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作品名:月下氷人 作者:箕輪久美

第11回   契り
 それから3日が過ぎ、週末となった。美彩季は、事あるごとに、神社やお寺で紗耶香を呼び続けたが、依然として、紗耶香とは連絡が取れなかった。健一から思いを告げられたことを機に、美彩季は、少し冷静さを取り戻していた。そして、剛志から、突然に、結婚を前提とした交際を申し込まれた理由について思いをめぐらせていた。
 『私たちの行動が、もし、剛志さんに伝わっていたのなら、彼が、突然あんなことを言い出した理由も、わからないことはないわ。それでは、誰が、そのことを彼に伝えたのか?
涌井君?しかし、彼は、今回のことに直接自分が関わっている。そんな彼が、これ見よがしに、そのことを剛志さんに伝えるというのは、恩着せがましすぎて不自然だ。彼の言っていることに、偽りはないだろう。
 それでは、紗耶ちゃんか?しかし、剛志さんとは、会話ができないと言っていた。それが嘘だったのか?そして、私との約束に反して、事実を剛志さんに伝えてしまったので、私の前に姿を見せなくなったのか?今のところ、それが、一番もっともらしい解釈だけど・・・果たして、紗耶ちゃんが、本当にそんなことをするだろうか?よしんば、私のことを思って、約束を破ってしまったとしても、そのまま何も言わずに、一切の連絡を絶ってしまうということは、考えにくいわ。何か、私とは会えない事情でもできたのか・・・
 それとも、剛志さんは、実際には何も知らなくて、何か全く別の理由から、突然あんなことを言い出したのか?・・・わからない。やはり、剛志さんに、直接聞いてみるしか方法はない』
 美彩季は、火曜日以降、スポーツクラブには顔を出していなかった。しかし、ここにきて、ようやく落ち着きを取り戻すことができたため、来週、剛志と会ってその真意を確かめてみようと心に決めた。
 美彩季が、そんなことを考えていたまさにその時、机の上に置いてあったスマホからメールの到達を知らせる着信音が鳴った。1通のメールが届いていたが、それは、いままで見たこともないアドレスからのメールであった。そして、メールを開けてみて、美彩季は、驚きの余り絶句してしまった。なんと、それは、紗耶香からのメールだったのだ。

 美彩季ちゃん、心配をかけてごめんね。私は、いつも美彩季ちゃんのそばにいるけど、もう、美彩季ちゃんには、私の姿が見えないみたいね。
 でも、これでもう大丈夫だと思うから、本当のことを話すね。
剛志さんに、今までの事を伝えたのは、私です。けれど、以前に話していたように、私は、剛志さんとは直接話ができない。だから、ずっと伝える術がなかったんだけど、先週の金曜日に美彩季ちゃんとスポーツクラブに行った時、剛志さんに、私と同じ生霊がついていたの。
今まで、自分と同じような境遇の人には会ったことがなかったので、本当に驚いたわ。
 彼の名は、佐々木康太。私と同じように、心臓発作で体を失ってしまって、魂だけが生きている11歳の少年よ。ちょうどその時、康太は、剛志さんがこれから恋愛をすることを、彼に伝えようとするところだった。恋愛の相手は、美彩季ちゃん、あなたよ。
 つまり、2人は、自然に、恋愛関係になる運命だったの。それならいいだろうと思って、美彩季ちゃんのことをすべて康太に話したわ。そして、康太から剛志さんにその話が伝わったの。もともと、剛志さんは、美彩季ちゃんのことが気になっていたところに、事実を全部知ってしまったので、大きく心を動かされて、突然、美彩季ちゃんに結婚を前提とした交際を申し込んだというのが真相よ。
 理由はどうであれ、美彩季ちゃんをすごく驚かせてしまった上に、その訳も説明できなくて、本当にごめんね。
 そして、これから話すことは、今までは、話せなかったことだけど、もう大丈夫だと思うから、聞いていてね。
 初めて会った時に話した、雲の上の大きな門のことを覚えてる?怖い顔をした門番のおじさんに、門をくぐらずに家に帰るように言われたんだけど、それに加えてこうも言われたの。
『もし、お前が家に戻っても体が焼かれてしまっていたら、お前は、魂だけが生きている生霊となって彷徨ってしまう。それではかわいそうなので、1度だけチャンスをやろう。
 お前に、人の恋愛を予知する能力を授ける。もうすぐ恋愛をする人間の中から、これはと思う人間について、その恋愛の行方を見届けるがいい。そして、もしその恋愛が成就すれば、その人の子となって再びこの世に生まれ、残りの寿命を生きるがいい。ただし、チャンスはただ1度だけだ。もし、その恋愛が成就しなかったら、ここに戻ってきてこの門をくぐってもらう。
 それから、今、儂が話したことを恋愛が成就する前にその人間に伝えてはならない。もしそれを伝えてしまえば、お前は、再びこの世に生まれる機会を失うことになる。
 そして、同じく恋愛成就前に、お前の存在が、その人間を通じて、他の人間に伝えられることも許されない。その場合にも、お前にこの門をくぐってもらうことになる。
その人間からお前の姿が見えなくなったならば、その恋愛は成就すると考えればよい。
 しかし、恋愛の行方を見届けることは、必ず行わなければならないことではない。もし、お前が生霊のまま、残りの寿命を過ごしてもよいというのであれば、何もする必要はない。
よいな。それでは、これまで話したことをよく頭に留めて行きなさい。』
 康太も全く同じことを言われたと言っていたわ。そして、剛志さんも、康太の姿がもう見えなくなっているの。

