き回ってるように見えた。


「お父様ぁ。お母さまが暴走してますの」

「あの熊さんはとんだ災難だったね。
 最初は僕とマリンを襲うつもりだったんだろうけど、
  ジョウンに終われたら最後。もう助からないぞ」

娘は父の腕にしがみつき、ふるえていた。

本当は父も絶望的な恐怖を感じており、
足のふるえを抑えるのに必死だった。

「お母さまが熊の後頭部に
  ウエスタン・ラリアートを決めましたわ」

「かわいそうに。熊は川に転落したぞ。
  岩場に頭を強く打ったようで目を回してる」

熊はやがて意識を回復させる。

逃げても無駄なのが分かったので徒手空拳での戦闘を挑むのだった。

戦わなければ殺される。

己の死すら覚悟した全力の一撃を繰り出した。

「邪魔っ!!」

「がっ!?」

熊の放った超高速の右ストレートは、ジョウンの手の甲で払われた。

まるで、うっとおしいハエを追い払うかのような動作。

この一瞬のやり取りだけで素手の殴り合いでは
勝てないことを悟る熊。

それでも攻撃を止めない。止めたら殺されるからだ。

パンチがだめでも体重ならばと、
自重を生かしたタックルを仕掛ける。

人間であるジョウンはさすがに熊の体重を支えきれず、
背中から倒れる。すると熊はジョウンのマウントを取る。

熊が圧倒的に有利な体制になった!!

「ぐるうううおおおおx!!」

咆哮(ほうこう)をあげるヒグマ。
(極めて凶暴なクマ。人が襲われた場合、
  ほぼ確実に殺されるといわれてる)

熊はジョウンの肩に噛みつこうとするが……

「ぶ」

間抜けな声のあと、動きが止まる。

熊は、どういうわけか肺中の空気を吐き出し、
地獄の苦しみを味わっていた。

実はジョウンの拳が熊のみぞおちに突き刺さっていたのだ。

俗にいう腹パン(しかもカウンター・アタック)

このゼロ距離で、しかも馬乗りになった相手に対して
ジョウンは腹パンを放ったのだ。

しかも熊という巨体に対してである。
熊の毛皮、筋肉、脂肪など、あらゆる防壁を破って戦闘不能にさせた。

熊は地面にうつぶせになり、苦しそうに咳をしていた。

しばらくして咳が収まると、明後日の方向へ
匍匐(ほふく)前進をはじめる。

少しでもジョウンから距離を取ろうと必死なのである。
熊から戦闘の意思は完全に失われてしまったのであった。


それにしても、あの状態からカウンターの腹パン。
言葉にするのは簡単。物理的には不可能に近い芸当なのだが、

「お母さまは戦闘力の高いお方ですから」

と娘が言う。妙に説得力のある言葉だった。

父も無言でうなづいた。


力およばす、熊はジョウンに狩られてしまった。

その日の夕食は熊の肉となった。

ジョウンは肉が大好物なのである。


「ジョウンさま。本日のメニューは熊鍋でございます」

うやうやしくお辞儀をするシェフの後藤。

後藤は、かつて帝国ホテルで多数の部下を
持つほどの地位にいた男だ。

顔つきはいかめしく、オールバックの黒髪は
やくざを連想さるが、性格は冷静沈着であり正義感が強い。

彼は一年前にホテルを退職し、長い就活の末に
この屋敷にたどり着いた。定年退職までのわずかな
期間をこの屋敷の料理長として過ごすつもりでいた。


「うむ。見た目はなかなか悪くないようだ」

食堂の長テーブルの中央に鎮座する(武将座りともいう)ジョウン。

彼女はいつも早めの夕食(六時半)を一人で取る。
なぜ旦那と娘とは取らないのか?

理由は簡単で、2人がジョウンの放つ圧倒的なオーラに
耐え切れず、スープをこぼしたりするからだ。

「熊の鍋を食すのは初めてである」

スープの入っている鍋を見下ろし、
スプーンを手に取るジョウン。

野菜がたっぷり入っており、肉のだしも効いてる。
湯気を立てる鍋からは濃厚な香りがして、
ジョウンの腹がぎゅるぎゅると鳴った。

肉をレンゲですくい、口へ運ぶと……。

「おい。熱いじゃないか!!」

「も、もうしわけありませんっ……
  このメニューは出来たてでございまして。
   この温度によって鍋のうまみが最高に
    引き立つと心得てる次第でございま……」

言葉をさえぎるようにジョウンの拳がテーブルを乱打する。

「私に出すなら少し冷ましてからにしておけ!!
  貴様のせいで舌を火傷してしまったではないか!!
   味など全然わからなかった!!」

「ただいま氷をお持ちいたします。
  少々お待ちくださいませ」

後藤は奥の厨房へと消えていく。

なんとジョウンは猫舌だったのだ。

叱責を受けた彼は心臓をわしづかみに
されたほどの恐怖を感じており、足元がふらついてる。

後藤が臆病だからというわけではない。
彼は今年で57の誕生日を迎える。

前職は帝国ホテルのシェフ。料理の腕は自他ともに認める超一流だった。
彼は帝国ホテル時代に自分のやりたいことは
ほぼ全てやってきたと自負していた。

長年勤めていると、自然と人は入れ替わっていく。

彼は後から入ってきた若い連中の無意味な派閥争いに
疲れ果てて辞めることにした。長く悩み続けた末の
結論であるので後悔はしてない。


この屋敷で数年働き、還暦を迎えた後は
田舎で別荘を購入して静かに暮らそうと考えていた。

もう二度と、価値のない人間達のいさかいに
巻き込まれたくなかったから。


「ジョウンさま。冷たい氷と水でございます」

レストランでいうところのお冷を差し出す後藤。
彼の手は不規則にふるえ続けてる。

「ふん」

それをボクシングのフックのような動作で奪い取るジョウン。

水を一気に飲み干した後、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「あたしは、ちんたらメニューを出されるのが嫌いなんだ。
 デザートとかおかずもあるなら今のうちにテーブルに
  並べておきな」

