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作品名:横浜・その人を愛して 作者:窮理

最終回   1
ひろしは、横浜港に停泊する豪華客船を見上げた。
夕日が海に沈むとき、船体に赤く染まる光景は美しかった。
しかし、ひろしの心は美しいものを感じる余裕がなかった。

彼は、イベント会社の社員として、横浜で開催される国際的なイベントの入札に参加していた。
政府系の大会社のCEOが入札で選ぶ権限を持っており、ひろしは彼に接待をする役目を任されていた。

しかし、接待に使ったクラブで出会ったホステスのゆかりに心を奪われてしまった。
ゆかりは、美貌で歌声が美しい女性だった。
ひろしは、彼女とカラオケで歌ったときに感動してしまった。
ひろしは、彼女の歌声が忘れられなかった。

 「君の歌声は素晴らしい」

 「ありがとう。あなたも上手だった」

 「君に惹かれました」

 「私もあなたに惹かれました」

ゆかりもひろしに惹かれていた。
彼は、他の客と違って紳士的で優しかった。
彼の目は、真剣で熱く輝いていた。
ゆかりは、彼が何の仕事をしているのか知らなかったが、それでも彼を信じていた。

 「あなたはどんな仕事を?」

 「イベント会社で働いています」

 「それは大変そう」

 「でも、成功したら報われると思います」

 「成功するといいね」

 「ありがとう。成功したら君と一緒に」

ひろしは、イベント入札で選ばれたらゆかりと一緒になろうと決意していた。
しかし、入札には選ばれず、CEOからも無視されてしまった。
ひろしは、自分の仕事に失敗したことで会社からも見放されることを覚悟していた。

彼は、CEOに直談判して入札を取り直してもらおうとした。
彼は、CEOのオフィスに行って土下座して頼んだ。

 「お願いします。男にしてください。私はこのイベントをやり遂げます」

 「何を言ってるんだ?君はもうダメだよ。君の会社も君も信用できない」

 「お願いします。私にもう一度チャンスをください」

 「無駄だよ。君はもう終わりだ。出て行け」

彼は、CEOから追い出されてしまった。
彼は、自分が情けなくて恥ずかしかった。
彼は、自分がゆかりに相応しくないと思った。
 彼は、横浜の夜にホテルでゆかりと別れを告げることにした。
ひろしは、ゆかりに自分の本当のことを話すことができなかった。
彼は、彼女に幸せになってほしかった。
彼は、彼女を愛していた。

 「ゆかり、ごめんなさい。私はもう行かなきゃいけない」

 「え?どうして?何かあったの?」

 「いや、何でもない。ただ、もう会えないと思う」

 「どうして?私たちは愛し合ってるじゃない」

 「君は幸せになってほしい。君にはもっといい人がいるはずだ」

 「そんなことない。ひろし、あなたが好きなの、どうしてなの?」

 「ありがとう。でも、私はもうダメだ。わけは言えない、さよなら」

 「待って。行かないで」

ゆかりは、一人残されたホテルの部屋で泣いた。
彼女は、彼のことが忘れられなかった。
彼女は、彼のことを愛していた。

ゆかりは、ホテルの窓から横浜の夜景を見た。
彼女はいつしか思い出のカラオケの曲を口ずさむと涙があふれてきた。

後日、彼女がクラブに出勤してボーイに今日来ている客のことを聞く。

 「今日はどんな客が来てるの?」

 「あそこのテーブルに座ってる人たちは横浜の入札イベント業者の社員だよ。
  入札成就の祝いで来てるんだって」

 「そうなんだ。あの人たちと一緒に仕事してた人がいたんだけど」

 「誰?」

 「あそこの席に座ってる人だったんだけど、今日はその人は来てないみたい」

 「ああ、あの席か。今日は別の客が座ってるよ」

 「そうなんだ。残念だわ」

 「どうして?その人と仲が良かったの?」

 「そういうわけじゃないけど、一緒にカラオケで歌ったことがあってね。
  すごく感動したのよ」

 「へえ、そうなんだ。じゃあ、今日もカラオケで歌ってみる?」

 「うん、そうしようかしら」

 ボーイはゆかりにマイクを渡した。

 「客からリクエストがあったよ。あの曲を歌ってくれる?」

 「あの曲?わかったわ」

ゆかりはマイクを持ってステージに立った。
彼女は彼の席のほうに一礼して彼と歌った思い出の曲を歌った。
彼女の脳裏に彼との思い出が蘇るが彼の座る席に今は知らない客が座っていた。

ゆかりは歌いながらいつしか涙が零れてきた。

横浜・その人と見ていた夕陽が沈む
その人と歩いてきた道を私は振り返る
横浜・その人と出会って私は変われた気がした
その人を愛してしまった私は幸せを信じた
横浜・その人と見た夜景に別れが来た
その人は去って行った。

客から拍手が起きた。

おわり


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