二階堂校長の事件簿 「自殺予告」 作 大山哲生 私は二階堂晴久。花散里中学校の校長である。 定期テストの前日というものは、テスト問題を印刷しているので朝から印刷機がガッチャンガッチャンと忙しく回り続けている。気のきいた教員は2、3日前に印刷を終えている。 印刷したテスト問題は解答用紙とともにクラス分ごとにまとめて、鍵のあるロッカーに保存することになっている。 今日は部活もなく、生徒はほとんどが4時には学校を出ている。少しでもテスト勉強の時間がとれるようにという配慮だが、早く帰れたのをいいことに近所のスーパーをうろついている者もいるだろう。 夕方の5時過ぎ、一本の電話がかかってきた。私が電話に出た。 「もしもし、こちらははなちるさと」 『明日のテストをやめないと自殺します』 「・・・えっ、なに、君はだれですか、名前は」 そこで電話が切れた。私は教頭と今の電話への対応を協議した 「教頭先生、自殺予告です。声から判断すると中学1年くらいの男子生徒だと思います」 協議の後、私は職員室で大きな声で言った。 「先生方、緊急事態です。今、中学1年くらいの男子生徒から自殺予告がありました。今から手分けして、全学年・全生徒の家に電話して安否確認を行ってください」 にわかに職員室が慌ただしくなった。全生徒への安否確認が終わったのが、午後8時であった。全員無事であり、特に変わった様子の生徒はなかった。 午後8時15分から緊急の職員集会をもった。 「明日のテストは1時間遅らせて2時間目から予定通り行います。ただし、1時間目は生徒集会として、命の大切を私から話します」と私の方針を述べた。 その5分後にまた「明日のテストをやめてくれないのなら自殺します」と電話があった。まるで私の決定を察知しているかのようなタイミングであった。その後校内を見回ったが異常はない。若手教員3名は今晩泊まり込むと言い出した。 翌日、1時間目に生徒集会をもち、事件の経過と命を大切にするという話を私の方から行った。 集会を早めに終えて体育館から職員室に引き上げると、なにやら騒然としている。 理科の若園茂夫教諭が私のところに飛んできた。若園茂夫は今年40歳。別の中学に通う俊一君の父親でもある。俊一君は最近体調が悪くて家で療養しているらしい。 若園教諭は4月の校内人事で学年主任の線も考えたが事務仕事が非常に遅く、主任の任命を見送ったいきさつがある。若園は言った。 「校長先生、理科の問題用紙が盗まれました」 聞けば、昨日の午後4時ころに印刷を終えて、印刷室の一番奥のロッカーに入れて鍵をかけた。今ロッカーをあけてみるとその問題用紙がすべて忽然と消えているというのである。2時間目が理科のテストである。テスト開始まであと20分ほど。時間が迫っている。どうするかすぐに決断しなければならない。私はすぐに教務主任を呼んで、 「今日は社会科だけのテストとし、理科のテストは明後日のテスト最終日に時間を設定してください」と指示をした。 すぐに教頭を校長室に呼び、若園教諭の事案の経過を話した。 教頭はけげんそうな顔をし、 「おかしいですね。印刷機は昨日の午後2時ころ故障しまして、私が修理業者に連絡をしたんです。すぐに業者が来てくれて修理が終わったのが午後5時ころだったと思います。だから、若園先生がいうような午後4時には印刷機は止まっていたはずなんです」 2時間目の社会科テスト開始のチャイムが鳴った。 私はすぐに若園教諭を校長室に呼び、この件を問いただしてみた。 若園教諭はしばらく困ったような顔をしていたが、ぼそぼそと話しはじめた。 「・・・すみません。実はまだテスト問題ができていないのです。だから、盗られたと言えばテストをやめてもらえると思い、うそをついてしまいました」 「若園先生、それは教師としてはしてはならないことですね。そんなことでテストをやめたとしても根本的な解決にはならないでしょう」 私は、今の言い方が先ほど生徒集会で話したことと似ていることに気づきはっとした。 「すみませんでした」 私は若園教諭を職員室に帰した。そのとき私の心にはある疑惑が生まれた。 机の上の書類を整理していると、校長室の電話がなった。私は電話に出た。 「もしもし、校長の二階堂ですが」 『テストをやめないのなら自殺します』昨日自殺予告をした男子中学生であった。 私は言った。 「体調はどうかね、俊一君」
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