 お父さん、お母さん、これから康太と私をよろしくお願いします。

                                     紗耶香

 メールを読み終えた美彩季は、その場に突っ伏して、声を上げて泣き始めた。
「オ――ッ、オッ、オッ、オ――!」
「ウウッ、オ―ッ、オッ、オッ、オ――、ウウッ、ウッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ、ウッ!」
しばらく、美彩季の嗚咽が止まることはなかった。
 紗耶香と康太は、再び命あるものとしてこの世に生きることを、美彩季と剛志の恋愛の行方に託したのだった。
 しかし、それは、きわめて危険な賭けと言えた。なぜなら、もし、2人の恋愛が上手くいかなければ、紗耶香と康太は、残りの寿命を全うする機会をすべて失い、天にその命を召されてしまうことになるからだ。
 2人は、そのことを覚悟の上で、残された人生を共に過ごす両親として、剛志と美彩季を選んだのであった。
「紗耶ちゃん!康ちゃん!ウッ、ウッ、ウ――!」
美彩季は、涙が、止めどもなく流れ続け、その場にうずくまったまま動くことができなかった。
 そして、その時、それまで美彩季がメールを見ていたスマホから、突然、電話の着信音が鳴り響いた。
それは、美彩季の知らない携帯番号からの電話であった。
「もっ、もし、もし」
美彩季は、やっとのことで、涙声で電話に出た。
「もし、もし、美彩季さんですか?・・・剛志です」
「えっ!」
「すみません。クラブで管理している名簿から、電話番号を調べさせてもらいました。僕にも、紗耶香からメールが届きました。今、タクシーでそちらに向かっています。これから、僕と会ってください」
「はっ、はい。ば、場所は分かりますか?」
「はい、もう10分程で着きます」
「そ、それでは、アパート前の神社で、待っていてください」
「わかりました」
美彩季は、電話を切って、洗面所へ行き、鏡を見たが、先程まで激しく泣いていたため、今まで見たことのないようなひどい顔をしていた。
 急いで顔を洗い、化粧をし直した美彩季は、着替えをして部屋を出た。そして、階段を下りアパートの外へ出て、神社の前まで来ると、すでに、境内で、剛志は美彩季を待っていた。美彩季は、ゆっくりと剛志に歩み寄った。
「美彩季さん」
「はい」
「あなたと紗耶香、そして、康太は、僕が、どんなことがあっても守ります。僕と結婚してください」
「はい」
美彩季は、大きな胸の中に、力強く抱き寄せられた。そして、歓びの涙にあふれ、すべてを忘れて、いつまでもずっと、剛志の胸の中にその身を任せていた。



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