アイラは一人で隠れることなど、出来なかった。ゆえに、懸命に逃亡を続ける。
「いますね、トモハラ、ミノリ、キルフェ!」 「はっ、お傍におります」
アイラに付き添っているのはもはや騎士三名だった、そして泣いているマロー。五人となった今、敵兵がエレナに気を取られている間に、一刻も早く脱出ルートを見出さねばならない。
「何故、解ったのでしょう。あんな隠し扉から、何故こちら側が……」
焦燥感に駆られ、アイラは乾いた喉と切れる息を必死に押し殺して走った。しかし、アイラは乗馬も得意で体力には自信があったのだ。 寧ろ、ないのは。
「もう駄目、あたし走れないっ」
転ぶように立ち止まったマロー、アイラは剣でマローの裾を切り裂き短くすると、軽く両手で頬を叩く。
「頑張って! 捕まってはいけないのです」 「何で逃げなきゃいけないの? あたし達、何か悪いこと、した?」 「それ、は……」 「ねぇ、姿を見せればいいんじゃない? ベルガー様もトレベレス様も酷いことなんてしないわよ」 「駄目です、マロー。見たでしょう、酷い事はもうされています。火を放ったり、皆を殺されました」 「何が目的なの?」 「解りません、手厚くもてなしていたつもりだったのですが……」
ふと、アイラは顔を歪めた。
「もしかして……先程私が断ったから?」 「断った? 何を?」
夜伽のことだ。先程、突っぱねたのは確か。 ミノリが割って入る、それは違うと懸命にアイラを説得する。苛立ちながらトモハラが皆を叱咤した、どうやら過酷な状況下で冷静さを失わなかったようだ。
「後で考えましょう! 今は逃げるのです。マロー様、ご無礼をお許し下さい」 「きゃっ」
正面から抱き抱え、マローを抱いたまま走るトモハラ。
「ぶ、無礼者!」 「お叱りは後で受けますから、どうかご辛抱してください」
密着する肌に赤面したマローは、突き放そうと暴れるのだがトモハラは俄然として離さず、それどころかきつく抱き締める。
「必ず、命に代えても御守致しますから。マロー様だけは護り抜きますから」 「あ、当たり前でしょ! あんたあたしの騎士なんだからっ。あたしに代わって敵の攻撃受けてよね」 「そのつもりです。マロー様の為ならば死んでも構いません」
真剣にそう言われ、マローは一気に力が抜けるのを感じた。悪態ついて「当たり前でしょ」を連呼していたが、顔の火照りが治まらない。 アイラが、声をかけた。
「トモハラ」 「あ。はい、アイラ様」 「訂正してください。マローを護って頂くことはとても感謝しています、ですが死んでも構わないというのは賛同出来ません。トモハラが死んでしまったら、次は誰がマローを護るのですか? 護り抜くと誓うなら、トモハラ、貴方自身も死なないで下さい」
どこか、怒った様な口調のアイラに、はっとしてトモハラは謝罪した。しかし、死んでもいいと思っていたのは確かだ。 こうして今マロー会話し、そして抱き締めているのだから。それだけで、トモハラはよかった。もう、これ以上はないという至福に包まれていた。マローの体温が、不謹慎だが、心地良かった。姫は、甘い花の香りがした。
「トモハラ」 「はい、アイラ様」 「マローを、宜しくお願いしますね」 「解りました」
緑の髪の姫君は、茶色の髪の騎士に、愛する黒髪の妹を、託した。 信頼していた、城内で何度もみかけたトモハラのマローを見つめる瞳に、偽りはないと判断した。 マローを抱き締めながら、トモハラは走る。剣が抜けないので後方にキルフェとミノリ、先頭にアイラが立つ。
「この先に再び、部屋があります。誰か怪我は?」 「皆無事です」 「わかりました、では喉だけ潤しましょう」