「はっ、ただいまご用意いたします」

後藤は駆け足で厨房へ行き、待機させておいたメイドに指示を出す。
配膳用のカートに、大食いのジョウン用の食材を満載させた。


「ジョウン奥様。お待たせいたしました。
  本日のフルコースでございます」

29歳のメイドが、愛想笑いをしてジョウンの前に現れた。
テーブルに食材の乗った皿を並べていく。

メイドの名前は、ユーリという。

色白で長身の女だ。背筋がすらっとしていて、
理知的な印象を与える。

切れ長の瞳の奥には確かな知性が宿っている。

後ろでまとめた長い茶色の髪には妙齢の
女性特有の色気があり、女優やアイドル並みの美貌を持っていた。

きっちと着こなしたメイド服に彼女の生真面目さが
宿っている。茶髪の上のカチューシャも良く似合っていた。

ユーリが食堂にいるだけで高級レストランの
雰囲気になるほどだ。

ジョウンとは比較にすらならないほどの美女だ。
両名が対峙すると、まさに美女と野獣というにふさわしい。

「ほう……」

ジョウンが今夜の夕食に見とれる。

ブラジル風にチーズとアジを絡めたフライ。
チーズの粘っこさとアジの肉がうまく絡んでいて、
一度食べたら病みつきになる。

日本で定番の鶏のから揚げには、少し辛目の
スパイスをふんだんにまぶしてあり、食欲をそそる。

厚めに切ったステーキ肉には、慎重に火を通してあり、
冷めても風味を損ねないよう配慮されてる。

ジョウンはこの牛肉を食べた時の、
鼻の奥から抜けていくような香りが好みだった。

バターロールのお皿のわきには、
控えめにマーガリンが盛ってある。

脂っこいものばかり食べてるときには、
こういうパンの質素な味が恋しくなるものだ。

ココナッツ風味のプリンケーキは、これまた
シェフ自慢のブラジル家庭料理の味だ。

南国特有の太陽を浴びたココナッツの深く、
とろける甘さがたまらない。

後藤はブラジルだけでなく、様々な外国料理に精通してる達人だった。

彼が採用試験で太盛の父にフレンチ、イタリアンを
ふるまった際、感動した親父殿が友人として
振舞うことを許可したほどだった。


ちなみにサラダはジョウンが嫌うため出してない。
  後藤自慢のイタリアンサラダと白ワインは
   ジョウンに不評だったと知ったとき、
   彼は相当なショックを受けたものだ。

