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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第98回   運命の歯車〜外伝4 月影の晩に〜
 数日かけて到着した土地に、まだ新しい豪邸というよりも低目の塔が存在した。四階建てのその建物の最上階へとマローは運び込まれ、ようやく猿轡を剥がされる。

「ちょっと! なんなのこの扱い! あたし、姫なのよ!? これは一体どういうことなの!?」

 食事も適当に、拘束され運ばれた姫君に、ベルガーとトレベレスは冷めた瞳で見下ろすばかり。

「全くご自分のお立場を理解していないようで」

 しゃがみ込むと、マローの髪にそっと触れる。
 反射的に避けようと身を捩じらせたが、髪を撫でようとも、掴もうともしたのではない。ただ、耳についていた宝石を、首に下がっていた貴金属をベルガーは引きちぎった。

「な、何すんのっ」
「返して戴きます、貴女には必要のないものだ」
「あたしの! あたしのよ!?」
「亡国の姫君よ……。金目の物は全て返していただきます、幽閉する者に宝石など要らぬ」
「ちょ、何すんのっ」

 寝所での姿とはいえ、マローはお気に入りの宝石を身につけて眠っていた。高価な物は全て剥ぎ取られ、抵抗し髪を振り乱しながらマローは床に転がったまま、二人を憎憎しげに見つめる。

「本当に何もご存じないようなので、気の毒ですから話を。貴女の母上が、死ぬ間際に傍迷惑な遺言を残したのです。姉の姫は破滅の子を産む、妹の姫は繁栄の子を産む、と。繁栄の子欲しさに、亡国ラファーガに滞在しましたがそちらの国は不要な姉姫を押付けようとするばかり。面倒でしたので滅亡させ、貴女を連れ去ったまで。……解りましたか?」

 大きな瞳を瞬きさせて、マローは皮肉めいて笑った。そんな話は初耳だった。

「馬鹿じゃない? そんな遺言」
「馬鹿と言われても貴女の母上は偉大な魔女、無視できない遺言です。さて、欲しい子宮を持つ姫は手に入れたので」

 どうしたら子ができるか、など知らぬマローは訝しげに二人を見ていた。そんなコトよりも気になったのは。

「あたしのこと、可愛いって言ってくれたのに! ちゃんと綺麗なお部屋用意してよ!」
「立場を……理解されない、なんとも浅はかな娘だ」

 喚くマローの口に再び布を押し込む、苦しさで涙が出たがベルガーは容赦ない。

「トレベレス殿、どうぞ」
「え?」

 呆けていたトレベレスに声がかかる、慌てて焦点をベルガーに合わせた。まさか声をかけられるとは思わなかったのだ、一瞬慌てふためく。

「生娘は好かない、下で酒宴でもしていますので」

 マントを翻し、そう言い残すと立ち去る。部屋に取り残された、マローとトレベレスは暫し沈黙したままだった。
 数分後そっと近寄り、布を外せば。大きな瞳でマローは囁いた、普段の、振る舞いを。焦りながらもマローはいつもの様に小首傾げて、笑う。

「助けて、トレベレス様。あんなに可愛がってくれたじゃない。あたしを帰して」

 数秒マローを見ていた、が、床に置き去りにしトレベレスは用意してあったワインを一人、静かに呑む。唖然と悠々とワインを口にしているトレベレスに、怒りが沸々と湧いてくる。
 天と地の扱いだった、今まで無下にされたことのなかったマローにとってそれは、屈辱だった。

「ちょっと! いい加減に」

 ダン!
 騒音にびくり、とマローの身体が震える。我武者羅にグラスをテーブルに叩き置いたトレベレスは足音立てながら近寄ると、何の躊躇いもなく身体を持ち上げマローをベッドに投げ捨てた。

「うるさい」

 低く冷たい声に、身体を硬直させるマロー。城内でのトレベレスとは違いすぎた、あまりの豹変に喉が鳴った。初めて”怖い”と思った。

「大人しくしてろ」
「っ!?」

 それは。
 何も知らない姫君には酷なもので、愛情の欠片も何もない行為だった。泣き喚いたので途中から再び布が押し込まれ、暴れるので四肢の拘束は解かれることなく。
 ただ、痛い。痛いのは、身体と。胸、だった。
 先日までの、優雅な暮らしはなんだったのか。何故、このような目に合わなければいけないのか。悔しさで涙が零れ落ちる、丁寧に扱われていた、あの日々は何処へ行ったのか。
 トレベレスが去ってからは、数人の女が湯に入れてくれた、その間にベッドは丁寧にメイクされ、そしてベルガーがやってくる。翌日は、トレベレスが再びやってきた。
 わけもわからず、ただ、犯される中で。あんなに優しく宝石を身につけさせてくれたトレベレスは、舌打ちしていた。
 マローには解らなかったが、トレベレスはこう呟いていたのだ。