逸る気持ちを抑えつつ。あと数十分走れば、馬車小屋に行くことが出来る筈だった。 そっと隠し部屋へと侵入し、敵に見られていないことを確認すると、五人は溜息を吐き床に座り込む。 特にマローを抱えているトモハラは体力の消耗が激しい、項垂れて壁に寄りかかり、気だるそうに俯いていた。
「これを、トモハラ」
無言で差し出された水を飲むトモハラ、アイラはここでも皆に一定の水分を補給させ、疲労に良いとされる薬草を噛ませる。 もはや湯など沸かしている有余がないので、水だけだ。ワインもこれ以上は思考を鈍らせるだろう、次の道をアイラは思案する。 数分後、再び室内を後にする皆。このほぼ真下に、食物庫がある。だが、簡単に下へは行けなかった、登って下らなければ辿り着けない道になっていた。階段なので一人で歩くことになったマロー、アイラに手を握ってもらい懸命に痛んだ足で歩き続ける。泣きながら、必死だった。
「こっちだー! 居たぞー!」 「えぇ!?」
先程来た方角から声がする、舌打ちし、アイラは足を速めた。松明が投げられる、明るく階段の下が照らされている。 キルフェが意を決し、立ち止まると剣を抜き抜いた、足止め覚悟で死ぬつもりだった。
「お逃げ下さい、アイラ様!」 「キルフェ、未だです! 敵の姿が見えるまでは皆で逃げるのです!」
怒鳴ってアイラはそれを止める、ミノリにキルフェを引っ張ってもらい、阻止した。階段を、上り続ける。 息も上がり、五人はそれでも必死に走っていた。階段の上部にいるのはこちらだ、有利に戦えるだろうがそれは今ではない。 問題は追っ手が何人いるか、によるのだが。数人であれば確実に今倒しておくのが利巧かもしれない、しかし、確実に逃げ切る為に。無傷で、皆を逃がす為に。アイラは好機を計っていた。 通気口用の小さな窓があった、何気なく見上げると外が明るい。朝が来たのか、と思ったがそうではない。街も、業火に包まれていると気づいた。 唖然として足を止めそうになったが、唇を強く噛締めて走り続ける。城だけではなく、まさか城下町まで滅ぼそうとしていたとは、アイラは夢にも思わなかった。何故なのか、判らなかった。
「もうすぐ下ります! あと少しですからね!」 「はっ!」
だが。 悲鳴と共に何かが倒れる音が聞こえる。
「キルフェ!」
ミノリの叫びに足を止めるアイラ、マローをトモハラに任せて階段を戻れば。キルフェの右足に弓矢が刺さっていた、風を切る音が聞こえるのは、追撃で弓矢が何本も放たれているからだろう。
「捕まって!」
アイラはミノリと共に彼を助け起したのだが、それを必死に振りほどくキルフェ。怒ったようにアイラを突き飛ばす。
「早くお逃げ下さい」 「駄目です!」 「ミノリ! 上官の命令だ、姫をお連れして逃げろ!」 「……くっ」
怒鳴り、身体を引き攣らせたミノリを睨みつけると、キルフェは剣を引き抜いた。先程の部屋でくすねてきた油を階段へと撒き、せめてもの足掻きをする。
「敵が近寄りましたらば火を放ちます! さぁ、早く」
ミノリは、抵抗するアイラを引きずって、トモハラと合流し、四人は再び階段を上る。弓矢で命が絶たれる前に、キルフェは自ら火を油に放った。 これでは敵を全滅させられないが、数分の足止めにはなるはずだ。瞳を閉じ、剣を構える。炎を掻い潜ってやってきた弓矢を、叩き落すことに集中する。 思えば、アイラ姫。最初観た時は、胡散臭い姫だと思ったが、今では。
「お仕え出来て……幸福の極みでした。どうか、お健やかに」 「立派だな、命を捨てて姫を逃すか」
