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作品名:運命の赤い糸 作者:箕輪久美

第7回  
 今まで健一と奏は、サークル活動の時に顔を合わすだけであったが、晴れて両親公認の仲となってからは、食事やイベント等に2人だけで出かけるようになっていた。今日は、サークル後に、最寄り駅の近くにできた評判のうなぎ店で食事をする約束をしていた。
2人は、7時に駅前で待ち合わせの約束をしていたが、奏は、待ち合わせ時間から5分程過ぎた頃に、息を切らせて走りながらやって来た。
「ごめんなさ〜い、遅くなっちゃって・・・ハァ、ハァ・・・お父さんが・・・ハァ・・・も――、本当に!」
「どうしたの?」
「出がけにお父さんに捕まっちゃったのよ。健一さんと食事に行ってくるって言ったら、健一さんは今度いつ来るんだ。携帯の電話番号を聞いておかなかったのは失敗だった、今日必ず約束をしてきてくれって、放してくれないのよ!」
「トイレに行ってる隙にやっと抜け出してきたんだから、も――!」
「はっはははははは!」
「笑い事じゃないわよ、本当に」
「俺は、いつお邪魔してもいいよ」
「だめよ、また、麻雀で捕まっちゃうんだから!」
「いいじゃない、たまには」
「だ・め・よ!!ゼ――ッタイ!毎週来てくれって言うに決まってるんだから!」
「そうかなぁ?まあ、そのあたりは全部君に任せるけど、『呼ばれた時は、いつでも参上します』って言っといて」
「だめだってば!!そんなことを伝えようものなら、大〜喜びして毎週来てくれって言うに決まってるんだから!そうだ、回数を決めればいいのよ。そうね〜、月に1回だけならいいわ」
「少なすぎない?」
「いいのよ、そのくらいで」
 2人は、話しながら5分ほど歩いてお目当てのうなぎ店に到着した。
「いらっしゃいませ−」
「すみませ〜ん、遅くなりました。予約をお願いしていました涌井です」
「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
2人は、奥の座敷に案内され、ひつまぶしと肝焼き、生ビールを注文して食事を始めた。
「昨日さ、この前話してた友達から連絡があったよ」
「ああ、この前ご結婚された・・・それで?」
「今度の土曜日の夜に来ないかって。どう、都合は?」
「ええ、いいわよ」
「よし、じゃあそれで決まりだ。ここから4駅向こうだから今ぐらいの時間に電車に乗れば、8時前には着くことができるよ」
「何か持って行った方がいいわね」
「そうだね。俺は、ワインでも持っていくかなぁ」
「私は、どうしようかな〜・・・お2人はどんなものがお好みなの?」
「う〜ん、そ―だな〜・・・あっ・・いいことを思いついた!君さえ良ければの話だけど」
「えっ!なあに?」
健一は、小声で今しがた思いついたことを奏に耳打ちした。
「あっ、な〜るほど!別にかまわないわよ」
「そう!じゃあそれでいこう。それなら間違いなく喜んでくれるよ!」
「フフフ、楽しみね」
 次の土曜日、サークルを終えた2人は、7時前に最寄り駅から電車に乗り、剛志と美彩季の住むアパートに向かっていた。
「奥さんは、今でもピアノを習っていらっしゃるの?」
「いや、会社を辞めてからは、音楽スクールでアルバイトをしてるって言ってたから、教えてるんじゃないかな?」
「そう、それなら、相当な腕前ね!」
「旦那さんは、大学時代の同窓生なんでしょ?」
「そうだよ」
「専攻も同じタイ語だったの?」
「そう」
「ふ〜ん、でも、語学を生かしたお仕事にはついていらっしゃらないのね」
「うん、今はそうなんだけどね。でも、奴は昔、大学を卒業してから2年間、タイで日本人観光客を相手にガイドをしながら暮らしていたから、タイ語は俺よりもずっと上手いよ」
「へ〜え、そうなの!なにかもったいない気もするわね」
「まあ、人それぞれだからね」
