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作品名:好色な大納言の話 作者:やま

最終回   2
  「好色な大納言のはなし」  作 大山哲生

昔々のことである。
京の三条になにがしの大納言がいた。この大納言は大変好色であった。内裏では女房どもにしつこく言い寄るので周りの者は困っていた。
 こんなことだから、妻を持たせれば好色もおさまるであろうと、人の紹介でさる方の娘を大納言と合わせた。この娘の名は豊子(ほうし)と言った。豊子は大変な器量よしで言い寄ってくる男が数多くいたけれどなかなか心を開かなかった。
 大納言は和歌の才に秀でていた。豊子は大納言から毎日のように届けられる和歌にいつしか心を奪われてしまったのであった。
 しかし、夫婦になってしばらくすると大納言の好色の虫がわき始め、今日は東明日は西と女を口説くのであった。

 ある日のこと、大納言は清水に詣でることにした。坂道を上って茶店で一服して、ふと前に目をやると、萌葱色の壺装束に身を固めた女がいる。お付きの女房と並んで歩いているが、市女笠に虫の垂れ衣をかぶっているので顔はよくわからない。
 大納言は「これ、そこの女、なかなかのべっぴんじゃ」女はそのまま行こうとするので、家来に声をかけ市女笠の女をつれてくるように言った。家来は女を追いかけたが、人の間に紛れてしまい、見失ってしまった。
 そのことを大納言に申し上げると「いい女だったのに惜しいことをした」と悔しがるのであった。

 新緑の美しいころに、大納言は東山に行った。山道を少し登ると、前方にお付きの女房を従えた女が歩いている。市女笠に虫の垂れ衣をかぶっているので顔はよくわからない。
 大納言は、いい女だ、ぜひ口説いてみたいものじゃ、と追いかける。
「これこれ、そこのおなご。なかなかのべっぴんじゃ。待てというに。おれがたっぷりかわいがってやるぞ」
しかし、女の足は思いの外足が速くとうとう見失ってしまった。
大納言は「残念じゃ。いい女だったのに。住まいをきいておけば今晩しのんでいけたものを」と悔しがる。

 二月の初午の日、大納言は伏見稲荷に詣でた。稲荷には、一の社、二の社、三の社がある。大納言が二の社につくと、市女笠に虫の垂れ衣をかぶっている女がいる。
大納言は「そこのおなご。なかなかのべっぴんと見た。歩く姿も腰つきもなかなかの色気じゃ」と声をかけた。
 女はうつむきながら振り返ると「そのような馬鹿なことをおっしゃいますな。家には、妻がおいでになって心配しておられますよ」と答えた。
「なあに、妻は気もきかずあなたほど美しくありません。あんな妻はいてもいなくても同じです。ぜひあなたのような方と一夜の契りを結ぶことができたなら、この大納言は天にものぼる心地です」と大納言は口説き落とすならここだとばかり、早口でまくしたてたのだった。
「あなたの妻はそんなにまずい顔なのですか」と女は聞く。
「そうさひどいものだ」と大納言は勢い込んで答える。
「そんなにひどい顔なのですか」
「そうさ、それはそれはひどいものだ」と大納言は言う。
「ふーん」と女は押し殺した声をもらした。
「それより、早くその顔をみせておくれ」と大納言はうわずった声でせきたてた。
「その妻の顔というのは、こんなでしたか」と女はかぶりものをとった。

「お、お、おまえは我が妻」と大納言は驚いて尻餅をついた。
「あなたはなんという下劣な人」そういうと妻は大納言の烏帽子をつかみ、大納言のほっぺたを、思い切りひっぱたいた。
「いつもいつもそうやって下品な言葉で女を口説いて。少しは恥を知りなさい」という今度は反対側のほっぺたをおもいきり張った。
「清水でも東山でも下品な言葉で女をたぶらかそうとして、なんという恥さらしな男か」とそういうと、何度も何度もひっぱたいた。
「というと、清水の女も東山の女も我が妻だったのか」と大納言は驚いて言った。
「黙れ、この大馬鹿者。自分の妻の気配にも気づかず口説くとは、この大恥男」
 大納言はひっぱたかれるたび、右に飛んだり左に飛んだりした。それを見て大納言の家来どもは、いい気味だとみんなで大笑いをしたのであった。
 大納言は家に帰ったが、妻は口もきいてくれなかった。大納言は妻の怒りを静めようとあの手この手を尽くしたがうまくいかないのだった。
 この後、この大納言は若い公達(きんだち)にまで笑われたので、公達のいるところを避けるようにした。
 しばらくしてこの大納言は亡くなり、妻は別の男の妻になったということである。
                  〜原典「今昔物語」〜


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