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作品名:運命の赤い糸 作者:箕輪久美

第5回   葛藤
 翌週の土曜日、健一は、いつものように奏の家の前で車を止めて彼女を待っていた。しばらくして、奏は、小走りで健一の車に向かってやって来た。
「お待たせ〜、ごめんね〜」
「OK、OK、んじゃ行くよ〜」
健一は、勢いよく車を発進させた。前方に全く車が走っていなかったため、2人を乗せた車は、小気味よく加速して、奏の家はみるみる小さくなっていった。
「今日は確か、12人だったね」
「そうね」
「比較的打てる人が多いから実戦練習だな・・・そうだ、最後にチーム分けをして対抗戦でもやってみるかな」
コートへ向かう途中、健一は、今日の練習メニューについて考えていた。
「あら、いいんじゃない。しばらくは打てなくなっちゃうからね」
「うん」
 練習用のコートがある体育館は、明日から来週の日曜日まで全面改修工事に入る予定であった。健一たちが次回コートを使用できるのは、再来週の土曜日ということになる。
「健一さん、明日の予定は?」
「ん、明日?明日は、特に何もないよ」
「そう、それじゃあ、いかが?明日」
「えっ!まっ、まさか・・・」
健一は、助手席側に目をやると、奏が満面の笑みを浮かべて健一を見つめていた。
「そっ、そうか、とうとう・・・か!」
「何時くらい?」
「そっ、そうだね〜、ご挨拶するだけだから10時ぐらいから15分ほどでどうだろう」
「えっ!そんな〜、せっかく来てくれるんだからお食事くらいしていってよ」
「なっ、何言ってんの。お父さんとお母さんにご挨拶をしに行くだけだよ。そんなに長居をしてどうすんの」
「なんでよ、いいじゃな〜い。悟も楽しみにしてるのよ〜」
「うそだよ。そんなことは言ってなかったぞ―」
「まあ、いいわ、とにかく来てくれるなら。それじゃあ、10時に待ってるね」
「う、うん」
 その夜、健一は、明日のことを考えると憂鬱で、なかなか眠れなかった。
自分のような庶民の倅が、あんな大豪邸に住む大金持ちの夫婦といったい何を話していいのか全く分からなかった。
そもそも、本当に奏の両親は、自分に挨拶などしたいのかが疑問であった。娘にまとわりつく悪い虫を一度目にしておきたいと思っているのかもしれない。それならば、なるべく早く退散するのが、得策だろうと思えてくる。
何かあら捜しをされに出向くような気がして、健一は、明日の訪問が一刻も早く終わってくれることを願っていた。
 翌朝、健一は、よく眠れなかったせいか寝起きが非常に悪かった。
8時半過ぎに床を出て、顔を洗ってから朝食を取り、しばらくの間ボ−ッとしていたが、出発の時間が迫ってきたので、意を決してスーツに着替えて玄関へ向かった。
「あれ、今日、仕事なの?」
「いや、その方がよっぽど気が楽だよ」
「えっ?」
「いや、いや、こっちのこと。じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい・・・」
母が、怪訝そうに健一を見送った。
 健一は、いつものように駐車場から車を出し、奏の家の方角に向かって発進させた。すでに梅雨に入っていたので、空はどんよりと曇っていたが、雨は降っていなかった。
10分ほど走ると右手に奏の家が見えて来た。どこに車を止めようかと徐行しながら家に近づいて行くと、入口の門の前に誰かが立っているのが見えた。奏が健一の到着を待っていてくれたのである。健一は、門の脇に車をゆっくりと停車させた。
「おはよう」
「おはよ〜う、あれ、健一さん、スーツなんか着て来たの!」
「ああ、普段着ではとてもじゃないけど来れないよ」
「そんな格好してこなくてもいいのに・・・まあ、いいわ。こちらに車を止めて」