 やがて、電車は、剛志と美彩季のアパートから最寄りのM駅に到着した。健一と奏は、電車を降りて駅の東口から住宅街の方向へ歩き始めた。5分ほど歩くと、左手に2人のアパートが見えて来た。
「あっ、ここだ、ここだ。306号室だから3階の一番端の部屋だな」
健一と奏は、エレベーターを使わず階段で3階まで昇って306号室の前までやって来た。
健一が、ドアの右側のチャイムを押して到着を伝えると、しばらくして、ドアが開き美彩季が出てきて2人を迎え入れてくれた。
「こんばんは―、いらっしゃ―い。どうぞ、どうぞ、2人とも上がって、上がって!」
「こんばんは―、お邪魔しま―す!」
健一と奏は、美彩季に案内されて、リビングルームに通された。リビングでは、上下とも紺色のスウェット姿の剛志が、笑顔で2人を待っていた。
「よう、久しぶり!」
「おう、式以来だな。じゃあ、紹介するわ。こちらが、交際中の彼女で、2人が是非会いたいと言っていた小鳥遊奏さん」
「小鳥遊奏と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」
「そして、このむさくるしい奴が、さっき話していた大学時代の友人で岩見剛志君と、その奥さんで、悟君の前任者の美彩季さん」
「岩見剛志です。健一がいつもお世話になっています。よろしくお願いします」
「妻の美彩季です。よろしくお願いします」
「うわ――!涌井君、すっごく綺麗な人じゃな〜〜い!」
「あ、あっ、ありがとうございます・・・って、なんで俺がお礼言ってるんっすか!」
「はっはははははは――!」
「さあ、2人とも座って、座って!」
美彩季に促され、2人は、部屋の左側のダイニングテーブルに並んで腰を下ろした。
そして、美彩季は、前菜のホタテ貝を使ったサラダとグラスを4つテーブルに並べて、2人に尋ねた。
「飲み物は何にする?」
「あっ、美彩季さん、俺、ワインを持ってきたんで、これでいきませんか?」
そう言うと、健一は、肩に掛けて持ってきた大きな黒いバッグから、今朝ワインショップで買ってきたスパークリングワインを取り出した。
「あら、いいわね。じゃあ、それをいただきましょうか」
美彩季は、手際よくコルクの栓を抜き、ワインを4つのグラスに注いでいった。
「それじゃあ、え〜と、何かな・・・そうだ、4人の出会いにカンパーイ!」
「カンパーイ!」
剛志の発声で4人は、グラスを合わせ乾杯をして、食事を始めた。
「奏さんは、バイオリニストなんですってね」
「はい」
「わ――、すご――い!私、プロの演奏家の方にお会いするのは初めてだわ!」
「えっ!美彩季さんも音楽スクールでピアノを教えていらっしゃるんじゃないんですか?」
「そうよ」
「それなら、美彩季さんもプロの演奏家じゃないですか」
「わ、私とは、レベルがまるで違うわよ」
「いや、楽器を弾くことを生業としているのなら、それは、立派なプロの演奏家ですよ」
「まあ、まあ、私のことはさておいて、奏さんは、何歳くらいからバイオリンを弾いているの?」
「3歳からですね」
「やっぱり早いわね〜。ご両親の英才教育の賜物なのね〜」
「いえ、いえ、最初からバイオリンだけをずっと強制されて弾いていたわけではないんですよ。私は、よく覚えていないんですけど、両親は、水泳、テニス、英会話、珠算、ピアノ、お絵書き等いろいろな習い事を一通りやらせてくれたそうです」
「でも、私、すぐに飽きてしまって、習っては投げ出し習っては投げ出しを繰り返していたんだそうです。ところが、バイオリンだけは、レッスンの時間が終わっても楽器を放さず、何かに憑りつかれたかのようにずっと弾き続けていたそうです」
「そして、だんだんと演奏が上達してきてスクールで習うことがなくなってしまうと、スクールの先生と両親が相談してくれて、有名な講師の先生に個人レッスンを受けられるようにしてくれたんです」
「だから、スパルタ式に泣く泣くやらされていたなどということは全然なくて、物心ついた頃からバイオリンがいつもそばにあって、息をしたり眠ったりするのと同じようにごく自然にずっと今まで弾き続けてきているというふうなんです」