聞き覚えのある声に瞳を開いたキルフェ、見ればベルガーにトレベレスが真下に迫っている。憎々しげに瞳を開くと、絶叫しながらそのままキルフェは階段を蹴り落下した。 剣を突き立てる、弓矢が放たれようとも重力で下へと身体は下がるだろう。軽症でも負わせられれば、戦の将が傷を負えば。僅かな期待を抱く。 だが、脇の隠し通路に身を潜めたベルガーとトレベレス。部下の何人かは捨て身のキルフェの下敷きになり、油で上手く階段を上れず、火が回って悲鳴を上げるが。痛手を負わせたかった二人は無傷だった。 部下達に消火活動を促し、鎮火すれば堂々とベルガーとトレベレスは階段を上る。
「近いな……逃がすな、追い詰めろ!」
若い四人は懸命に走った、しかし追い詰める側と追い詰められる側では体力の消耗の差も出てくる。 意を決し、トモハラは急に力強くマローの腕を掴むと、そのままバランスを崩し階段から落ちそうになった身体を優しく抱き締め。 そっと。 触れるか触れないかの口付けをした。 きょとん、としたマローだが、急に真っ赤になると唇を震わす。
「……好きでした、ずっと」
マローが何か言う前にトモハラがそれだけ告げ、優しく笑って髪を撫で。
「あなたの笑顔が、好きです。……どうか、ご無事で」
そう続けた。 俯きマローの脇を通り抜け、ミノリの脇を通り抜け、止めるアイラを無視し、トモハラは。 満足そうに剣を引き抜いた。
「駄目です、トモハラ!」
アイラが前に出た、ミノリにマローを連れて上へと指示し、トモハラのマントを力強く引っ張る。だが、それを振りほどく。
「無理です、追いつかれます。ベルガーとトレベレスの声がしました。時間稼ぎして貴女方を逃がさないと、他の騎士達に面目が」 「私が囮になりますから、マローを連れて逃げなさい!」 「それならば俺が!」
アイラを突き飛ばし、ミノリもトモハラの横に剣を構えた。
「お二人で、お逃げ下さい!」
振り返ったミノリは満足そうで、何より笑顔で。アイラは、口を噤んだ。
「ミノリ……」
アイラは、ともかくマローへ階段を上りきるように指示を出す。自分も剣を引き抜くき戦う決心をしたが、マローは唇を抑え壁にもたれたまま動けなかった。 ぎゅ、と自分の唇を押さえる。トモハラの顔と、唇と、身体の温もりと、声が。”好きでした”の、声がこだまする。足が、動かない。 何か言いたいのに、マローは声が出ない。自分の為に命を張ろうとしているトモハラに、何か言いたいのに何も、言えない。 綺麗な瞳だった、優しい声だった。暖かな手だった、全てが自分を大切にしてくれていた。 こんな時にいつかの女中の会話を思い出していた、それは。 ”好きな相手をキスをした、甘美な時間だった” マローは震える身体で、火照る頬を、熱した唇を。そっと、自分の指先で触れていく。霞むトモハラの後姿に、口を開きかけるが声が、出ない。
「居たぞ! 相手は若造と姫だけだ!」
兵が、来た。小窓から灯りが差し込み、敵が見える。
「ベルガー! トレベレス!」
その中に怒りの矛先を見つけ、トモハラは吼える。元凶がそこに居た、叫んで剣を振り下ろし、近寄ってきた兵を真横に切り裂く。容赦しない、容赦して良い相手ではない。命を奪うことに躊躇いは感じない、愛する姫を護る為に。 狙いは繁栄の子を産むマローだと解っていた、捕らえられればどんな扱いをされるか分からない。叫びながらトモハラは剣を振り回す、確実に急所を狙って振りかざす。
「子供だと油断しすぎだ」
鼻で笑い、上の戦況を見ていたトレベレスは、自慢の剣を引き抜く。
「あいつの目が、気に入らない」
ぼそ、っと呟きトレベレスは斬られ落下してくる兵を踏みつけながら上へと向かう。
「騎士ごっこはもう終わりだ、ご苦労だったな」 「トレベレス!」