奏は、門の右側にある駐車場のシャッターを開けて、空いている駐車スペースに健一の車を誘導した。他に2台の車が止まっていたが、どちらも健一の車とは比べ物にならないほどの高級車であった。
 車を降りた健一は、奏の後から門をくぐって屋敷の中に入った。すると、そこには、よく手入れされた見事な日本庭園が目の前一面に広がっていた。その大きさは、健一の家をはるかに凌いでいた。
『やはり、俺とは住む世界がまるで違うな。本当にご両親は、俺なんかに会いたがっているのか?ひょっとしたら、もう2度と娘には会わないでくれって言われるのかもしれないな』
ここに至って、健一は、完全に気持ちが吹っ切れた。
『自分は、自分以上でも自分以下でもない。ありのまま、普段通りの自分で受け答えをすればそれでいい。そのうえで不合格であれば、彼女とはそれまでということだ』
健一は、すっきりした表情で、屋敷の玄関前までやって来た。奏が入口のドアを開けると、奏の母親と悟が、玄関先で健一を出迎えてくれた。
「おはようございます。はじめまして、涌井健一と申します。よろしくお願いいたします」
「おはようございます。奏と悟の母親でございます。よろしくお願いいたします。本日は、ようこそいらっしゃいました。どうぞ、お上がりください」
「ありがとうございます。おじゃまいたします」
「涌井さん、おはようございます」
「おお、おはよう」
「涌井さん、スーツなんか着て来たんですか!」
「ああ、普段着じゃとても来れないよ。タキシードでも着て来ようと思ったほどだぜ〜!」
健一は、すかさず、すぎちゃんのものまねで切り返した。
「はっはははははは!涌井さん、ギャグが古いですよ」
 玄関の右側のリビングルームに通された健一は、ソファーに掛けるように言われたので、奏、悟とともに近くのソファーに腰を下ろした。リビングルームも40畳はあろうかというほどのとてつもない広さで、健一が見たこともないような豪華な装飾品があちこちに飾られていた。
「ただいま主人が参りますので、しばらくお待ちください。では、お茶をお持ちしますね」
そう言って、母親は部屋を出ていった。
「しっかし、すごい家だね!やっぱり、俺とは住む世界が違うわ」
「そんなことはないわよ、家の大きさなんてたいしたことじゃないと思うわ。大切なのは、その家に住んでいる人の物の感じ方、考え方よ。私たちも子供の頃は、本当に小さな家に住んでいたけれど、今と何も変わらないわ」
「えっ、そうなの!」
「そうですよ。ここに引っ越してきたのは、10年ぐらい前なんです」
「へえ〜、事業が成功したんだね〜」
3人がそんな話をしていると、ドアをノックして、初老の男性が、ゆっくりと部屋に入って来た。顔が悟とよく似ていた。男性は、立ったまま笑顔で一礼し、健一に挨拶をした。
「おはようございます。ようこそいらっしゃいました涌井さん。娘と息子がいつも大変お世話になっております。2人の父親でございます。よろしくお願いします」
健一も、ソファーから立ち上がり、頭を下げて挨拶を返した。
「はじめまして、涌井健一と申します。よろしくお願いいたします。本日は、朝早くからお邪魔してしまい大変申し訳ありません、ご挨拶が済みましたら早々に引き上げますのでご容赦ください」
「いや、いや、せっかくいらしたのですから、そんなことをおっしゃらずに。まあ、まあ、お掛けになってお楽になさってください」
「ありがとうございます」
健一は、再びソファーに腰を下ろした。
「涌井さんは、バドミントンがすごくお上手だそうですな〜」
「いえ、いえ、たいしたことはありません」
「でも、県大会で準優勝されたんでしょ?」
「ええ、まあ」
「すごいじゃないですか。A県でナンバー2だなんて」
「たまたま、運がよかっただけです」
「いや、違うわ。あの時は本当に運が悪かったのよ。健一さんのペアは、第1セットを取って、第2セットも優勢に試合を進めていたの。ところが、パートナーの先輩が、セットの途中で足に痙攣を起こして動けなくなってしまって、相手の集中攻撃を受けて逆転されてしまったのよ。あれさえなければ、間違いなく勝っていたわ」