そのため、飲み物はワインの代わりに缶ビールが何本も
並べられている。ジョウンが本土に住んでいた時に
毎日夜にビールを飲んでいたからだ。

この貴族の食卓といえる大食堂に缶ビールである。
あまりのシュールさにユーリは笑いそうになった。


「ジョウン奥様。以上が本日のフルコースでございます。
  食材についてのご質問は
   直接後藤へ伺(うかが)ってくださいませ」

使用人を呼ぶベルはテーブルに設置してある。

「ご苦労だった。どのメニューも実に美しい。
  見てるだけで満足できるほどにな」

「恐縮でございます」

「あー、世辞で言ってるわけではないんだよ?
  そんなにかしこまるなよ」


ユーリの言動、動作一つ一つに品があり、
使用人というよりこの館のお姫さまといったふうだ。

こんな孤島の別荘で
働いてるのはもったいないと誰もが口をそろえていた。

また、その年で独身であることも。

ここではまだ明かさないが、彼女が独身でいるのには、
忘れがたい過去の苦い経験によるものだった。


「ごゆっくりお食事をお楽しみくださいませ。
  わたくしはこれで失礼いたします」

「待ちな」

「はっ?」

「ユーリは実に気が利くな。良い召使である。
  今夜は私の酒に付き合うがよい」

「わ、わたくしがですか?
  しし、しかし……奥様とお食事の席を共にするのは、
   私ども使用人にとっては……」

「奥方と使用人とかではなくでだな。
  おまえに向かい側の席に座ってほしいのだよ」

「だ、旦那様や他の使用人たちに対する示しもありますので、
  恐れ入りますが承知しかねます……」

「ええい、私が飲めと言っているのだぞ!!」

ジョウンの怒声はそれはすごい迫力だった。
ぴしゃりと、脳天にハンマーの一撃を食らうほどの衝撃である。

ジョウンが切れるのは、お湯を入れたカップラーメンができるより早いのだ。

ユーリは恐ろしさのあまり委縮してしまった。

ユーリは年の割には大人びていてる。
職務に忠実な姿勢は、メイド長や後藤からも高く評価されてる。

その彼女でさえ、ジョウンの前では小動物のように
縮こまるしかないのであった。


「大変失礼いたしました
  すぐにワイングラスを持ってまいります!!」

深くお辞儀をしてから、厨房へと走るユーリ。

ジョウンとかかわった人間は誰でもこうなるのだ。
それは、人間なら誰しも(熊もだが)本能で
ジョウンは本質的に怪物なのだと悟っている証拠。

ユーリの赤ワインとジョウンの缶ビールで乾杯しているのを、
太盛とマリンは庭の雑木林の陰から見守っていた。

ユーリのワイングラスは終始ふるえ続けていた。
精神的に限界が訪れるのは時間の問題だろう。

マリンはお気に入りの熊さん人形を抱きながらパパに言う。

「ユーリちゃんはお酒が苦手なのに、
  無理やり飲ませるなんてかわいそう」

「仕方ないよ、逆らったらあいつに何されるか
 分からないからね。もっともあの状態じゃあ、
  ユーリちゃんには味なんて分からないだろうけど」


ところで、なぜ彼らが庭の木の陰などという、
屋外から食堂の窓をのぞき込んでいるのか、理由は簡単である。

ジョウンの近くにいるのが怖いのだ、

仮に使用人たちがジョウンの機嫌を損ねた場合、
食堂で暴れかねない。そうしたらワイングラスやお皿が
四方八方に投げつけられることは必至である。

同じ部屋にいるのは論外。廊下から扉をこっそり
開けて様子をうかがおうものなら、3秒以内に気配を察知される。

したがって、10メートル以上離れた庭から、ニコンの
双眼鏡を使ってジョウンを観察しているのだ。

太盛は使用人たちがジョウンに危害を加えられないか
本気で心配していた。
彼らが倒れてもタンカで運ぶ用意はすでにできてる。


「太盛様、こんなところでじっとしてたら
  風邪をひきますわよ?
   早く屋敷へお入りになって」

「エリカこそ何してるんだよ、こんなところでさ」

エリカと呼ばれた女性は、太盛のもう一人の奥さんだった。

太盛には奥さんが二人いて、一人はこのエリカ(本妻)
もういっぽうはジョウンである。

奥さんが二人いる理由は後述する。

「夕方の散歩をしてましたの。最近は日が暮れるのが
  遅くなってきましたから、外の空気を
   吸っておこうと思いまして」

「君こそこんな薄着で大丈夫なのか?
  僕は君が風邪をひかないか心配だよ」

旦那が指摘するように、エリカは着物姿で草履をはいていた。
この格好は彼女にとって普段着なのだ
エリカは古風な家で育った本物のお嬢様である。

太盛とエリカの両親の間で縁談が持ち上がり、
この島での生活を始めて、はや10年が過ぎた。

出会ったばかりのころは、互いに20代の若者だった。

季節は3月のお彼岸が過ぎたころだった。
孤島の潮風は冷たく、朝晩の冷え込みは真冬とほとんど
変わらないほどだった。

太盛は自分のダウンジャケットを脱いで
エリカの肩に乗せた。するとエリカの頬が朱に染まり、
婚約者時代を思わせる乙女の顔になってしまう。

「うれしいですわ。
  わたくしを心配してくださるのですね」

「君は僕の大切な妻だ。当然だろう?」

彼の男性的な思いやりがエリカは大好きだった。
太盛は格好つけてるわけではなく、こういう
キザなセリフが自然と口に出てくる男だった。

こういう優しさが、ふいにどの女性を虜(とりこ)にするか
わからないという危険性も帯びているのだが。

とん、とエリカは体重を太盛に預ける。

太盛はエリカの腰へ手を伸ばし、ゆっくり抱きしめた。
エリカは黙ってじっとしていた。

外は風がだんだんと勢いを増していくが、
密着している夫婦は互いの体温を交換しあっていた。

太盛のセーターから優しい香りがして、
エリカの気持ちはますます盛り上がってしまう。

太盛もエリカを肌で感じて
顔が赤くなり、少し吐息が荒くなっている。


そんな2人をつまらなそうな顔で見つめる少女がいた。

マリンである。

マリンは少しうつむき、にらむような眼で父とエリカを見ていた。
口には出さないが、不満そうな顔であった。

子供の見てる前で何をしてたんだろうとエリカは空気を読む。

エリカは腰をかがめ、マリンの髪を撫でながらこう言った。

「ごめんなさいね。マリンちゃんのことほったらかしに
  していましたわ。わたくしとしたことが、恥ずかしい
   シーンを見られてしまいました」

「わたくしのことは気にしなくていいんですのよ。
  エリカおばさまもお父様の伴侶なのですからね」

「マリンちゃんはいつ見ても綺麗です。
  髪もお肌も……お人形さんのように綺麗。
   太盛さんの血を深く受け継いでる証拠ですわ」

「うふふ。エリカおばさまったら、いつもお上手ですわ」

マリンをほめるエリカのほうこそ、絶世の美女だった。
旦那と同じ33歳ではあるが、年齢的な肌の衰えを
全く感じさせない。

30台特有の大人の色気に、すっかり魅了された太盛は
何度一緒に肌を重ねても飽きることはなかった。

粗暴で野獣としか思えないジョウンとは、
比べること自体がエリカに対する冒とくである

ジョウンは暇さえあれば狩りをするか酒を飲むかしているが、
エリカは教養のある女性であり、芸術を好む。

西洋趣味の太盛とは出会った当初から意気投合していた。

国内の交響楽団の演奏を聴きに行こう、
むしろ特定の楽団の定期会員になろうとか、
あるいは各地で開かれる美術展にはぜひ足を運ぼうとか、
計画は無数にあった。

だが、ずっと孤島で生活してるため、すべて夢で終わった。

