ジョーは私室に、もといクーパーの執務室に戻ってじっくりと目の前の研究ノートに取り掛かった。専門用語がわからない中汚い走り書きが多いこのノートを解読するのはストレスでしかなかった。だが、直感的にこの中に重要な情報が残されていることを感じ取った。 最初はゆっくり後からパラパラ、幾度となくページをめくり同じ内容を何度もさらった。だが、出てくるのは意味の分からない数式と興奮して書きなぐった言葉ばかり。正直この作業には辟易してしまった。ただ書き方から分かるのは恐らく持ち主がページを使い切って次のノートに続きを書いているということだ。最後のページには日付と小さな走り書きを残している。 「黒王石、ロンキー、娘。さっぱりだ。どういうことなんだ?」 ロンキーはあの山脈のことだと考えてもいいだろう。その一方でこの石自体の存在すら知らない。向うには無かったはずだ。ということはこっちの特産物なのか?クーパーの部屋の蔵書から辞書を探すが記述はおろかその名称らしき物すら見つけることが出来ない。それに、娘と出てきている。このノートの持ち主の娘とはミラーノのことだ。ならミラーノが何らかの情報を持っているのか?それとも何かを暗喩して娘と言っているのか? 疑問は後から湧いて出るが解決への糸口が欠片も見つからない。 その時ジョーは盛んに触っていた裏表紙が少し膨らんでいることに気が付いた。勿論誤差的なものかもしれないが唯一の糸口だ。そこに縋りつくしかない。 ペーパーナイフで一閃してハードカバーの表紙を剥がすと中から小さく折りたたまれた手紙が出てきた。差出人、切手、相手の住所は一切書いていない。ということはこれは極めて個人的な物である可能性が高い。こうなるとテンションが爆上がりだ。人の秘密をのぞき見するくらい面白いことも中々ないからな。 ペリペリと古いノリ付けを剥がしていくと年代物の独特な匂いがわきあがった。なるほどな、もしかしたら浮気の証拠とかだろうか? ニヒヒヒと笑いを堪えきれずにいながら中から手紙を破かないように丁寧に広げる。 「あーなんだって君の知らせを聞いて大変うれしく思っていると同時に寂しくも感じている、やっぱ浮気してたのかビルのじーさんもしょうがねーな。えと、やはり君との地下での一時は格別なものがあった。同じような方向性を共有できているということは本当に気分がいいものだからね。ある意味美的だよ。勿論君は容姿も性格も美しいことは否定しないよ。僕はいつも君の虜だった・・・・まぁ止そう。一体何の手紙なんだ?続きをっと・・・・」 「やはり君が指摘してい通りだった。あの石はまだ我々の手には余るものだ。その後の影響も気にはなる。取りあえずわたし1人で研究を続行するとするよ。追伸 子供の名前は決めたのか?もし決めていないなら」 最後の1文はインクで塗りつぶされていて読むことが出来なかった。男が、ビル・ファーマーが何を思っていたかは推して知るべしだが、少なくともこの手紙を出せなかった、いや出さなかったのだろう。彼は明らかにこの相手に恋をしていたのだ。それはこの手紙の端々から感じ取ることがいくらでも出来る。それを自重したんだ。 後味は悪かったが思わぬ収穫を得ることが出来た。石のことも娘のことも細部は依然として不明だがそれでも研究施設の場所を掴むことが出来た。それだけでも上出来だ。 研究施設はファーマー家の地下に存在する。それもビル・ファーマーゆかりの場所のどこかにだ。考えただけでもぞくぞくしてきた。会ったこともない赤の他人にここまで振り回されるとは思っていなかった。だが一言だけはっきり言えることは何か運命めいた強烈な力を感じ取らずにはいられない。柄じゃないのは分かっている。そんなこと出来れば信じたくもない。しかし、どうしてもそう思ってしまうのだ。 その時ノックも無しにドアが勢いよく開けられた。こんな遅い時間に随分無礼な奴だ、監察官権限でクビにしてやろうか思ったが目の前の相手を見て考えが変わった。 「どうしたこんなに急いで?お前がそんな仕事熱心だと思わなかったよ」 息を切らせてやって来たのはブライアントだった。