「よく覚えてるね〜!」
「そりゃ、そうよ。本当に悔しかったんだから!」
「そう、それじゃあ、その悔しさをバネにして、これからも大いにバドミントンに精進してください」
「はい!・・・じゃなくて、それは健一さんでしょ――!」
「ははははは、なんでだよ。俺は、全く悔しくなんかないぜ」
「え―っ!全然思い出したりしないの?」
「ぜ―んぜん、もうすんだことだよ」
「信じられな―い!」
「信じて、ちょうだい!」
「はははははは!」
リビングに笑いが起こった。そして、ちょうどこの時、母親が、お茶を持って部屋に戻って来た。
「粗茶でございますが、どうぞ」
「あっ、ありがとうございます。もう、おいとまいたしますので、どうぞおかまいなく」
「あら、まだいらしたばかりじゃないですか、ゆっくりしていってくださいな」
母親は、そう言うと自分もソファーに座り話し始めた。
「涌井さんは、タイ語がご堪能なんですってね!」
「いえ、いえ、ほんの日常会話程度です」
「でも、どうしてタイ語を勉強しようと思われたんですか?」
「実は、高校2年の時に、交換留学生がクラスに編入されてきたんです。彼がタイの出身で、よく自分の国のことを僕に話してくれました」
「当時、外国の情報に疎かった僕には、彼の話は、すごく新鮮でとても興味深いものばかりでした。高校卒業後、進学したいとは思っていたのですが、大学で何を勉強するのかを決めかねていたところだったので、まさにこれだと思ってタイ語を選んだんです」
「バトミントンの方は、大学時代も続けておられたのですか?」
ここで、父親が、会話に入ってきた。
「いえ、バドミントンは、高校までで一区切りと考えていたので、大学時代には一度もラケットを握ったことはありません。専ら、タイ語の習得の方に力を注いでいました。しかし、なぜだかはわかりませんが、就職してからもう一度やってみたくなって、いくつかのサークルを回るなかで、ご縁があって今のサークルでコーチをするようになったんです」
「なるほど、そこへ、娘がお邪魔したという訳ですな」
「そうです」
「でも、娘には全く気が付かれなかったそうですな」
「はい、失礼ながら、高校時代の彼女のことは、全く記憶がありません。だから、自分にとっては、本当に初対面の人でした」
「それは、仕方ないわよ。私、週に一度しか部活に参加してなかったんだもん」
「でも、考えてみると、4月から夏休み前までだから13、4回は会っているはずなんだけどな。俺たち、一度も話したことはなかったの?」
「なかったわ」
「そう、何で話しかけてくれなかったの?」
「あの頃はまだ16になったばかりで、今ほど厚かましくなかったからよ」
「な〜るほど、納得!納得!」
「そこは、納得しちゃダメでしょ――!」
「え゛――、自分で言ったくせに!」
「はっはははははは――!」
再びリビングに笑いが起こった。健一は、引き上げるにはここがちょうど良いタイミングだと思い、すかさず切り出した。
「さて、それではご挨拶もさせていただきましたので、私はそろそろ失礼いたします。朝早くからお邪魔してしまいすみませんでした」
「いや、いや、せっかくいらしたのにそんなにお急ぎにならなくても。今日は特別なご予定はないと娘から聞いておりますし、是非ともお願いしたいこともございますので」
「お願い!・・・私に・・ですか?」
「はい、その前に少し私の話を聞いていただきたいのですが」
「はっ、はい・・・」
「実は、私は、物事に深くのめり込んでしまう質でしてな・・・我が家の庭、見ていただけましたかな」
「はい、目を見張るような素晴らしい日本庭園ですね」
「ありがとうございます。実は、あの庭、私が設計して自分1人で作ったものなのです」
