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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第95回   略奪〜外伝4 月影の晩に〜
 眉を潜めてアイラはカーテンを少しずらし、外を見ていた。どうにも眠りに入ることが出来なくて、寝息を立てているマローと空を交互に見つつ溜息を吐く。
 胸を、軽く押さえた。何故か火照っていた頬に手の平を当て、見えない月を探す。月は空に浮かんでいるはずなのに、見えない。それは雲が厚く空を覆っているからなのだが、僅かの光も見えなかった。
 先程トレベレスと触れ合ってから、どうにも身体の調子がおかしい事にアイラとて気付いている。トレベレスに触れられた箇所が、熱い。トライやミノリとは違った、火照る身体と昂ぶる感情が湧き上がってしまう。強引な眼差しと態度、力強い腕は、二人にはなかったものだった。
 眉を顰めて、重苦しく切ない溜息を漏らすアイラ。
 マローがトレベレスが好きだと言うので、遠巻きに見ていた。四人と初めて対面した時に気になったのは、トレベレスだった。何故か瞳を逸らせずに、そこにある存在だけが明確に脳裏に映し出されていた。
 輝いて見えた。

「でも、トレベレス様もマローも、互いに仲良しだし。特にこれと言って私は」

 キュ、っと唇を結びアイラもベッドの中へと潜り込む。マローの手を握り、髪を撫でてからアイラも瞳を閉じた。眠れないとは解っていたが、寝なければ休息出来ない。
 本来ならば”魔力”を所持するこの双子の姉妹は、城内の異変に気付けただろう。
 しかし、人は冷静さを失う。多感期である二人の姫君を惑わしたものは、恋。恋は、年齢に関わらず人の心を軽くも重くもしてしまう。
 ベルガーの、そしてトレベレスの周到な作戦は、思いもよらぬ形で成功した。最も冷静で、かつ現状を見極める事が出来たであろう姉アイラの心理を、混乱させたのだから。
 月の見えぬ晩、最大の護衛と言っても過言ではないトライ王子は、不在。
 暗闇が辺りを覆い尽くす、風が止み、不気味なほど静かな夜がやってくる。

「アイラ様は風の国へ出向かれるのだろうか」

 部屋の外で、アイラつきの騎士が小声で漏らした。誰かに問いたくとも問えなかった疑問を、夜更けの疲れで口走ったようだ。
 咳払いがあちらこちらで聴こえる中、隣同士で立っていたミノリとトモハラは軽く目配せする。

「ミノリも気になるだろう?」
「トモハラだって、どーすんだよ。マロー様もそのうち」

 互いに口を噤むと、床に瞳を落として唇を噛締める。

「王子だったら、よかったのに」

 ぼそり、とトモハルが口走る。頷きはしなかったが、ミノリとて同意していた。しかし、産まれは今から望んでも足掻き様子がない。
 平民が国王にのし上がる事など、砂漠に落ちた一粒の真珠を探すほどのこ
とだろう。

「トモハラは、考えた事ないか?」
「何が」
「姫様を連れて逃亡したい、とか」

 軽く頬を染めてしどろもどろ呟いたミノリに、トモハラは溜息を吐く。

「俺の場合、その」

 非常に言い難そうに顔を歪めて肩をがっくりと落とし、頭を掻きながらトモハラは小さく呟いた。

「とても、好きだよ。でも、相手にされてないからさ。ミノリはアイラ様と親しいだろうけど俺の場合は違うんだ。万が一、好きだと告げて、く、口付けでもしてみようものなら」

 口付け。
 その単語に赤面したミノリを気にせず、しどろもどろ、瞳を伏せてトモハラは続ける。続けるというよりも、決壊したダムから溢れ出る水の如く勢いに任せて言葉を吐き捨てる。

「好きで好きで堪らなく好きで、ワインに酔った勢いでどうにかこうにか好きだと告げて。都合良くベッドに腰掛けてたものだから、そのまま勢いで可愛すぎるあの子を押し倒して無理やり唇を奪ったのはいいんだけれど。口付けが下手だと罵倒され、外見が好みじゃないと嘲笑われて、気持ちが悪いと真正面から言われ……そうで怖い」
「や、やけに現実味があるな」
「だろ、俺の妄想怖い」