「双子と言っても……姉と全然違う」

 聴こえなくてよかっただろう、似て非なる二人。似ているからと、妹だからとトレベレスはアイラを思い描いた、思い描いて抱いた。
 だが。
 抱き締めても、何も感情が湧きあがってこない。その場にいる娘より、思い出すのは剣を交えたあの日のアイラ。そしてからかいついでに肩に手を置き、恥らったあの日のアイラ。
 重ねようとすればするほど、マローとアイラの違いが明確になる。

「淑やかな女が好きだ」
「あんたの好みなんて、知らない!」

 罵倒し、必死に逃れようとするマローに、ベルガーも散々頭を悩ませている。頬を叩き、最中は言葉が漏れないように毎回猿轡だ。

「本当に……予言と違うならば女王を恨む」

 深い落胆の溜息を吐きながらも、自由の利かないマローをいいように扱った。その度にマローの自尊心は傷ついていく。
 二人が来ない場合は、常に一人だった。食事は運んでもらえたが、一人きりだった。窮屈な部屋は窓が一つしかなく、時折見える月が救いだった。だが、月は殆んど翳っている。そんな夜、こっそりと起きて胸元から引っ張り出し透かしてみたのは唯一奪われなかった宝石だった。
 トモハラが購入し、アイラを得てマローに届いた小さな宝石。

「姉様と、同じ色なの」

 宝石を眺め、嗚咽する。懐かしい城での生活、姉に騎士達に囲まれて何不自由なく笑って過ごしたあの日々。
 そして。

「……助けに、来て」

 毎晩、呟くのだ。思い出して、泣き叫ぶのだ。

「助けに来てよぉ、トモハラ、姉様!」

 だが、マローとて見ていた。姉とトモハラは、目の前で殺された。

「護るって、言ったじゃないっ!」

 小さな姫君の、絶叫。質素な”行為するだけ”の部屋に押し込められて、マローは壊れそうな心を、小さな宝石で支えた。
 食事も簡素だった、最低限のものしかなく、嫌いな野菜も大量にある。最初は無視して食べなかったが、空腹には勝てずに必死で食べた。
 こんな時に姉の言葉が甦る”食べ物は大事”なのだと。
 果物ナイフが部屋に落ちていた、命を絶とうと何度も手にした。
 けれども。
 くすくす笑いながら食事を運ぶ女達を、忌々しく睨み付ける。
 しかし。

「ベルガー殿、マロー姫の部屋にナイフを置くのは危険では? 自害されたら」
「落ち着かれよ、トレベレス殿。あの娘に、そんな度胸あるまいよ。苦痛が嫌いな娘だ、自分から痛めつけることなどない」

 ベルガーの言う通り、マローは自害しなかった。それは、怖かったわけではない。
 月影の晩に、思い出す。トモハラを、思い出す。護ると言ってくれた彼を、思い出す。口付けを、思い出す。笑顔を、思い出す。香りを、声を思い出して、そして。

「……待ってるの」

 そうなのだ、マローは待っているのだ、無理かもしれないが、願っているのだった。
 助けを。二人が来てくれるのを。

 一月経過しても、マローに妊娠の兆候は見られることなく。二月経過しても、同じことで。

「なんて女として役に立たない小娘でしょう!」
「幾ら顔が綺麗でもねぇ」

 食事を運ぶ女達の小言も、無視できるようになっていた。

「ベルガー様、ストレスが原因かもしれません。城と同じ様な生活とまでは行かなくとも、食事を豪華に、内装も綺麗にしませんと、出来ないかもしれません」

 様子を見に来た医師は控え目にそう告げる、トレベレスとベルガーは呆れ返ってマローを見ていた。大人しくなることなく、毎回暴れるマローにはベルガーも手を焼いている。
 捕らえた頃は毎晩通っていたが、週に一度になり、隔週になった。