「え――――っ!!!ほっ、本当ですか――――!!!」
健一は、思わず奏の方を振り向いてしまった。
「それは、本当よ、健一さん」
「しっ、信じられません!あれ程のものを1人だけで作られたなんて・・・」
「ははははは、とにかく私は、いったん物事に熱中してしまうと回りが全く見えなくなってしまうので、頭の中はいつも庭のことばかり、気が付いたら5年が経って、庭が出来上がっていたという感じです」
「仕事に関しても、同じでしてな、昔は小さな町工場を経営していて機械部品を作っていたのですが、あるとき半導体部品の発注を受けまして、その部品を作っている時に突然あるひらめきがあったのです」
「発注のあった部品は依頼通りに納品したのですが、その後も、ひらめいたアイディアが頭から離れず、親会社からの仕事もそっちのけでアイディアの浮かんだ部品を作り続けました。そして、3年後にやっと自分の思い描いていたものが出来上がったのですが、この部品で思いがけず特許を取ることができましてな、それで、今の会社を設立することができたのです」
「そうだったんですか。今日お伺いするまで、もともとたいへんな資産家のお宅なのだと思っていました」
「いえ、いえ、とんでもありません。こだわりやすい性格の私に、たまたま運よくひらめきがあっただけのことです。それで・・・ここからがお願いなのですが、涌井さん、あなた、これが大変お強いそうですな」
父親は、そう言うと、麻雀牌を握って切るジェスチャーをした。
「はっ、??????ま、麻雀ですか?」
「そうです。私、最近、完全に麻雀にはまっておりましてな、またもやのめり込んでしまって全自動の雀卓まで買ってしまったのです。しかし、家内と悟は少し打てるのですが、奏が全く興味がなくて、いつも3人打ちしかできないのです」
「そこで、悟に聞いたところ、涌井さんは麻雀がとてもお強いということなので、絶対にこの機会を逃してなるものかと思っていたところなのです。どうか、ひとつ我々にご教示ねがいませんかな!」
健一は、父親の言うお願いしたいこととは、奏との付き合いに釘を刺されるか、最悪は、付き合いをやめさせられることまであり得ると思っていたので、麻雀と聞いて完全に拍子抜けしてしまった。
「お父さん、何よそれ!今日は健一さんにご挨拶をするんでしょ。そんな話全然聞いていないわよ!」
「ああ、話してないよ。でも、ご挨拶はもうすんだでしょ。それなら、別にいいじゃない、儂が涌井さんにお願いするんだもん」
「何言ってるのよ!健一さんは、麻雀なんかするためにわざわざ来てくれたんじゃないのよ!」
「ああ、いいですよ。僕でよければ、お相手しますよ」
「おお、そうですか!!ありがとうございます。それではしばらくお待ちください。準備をしてきますので!」
父親は、そう言うと喜び勇んでリビングを出ていった。
「健一さん、だめよ、お父さんの口車に乗っちゃあ!」
「いや、でも、あんなに喜んでおられるじゃない!」
「健一さんは、知らないのよ、お父さんがどれだけしつこいのか!」
「涌井さん、奏の言う通りです。悪いことは言いません、今のうちに奏と出かけてください。あの人、本当にしつこいから、そうしないと帰れなくなっちゃいますよ!」
母親も心配して、一刻も早くこの場を立ち去ることを健一に勧めた。
「いや、いや、もうお相手すると言ってしまったので、いまさら帰るわけにはいきませんよ」
「あ――っ、も――!!悟、あんたもなんであんなことをお父さんに言うのよ!」
「いや、聞かれたから答えただけだよ。涌井さん、本当に麻雀強いんだもん」
奏は、健一を両親に紹介して、2人の交際を認めてもらおうと考えていたのだが、まんまと父親の術中にはまり、図らずも麻雀大会が始まってしまったのだった。


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