 心痛そうにトモハラは額に浮いた汗を拭いつつ、語る。

「これだけは間違えないようにしないと」
「まぁ、我儘姫様だからなぁ」
「違うよ。我儘なわけじゃないんだよ」

 正面の壁を見て告げたトモハラに不思議そうにミノリは視線を送るが、トモハラはそちらを見なかった。そこへ、足音が近づいてくる。
 背筋を伸ばし、武器を構える勢いで騎士達がそちらを見れば女官だ。表情を険しくし、女官の前に一斉に立ち塞がる。

「お退きなさい、アイラ姫を呼びに参りました」
「ま、まだ諦めてなかったのか!」

 アイラつきの騎士達が身構えるのだが、物怖じせずに女官はドアへと手をかけた。手を出せないことは、知っている。剣を向けられようとも怖くはない。

「いい加減になさい、騎士達。国の事を考えるのであれば貴方達の愚かさを早く認めるべきですよ」
「噂は知っているでしょう? アイラ姫は危険なのです。こうして手近な男達を虜にし子種を貰うべく、その者と周囲を巻き込み破滅させるべく虎視眈々と狙っているのです。貴方方の盲信振りが良い例ではありませんか、何故気付かないのです」
「気付かないのは、男だからですよウェルダン。女を護らねば、という産まれ持っての感情を良い事に履き違えているのです」
「成程、つまり誑かされている事に気付く事などない、ということですね。己で決め付けてそれが正義であると思い込んでいるから。エレナ?」

 淡々と語る二人の女官、ウェルダンとエレナ。侮辱された発言に騎士達は、皆腕を震わせて剣を握り締める。
 しかし。
 他人に言われれば、再度言われて思い描けば。……アイラ姫の行動は、罠なのだろうか。甘い蜜で誘惑し、自分を捕らえて離さない、地に引きずり込む罠なのだろうか。
 一瞬、騎士達に揺らぎが見えた。

「俺にはアイラ姫がそんな計算をしているようには、見えませんが」

 その中で、はっきりと発言したのは他でもない。アイラつきの騎士達ではなく、トモハラだった。真っ向から、正直に物怖じせずに告げる。

 ベルガーは利き腕の家臣を数名連れて、迎賓館へと出向いていた。城から歩いて数十分の場所にある館には現在、ラスカサスよりの使者が滞在している。

「気の毒だが、消えてもらわねばな。タイミングが実に悪い事で」

 この場所には、ベルガー及び、トレベレスの国の者達も数名滞在している。合流し、一気に城へと攻め込む為に皆準備を密かに整えていた。

「まだ、ラスカサス国への書簡は領土から出ておらぬな?」
「はい。明日に、ラスカサス国へアイラ姫からの書簡が渡される手筈でした」
「ならば良い、時間稼ぎにもなる。何人たりとも逃すな、全員殺せ」
「はっ!」

 ベルガーの一声で、一斉にラスカサス国の者へと刃が向けられた。深夜、寝静まる頃の出来事で起きていたものは数名。
 皆出迎えの酒で、そして長旅で疲れており酔いが廻るのが早かった。他愛もなく、一方的に殺されていくラスカサスよりの使者。
 迎賓館に火を放ち、ベルガー達はついに城へと向かう。数名はすでに街へと出向かせており、四方に火を放つように指示も出した。

「呆気ないものだな」
「こうも簡単ですと不気味です」
「本番はこれからだ。無傷でなくとも構わん、妹姫を”子が産める程の状態”で捉えろ」
「ですが、傷があると。勃たないやもしれませんし、外見は重要かと」
「フッ、それもある。そうだな、火傷や顔に大きな傷は戴けないか。背の鞭痕ならば、燃えるかもしれないが」

 冗談か本気か。判別のつかない声でベルガーは笑うと、以後、口を閉じた。
 トレベレスの部屋へ向かい、先回りでその半数はアイラ、マローの部屋へと向かわせる。ベルガーが部屋に到着した時、室内からは女達の艶めいた声が聞こえていた。
 微かに眉を潜めてベルガーが足を踏み入れれば、剣を握り締め外を見ているトレベレス。周囲には情婦達に絡む、トレベレスの臣下達。

