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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第99回   絶対領域〜外伝4 月影の晩に〜
 約三ヶ月前。
 トレベレスとベルガーが、ラファーガ国を滅亡へと追いやった愚行の後。城下町では悲鳴が絶えず、火災に追われて皆が逃げ惑っていた。皆、唖然と町の惨劇を見守るしかない。自分の身を護る為に、親兄弟を護る為に、隣人達と懸命に生き延びようと、助け合った。
 火災だけでは飽き足らず、娘達や母を奴隷として誘拐された家もある。文字通り、地獄絵図だった。豊かな国、ラファーガに突如訪れた破滅の足音。僅かながらにも怒りの矛先を人々は既に、決めていた。
 城内にも生存者は数名いた。運よく逃れた者達は懸命に食物や財宝を手にすると、一目散に城から我が身を護る為に飛び出していた。城は崩壊したのだ、留まっても意味がない。
 そして。
 騎士トモハラ、壁に叩きつけられ両目を剣にて殺傷。
 騎士ミノリ、腹部を槍にて貫かれ瀕死。
 姫アイラ、壁に叩きつけられ槍で腹部を突かれ。

「マロー。マロー……」

 息苦しさに、アイラは霞む瞳を必死にこじ開け、震える手足を必死に押さえつけようやく意識を取り戻した。激しく咳き込む、息を大きく吸いかけて、肺の激痛に耐えられずに止める。
 一面を覆い尽くしている煙を吸い込み、酸素不足で喉を二酸化炭素と煤に侵された。皮膚が焼けるように熱く、アイラは小さく悲鳴を上げる。熱いのは、城が燃えているからだ。高温になった空気と壁に気づき、ここに居ては焼け死んでしまうと焦燥感に駆られる。
 額から流れる何かに手をやれば、深紅の血が目に入った。呻きながら高温の壁を助けに立ち上がると、ミノリとトモハラが倒れこんでいる姿を見つける。
 駆け寄りたいが、脚が思うように動いてくれない。唇を噛締めながら、アイラは震える右脚をゆっくりと、前へ出した。

「手当て、手当てを。二人を、助けなきゃ、いけないの、です」

 うつろに、それだけを繰り返す。
 煙で、視界が遮られていく。炎の広がりが速いのだろう、狭い通路に押し寄せる煙と、酸素を確実に奪っていく炎は、勢いを弱める事がない。
 悔しそうに、それでもアイラは必死に脚を動かした。生きている意味を考えたら、それしかない。自分は、二人を助けねばならない。二人の元へ辿り着き、何が出来るというわけではないのだが、それでも。

「待ってて、ミノリ、トモハラ。必ず、私が、あな、た、たち、を」

 ぐらり。
 アイラの身体が大きく揺れる、階段を転げ落ちるように落下してしまう。無茶をしていた身体に脳がついていかず、そのまま意識を失った。
 しかし。まるで、誰かが支えたように。
 空気の抵抗、柔らかな風が、アイラの身体をゆっくりと、二人の元へと届くように、運ぶように静かに動いた。二人のもとで身体を強打することなく、優しく倒れ込んだ。不自然過ぎる動きだった、何者かの力が働いたとしか思えない。
 周囲で、爆音が響き渡る。現在、城の位置でいうなれば四階。窓から飛び降りれば、下は木も草も生えている地上である。
 しかし、高すぎる。せめて二階ならばどうにかなったろうが、四階では自殺行為だ。
 燃え盛る城内、黒煙渦巻き、身動きすら出来ない瀕死の三人。姫と、騎士二人。
 絶望的なこの状況下で、奇跡は起きた。起きたのか、”起した”のか。奇跡”ではない”のかもしれないが。
 城は、崩壊を始める。三人は、崩れ行く天井に押し潰されてもおかしくはなかった。いや、むしろそれが普通だろう。
 止まらない炎の勢い、爆発の衝撃で壁は内部から哀しくも脆く、壊れ行く。しかし暴落を始めた城の、三人の居た位置だけが斜めにするり、と。何かに護られながら、その空間だけ全く炎すら寄せ付けず、瓦礫すら跳ね返して。波が攫っていく砂の様に、徐々に徐々に滑るように、静かに地面へと向かう。
 上手い具合に壁が炎を遮断し、三人を護るように、個室を造る様に倒れた壁が取り囲んだ。倒れこんでいたミノリとトモハラの上に、覆い被さるように崩れているアイラ。
 地面に辿り着いたその一角、アイラの指先が地表の草に触れた。
 その瞬間。
 蛍の光のような、弱々しく、儚い小さな光であれども。無数に地面から湧き上がり、静かに、雪が降り積もるとは間逆に。仄かな無数の光の珠が、三人の周囲の地面から湧き上がり、空へと昇って行った。
 アイラの唇が、微かに震えるように動く。ミノリの腹部の傷口に、右手を。トモハラの両目に、左手を。
 無意識の内に腕を動かしたアイラの、両の手の平がやんわりと光り始めていた。静かなる、空間の中で。すぐ傍で燃え盛る炎など、気にも留めず。隔離された、異空間。
 数時間の事だった、その状態のまま、三人はそこで眠りについていた。無数の発光体は、消えることなく。三人を守護するようにその場に留まり、水の中で揺らめくように、浮くように微かに揺れている。
 聖域。不可思議な、何か。人知を超えたもの。
 そんな場所で三人は、穏やかな笑みを浮かべて眠りについている。
 暫くして何かが近づいてくる音が、微かに炎が破壊している音に混じって辺りに響き始めていた。
 一瞬、発光体は停止したが再びゆらゆら、と漂い始める。
 まるで、近づいてきた”もの”が何かを識別し、害はないと判断したかのように。
 やがて近づいてきた音は、蹄の音。漆黒の馬が一頭、静かに現れる。
 それは、トライがアイラに譲渡したデズデモーナだった。馬小屋から逃げ出したのだろう、アイラを探していたのかもしれない。
 アイラを見つけると、邪魔な壁を取り除き、口で衣服を咥え必死にデズデモーナはアイラを揺り起こし始めた。
 眉を潜め唇を動かし、瞼を動かしたアイラ。アイラの身体を懸命に鼻先で揺するデズデモーナだが、アイラは寝返りをうつのみだ。
 デズデモーナは器用に、首を使ってアイラを背中に滑るように乗せると、その場を後にした。それでも無数の発光体は、ミノリとトモハラを包み込んだままだ。
 絶対治癒領域。
 その場に居れば、自然と体調も怪我も治癒出来る。ミノリの腹部の傷はほぼ完治していた、トモハラとて今は静かに寝息を立てている。瞳の傷は徐々に癒え、本人達が起きてこそ、何が起こったのか理解出来るのだろう。
 


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