彼らには太盛の父が残してくれた遺産であるこの島だけが
人生のすべてだった

目にできる絵画は、あらかじめロビーや大広間に
飾ってある風景画と肖像画だけ。

音楽は、屋敷のリビングと食堂に設置された高級オーディオで聴ける。
音楽のジャンルはクラシック、ジャズの名盤CDとレコードのみ。

若者文化であるポップスは存在しない。
歴史や伝統を好む父の性格がよく現れていた。

「マリンちゃああん。早く屋敷に入りなよ!!
  今日のお夕飯は熊の鍋だよぉ!」

「レーナちゃん。うん、今行きますの!!」

玄関から元気に呼びかけた、レーナ(玲奈)という少女は
太盛とエリカの間にできた子供だ。

年は9歳でマリンと同学年。

つまり、エリカとジョウンは同じ年に出産していたのだ。

マリンは、心も体も完全な父親似であり、
少しほほえむと花が咲くほどの美少女である。
ジョウンの獣っぽさは存在しない。

いっぽうのレナは、母からも父からも美貌を
受け継げなかったのか、顔は10人並みだった。

体型は小太りで、言葉遣いもお嬢様らしくなく、
本当にその辺の学校に通ってる女の子と変わらなかった。

エリカが徹底的なお嬢様教育を施したのにも
かかわらずである。いつまでたっても娘がお嬢様らしい
気品が感じられないことが母の悩みの種となっていた。

いっぽうで娘の髪質だけは認めていた。

腰まで伸びている美しい黒髪。癖が全くなく、
お人形さんのように整っていた。

「レナ。女の子が大声をあげるものではありません。
  はしたないですわよ?」

「はーい。ごめんなさいママぁ」

なんともやる気の感じられない声だ。
母の小言はとっくに聞き飽きていたから、
何を言われてもこうして受け流すことにしているのだ。

「はぁ……」

レナの双子の妹であるカリンは、玄関の扉の前で
つまらなそうに立っていた。

双子だけに容姿は瓜二つだ。カリンのほうが
いくぶん痩せているが、標準体型より太っている。
背中に丸みがあり、よく言えばぽっちゃりした体型だ。

日本人らしいスレンダーな体系の母と対照的である。

カリンは使用人たちにレナと間違われるのが嫌で、
髪の毛を両サイドで結ぶ、いわゆるツインテールにしてる。

「カリン。今日も日中は家で勉強してたのかい?」

「はい。学生は勉学に励むべきだとママに言われてますから」

「えらいね。カリンは」

頭を撫でられ、うれしいような恥ずかしいような
複雑な表情をするカリン。

彼女は内向的で皮肉屋。意見を述べるのが得意だが、
人の気持ちを考えるのが苦手だった。
エリカから可愛げがないとよく言われていた。

外で遊ぶのが好きなレナとは違い、家で本を読むことを好んだ。

この日のカリンは、自宅用の学習教材で
算数や理科の勉強をしていたのだ。彼女は理数系に強い。

積極的に勉強に励むカリンのことを父は気に入っていた。

父はしゃがんで、カリンと目線の高さを合わせる。

「たまには森を散歩してみないか?
  お母さんにお弁当を作ってもらって
  ピクニックとかさ。もうすぐ春だから
   この島でも桜が咲く時期になるよ?」

「お外に出るよりも
  この前買ってもらった小説の続きが読みたい……。
   レナみたいにお外ではしゃぐのは子供っぽくて
    カリンにはあわないよ」

「本は夜でも読めるよね?
  たまには自然の中ですごすのもいい経験だ。
   いろんな生き物がいて、たくさんの発見がある。
     何事も勉強だよ?」

「うーん、どうしようかしら。
  お父様がずっと一緒にいてくれるなら行くかも……」

「じゃ、約束だ」


太盛には妻が二人いる。エリカとジョウンである。

ジョウンとエリカには、それぞれ太盛との間に
作った娘がいる。

真凛(マリン)はジョウンが生んだ。
エリカが生んだのは怜奈(レナ)と花梨(カリン)である。

なぜ太盛には奥さんが二人いるのか。

なぜ、二人の奥さんとの間に子供を作ったのか。


それについて説明を始めよう。

時間を10年前に巻き戻す。


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「この屋敷での暮らしは、思っていた以上に退屈ですね」

太盛にそう言ったのは同居人のエリカである。

「毎日同じ景色を見てるからね。この景色はもう見飽きたよ。
  たまには本土の空気を吸ってみたくもなる」

太盛は2階のテラスにいて、椅子に腰かけていた。
エリカは太盛の横に寄り添うように座っている。

椅子の前に頑丈な三脚に備え付けられた大型双眼鏡がある。

太盛はここで鳥の観察をするのが好きだった。

テラスからは、島の自然が一望できる。
大きな古びた屋敷の前には、森が広がっており、
野鳥の観察にはぴったりだった。

毎朝早く起きては野鳥の鳴き声に耳を澄ませ、
風を肌で感じ、自然と親しむのが日課だった。


ここは資産家の父が20年以上前に買い取った島。

どれだけのお金があればそんな芸当ができるのか、
太盛には想像もつかなかった。

壮大なお屋敷は古さを感じさせないほど立派だ。
遠目から眺めると圧倒されるほどに。

「あなたのお父様は、俗世間は穢(けが)れてるとおっしゃいました。
  ですから、この孤島での生活でご自身を
   見つめなおしてはいかがかと......」

「いったい、なにを見つめなおせっていうんだろうね?
  僕達はここで暮らしてもう半年になる。
   緊張感のない毎日だからか、時間が過ぎるのが早いもんだよ」

テーブルの上にはティーカップと経済新聞がある。

太盛は新聞を隅々まで読んでいくのが日課だった。

目立たないところに素朴で
面白い記事がたくさんあることに気づいた。

会社勤めをしていた頃は新聞を読む時間が
作れなかったから、贅沢な時間の使い方であった。

休日は日曜だけで土曜も祝日も休みなく働かされた。
仕事のためだけに生きてきたつまらない人生。

仕事の量が多すぎてとても定時までに終わらず、
平均で22:30まで働かされていた。繁忙期になると毎日
日付が変わるまで働いた時もある。

太盛はストレスから異を壊し、油物を食べるたびに吐いた。

会社の社員で将来を絶望視して飛び降り自殺する人が後を絶たない。
新聞に載っていた、つい一週間前に電車に飛び込んで死んだのは、
太盛の隣の部署で務めていた男性(妻子持ち)だった。

その事例は氷山の一角なのだから恐ろしい。
太盛の上司は、報道されるだけましだと言っていた。

太盛の勤めた会社は完全なブラック企業だったのだ。

心の病気になる前に他の会社を探そうと思い、
父に直談判したところ、激怒された。

家長である父から、就活以前に早めに
結婚して身を固めろと言われたのだ。

会社には長期休暇を取っているが、もう半年も休んでいる。

おそらく自動的に解雇されてるに違いないと太盛は思った。

というのも、外部との連絡手段は限られてる。
この孤島にはインターネットや電話はなく、
定期的に訪れる連絡船が、唯一の外界との接点だ。

息子思いの親父殿が、
あえて外界から隔離されたこの島へ招待したのだが、
時代を変えれば島流しと呼ぶにふさわしい。

『太盛!! おまえはいつになったら長男の貫禄が宿るのだ!?』

父は、息子に以上に厳しかった。同時に過保護でもあった。

温厚な母とは対照的に、成人してからも息子を
公然と叱ることで近所でも有名だった。

『男児、所帯を持って初めて一人前の男として認められるものだ。
 長男としての自覚を持て。本土(シャバ)の世界へ戻るのは
  それからだ。島での生活でおまえ自身のことをよく知るがいい』