「醜いものを隠せ」

 冷ややかに浴びせた声に慌てて下半身を覆う臣下達の横を通り抜けて、ベルガーはトレベレスに声をかけた。

「何をしている?」
「別に。女官が情婦を置いていった。数分したらば、アイラ姫もここへ来るそうだ」
「ほぅ? そのほうが好都合、か。毒蜘蛛に殺されぬよう、十分に手を出されよ。しかし、すでに姫の寝所には半数を向かわせている。ラスカサスよりの使者は全滅、迎賓館はすでに炎に包まれた。街中もそのうち、火の海になるだろう」
「城内はすでに死体の山、あとは姫君の生け捕り、か」
「アイラ姫の騎士はすでに三人が死体となったそうだ、先程厨房で確認がとれた。残るは騎士団長一人に、護衛長が1人ずつ。あとは配下の者達が、数名。厄介なのはそいつらだけ、となる」

 何事かと目を丸くしていた情婦達であったが、背後から刺し殺された。物言いたげに口を半開きにしていたが、ベルガーとトレベレスを見つめながら絶命する。
 情婦を瞳を細めて見つめつつ、次いで若い王子トレベレスを足から頭まで見つめたベルガーは、不意に笑みを零した。

「混ざらなかったのか? そなたの為に呼ばれた情婦だろう?」
「気分が乗らなかった」
「ほぅ? 妹姫がようやく手に入るのだから、その時までとっておくつもりか?」
「どうでしょうね」

 妹姫。
 マローが今宵、手に入る。協定をベルガーと結んだ、互いの領土が隣接する土地にマローを囲う屋敷……いや、幽閉の塔がすでに建設されている。
 交互に、性交を繰り返す。マローが、どちらかの子を宿すまでそれは続けられる。
 産まれる子は、間違いなく覇王。繁栄に導く、奇跡の子だ。

「子が産まれた後はマロー姫をどうする予定でしょう。先にベルガー殿の子が産まれたならば、次は俺の番ということで良いので?」
「そうだな、それで良いだろう。その後は自由にすれば良い、どのみち子さえ産まれれば私はあの妹姫に用はないのだから、トレベレス殿に任せる」
「さぁ、仕上げにかかりましょうか。早くしないと街から脱出が難しくなるのでは」
「私の精鋭部隊だ、姫の捕獲も終わっているだろうな」

 マントを翻し立ち去るベルガーに、思わずトレベレスは声をかけた。声は、震えていた。

「姉姫は。姉姫は今回、どうなるので?」

 意外な発言だった、自分ですらその問いが出たことに驚いた。ゆっくりと踵を返すと、険しい顔つきでベルガーは胡散臭そうにトレベレスを睨む。

「知らん。死のうが構わないだろう」
「しかし、姉姫を殺せば災いが降りかかるのでは。生きておいて貰わねばなりません」

 肩を竦め、ベルガーは顎を擦る。

「面倒な双子だ。姉だけ生き残れば、民の憎悪の対象になろう。それが一番手っ取り早いが、その前に火事で焼け死なれても確かに困るか。しかし、直接手にかけたわけでもないし……」
「万が一に、備えるべきです。姉姫も連れて、一度は城から出たほうが宜しいかと」

 食い下がらないトレベレスに、侮蔑の視線を投げかける。

「必死だな、トレベレス殿。どうした、翻弄されたか」

 ビクリ、トレベレスの身体が引き攣る。乾いた笑い声を出したが、ベルガーに不審さを与えただけだった。

「そんなわけはありませんが」
「そなたが気に入ったのならば傍に置けば良いだろう、トライ殿を嘲笑っていたことをなさろうとしているだけにしか私には見えないが、な」
「ですからっ」

 トレベレスは額の汗を拭うと、ベルガーの前に躍り出て姫の部屋へと向かった。アイラを気にしている暇はない、どうなっても関係ないと言い聞かせる。
 しかし。
 トレベレスは、頭を振った。壁に拳を叩きつけ、唇を噛締めた。何故か、アイラが脳裏から離れないのだ。そんな様子を、ベルガーは瞳を細めて見ている。が、何も言わない。

