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作品名:あなたの時計は正確? 作者:11 doors

第1回   罰ゲーム
あるバーのカウンター席で、30代前半の女性、渡辺香織が、
マスターと談笑していると、吉野達彦があわてて現れる。

「あらっ、達彦。もう7時すぎちゃたわよ」
「えっ〜? そんなバカな、あと1分あるんじゃ…」


達彦は、店の中央の柱にかかる、大きな時計をみる。


「うっ、うそ! 1分過ぎてる」


香織はニコッと笑い、
青ざめる達彦にプレッシャーをかける。


「ねえ、達彦。先週の約束、覚えてる?」
「あ、ああ…」

「今度待ち合わせに遅れたら、私にプロポーズするって」
「でも、あれは酒の席で交わした罰ゲームじゃん」

「罰ゲームなら、破ってもいいの? や・く・そ・く」
「ウソだろう、罰ゲームでプロポーズって」
「私はかまわないわよ、やって! 一世一代の愛の告白を」


マスターは、お皿を拭きながら、
その光景をほほえましくみつめている。

達彦は覚悟を決めて、香織の座る席の前にひざまづき
今まさに、プロポーズする態勢に入る。


「渡辺香織さん、ぼ、僕と結婚してください」
「達彦、私のこと、そんなに愛してたの?」
「は…、はい。心からあなたを愛してます」
「そう、あなたがそんなに言うなら、結婚してあげてもいいかな」
「あ、ありがとうございます」


達彦は、罰ゲームが終わったと思い、マスターにお冷をもらう
と一気に飲み干し、受け取ったタオルでハンカチで汗をぬぐう
とトイレに向かった。マスターは、ニコッと笑い、香織に話し
かける。


「達彦さん、相当焦って、走ってきたんですね」
「いい気味よ。それよりマスター、ちゃんと撮れてるかしら?
 ビデオ」

「もちろんです。でも、本当にいいんですか? さっきのを動
画サイトにアップして、達彦さんのご親族や、会社の人たちに、
プロポーズの瞬間を見せちゃったりして…」

「かまわないわ。私たち8年もつき合ってるのに、結婚の『け』
の字さえ、クチにしなかったのよ、あの男。彼の元カノにも、
匿名で、動画のURLを送ってやるわ」


マスターは、肩をすくめて、「女の執念は怖いね」という仕草
を、近くにいた黒人の従業員サムにアピールする。

サムは、ちょっとほほえむと、ゆったりしたリズム&ブルース
の曲を流し、店の時計の針を、正確な時刻に直した。


「ねえ、マスター、この曲、いいわね」
「ええ、この図体のデカイ男、サムが大好きなんですよ」
「この曲のサビの部分がいいわね」


“My watch / may be / one or two minutes / fast.”
私の時計 / 〜かもしれない /1分か2分 / 進んで


「マスター、ありがとう。時計もビデオも」
「いえいえ、香織さんこそ、ご結婚おめでとうございます。
どうです、シャンパンでもいかがですか?」

「ありがとう。いただくわ。うふふ、結婚式でも、あのビデオ
を流すわね。あっ、最初の罰ゲームの話とかはカットしておい
てね」

「はいはい、わかってますよ。今、奥の部屋での編集も終っ
たようです。あっ、これが動画サイトのQRコードですね」


マスターは香織に、メモを渡すと、
静かにほほえむサムに話しかける。


“Does / your watch / keep good time?”
〜ですか? / 君の時計 / 正確な時間

“No, / it loses / ten minutes / a day.”
いいえ / 遅れる / 10分 / 一日


「今どき、一日に10分も遅れる時計って、そうそう
ない代物よ。でも、それで、よく遅刻しないわね」


香織の言葉に、マスターは苦笑するばかりだった。




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