父は一代で財を成した資産家だったから、
彼のいうことは家では神の言葉に等しかった。

父の決めた大学に受かるために勉学に励み、
資格を取り、本を狂うように読み漁った。

父が息子をこの島で暮らせと命じた。
逆らう権利は息子には存在しない。

「わたくしの父は、太盛様のお父様にお金を借りていましたの」

愁(うれ)いを帯びた瞳のエリカ。
肩の上で切りそろえられた黒髪。

知性を帯びた黒い瞳とつやのある魅力的なくちびる。
肌は透き通るように白い。

彼女は岸に沈む夕日を見ていた。

「倒産しかけた会社が、太盛様のお父様の
  融資によって軌道を取り戻しました」

彼らの縁談は親同士の話し合いで決められた。
エリカの家は都会の名家だった。

幼いころから着物を着こなし、
休日家にいるときは常に着物だ。

この屋敷でも完璧な着物ルックで草履まで
履いてるのは彼女だけだ。

屋敷の使用人たちは、慣れない着付けに
最初のころはずいぶんと手間取ったものだ。

「はっ!?」

エリカの整った顔が引きつった。

それと同時に森中の鳥が一斉に飛び立つ。

鳥は、敵が一定距離内に近づくと逃げる傾向にある。
それはどの野生生物も同じだ。

鳥たちは身の危険を感じたのは、ある女が原因だった。
それを確認するまでもなく、男がつぶやく。

「やつだな」

「そのようです。この全身に鳥肌が立つほどの
  圧迫感は彼女しかありえませんわ」

エリカは、微笑した。

彼女の恐ろしさは身に染みてるが、
半年も生活を共にしているので扱いは心得てる。

「お、お帰りなさいませ」

玄関では、若いメイド(ユーリ)が恐縮してその女に頭を下げる。

「すまない。今日は帰りが遅くなった」

「あの、どこかで寄り道を?」

「あ? そんなこと、いちいち話す必要があるの?
  私が外で何してようと私の勝手じゃん」

「ひっ」

「あーごめん。別におどかすつもりはなかったんだ。
  それよりご飯の準備はできてるかな?
   おなか減ってるんだよね」

「は、はい。すぐに用意をいたします。
  それまでリビングでお待ちください」

「うむ。すみやかに頼むぞ」

エリカは本物のお嬢様なので物腰が柔らかい。

もったいぶるような動きで階段を下りていき、
一回の大広間を開ける。

部屋の中央を占領する大型ソファに腰かけ、
偉そうにホオズエをついてスマホをいじってる。

孤島なので電波は通っていない。
スマホのアプリでパズルゲームをしてるのだ。

腰まで届く長い黒髪を指でもてあそんでいる。
機嫌が悪い時の彼女のしぐさなのだ。

ちなみに彼女の普段着は軍服(朝鮮労働党だ)だ。

ジョウンを接待するような口調でエリカが話しかける。

「ジョウンさん。おかえりなさい」

「うん」

ジョウンとは女のあだ名だ。本名は男も含めて誰も知らない。

「今日もお外で狩りを?」

「うん」

「成果はいかがでしたか?」

「ぜーんぜんだめ。私が森の中に入ると、
  獣の気配がしなくなるんだもの。
  昨日なんて飢えた野犬に出会ったのよ?
  そしたらね......」

ジョウンはコップの水を飲みほし、荒々しくテーブルに置いた。

「目が合った瞬間に逃げちゃったんだ。
  もちろん私じゃなくて向こうがね」

それはそうでしょう、とエリカは思ったが。
ここはポーカーフェイス。

言葉にも表情にも出さなかった。

「まあ。それは臆病な犬だったのですね」

「エリカ。あたしはあんたのそういう
  気を使ってくれるところ、嫌いじゃないよ。
   でもはっきり言ってくれてもいいよ?」

「な、なにを言えばいいのですか?」

「私って怖いよね?」

「怖い......でしょうか」

「エリカ、おびえてるじゃん。
  声が震えてるよ?」

「最初のころは正直話しかけづらかったです。
  時間をかけてだんだんと打ち解けてきましたから、
   今は昔ほどではないですのよ?」

実はものすごく怖かった。

ジョウンが座っているだけで部屋全体の空気が悪くなる。
不安。焦り。緊張。全てが人に害を及ぼす。

エリカは勇気を出してジョウンと目を合わせ続けているが
やがて歯のかみ合わせが合わなくなり、ガタガタ音を立て始める。

使用人たちは必要以上にお辞儀をして
視線を合わさないようにする。

そうしないと恐怖で押しつぶされそうになるのだ。

「わたしね、野犬を見たとき怖かった。
  ほんとは死ぬかと思った。
  だって武器はナイフしか持ってなかったんだ。
   でも結果的にはさ、あっちのが何倍も怖かったんだろうね?」

「本能で勝てない相手と判断したのでしょうね」

「本能で勝てない相手か。これでも私、女なんだけどな」

「……気を悪くしたらごめんなさい。
  そんなつもりで言ったわけではありませんの」

「別に気にしてないよ。私と対等に話せる存在って
  エリカしかいないし。太盛って私の前だと
  オドオドしておっかしくてさぁ。
   かしこまりすぎると逆に失礼だってわからないのかな?」

「あの方は、礼節をわきまえた方ですから。
  年上のジョウンさんに気を使ってるんですのよ?」

「そんな必要ないのに。
  私はただの居候なんだよ?」

ジョウンがこの島に漂流したのは2か月前になる。

太盛が趣味の鳥探しをしに海岸に行ったところ、
ゴムボートが波打ち際に打ち付けられていた。

ボートから瀕死のジョウンを救助して島で療養させた。
1週間ほどして心と体の健康を取り戻したジョウン。

さっそく島から本土(日本の本州)に帰りたい旨を伝えるが、
定期的に訪れる連絡船が来ない限りは
帰れれないことを知らされ、絶望する。

太盛は遅れてリビングに入ってきた。

「ジョウンさん、もうすっかりお元気になられたようで」

「おかげさまでね」

太盛は恐怖のあまり顔が引きつらないように
意識していたが、無駄だった。

「ごめんね。私がいるとエリカとイチャイチャするのに
  邪魔だよね。本当は二人の邪魔をしたくないんだけどさ」

「なにをおっしゃいますの。ジョウンさんは
  わたくしにとって貴重な同性の話し相手ですわ」

花のようにほほえむエリカ。
愛想の良さは幼少のころからの母のしつけのよるものだ。

「そうだよ。僕とエリカは退屈で死にそうなんだ。
  なんど島を脱走しようかと思ったことか」


脱走すれば死ぬ。エリカと太盛にはそれがよく分かっていた。
本土との距離がどこまで離れているのか彼らには
知る由もなかったが、ここは長崎県にほど近い孤島だった。

舟や飛行機など気の利いた物はなく、イカダを作っても
風や潮の流れによって日本本土へは絶対に帰還できないと
考えられていた。また周辺海域にはサメやシャチなどが生息する。

領海侵犯した中国の漁船がやってきたことも一度や二度ではない。

漁船の話を聞いた時、ジョウンは船を襲撃して
食料を奪おうと密かに計画を練り始めた。



連絡船は、どういうわけか2か月も島を訪れていない。
島に残された食料その他の備蓄も、
そろそろ限界を迎えようとしていうのに。

(このままでは、飢え死にしてしまうわ。
  わたくし達だけではなく、使用人の方々まで)