「抜け道を把握しておかれましたかな? 相手は選りすぐりの騎士とアイラ姫、城内の隠し通路を遮断せねば、逃げられる可能性も出てくる」
「ベルガー殿から頂いた隠し通路の地図でしたらば、記憶させてありますが」
「ならば良い」

 脇を通り越したベルガーの背中を睨みつけながら、トレベレスは駆け寄ってきた側近に布を貰うと噴き出す汗を拭く。手が震えた。恐怖ではない、高揚感でもない。
 ただ、それは。

「アイラ姫は」

 ぼそり、と口にする。マロー姫を捕らえ、囲い、奴隷女の様に毎晩、いや、日中夜問わず犯すことを知ったらば、アイラ姫は。
 自分をどう思うのだろうか、と。

「トレベレス様。姉姫を思い描いておりますか?」

 耐えかねて、一人の側近が耳打ちする。

「煩い」
「失言でした。しかし、お聞き下さい。あれは、危険です。お忘れ下さい。確かに見た目麗しいです、数人、配下の者とて興味を示すものが増えてきました」

 反応し、瞬時に顔を上げるトレベレスは唇を噛み締める。

「もし、呪いの予言がなければ今回で一番の戦利品だったのでしょうが。慰め者にも出来ず、扱いが困る姫君です」
「慰み者だと!?」

 間入れず側近の胸倉を掴みトレベレスは叫んだが、周囲の視線を感じ慌てて床に叩きつける。咳をしながら、苦痛の表情で懸命に側近は訴えた。

「お忘れ下さい、あの姫は危険なのです。城へ連れ帰らぬよう、それだけは」
「言われなくとも、解っている!」

 だから、悩んでいた。 
 普通の姫なれば戯れに攫えただろう、しかし、相手は呪いを持つ娘だ。抱きたくとも、抱けない。
 しかし、知らなかった。
 まさか、家臣達の間でもアイラ姫が美しいと噂になっていただなんて。想像だけならば、誰でも出来る。アイラを想像し、淫らな事を家臣達が考えていなかったか、急に苛立った。

「あれは、オレのだ」

 知らず口にした言葉は、トレベレスの思考をより複雑にする。再度壁を叩きつけると、トレベレスは足を速める。
 通り過ぎる部屋を開き、まだ息のあるものには止めを刺した。略奪を繰り返し、金品は勿論のこと、気に入った女は戦利品として男達が持ち帰る。戦の興奮からか、その場で女を犯す者達も現れたが、ベルガーもトレベレスも咎めなかった。
 アイラ姫に妙な呪いがかけられており本当によかった、と軽く胸を撫で下ろしたトレベレス。悲鳴を上げ犯され続けている女達を見下しながら、安堵し知らず微笑む。
 ふと先を見ると、ベルガーが立ち止まって何かを見ている。

「何事ですか? 急がなければ」

 駆け寄れば一人の老医師が口を塞がれ、四肢を拘束され、片耳を切り落とされていた。息を飲み、ベルガーに視線を投げかければ。

「双子姫が産まれた時、付き添っていた医師だそうだ」
「そうですか、それで……?」

 トレベレスの問いには答えず、冷ややかな声を浴びせたベルガー。 

「再度訊こう。本当に呪いの姫はアイラで、繁栄の姫がマローに間違いはないのだな?」

 必死に頷く医師に溜息を吐くと、ベルガーはそのまま手にした槍で胸を一突きにする。血液が周囲に飛び散り、トレベレスの足元の床にまでそれは届いた。
 一歩後退し、ベルガーを怪訝に見やるトレベレス。

「まだ、疑いを?」

 呆れたように呟いたトレベレスは無視し、ベルガーは自慢の槍を部下の差し出した布で丁寧に血を拭う。

「念には、念を」
「ベルガー様! 立ち会った助産婦も捕獲致しました!」
「尋問を」

 続いて投げ出されたのは高齢の助産婦だ、悲鳴を上げているその喉元に槍を突きつける。

「医師の末路を見ていただろう? 正直に答えるがよい。本当に、姉姫が呪いで間違いないのだな?」
「はい、はいぃっ!」
「何処かで入れ替えられた可能性は?」
「あああ、ありませんん! 黒の髪と緑の髪、黒が繁栄の姫君であります。じょ、女王様はそう告げられました」