「早く宿せ、いい加減飽きた」

 抱きながらマローに吐き捨てるベルガー、飽きたなら抱かねばいいのに、と口答えしようにも口は塞がれている。反論できない。
 何故。酷い扱いをされた上に、愚弄されなければならないのか。
 やがて三ヶ月経つ頃、ベルガーもトレベレスも通わなくなっていた。
 人と会うのは食事の時だけ、湯浴みも二人の王子が来ないので毎日させてもらえない。気が遠くなる、周囲がどうでも良くなってきた頃。マローは一日のほとんどを、眠って過ごしていた。

「ホットミルク、のみたいの」

 枕を涙で濡らし、故郷を懐かしむ。思い出すのは、トモハラだった。

「たすけ、て」

 姉と、騎士を。懐かしんで、焦がれて、夢を観る。三人で居る、夢を観る。城内の庭で、小さな猫達と遊びながら、三人で紅茶を飲みながら。ただただ、笑いながら、楽しく楽しく暮らす夢を。寒くなれば騎士が毛布を羽織らせてくれる、眠る前にホットミルクを届けてくれる。安堵して眠りにつけば、姉が手を握り歌を歌いながら朝まで同じ床に。
 一人きりの部屋で、そんな夢を見ることが至福に思えてきた。

 ある朝、マローは急な吐き気に運ばれてきた食事に嘔吐した。一人顔を顰めて布で口を拭ったが、周囲は慌しく動き回る。
 狼狽している女達を、何事かと遠目に見ていたマロー。

「い、急いでベルガー様とトレベレス様にご連絡を!」
「ご懐妊で御座います!」

 教育を受けていないので、身体の不調がよもや子が原因であるとは知らずにいた。
 何人もやってきた医師の診察を受け、駆けつけてきたベルガー及びトレベレスの前で、医師たちは皆片膝をついたのだ。

「お子が無事、宿っております」

 歓声が上がった、が、周囲を他所に主役の三人は。
 青褪めた表情のトレベレスと無表情のベルガー、そして関心を示さないマロー。
 どちらの、子だろうか。
 色めきたつ周囲の熱と反する三人の温度、突如として丁寧に身体を扱われ始めるマローは怪訝に眉を潜める。
 立ち尽くしていたトレベレスに、ベルガーはぼそり、近寄ると告げた。

「トレベレス殿の子だ、酒宴でも開きますかな?」

 無機質な声だった、身体が不自然に揺れたトレベレスは、必死に感情を押し殺し、声を絞り出す。

「そ、そうでしょうか」
「えぇ。ラファーガ国陥落から、早三ヶ月程度。私はこの姫に飽き、一月半前には通うのを止めているので」
「な!?」
「次期王子の誕生、心待ちですな」

 抑揚の無い無感情な声で肩を叩くと、ベルガーは踵を返し手を叩き、酒宴の準備をさせ始める。
 マローの部屋も四階から三階へと移され、豪商の屋敷並の装飾に数人の女官が付き添う事となった。身体を震わしながらトレベレスは俯き、そして唖然とベルガーを見る。
 子に、執着していたのではなかったのか。

「アイツ! オレを試したな!?」

 予言を信じていない、と言ったベルガー。戯れにマローを抱いたが、興味を示さず通うのを止め。
 もし、予言通り産まれた子に何らかの魔力があるのが解れば、その時点でマローを手元に置き、今度こそ子を宿すべく監禁するつもりなのではないだろうか。
 もしくは疑惑のまま、妹姫こそ破滅だとの可能性を捨てずにトレベレスで試したのではないか。
 どちらも、有り得る事だ。
 要は先に、ベルガー以外の誰かで試したかっただけなのではないのか。
 しかし、何よりも。ベルガーに嵌められた事より、何よりも今のトレベレスには。

「オレと、マローの子?」

 冷や汗が背筋を伝う、眩暈で壁に寄りかかりながら、トレベレスは青褪めた表情でずるり、と床に片膝をついた。
 心配して駆け寄ってきた臣下に混ざり、ベルガーも不意に戻ってきた。一人、鋭い視線で冷酷な視線を崩れ落ちているトレベレスに投げかける。
 明らかに体調の優れない、誰が見ても歓喜の笑みを浮かべていないトレベレスに、容赦ない言葉を降り注いだのだ。

