「面白いひとがタイプ」と話す女性は、本当に面白いひとを求めているわけじゃないと思う。明るくて、たくさん話題を提供し、面白くもない冗談を恥ずかしげもなく言えるお調子者が好きなんだ。 これが本日卒業を迎えた高校3年間で感じたことだとは何とも悲しい。 卒業式が行われる体育館に、クラスごとに並んで向かう。密かに好感を持っていた砂川美鈴の笑い声が聞こえた。話しているのはクラス一の人気者の男子だ。 「わたし卒業式の最中、絶対に泣いちゃうよ〜。引かないでね?」 「いや俺だってめちゃめちゃ泣くよ?中学のときは涙で卒業証書へにゃへにゃになっちゃったもん」 「なにそれー? ウケるんだけど!」。僕が聞きたかった笑い声だ。 正直何が「ウケる」のかわからない。意味がわからない。バラエティ番組のトークでそんなこと話したら、当然スベり、カットされるだろう。 同じクラスになれたこの1年間で、砂川さんと話した数少ない場面では、「面白い返し」を常に念頭に置いた。昔から「お笑い」が大好きだった僕は、何度も繰り返して見てきた漫才やコントからヒントを得て、ウィットに富んだ、クスリと笑えるトークをしてきたつもりだった。でも結果は僕でも判別できる「作り笑い」だった。砂川さんの笑い声は人気者男子がめちゃつまらない冗談を言い放ったとき、よく聞こえた。 体育館前の通路に並び、入場時間を待つ。あまりに似合わない胸の花飾りを触っていると、隣に立つ友だちが話し掛けてきた。 実際に友だちと話しているとき、僕は笑いをたくさん起こしている。自負しているし、友だちからも好評を得ていると感じる。その自信が、女子相手となると、空気が抜けていく風船のように収縮してしまう。どういう訳かさっぱりわからなかった。最終的に、男子の「面白い」と、女子の「面白い」は別物だと結論付けた。 卒業生入場のコールが掛かると、話し声が会場からの拍手でかき消された。それぞれのクラスの入場が終わり、設置されている席に着いたときに、どこかから小さな泣き声がすでに聞こえた。砂川さんと人気者の声はもう聞こえない。 僕はつまらない人気者が嫌いだ。でも嫌われるのは困るから、表面上は仲良く、冗談を飛ばす。「島田ってめっちゃ面白いわー」とか言うくせに、女子に僕の面白さを紹介してくれない。だから僕には仲の良い女子がいない。 合唱も歌わずにそんな個人的な振り返りをしていた。式は順調に進み、卒業生退場のコールが掛かった。吹奏楽部による『蛍の光』が演奏され、涙を流す生徒も多かったが、僕の卒業証書はカラッカラに乾いたままだった。 4月からは大学生だ。それなりに勉強も頑張ったので志望大学に入ることができる。目指すは大学デビュー。3年間でたくさん聞かされたウケるつまんないこと≠言って、女子から笑いを取り、仲良くなってからは持ち前のトークで深い笑いも取る。これぞ完璧な計画である。
朝方は雲に覆われていた天気も快晴となっていた。教室に戻ると、少し室温が上がった気がした。 別れを惜しんで写真を撮ったり、抱き合ったりしている同級生を尻目に、僕は家路についた。夜はクラスの打ち上げがあるので、それまでに録っておいたNHKのお笑いネタ番組「オンエアライブ!」を見なければいけない。 自宅の鍵を開け、誰もいないリビングのテーブルに卒業証書を置き、すぐにリモコンを手に取った。「今日はコント師が多めだな……」
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