「あたしなんにも知りません」
あの女が死んだらしい。 桃色の唇から赤い唇に変わってしまったあの女が死んだらしい。 部屋の中は雑然としている。そんな中に人を入れるのは多少躊躇したが、しかし刑事というものはお構いなしに入ってくるものである。花は二人の刑事にお茶を出し、自分はソファに座らず立ちすくんだまま、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「なんにも知らないんです」 中野リンが死んだと聞かされ、花の心はぐちゃぐちゃにかき回されていた。激しい動悸を抑えるように胸に手を当て、ぐっとうつむいたままうわごとのように、知らない、知らないんですとつぶやく。
「中野さんは」しかめっ面の刑事は続けた。 「自殺されたのですが、なにか、彼女に変わった様子などはありませんでしたか」 「知らないんです」
語気をつよめて言うと、しかめっ面の刑事―村田はふぅと小さく息を吐いた。 花はその場に突っ立ったまま、かわいらしい部屋に不似合な二人の男をじとりと見つめた。緑の小さなソファにでかい男が二人座るととても窮屈そうにみえる。向かい側に座ろうにも、花にはそこまで行く気力なんてなかった。 中野リンが死んだ。 その言葉だけで花はもう何も言えなくなっていた。村田はそんな花の様子を見ると、立ち上がってもう一人の男に帰ろうと促した。恐らく村田の部下であろうその男は納得いかないと顔をひそめたが、黙って従った。ギシリと軋んだソファはほっと一息ついたようである。
「また来ます」 「・・・・はい」
二人を玄関まで見送ることもせず、花はぼうっと宙を見つめた。体に力が入らない。冷めたお茶が二つ、手つかずのまま机に行儀よく揃っている。
中野リンが死んだ。 少女であり続けなければ愛されないと思っていた女だった。少女らしさを失うことが愛されないことにつながるのではと怖がる女だった。それなのにリンは女らしい化粧で顔を覆った。アイラインもアイシャドウも口紅も、大人の女を意識していた。それなのに少女らしさを失いたくないと言っていた女だった。花が唯一、許せない女だった。嫌悪さえ感じた。それなのに、花の頭の中から消えることのない存在だった。
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