エリカは何度も太盛に相談したが、対策は思い浮かばなかった。

電子メール、電話、ネットなどあらゆる連絡手段が
閉ざされた島での生活。

一度感じた不安は、やがて飢餓への恐怖へと発展していく。



さらに1ヵ月がたったある日。

食料を乗せた船は一度だけやってきた。真冬の2月下旬だ。

新鮮な魚や野菜、牛肉や豚肉、豊富な乳製品。

その日は使用人たちも椅子に座らせて盛大なパーティーをやった。

この島に住んでるのは、使用人を含めて7人。
誰もが生の喜びを感じあったものだ。



半年が過ぎた。船はほとんど来なくなった。

また、太盛たちは飢えに備えて
食料を自給する生活が始まる。

食べれそうな木の実を採ったり、川魚を釣るなどして、
自給自足の生活を始めるようになった。

冬の燃料の不足に備えて森で木こりまでやり始めた。
井戸も屋敷の周りに2か所掘ってみた。

それだけでは生きていくのに全然足りない。

メイドの一人が空いた土地で農業をしてみたらどうかと
提案したが、肥料や農機具がないため断念した。


いっぽう、ジョウンはカヌーを開発した。
大木を削り取って作ったものだ。

たまたま島の周辺にいた中国漁船を
襲撃しようとしたところ、
恐れをなした漁船は面舵いっぱいで離脱していった。

ジョウンは激しく舌打ちした。

ジョウンのプレッシャーは海上でも圧倒的だった。



春を迎えて梅の花が咲き始めたころである。

エリカが告げた。

「わたくし、子供を身ごもりましたの」

「へえ、誰のだい?」

太盛はとぼけて見せたが、とっくに父親になる覚悟はできていた。

太盛は、食糧危機が訪れつつあるこの状態で
エリカが子供を身ごもることの危険性を十分に
承知していたが、今は父になる喜びのほうが大きかった。

その日の夜にエリカを抱き、
熱っぽい愛の言葉を交わしたものだった。


問題なのはその一月後に、ジョウンも懐妊したことだった。

エリカは茫然とし、鏡に映った自らの容姿とジョウンを比較した。

ジョウンのどこに女としての魅力があるのか。
ジョウンは太っている。

161センチのエリカより10センチ以上背が高いのだ。
太盛よりも大きいのでバランスが悪い。
一般的に男性は自分より背の高い女を好まない傾向にある。

顔も決して綺麗ではない。言い方を変えれば不細工である。

エリカは金持ちの社交界では有名な美人だ。
ジョウンは粗暴で、犯罪者らしい雰囲気さえかもしだしてる。


(なのに......太盛さんはどうしてジョウンなんかと......)

エリカは解せなかった。太盛の浮気がどうしても許せなかった。


動転したエリカは料理人が使う包丁を失敬して
太盛に迫ることにした。

深夜、太盛の寝室へと足を踏み入れ、深刻な顔でこう言った。

「包み隠さず事の真相を話してくれないのならば、
   いっそこの手であなたとわたくしを......」

「分かったよ。全部話す。話すから落ち着け!!」


事の由来は、ハルカという一人の女性のためだった。

ハルカとは、太盛が本土に残した恋人の名前だ。

ある日、エリカが何気なしに太盛の部屋を物色していたところ、
太盛がこっそり書いていた手紙を発見する。

まだこの島に着いたばかりの近況を書いた手紙。

ハルカは、会社勤めをしてた頃の太盛の恋人だった。
当時の太盛は22歳。大学を出たばかりだ。

ハルカは少し年上で28歳。結婚を焦っている時期の女で、
彼女はわざわざ6年も付き合った彼氏と別れ、太盛との交際を始めた。

エリカは激しく嫉妬した。

「太盛さま。わたくしたちは親同士が決めた婚約者ですの」

「うん。どうしてそんなことを聞くの?」

「婚約者に恋人がいたらおかしいと思いませんか?」

「恋人?」

「この手紙。失礼だと思いましたが、読ませていただきましたわ」

エリカが見せたのは太盛の書いた恥ずかしい手紙だった。
まだ君を愛してるとか、会えなくても心は一緒だとか、
無責任な言葉がつづられていた。

太盛は深呼吸して、脳をフル回転させる。
なんとかしてエリカを落ち着かせようと真剣な表情になった。

「それは……古い手紙さ。この島に移住して間もないころに
  書いたんだよ。昔の気持ちだ。今はエリカ以外の女性は
  考えられないと思ってるよ」

エリカは目を細めた。

「ならば、どうして?」

「え?」

「どうして……ハルカという言葉があなたの口から出てきますの?
  太盛様は気づいてらっしゃらないようですけど、
   寝言でたまにおっしゃっていますわ。
    ハルカ……ハルカ……さみしいよって」

「バカなっ、僕がそんなことを口にしてたなんて」

「わたくしは、太盛様の気持ちが分かりませんの。
  わたくしだけを見てくれるといったのは嘘だったのですか?」

「嘘じゃないよ。僕の婚約者はエリカだ。
  僕はこれからもずっとエリカのことだけを……」

それ以上言葉をつづけられなかったのは、
エリカから無言の圧力を感じたからだ。

今、エリカと太盛は、邪魔の入らない夫婦の寝室で
向かい合って話している。距離は一メートルも離れていない。

それなのに、まるで遠い場所からエリカに話しかけられてるように、
心がどんどん離れていくのを太盛は感じていた。

その感覚が底知れない恐怖となって太盛を襲っていた。

「メイドのユーリに色目を使っていたことも知っていますわ。
  先日、前髪を切りすぎて恥ずかしそうにしていた
  ユーリに、その髪型のほうが似合ってる、
  お姫様みたいで綺麗だねって褒めたそうですわね?
  
「ちょっとしたリップサービスじゃないか。
  そのくらいの誉め言葉ならイタリアなら日常茶飯事だ」

「ここは日本ですわよ?」

鋭い視線が太盛に突き刺さる。
それは質量をもっているかのようだった。

「太盛様が会社勤めをしていた頃も同僚の女性に
  積極的に声をかけていたとか。
  ハルカという女性もその中の一人だそうですね」

「く……よく知ってるじゃないか。
  親父殿がばらしてしまったのか」

「太盛様のうわさなら全て知っていますわ。
  男性の浮気性は治らないと言いますが、
  太盛様の場合はどうなのかしら」

「僕はエリカと結婚すればきっと変われるって自信がある」

エリカは、明らかに侮辱する目で太盛を見た。

直接的な表現で男性を軽蔑するべきではないと
母から教えられて育ったため、今回の尋問も
言葉には気を付けてるつもりだったが、表情までは隠せない。

「太盛様のお父様がこの島で愛をはぐくめといった理由、
  本当は分かってらっしゃるのでしょう?」

「もちろんだ。自分を見つめなおすという言葉の意味もね」

「そちらは分かっていないようですわね」

「え?」

「自分を見つめなおすという意味です。
  私たちが本土へ帰還を許されたら、
  太盛さんは会社勤めが始まります
  私の目の届かない場所で太盛さんが、
  仕事のストレスを理由にどんなことに身を染めるか……」

