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作品名:北の嵐山物語 〜如月〜 作者:森野 鯨

第10回   10
博物館に入るとすぐに 

アイヌの女性が鮭を干している姿があった

僕は一瞬で 時間が止まった空間に吸い込まれていく

見学者は僕らだけだ 

静かで薄暗いなか 明るいライトで照らし出されているのは

差別され 虐げられて生きてきたアイヌの人たちの姿ではなく

遠く海を越え 大陸の人々とも交易を行い 豊かな暮らしを営んでいた

僕の知らない いやもしかしたら みんなも知らない誇らしいほどのアイヌの人々の姿だ

「アイヌだからかな」

いつか 研二さんがつぶやいた一言が蘇った

「チセっていうんだ」

奥には かつてアイヌの人たちが住んでいた 笹で造った家が復元されていて

トワさんはその中へと入っていき 僕も後からついて入った

中央に囲炉裏があり トワさんはその前に座り膝を抱えた

「ここで 家族みんなで 火を見つめながら 暮らしていたんだね」

嵐山の麓にも 復元されたチセが数棟あって

小さい頃 よく遊んだ

そんなとき いつも三匹の仔豚の話を思い出し

オオカミに 最初に吹き飛ばされた家だ なんて思っていた

僕もトワさんの横に座った

「私のお母さんはね 自殺したのよ」

「えっ」

なんて言っていいか わからなかった

「私が小学1年のときに離婚して ひとりで私を育ててくれて」

「同じだね ウチと」

「でもきっと 疲れちゃったんだね」

「…」

同じじゃなかった 言ってから後悔した

「永一と和枝 その一文字づつをとって 永和 だなんて」

そうだったんだ

「こんな名前 一生背負わせるなんて」

泣いている

僕はそっと肩に手を添えて トワさんを抱き寄せることしかできないでいた


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