「へえ――、そ――なの!子供のころから進む道がもう自然と決まっていた感じなのね〜!」
「そうですね。そんな感じです」
「そんなバイオリン少女が、高校の部活になんでバドミントン部へ?」
「まあ、バイオリンは、家に帰ればいつでも好きなだけ弾けるので、週に1度の部活には、何か運動をやってみてもいいかなと思ったんです。でも、もしこれはというものがなければ、吹奏楽部に入ろうと思っていました」
「まずは見学をと思い、水泳部、テニス部、バレーボール部、バスケットボール部を見に行きました。そして、バスケットボール部の練習を見学をしている時に、そのすぐ横で練習をしているバドミントン部の1人の選手に目が釘付けになったんです」
「その選手は、目にもとまらぬような凄いスピードと信じられないほどの軽快なステップでコート上を縦横無尽に動きながら相手コートにビシビシとシャトルを打ち込んでいました。その動きの素早さと滑らかさ、そして、身のこなしの美しさは、それまでに全く見たこともないもので、一瞬で彼に魅了されてしまったんです。私は、あんなふうにはとてもなれないけれど、少しでもバトミントンで彼に近づきたい、いや、彼の傍にいて彼を見ていたいと思ったんです」
「そっ、それって、もしかして・・・」
「そう、健一さんよ」
「え゛―――っ!そっ、そうだったの―――!」
「おまえ、気が付かなかったのか?」
「当たり前だ!」
「相変わらず鈍感なやつだな!」
「たわけい!最後の県大会を目前にして必死に練習しているのに、そんなの気が付くはずがないだろう!」
「かなり遠くから見ていたからそれは無理よ。私も、ゼッケンの名前はもちろん、顔さえもよくわからなかったくらいだから。でも、入部して、近くで動きを見たら一目瞭然。間違いなく健一さんだったわ」
「へえ――!でも、それだけ憧れて入部したにもかかわらず、再会した時に健一があなたのことを全く覚えていなかったってことは、あまり接点がなかったのかな?」
「はい、健一さんは、部の中心選手で県大会に向けて集中して練習に取り組んでいたので、1年生で、しかも、週に1度しか部活に参加しない私なんかが気軽に話しかけることなど、とてもできない雰囲気でした」
「でも、私はそれで満足でした。週に1度、近くで健一さんのバドミントンをしている姿を見ていることが何よりも楽しみでした。そして、県大会後に健一さんが部活を退き、学校も卒業してしまってすべてが終わったと思っていたので、今こうしてお付き合いできていることが本当に夢のようです」
「そう、それについては、以前俺も健一に話したことがあるんだよ。単なる偶然にしてはあまりにも出来すぎている、2人は出会うべくして出会ったんじゃないかって」
「まあ、そうだったんですか!」
「健一は、どう思うんだよ?」
「う〜ん、言われてみれば、確かにそれはあるのかもな。自分が、彼女の弟君と同じ会社の同じ部署に勤め、その彼がお前の奥さんの後任者っていうおまけまでついているんだからな」
「そうだなんだよ。おまえと彼女だけじゃなくて俺たちも無関係じゃないんだよ。こんなの絶対にただの偶然じゃないよ!」
「まあ、なんにしても、今夜4人でこうしてお食事ができて本当によかったじゃない。涌井君、弟さんの仕事の面倒はちゃんと見てあげているの?」
「美彩季さん、退社した夜に話していたことを覚えてますか?」
「もちろんよ」
「相手は新人さんなんだからすべてにおいて長い目で見てあげてって言ってましたよね」
「ええ」
「そんな必要は全くなかったですよ」
「えっ、どういうこと?」
「彼は、これで入社して3か月と少しですが、美彩季さんのやっていたことはもう完璧にこなした上で、今は営業にも回っていますよ」
「え―――っ!ほっ、本当―――!」
「すごく優秀なんですよ。おかげさんで僕は、ゴールデンウィークにもサークルに出ることができて、そこで彼女と再会できたんです」
「すっ、すごいわね――!」
