陶子は言った。 帰ってきたよ。
陶子の感染症は日々強くなる一方であった。 皮膚は爛れ、緑色の痰混じりの咳が止まらない。
それがやたらめったらうつる病なものだから、陶子はずっとおひとりでした。
陶子は言った。 帰ってきたよ。
しかし返ってくるのは、コンクリートの壁に木霊する自らのかすれ声。
陶子の両親は、とっくのとっくの昔に、陶子の病によって死んだのである。
咳が止まらない。
ごぼり。 ふゆゆと。
痰つばに混じって腐肉が吐き出された。
ああ自分は長くはないのだなぁと思いながら陶子は血だらけの唇でにやりと笑う。
陶子の病は、この世のものではなかった。
陶子の感染したものは憂鬱。陶子の感染したものは、病の霊。
陶子の感染したものは、恋の病であった。
何故彼に触れたのかと陶子は自問する。 寂しさではない。 性の欲ですらない。
あのとき、わたしは、愛したかったのだ。 愛してみるということを、してみたかったのだ。
ずるうり。
足の爪と肉が剥がれ落ちる。 肉の剥がれた後が痒くてたまらない。
あははあは。
陶子は唇についた血を拭い、震える足で立ち上がった。
愛を貫くのだ、
愛を伝えにいくのだ。
陶子がうつしたいのは病ではない。 その愛を、伝染させたいのだ。
ずるうり、ずるり。
ボロボロの両足で歩くたびに粘液と腐液が冷たい床を汚す。 汚しているという事実にすこし興奮して陶子は、
私は、すこし鳴いた。
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