跳躍し、上から体重をかけ剣を付き立てたトモハラの剣を、顔を顰めながら楯で防ぐトレベレス。喉の奥で笑うと、憎悪に燃えるトモハラに意地悪そうにこう囁いたのだ。
「姫の身体は……甘美だろうな? 残念だったな」
かっとなって、右手で殴りかかったトモハラだが、そのまま両手で楯を押し返し階段に叩き付けられる。 呻き声を上げる。
「グッ!」 「お前の目、気に入らないんだよ」
いつも怯えることなく自分を見ていたトモハラの視線が、どうにも苛立った。 階段で後頭部を打ち、脳震盪を起していたトモハラを嘲笑うように見下したトレベレスは。真横にトモハラの瞳を、斬り裂いた。 絶叫が響き渡る。
「貴様ぁ!」
ミノリが跳躍する、沸騰した脳は治まることを知らず、勢いでトレベレスに斬りつける。横では激痛に苦しみ、転がりまわるトモハラがいる。 親友への暴行を見て、怒りが頂点に達した。幼くとも、騎士だ。そしてトレベレスは知らなかったが、ミノリは何度かトライに手ほどきを受けていた、剣技は同年代よりも遥かに上だった。 防御するしかない勢いある攻めに、トレベレスは冷や汗をかき、屈辱で顔を赤く染める。 後方にはベルガーだ、年上だからと、大国だからと自分よりも態度の大きないけ好かない男が見ている。 ここで負けたくは、ない。 今現在一時的に手を組んでいるが、互いに気に入らない相手であると知っている。弱みを握られたくなかった、劣等感を抱きたくなかった。
「遊ぶな、トレベレス殿」
ベルガーの声に、気付けばミノリの動きが停止した。見れば、一本の槍がミノリに突き刺さっている。 後方のベルガーが貫いたのだ、口を開いたまま、ミノリは口から血を吹き出し、トモハラの隣に力なく崩れ落ちた。 助けられたのか、手柄を横取りされたのか。ギリリ、と歯軋りしたトレベレスに気付かない振りをしてベルガーは兵を上へと行かせる。 自分は槍についた血痕を再び丁寧に拭い取りながら、瀕死の若き騎士を見下ろした。
「立派だったよ、なかなかに」
感情の籠もっていない声に、周囲が青褪める。敵に回したくない相手である、皆息を飲んだ。 最早姫の護衛は不在となり、後は捕らえるだけだった。 しかし。 悲鳴と共に上から降ってくる兵に、弾かれて二人の王子は見上げる。誰かがまだ、戦っている。
「誰だ!? 誰が残っている!?」
騎士はこの二人で全滅した筈だった、騎士ではない。 ふわり、と髪が揺れた。小窓から指す光で、揺れたのは緑の髪。剣を煌かせ、兵を軽やかに撃退していたのは。
「アイラ姫!」
ベルガーとトレベレスは同時に叫ぶ、小柄な姫が、屈強な兵士を何人も蹴落としていた。
「たかが小娘一人に、何をしているっ」
トレベレスが階段を勢い任せに上る、と。 気合声と共に俊敏に階段を下りてきたアイラと瞳が交差し、舌打ちして剣を引き抜き受け止める。想像以上の重みだった、非力だったが技術力が高いのだ。剣が交差したかと思えばすぐに離れて、再び突撃を繰り返すアイラの攻めに焦る。動きを見ながら思ったのだ。
「トライ!」
剣の容が、トライとほぼ同じである。アイラに剣の手ほどきをしたのは、トライ皇子だった。従兄弟のトライは産まれた日も同じだ、しかし知略も武力も一歩上を行く、大嫌いなトライとほぼ同じ剣の構えの相手が目の前に居る。 何より、泣きながら剣を振るっていたアイラは、自分を憎悪の瞳で見ていた。 見た瞬間、一瞬隙が出来たトレベレス。ミシィ、と脇腹にアイラの放った右脚蹴りが容赦なく入り込む。片膝付き、見上げればアイラの剣が真正面に突き出されていた。 泣きながら、困惑しつつ、それでも殺意を持っての一振りがくる。
……殺される。
