富良野までは峠が3つ
ふたつ目を下った
季節の中で
松山千春が流れている
「テンキのやつ、妙にポジティブだったな」
私もこの数日間 いつになくそうだった
山あれば谷ありか
どん底の気分
「どした?やっぱ何かあったのか?」
「大事な話って?」
「まぁ、着いてからゆっくりな」
「いいから、気になって落ち着かないわ」
「そう焦るなって、夜は長いぞ」
そう言って流れ始めた長い夜を歌い始めた
赤信号で止まったとき
私は勝手にスイッチを切った
「なに?どうした?」
「話して、今」
ため息をついて、青信号と共にトシが話し始めた
「お前、テンキと話しているか?」
「え? 何の?」
「何のって、将来のこととか、いろいろ」
「将来って言ったって、私は工房をでガラスを作り続けていくしかないし」
「自分の話じゃなくて、テンキのさ」
「どういうこと?」
「実はさ、テンキが桂子さんから頼まれていたことがあった」
「お母さんから?」
「自分が死んだら、遺灰を故郷の桂川に流してほしいって」
「お母さんまで、そんなこと」
「正確にはハッキリ聞いたわけじゃないらし、でもテンキのやつ、それをずっと」
「で、トシに相談したってこと?」
「まさか遺灰ってわけにいかないだろうから、仏壇の線香の灰を一握り流してこいって」
「お母さんも、お父さんも天樹も、私には何も…」
「すまん、今まで黙ってて、でもテンキももう高校二年生だろ、きっと将来の…」
どん底の底に立たされた気分
「継がせるのか?工房」
その底もぬかるんでいて さらに沈みそう
「どうした?」
「止めて」
「え?」
「いいから止めて!」
車から降りた
来た道をひとり引き返して歩いた
辺りは真っ暗だ
止めにきたって絶対振り返らない
もうひとりで歩いて帰る
「美咲!」
トシが走ってきた
「美咲って」
手をとられたが振り払った
「美咲!」
「母親失格、娘としても失格ね」
「何言ってる、がんばってるじゃないか」
「頑張ってるわよ! 私なりに! でも結局…ごまかして生きているだけ」
振り返った
大声でわめいた
「そんなことないって」
「染屋のおじいちゃんにも怒られるし」
「オジキに?」
「怒鳴り込んできたのよ、駅名を変えるのは反対だって」
「どういうこと?」
「なんで近衛文麿なのよ!」
「何の話だ?」
「もう! 何がなんだかわかんないから!」
しゃがみこんだとき、トシの携帯が鳴った
「もしもし、あーすまんすまん ちょっと寄り道、あと15分で着く…」
なんでこんなとき電話に出れて冷静なわけ
また引き返して歩き始めた
「じゃ、あとで、美咲!とにかく一人息子をちゃんと受け止めてやれ」
バイバイと手を振った
追っかけてこないし
「そのうちね」
「そのうちじゃダメだろ! 美咲はオレが受け止めるから!」
「こんなときに 馬鹿!」
「オレがお前の全部を受け止める!」
「まったく!アンタはそうやって話を盛って!」
「本気だ!美咲!結婚してくれ!」
「は?」
立ち止まってしまった
「美咲!結婚しよう!」
真っ暗な中 トシが叫んでいる
私に
「トシ…」
満天の星が二人をやさしく包んでくれた
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