彼女は暗に浮気を疑っているのだった。
太盛も彼女の言いたいことは十分に察していた。

言葉に詰まった太盛は、話の途中で彼女を抱きしめて
全てをうやむやにしようとする。

耳元で愛の言葉でもささやけば
誤魔化せるだろうという甘い考えだ。

「うっ、なんだ。急に眠気が」

まぶたの重みに耐えきれず、エリカに寄りかかるように
倒れてしまった。エリカは彼の体重をしっかり支え、
器用にも懐中時計を袖の中から取り出した。

「うふふ。ちょうど薬が効いてきたようですわ。
  後藤の言っていたとおりね」

エリカは、睡眠薬で昏倒してる太盛の頬に
優しくキスをした。薬は後藤に命じて夕食に混ぜておいた。

手をたたいて廊下に待機させておいた使用人を呼び、
太盛を地下へ運ばせた。

地下には牢獄がある。この屋敷は、太盛の父の恐るべき
管理下に置かれているのだ。

全ての部屋に監視カメラや盗聴器が設置しており、
行動はすべて筒抜けになっている。

それらは極秘裏に設置したものであり、父が心を
許した友人である執事長の男性のみが知っている。


太盛の牢屋での生活は過酷だった。

床も天井も壁もコンクリートで囲まれた四角い空間。
鉄格子越しに見えるのは、薄暗い廊下の明かりだけ。

廊下は長く、どこまでも続いているように見える。

牢屋何には簡易トイレとベッドが用意されていて、
太盛は一日の大半をベッドで寝て過ごすことになる。
他にすることがないからだ。

太盛は、女好きを反省するためにここに収容された。


エリカは、彼と同居するうえで気に入らないことがあれば
牢屋に閉じ込めていいと、太盛の父から事前に許可を得ていた。

彼と婚約し、正しく結婚するためにあらゆる手段を
使って構わないことになっていたのだ。

牢屋の鍵はエリカが大事に保管してる。

エリカの許可が下りない限り、太盛は出られない。

この孤島での生活で、エリカは太盛のことが
本当に気に入っていた。
いつか彼の子供を身ごもることを夢見るほどに。

「あおーげばー、とおぉとしー、まだーみぬー」

獄中での太盛は、発狂しそうになる心を抑えるために
よく歌を歌った。中学の卒業式で歌った仰げば尊しである。

天井をにらみながら歌うと、かつての
クラスメイト達の顔が頭に浮かんだ。

(みんな、今頃どうしてるんだろか……。
  あの頃は本当に楽しかった)

他にも歌のレパートリーはあったはずだが、
今はこれしか出てこなかった。
ピアノの伴奏もなく、合掌してくれる仲間もいない。

ここでの生活は、気が狂う。

孤独がこれほどつらいと思ったことはなかった。

さみしくて。人恋しくて。冷たいコンクリートの感触が、
ますます彼の心を凍り付かせてしまって、舌を噛んで
自殺したくなることもあった。

ここでは、太陽の光さえ入らない。

風の音も聞こえない。

時間の流れさえ感じない。

(ちくしょう……なんで……こんなことに……)

震える拳を何度も壁にたたきつけるのだった。

床には熱い涙が何粒も落ちてくる。

彼は絶望と孤独にいつまでも耐えられる自信はなかった。




コツコツコツと人の歩く音が廊下から響いてくる。

うたた寝をしていた太盛は備え付けの
ベッドから半身を起こし、鉄格子越しに廊下を見る。


ユーリが昼食の配膳にやってきたのだ。

「太盛様。お食事の時間でございます」

「もうお昼になってたのか……。そういえば腹減ったな」

「では、食べ終えたころに回収に来ますので
  これで失礼いたします」

「待ってくれよ。エリカはどうなってる?
  エリカに会わせてくれ。あいつはいったい
  何が目的なんだ?」

「そういう質問に答えるわけにはいきません。
  エリカ様から命じられておりますので」

「ユーリさん、待ってくれ。少しでいいんだ。
  僕と話を……」

「午後も仕事がありますので、失礼いたします」

うやうやしくお辞儀をして背中を見せるユーリ。

規則正しい足音が廊下の奥へと消えていく。

悔しさのあまり、太盛は握りしめたこぶしで床を叩いた。

何度も何度も。手が擦り切れて血が出た。

赤い血を見て自分が生の人間なんだと気づかされる。
痛みを感じるのは、生きているからだ。

太盛はユーリの事務的な口調が気に入らなかった。

確かに彼女が職務に忠実でエリカに従わなければ
ならない立場なのは分かる。

しかし太盛もユーリにとって主人である。
今太盛の置かれてる状況を考えれば、
多少の同情心があってもいいはず。

この時のユーリはまだ19の娘だった。
生真面目な横顔に少女らしいあどけなさが残っている。

使用人の少女にも見放されたのかと思い、落胆した。


「人に会いたい……。誰でもいいんだ。僕と少しでいいから
  会話をしてくれ。そして抱きしめてくれ。
  こんなコンクリートに囲まれた生活……もう耐えられない」


太盛はここでは何もすることがなかった。

牢屋に入れられる前からそうだ。

この孤島で彼は無職だ。エリカも同様である。

婚約者の2人は勤めていた会社を強制的に休職扱いにされ、
長期旅行と称してこの孤島での生活を余儀なくされてる。

すべて太盛の父の計画だ。

父は、息子のふがいなさを見抜いており、
気楽なニート生活をさせるつもりはなかった。

(自分を見つめなおす良い機会とは、
  こういった苦痛をともなうことなのか……)

ここでの生活は、定期船が本土から運んでくる食料や
日用品を頼りにしてる。父の気まぐれでそれが絶えれば、
全員が飢え死にする可能性すらある。

脱走用の船もなく、外部と連絡する手段すら絶たれている。
この島は長崎県の行政区分に入ってはいるが、
実質的には父が作り上げた王国の一部である。

島には警察も裁判所もない。一種の無法地帯といえる。


何歳になっても父に逆らえず、また自立することもできない。

父の背中はあまりにも偉大であり、
太盛はどこまでも小さい存在だった。

「うわあああああああああああああああああ!!
   あああああああああああああああああああああああ!!
   出せよおおお!! 誰かここから出しくくれよおおお!!」

