「山だ」 「山?」 予想外の答えにジョーは驚いた。まさかそんな意外なものが出て来るとは想像もしていなかった。ブライアントはその後の説明を淡々と続ける。だがその言葉の端々から自信が感じられる。 「そうだ。テクススの南征軍の最大の障害は山脈だ。あそこに要塞でも築かれれば、もうそれより以南の本拠地リッジマンデは落とせない」 「一箇所だけ、一箇所だけ山道が連なる以外総てが異常な高さを誇ってる。当然頂上付近は万年雪に常に覆われていて植物は育たず、そもそも食料の補給から怪我人の看護まで総てが間に合わない。つまり何が何でもその山道、真が言っていたカイザー大路を抜けなければ本拠地リッジマンデを征服することは不可能だ」 「なるほど、それでクロフォードのことについては何かほかに知っているのか?」 「まぁ、一応・・・・な」 「へぇ、それじゃテメー、アホみたいに捕まったわけじゃねーのか?」 「何だよ?アホみたいって・・・・そりゃ、確かにお前に助けられなきゃやばかったけどよ・・・・」 ブライアントは拗ねた様にボソボソ言い訳をする。ジョーはカラカラと笑い悪かったと軽く謝り、続きを話すように促した。 「それで、一体なんなんだ?その情報っての?」 「あまりいい話じゃない。多分戦争がこれまで以上に激化するってのだから」 「激化か?あんまよさ気じゃないな?」 「あぁ、その原因はいろいろあるけど、一番は、結婚だ?」 「結婚?誰と誰が?」 意外な話題に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。驚きだ。 「国内最大派閥を形成する穏健派の四大貴族ドウェイン・マクレモアとその一族、そして現王国陸軍最高司令官にして国内最大の強硬派クロフォードとその一派が結婚により手を結ぶそうだ。相手はクロフォード・ファーマーの妹のミラーノ・ファーマー。そしてドウェイン・マクレモアの息子ジャマール・マクレモアだ」 「へえ、あのじゃじゃ馬も苦労してんだな、意外に」 プっとかなり愉快そうに吹き出すジョー。変態野郎と言われたことをよっぽど根に持っているみたいだ。 「まぁそれが政治だろ?でも本当にそうなったら大惨事だ。国内の世論は完全に戦争へと傾く。そして」 「お前らもボーンか、笑えないな」 ニヤケながら本当に酷いことを言う。 「あぁ・・・・どうにかその結婚を防ぎたいがこれも無理だろうな」 「はぁーん。ダリー話だな」
「婚約披露をして両家の関係性をしっかり固めてから大戦へ持ち込みたい。国内の反対勢力に煩わされて戦争が継続できないなんてことはごめんだからな」 「何でそこまで・・・・・・」 ミラーノは思わず何度聞いても理解できない問いへの答えを求めた。一体何に取りつかれたように戦争を拡大しようとしているのか?実の兄妹だというのにミラーノには皆目理解できないのだ。少なくとも言えることは、兄は、クロフォードは母の死から、父の死から、確実におかしくなってはいる。 「何度も同じことを聞くね、奴隷といい、列車といい、黒が多い。特に暫く前から爆発的に普及し始めた鉄道や石炭車などというものは黒い煙を吐く悪魔だ。この美しい大地が穢れてしまう。便利だからこそ許せるが、南部の蛮族どもはもはや害悪でしかない」 最早何も言うまい。ミラーノもロイも真も話をひたする聞き続けるしかなかった。 「それにミラーノ、お前は淑女だろ?感情に任せた批判は最悪の行為。まして若い結婚間際の女性はもっとすべきことが他にあるだろう?」 「・・・・・・・・、申し訳ござませんでした。兄様」 ミラーノは言い争いたいのを堪えて黙る。ここで喧嘩を始めても意味はない。もっと別な所で体力を使うべきだ。そうこれから始まる本題で。クロフォードは座席から立ち上がって窓の方へ向かう。ブラインドの間に指を挟みこんで外を見つめ続ける。しばらく時が流れた。彼は口腔内で言葉を慎重に吟味してようやく口を開いた。 「よし、それでいい。さてロイ君」 「は、はい、なんでしょうか、クロフォード様」 予想外の指名に大慌てでロイが応える。ここから一体どんな妄言、暴言が飛び出すのか?それとも意表を突く事実を語り出すのか?理想的な案を投入するのか、誰もが分からず固唾を飲んで見守った。 「大変残念なことを君に伝える必要がある」 「ゴク、はい、なんでしょうか?」 クルっと振り向いてロイの顔を見据えてストレートに決定を告げる。
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