「そういえば、おかしな事を耳にしましたが。トレベレス殿、城にも戻らず別荘にて緑の髪の娘を一人、寵愛していると、か? 噂で聞きましたが、どうなのだろう」

 トレベレスの身体が、大きく震えた。瞳が見開く、唇が半開きになり、床を見つめ続けるだけだ。ベルガーの言葉に周囲もどよめき始め、皆の視線がトレベレスに集中した。

「あくまで”風の噂”ですが。亡国の姉姫に瓜二つとか? 溺愛して離さないと聞き及んでいますが、実際のところ、話を伺いたいものです。トライ殿を表六玉だと言っていたトレベレス殿に限って、まさか……とは、思いますが」

 緑の髪。
 その単語にマローも急に顔を上げた、我に返ったのだ。緑の髪、姉の髪色。
 否定せず、物言わず、トレベレスは唇を噛締めているだけで沈黙が流れる。周囲のざわめきは、トレベレスが沈黙を続ければ続けるほどに、大きくなっていた。
 そして。

「マロー!?」
「ねぇ、さ、ま? 姉様!?」
「トレベレス様、一体どういうことなのですか!? 何故マローはあのように髪も梳かれず、やつれた状態でいるのですか!? 」
「アイラ! どうして此処に来た!?」

 突如上がった声に、一斉に皆がそちらに注目する。被っていた灰色のフードを捨てると、緑の髪が揺れる。息を切らせて青褪めたアイラ姫が、静まり返った部屋の中央に、立ち尽くしていた。
 視線がどれだけ自分に集中しようとも、マローとトレベレスを交互に見て、一頻り頭を捻っていたが、耐え切れずにトレベレスに駆け寄った。
 姿を目に入れるなり、慌てふためきトレベレスは立ち上がる。アイラを抱き締めるように身体で覆い、マローから視線を逸らす。
 そして震える手でアイラの耳を塞ぎながら、瞳を見つめ悲痛そうに顔を歪めてようやく重い口を開いたトレベレス。

「後で、後で説明する。何故ついて来た!」
「マローのところへ行くと、聴こえてしまったので! 馬車の陰に潜んで、ついてきたのです。どういうことですか、子って、何のことですか? マローは鉱山で宝石を吟味しているのではなかったのですか!?」
「話を聞いてくれ、アイラ! 頼むから」

 姉の姿を見つけ、立ち上がったマロー。
 だが。
 違和感に襲われる。
 何故、あの時死んだはずの姉が生きているのか。いや、それは嬉しいのだが、あの姿。髪に、耳に、首元に手首に煌びやかな宝石。着ているドレスは目立たない色合いだが上等そうな布、以前姫であった頃のマローとなんら変わりのない、豪華な装飾の数々。
 麗しの、姫君。
 姉は。破滅の子を産む、呪いの姫君ではなかったのか? あの日、燃え盛る城内で腹部を貫かれたのではなかったのか? そして何より、何故、トレベレスは。切なそうにアイラを見つめているのだろう、声とて優しく、まるで、あれでは。
 キリリ、とマローは唇を噛締め、重い腹部を軽く押さえながら嫉ましそうに姉を見つめる。
 待ち焦がれていた、姉を見つめる。 あの日と同じ様に、切り裂いた寝巻き姿で、勇敢に剣を振りながら助けに来てくれるのだと思っていた。姉は馬にも乗れた筈だ、颯爽と現れ自分を連れ出し馬に乗って逃げるのだと思っていた。トモハラとて、そこに居るだろう。
 しかし、待っていた筈の姉の傍に、トモハラの姿は見えない。
 部屋の中心で一際輝きを放っている、姉の姿。ほんの数ヶ月前の自分が、そこに立っている様だった。
 マローは、身体を小刻みに震わす。押さえられていた感情が、戻ってきた。
 攫われた自分の、この扱い。
 攫われずに捨て置かれた筈の、姉の扱い。
 なぜ。
 何故姉は着飾って、トレベレスに必死に宥められているのか。

 ざわめく一室、回転する部屋。それぞれの思惑を詰め込んで。
 疑心、嫉妬、焦燥、狼狽、追及、憎悪、親愛。
 時刻は、今から三ヶ月前に戻る。ラファーガ国滅亡後、城内へと、戻る。
 廻る、運命の歯車。止まらない歯車は、音を立てて廻っている。
 キィィィ、カトン。


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