手に手紙を握りしめている。それをぐしゃっと丸めて放りやすくしてからジョーに投げて寄越した。 「てめ、ちょっとは読みやすさを考えろよ!」 ぐしゃぐしゃの紙を広げてジョーは文句を付ける。しかし不満顔だった彼の顔も手紙の内容を見て綻びだした。 「やったか・・・・・・ついにか、はっははは、こいつは成功間違いなしだ」 独り言を呟きながら手紙を読み進めていくと随分とブライアントの評価が高く書かれていた。 「お前、やろうと思えばできる奴なんだな?見た目で勘違いしてたよ」 笑いながら今度はこっちの成果を見せてやった。失礼な評価だと憮然としながらも笑いを隠し切れないブライアントにビル・ファーマーの秘密の手紙を見せながら、今後の計画について話してやると今度はブライアントの顔色が変わる。 「まさか、これを狙って色々と動いてたってわけか?」 「まぁな。こっちに来てから車や船はあまり見かけたことが無い。だからこいつらを効率的に使うことが出来たら南部への逃避行も確率が高く安全に実行できるかもしれない」 確かに動力源はまだまだ馬車や帆船が主流だ。この前の石炭の船だって割合小型だから動かせるが商船なんかにはまだまだ普及はしていない。 「だけどこの手紙だけじゃ細かいことは一切分からないだろ?一体どうするつもりだ?」 「あぁ、こっちを見て欲しいんだ」 そう言うと今度はノートの方をブライアントへ渡した。中身にザーッと目を通すと案の定一言も言わずに突き返して来た。 「1ミリもわからねーよ。一体ここからどんなことを読み取ったんだ?天才ジョー様は?」 茶化しつつも興味津々のブライアントをジョーは軽く一言でいなした。 「知らねーよ。俺もお前と一緒で見た目通り学が無い人間だ。何書いているのかさえ分からなかった」 「おい、それじゃーこれ見たって意味は・・・・」 無いと言おうとしたブライアントの口を塞いでジョーは結論を述べた。 「まぁそんなに急ぐなよ。俺の話を聞いてからでも遅くない。この最後のページを見てみろ。いいか、これだけが唯一読み取れた3つの単語だ。娘、黒王石、ロンキー。どれも関連性が無いように見えるが特に意味不明なのはこの言葉、黒王石だ。俺は様々な文献や専門書を調べてみたがどれにもこいつに関する記録が無い。どうしてだ?それともう1つ。この娘っていうのは誰のことを示している?考えれば考えるほど分からないことの1つだよ」 ここで言葉を切りブライアントの渋い顔を伺う。ホントにこいつ熟れすぎた柿みたいな顔色と皺だなと思わず笑ってしまうと真面目にやれと叩かれた。 「あー、ただ悪いことばかりでもない。手がかりはあった。というか正確には手がかりの手がかりだけどな。このノートはこれでおしまいじゃない。もう1冊以上続きがあるはずだ。ただ、それはこの基地の書庫の中には保管されていなかった。それに手紙から推測すると、ビルのおっさんはこの相手と2人きりで極秘にこの実験を進めていたんだろう。だから、個人的な場所、具体的に言えばクロフォードの屋敷のどこかでまだ眠っている可能性がある」 その推論にブライアントはため息を吐いた。手がかりの手掛かりっていうのはそう言うことか。これじゃ実質何も分かっていないのと同じことだ。 「手がかりないなら最初からはっきり言ってくれよ。期待して損したよ」 イライラを吐き捨てるようにいうとジョーは意外そうな顔をした。 「まさか、そんなこと言われる日が来るとはな」 「はぁ?!どういう意味だよ」 「期待期待と言うが今までだって散々疑い続けてきただろ?今更それを口に出す必要も無いって意味だ。それに、疑い続けてきた結果どうなった?」 「どうなったって・・・・・・」 「結局は結果を出し続けているだろ??」 それを否定できる材料を持ち合わせていない。だからって黙る他ないのか?ぐるぐると思考の螺旋が脳内を渦巻くなかで最後にブライアントが出した答えは現状維持だった。 「次、はなんだ?」 「次、はだな、ここをお前に任せる」 「はぁ?!任せる??」
|
|