トレベレスはそう思った、死を覚悟した。 だが、またしても横から出てきた一本の長い棒、いや槍。
「っつあぁあっ!」
アイラの身体が吹き飛び、壁に叩きつけられる。唖然と、その苦悶の表情を浮かべているアイラを見つめるトレベレス。一瞬、右手で助けようと伸ばし掛けていたことに自分で気付き、青褪めて慌てて引っ込めた。
「……姫の能力をここまで高めたトライ殿は流石、というべきか」
無造作に槍を突き出していたベルガーは、吹き飛んだアイラの上にいる、マローに視線を送る。
「行くぞ、トレベレス殿」 「あ、あぁ」
強打され、意識を失い呻きながら倒れているアイラの横を通り過ぎる。マロー、マロー、と何度も呼んでいたアイラ、当のマローは。 震えて怯え、声も出ず。強引に捕まれた腕に鳥肌がたち、そこでようやく叫んだのだ。
「アイラ姉様ー!」
夢中で暴れた、これ以上ないというほどに爪で相手を引っかき、脚をばたつかせた。余りにも大声だったので、口に布を押し込められた。転がるアイラの横を、無造作に担がれたまま階段を降り。 血まみれのトモハラを見つけ身体を引き攣らせ、大粒の涙を零した。
『必ず御守り致します』
声を思い出しながらマローは、涙の向こうのトモハラを見ている。
「ベルガー殿。姉姫は」 「殺していない。火に包まれ焼け死のうが、この姫の運だろう」 「……そうです、ね」
気がかりなトレベレスは、倒れこんだまま微動だしないアイラを、一瞬心配そうに見上げ。 それでも、燃え盛る城を後にした。 マローを乱暴に馬車に放り投げ、火の手が上がっている街を滑走する。 土の国ラファーガは、こうして一夜にして滅亡した。殺戮と略奪を繰り返し、兵達と共に意気揚々と帰宅する二国の王子達。 手足を縛られ、口を塞がれているマローを見ながら二人は勝利の杯を交わす。向かう先は、二人の領土が隣接する幽閉の塔。 暴れて恨みの念で二人を睨んでいるマローを見下ろしながら、無言でワインを呑む。
「今、此処で。犯しても構わないが」 「……後にします」
ベルガーの声に、丁重に断りを入れたトレベレス。欲しかった姫を手に入れた、すぐにでも繁栄の子を産ませる為に情事をしても構わない。 しかし。重苦しい。気分が乗らない。 考えるのは、姉姫。槍に貫かれた、あの時点では死んでなくとも致命傷だろう。誰も助けになど来ないので、姉姫は死を迎えるだろう。
「姫を殺せば災いが」
ぼそ、と零したトレベレスに怪訝にベルガーは口を開いた、面倒だと言わんばかりに。
「刺していない、逆の柄で腹部を突いただけだ」 「え?」
そういえば、槍の血痕を拭く作業をしていなかった。意外そうにベルガーを見つめたトレベレスの頬を、汗が伝う。 目の前の冷酷無慈悲な男が、姉姫を助けた。助けたのは、呪いの為か、それとも。 トレベレスは、慌てて目を逸らすと、白ワインを見つめる。マスカットから作られた高級な種類だ、場車内に芳醇な香りが充満した。剣を交えたあの瞬間に、なんとも言えぬ高揚感が湧き上がった。刺すか刺されるかの瀬戸際で、荒い呼吸のアイラに欲情をしたのは間違いなく。 あの好戦的な瞳を、屈辱感で満たして地面に這い蹲らせたい。征服欲、支配欲、そして独占欲。 誰も知らない小部屋に閉じ込めておいたら楽しいだろうに。
「くっ」
ワインを荒々しく置くと、トレベレスは瞳を強引に閉じた。本当に、欲しいのは。身体が、心が欲するのは、アイラ姫だと、自覚した。だが、あれは、呪いの姫だ。 汗ばむ額を拭いながら、転がっているマローを見つめる。 あぁ、姉と妹が。逆であればよかったのに、と思いながら。
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