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作品名:時の彼方 作者:箕輪久美

第17回   第17話
 2週間が過ぎ、花火大会の当日となった。古川屋一家と汐織は、五つの四半刻ほど前にジェームスの宿泊している薬種問屋、長崎屋にやって来た。
玄関で、店員さんに用件を伝えて店の外でしばらく待っていると、ひときわ長身が目立つジェームスが、身を屈めて暖簾をくぐり、笑顔で5人の前に現れた。
“Oh, sorry to have kept you waiting everyone.”
“Nice to meet you. My name is James Stayner. Thank you very much for inviting me to your family event for tonight.”
「皆さん、お待たせしました。はじめまして、ジェームス・ステイナーと申します。今夜は、ご家族水入らずのところにお誘いいただき、本当にありがとうございます」
「はじめまして、この近くで瀬戸物問屋を営んでおります弥兵衛と申します。こちらが、妻のサト、そしてこちらが、サヨの姉のフミでございます」
“Nice to meet you, too. My name is Yahei. I’m running a chinaware shop near here. This is my wife Sato and my daughter Fumi. She is Sayo’s elder sister.”
「グッドイブニングドクタージェームス。ハウアーユー?」
“Oh, Sayo, you learnt English from Shiori, uh! Ha ha ha! I’m fine. I’m fine. Thanks. How are you?”
「アイムファインサンキュー」
「キャ―!通じたよ――!」
「アッハッハハハハ―!」
「それにしても汐織ちゃん、本当に異人さんと普通に話しているのね〜〜!」
「そうだよ、あんた、本当に日本人なのかい?」
「当たり前でございます。こんな鼻の低い異人はどこにもおりません!」
「アッハッハハハハ―!」
“The other day, Shiori and your daughter helped me come back to my inn. I appreciate their kindness very much. Because I was nearly lost.
「先日は、汐織とサヨちゃんに宿まで連れてきてもらいました。本当に彼女たちには感謝しています。ほとんど迷子になってましたから」
「ハハハハハ、これも何かのご縁でございます。これからもよろしくお付き合いのほどを」
“This is kind of fate. I hope we’ll have a good relationship from now on.”
 古川屋一家に汐織とジェームスを加えた6人は、提灯を弥兵衛と汐織がひとつずつ持って、両国橋に向かって歩いて行った。
やがて一行は、橋の袂の広小路に到着したが、今日が花火の初日であるため、目を疑うほどのもの凄い人出である。平成の花火の時の賑わいを想像していた汐織は、それをはるかに上回る見物人の数に完全に圧倒されていた。
“Oh Jesus! What a tremendous turnout!”
(何という人の数だ!)
“Because today’s the first day of the fireworks display. But even so, what an incredible number of people! ”
(今日が花火大会の初日だからですよ。それにしても、なんとも、信じられないような人の数だこと!)
 「先生、もうすぐ始まるよ」
“It’s going to start so soon, Doctor.”

“Wow, what are fireworks like? It’s exciting.”
(花火とはどんなものなんだろう!?)
そして、五つの鐘が鳴った直後、ドンという音とともに第一弾が打ち上げられた。それは、最高点に達したところで大きく弾けて花のように丸く鮮やかに夜空に広がって、間もなく周りに散っていった。
“Oh! What a beautiful fire art!”
(すっ、すばらしい、火の芸術だ!)
「鍵屋〜!」
「鍵屋〜!」
“What’s Kagiya Shiori?”
(汐織、鍵屋とは?)
“I’s a shop name of fireworks craftsman performing these fireworks.”
(この花火を打ち上げている花火師の屋号のことです。)
「先生、始めてご覧になる花火は、いかがですか?」
“How about fireworks you saw for the first time, Doctor?”

“Just great! it’s a tremendous fire art! Very beautiful!”
「素晴らしい火の芸術です。大変美しい」
「喜んでいただけたようですな」
“You seem to be happy.”

“Exactly.”
「そのとおりです」
平成の花火を知る汐織からすると、江戸の花火は、大きさや色と形のバリエーション、滞空時間の点で、平成の花火にはとてもかなわない。しかし、平成のように周りに余計な明かりが全くないので、漆黒の夜空によく映えてその美しさは格別だ。
 続いて一行は、大勢の見物客をかき分けて、屋台や土産物屋、見世物小屋が立ち並ぶ広小路の中に入っていった。見世物小屋は、軽業、曲芸、剣術、手品、水芸などを披露して、見物人から帰りに木戸銭(見物料)を受け取るもので、面白くなければお金を払わなくてもよい。
平成で様々なエンターテイメントを見てきた汐織にとっては、どれもこれも真新しいものではなく特別な印象はなかったが、子供のサヨは大喜びであった。
特に、ラクダの見世物には大変興奮した様子で、ジェームスから教わったキャメルとハンプ(こぶ)という2つの単語はすぐに覚えてしまった。
“Doctor, why did you choose to come to Japan?”
(先生は、なぜ日本にいらっしゃったのですか?)
“When l was thirteen years old, my elder sister passed away due to the illness of unknown cause.”
(私が13の時、姉が原因不明の病気で亡くなったんだ。)
“She kept suffering from severe pain until the very final moment. But I was helpless against her illness. l couldn’t do anything to ease her pain even just a little, even if I couldn’t save her life. At this time I made up my mind to be a doctor to save human life.”
(彼女は、最後の最後まで痛みで苦しみぬいた。しかし、私は、無力だった。たとえ彼女の命を救えないまでも、痛みをほんの少しでも和らげることすらできなかった。この時私は、医者になって人の命を救おうと決心したんだ。)
“It was just a coincidence for me to be able to come to Japan. But the place doesn’t matter at all to achieve my goal.”
(私が日本に来ることができたのは、ほんの偶然によるものだった。でも、自分の目指すことを成し遂げるのに、場所は全く関係はないんだよ。)
“I see.”
(なるほど)
 その後、半刻ほど花火と見世物小屋、屋台での飲食などを楽しんだ一行は、十分に満足して帰路についた。そして、四半刻足らずで長崎屋の前に到着した。
“Thank you very much for giving me the chance to experience beautiful Hanabi. I’m very happy to be able to see terrific fire art together with you. I’ll never forget exciting event for tonight.”
「美しい花火に触れる機会を作っていただいて本当に感謝しています。あなた方とともに素晴らしい火の芸術を見ることができて本当にうれしさでいっぱいです。今夜のことは決して忘れることはないでしょう」
「それほど喜んでいただけたのなら、私どもも嬉しい限りです。今後とも何かにつけて助言をいただけましたらと思います。それでは、今晩はこれにて失礼いたします。ありがとうございました」
“We are very happy too, if you are so satisfied with the event for tonight. We hope that you’ll give us some advice about a lot of thigs we don’t know from now on. Then, we’ll leave here tonight. Thank you very much. Good night.”

Good night everyone. See you next time.
(みなさんおやすみなさい。それではまた。)
「ドクタージェームス、シーユースーン!」
Ha ha ha! Sayo, see you soon!


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