どれだけ騒いでも反応はない。

太盛は、声をあげて泣いた。


その日の夜。ユーリがエリカの部屋をノックした。

「入りなさい」

「はい。失礼します」

事務的な表情を崩さず、ユーリが入ってくる。

エリカはお風呂上りで髪を乾かしたばかりだった。

お気に入りの寝間着は普段着の和服とは違い、
庶民階級の女性が好みそうなファンシーなデザインだった。

エリカは市販のパジャマで寝たほうがリラックスできるのだ。

「あなたから話があるなんてめずらしいわね。
  仕事じゃなく個人的なことかしら?」

就寝前に飲むハーブティーのカップを口に運ぶ。
ハーブの香りが、緊張感の高まろうとしてる
部屋の空気をにわかにやらわげていた。

ユーリは質問に対し、ただうなずいた。

いつものメイド服をすきなく着こなし、
口は一文字に引き締めている。

「太盛様を地下室へ連行してから1週間がたちました。
  エリカ様は、いつまで太盛様をあの部屋に
   置かれるつもりなのですか?」

エリカの顔が一瞬だけムッとした。

ユーリが太盛に同情して彼を釈放するよう直談判を
しにきたと瞬時に悟ったからだ。

仕事のこと以外で口数が極端に少なく、本土でも友人らしい
友人のいなかった彼女が、意を決して話をしに来たというなら、
下手にあしらうのは逆効果だと感じた。

エリカはイスに深く腰掛けていった。

「たとえ話だけれど、あなた、見知らぬ他人からお金を
  貸してくれと言われてすぐに貸せる?」

「……それは、難しいです」

「同じことなのよ。人を信用するってことは本当に難しいことなの。
  わたくしはあの方を伴侶として迎え、生涯を誓い合うの。
   中予半端な覚悟で結婚されては困るのよ。お分かり?」

「それで、あのようなお仕置きをされているのですか」

「うふふ。お仕置きというより、調教になるのかしら?」

太盛の前では一度も見せたことのない残酷な笑み。

彼女は使用人の前でしかこうゆう顔はしないようにしてる。
ユーリは同性だから、余計に遠慮する必要がない。

「人の心は目に見えないけど、移ろいやすいものなの。
  日本国の平均離婚率の高さは大きな社会問題よ。
  うふふ。でもね、人の心をつなぎとめるには、
   簡単な方法があるのよ」

「それはどのような?」

「恐怖よ」

「は……?」

ユーリは動揺のあまり間の抜けた声を上げた。

最初は軽い遊び感覚で監禁をしたのだと思っていたが、
話がどんどん悪い方向へ運んでいる。

ユーリは、将来の夫を精神的肉体的に虐待してるという自覚はなく、
今回の監禁事件を将来の夫婦生活を送るうえで必要な儀式だと
考えてる。

「企業労働でも同じでしょう?
  上司や先輩に叱られるのが怖いから真面目に仕事する。
   逆にみんながのほほんとしていて、穏やかな職場だと
   規律が乱れる。軍隊や政治も同じね」

エリカがハーブティーに口をつけると、
さらに饒舌(じょうぜつ)になった。

「国の政治も同じことなのよ? 例えば、独裁政権がそうね。
  ソビエト連邦のような社会主義国では、広大な領土と
   多様な民族を支配するために恐怖政治をしいた。
    人民を恐怖で洗脳し、支配する」

「反政府主義者を強制収容所へ送ったりしていたわけですね。
  今の北朝鮮政府が同じ事をやっております」

「わたくしのお父様がお酒の席でよくおっしゃっていましたわ。
  わたくしの家系図をたどると、どういうわけか外国の
  血が入っているんだけど、人を信用するのは
  本当に難しいってことは、おじいさんの遺言。
  たとえばお金を貸すのだったら、
  それなりの保障や対価が必要でしょう?」

いつになく元気に話すエリカから、凶器を感じるユーリ。

エリカの透き通るような肌の白さの秘密は、
北方民族の血が入っているからだと察した。

エリカの家系は、北アジア(カフカース)に
住んでいたソ連系住民の移民だった。

彼女のおじいさんは、かつてソビエト連邦の内務人民委員部
に所属しており、秘密警察の管理を行う地位にいた。

主な仕事は国内の反政府主義者の摘発、拷問、収容所送り。

エリカのおじいさんは、やがて党内の権力闘争に
巻き込まれて自らも銃殺刑になる。

身寄りのなくなったエリカの父は、過酷なソ連での生活を
見限り、亡命目的で日本へやってきた。

おじいさんの残したわずかな遺産をもとに事業を
始め、一定の成功を収める。始めは小さな呉服店だったが、
今では大勢の従業員の生活を守る立場になっている。

父は、エリカの教育には力を入れた。

教育は投資。それが父の口癖だった。

成人するころには洗練されたお嬢様として
近所でも評判だった。大学内でも数多くの男性から
アプローチされては丁寧にあしらい、恋人を
作ったことは一度もなかった。

彼女にとって凡人の恋人などいらなかった。


「男女の関係も同じなのではないのかしら?
 私は太盛さんのことを気に入ってるの。
  彼を正しい方向へ導くのが妻としての私の役目。
  自由恋愛なんて民主主義的な考えで
  夫婦生活がうまくいくと思って?」

「しかしお嬢様。太盛様の気持ちはどうなるのでしょうか。
  監禁生活が続けば最悪、精神的なストレスから
  廃人同然と化してしまう可能性も」

「何か問題でもあるのかしら?」

「えっ?」

「それでいいのよ。彼には私しかいないって
  思わせるのが目的なのだから」

彼女が唯一執着した男が太盛だった。

始めは親同士の決めた、勝手な縁談。
しかしエリカにとってはそうではなかった。

気立てがよく、穏やかで西洋趣味も一致する
珍しい男性。外国語に堪能で、日本語の会話でさえ
身振り手振りをさせながら楽しそうに話す。

紳士的なのに子供っぽい一面もたくさん持っている。
エリカは彼の屈託ない微笑みを見るのが好きだった。

天然のジゴロでエリカの些細な変化に気づき、
褒めてくれる彼のことをどんどん意識するようになった。


彼女の脳内では、出産後の子供の教育方針まで
出来上がっていた。


彼の笑顔が他の女性に向くのは
どうしても許せなかった。


監禁生活が10日を迎えた時の夜である。


次の回 → ■ 目次

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