「そうか、弟さんもお前たちの出会いをアシストしていたのか」
「さっ、悟が、そんなに・・・」
「あっ、そうだ!ところで、美彩季さん」
「なあに?」
「課長がバツイチだって知ってました?」
「ええ、知っていたわ」
「えっ、そうなんですか!実を言うと、僕は、2人の結婚式の日までそのことを知らなかったんですよ」
「披露宴の前に課長と話をしていて、その時に本人から聞いて初めて知ったんですけど・・・どうも、課長、友達の橘さんとお付き合いしてるみたいですよ!」
「え゛―――――!!!けっ、桂子と課長が―――――!!!」
美彩季は、あ然として、言葉を失ってしまった。
「涌井君、今度久しぶりにデートするんだけどさ、どんな格好をしていけばいいかな?って聞かれたことがあったんですよ」
「最初は冗談かと思たんですけど、どうも本当らしいので、相手はどなたですかって聞いてみたんです。でも、どうしても教えてくれないんですよ」
「ある時、昼休みに給湯室でお茶を飲んでいたら、偶然課長が、外で電話をし始めて話の中身が聞こえちゃったんです。電話の相手は、橘さんで間違いないと思います。美彩季さんのことが盛んに話題になってましたから」
「でっ、でも、桂子とは、今でもよく電話で話をするけど、そんなことは、一言も聞いていないわよ」
「まだ、秘密なのかもしれませんね・・・しかし、思い返してみると、披露宴の時に、課長は橘さんと、同じテーブルになって初めて顔を合わせたんですけど、初対面にもかかわらず、いい感じで話をしていたんですよ。お互いに波長が合うのかなと思いながら聞いていたんですけどね」
「へえ〜、そうだったの、全然知らなかったわ」
「美彩季さんは、友人としてどう思います?橘さんと課長」
「桂子が、いいと思えば、相手がバツイチだろうが、そんなことは全く関係ないわ。人間性に問題のある人だと心配だけど、その点に関しては安心よ」
「そうでしょ。僕も、うまくいってくれればいいな〜と思うんですよ。でも、あの人、時々、とんでもないボケをかますからな〜」
「デートの時に、また、ズボンを後ろ前逆に穿いて行かなきゃいいんだけど」
「アッハッハハハハハハハハハハハ――!あっ、あの時のことね。ハッハハハハハ――!」
あの時とは、3年前の忘年会の翌日である。前日の忘年会で絶好調に盛り上がった平山は、翌朝、何とズボンを前後逆に穿いて、もうろうとしながら出勤してきたのであった。
「ハッハハハハハハ―――!まっ、また、思い出したわ〜、アッハッハハハハ―――!もっ、もうだめ・・ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・ヒ―――ハ―――!!!」
美彩季は、またもや、悶絶してしまった。
 目の前で、腹を押さえて昇天した美彩季を見て、奏は、少し驚いて心配そうな表情を見せた。
すると、そこは、剛志が「あ、奏さん。心配しないで。うちの嫁さん、笑い上戸なところがあって、ツボにハマると時々こうなっちゃうんだ」と涼しい顔でフォローした。
「そっ、そうなんですか」
やや安心した奏は、隣で笑っている健一に尋ねた。
「あの時のことってなあに?健一さん」
「ああ、実は、3年前の忘年会の次の朝、前日の忘年会で思い切り弾けまくった課長が、フラフラになりながら出勤してきたんだけど、上着を脱いだら、なんと、お尻の方にチャックがあったんだ。つまり、ズボンを前後ろ逆に穿いて家から会社までやって来たんだよ。最初に気が付いた美彩季さんがいきなり大声で笑い出したんで、課員もみんなそれに気が付いて全員が大爆笑。一日中笑いっぱなしで仕事にならなかったよ」
「あっはははははは――!はっははははは――!」
「おっ、面白い課長さんね!あっはははははは――!」
奏も、この嘘のような本当の話のあまりの面白さに、腹を押さえて大爆笑してしまった。


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