 震えながら懸命に語る助産婦に、溜息を吐くベルガー。腕を組んでそれを見ているトレベレスは、近寄って小声で告げた。

「貴方こそ。姫君達の立場がまるで逆であって欲しいようですが」

 ちらり、とトレベレスを見たベルガーだが、そのまま無言で助産婦の喉下を槍で貫く。

「あと一人、女王の参謀であったらしい女が見つからない」
「もう良いではないですか、誰に聞いても皆同じ事を吐きます」

 機械的な動作で血を拭うベルガーは、疑惑の目を向けるトレベレスを背に感じながら軽く溜息を吐く。

「逆であって欲しいのではない。近隣諸国に恐れられていた女王が、噂が広まるようにするのかどうか疑問なだけだ」
「ですが、広めたのは女王ではありませんし。人は噂好きですから……」
「では、女王の側近達は余程無能なのだな。他国に知れ渡ると困る情報を漏らしたのだから。それとも、側近の中にスパイでも居たのか」

 ベルガーは腑に落ちない様子で、大股で歩いた。

 城内が急変している中で、女官達は未だにアイラを諦めていなかった。そのような事態になっていることを知らなかった。

「お退きなさい、トモハラ。アイラ姫を迎えに来ました」
「いいえ、退きません。もうお休みになられています」
「あなたはマロー姫の騎士でしょう、アイラ姫は関係ないですよね?」
「中ではマロー姫もお休みです。安眠妨害しないでいただきたく思います」
「……たかが騎士の分際で」

 姫の寝室前では、依然トモハラと女官達の睨み合いが続いている。しかし、騎士の一人が外に灯りを感じふと、窓を見やれば。

「た、大変です! 外が、燃えております!」
「何事だ!」

 慌てふためき、皆が窓から身を乗り出した。あの方角は迎賓館だろう、そして、街中も良く見れば火の手が上がっているようだ、異様に明るい。まるで、夕暮れ時のようにぼんやりと染まっている。

「どういうことだ! 城は無事だろうな、急いで消火活動を!」
「はっ!」

 女官を突き飛ばし、騎士団長は的確に指示を出した。ミノリにトモハラ、他姫付きの二名ずつをその場に待機させると、他は慌てて立ち去っていく。
 俄然トモハラはその場から動かなかった、まだ女官が目の前に居たからだ。だが、ドアが開きマローとアイラが顔を出す。

「ねぇ、騒がしいけど何事なの?」
「外が、昼間の様に明るいのです。ミノリ、何かあったの?」

 起きてしまった様だ、目を擦りながら出てきたマローに赤面したトモハラは、言葉が喉から出てこずに後ろから来たミノリに代わる。非常に言い難そうに、ミノリは説明した。

「火事です、今消火活動中ですので、姫様方はご心配なさらずに」
「火事!? 私も手伝います!」
「だーっ、言うと思ったんですよっ。寝ててください、大人しく寝ててくださいっ」

 勢い良くドアを開き、寝巻き姿のアイラが飛び出して来る。

「何処が火事なのですか!?」
「えーっと」

 騎士達がアイラを凝視した、寝起きで気だるそうな表情が可愛らしくて皆見惚れていた。が、当然それどころではない。

「デズデモーナを出します、あの子ならたくさんお水が運べます。馬小屋へ! マロー、貴女は此処にいなさい。トモハラ、マローをお願いしますね」
「落ち着いてください! 今皆で活動中ですから、お願いですから大人しくしててください」
「でもっ」
「アイラ姫様に何かあると、それで活動が遅れます! ですから、大人しく」
「でもっ」

 懸命に止めるミノリだが、必死に暴れるアイラを何処まで押さえていられるかが問題だ。離れていった騎士団長の後姿を思い描きながら、ミノリは身体を張ってアイラを止めた。
 正面から抱き締める形になったが、食い下がらない。それは、願ってもいなかった出来事で、けれども必死なミノリは自分がアイラを抱き締めていることなど自覚できずにいる。
 ふわり、と揺れる髪が頬に触れても、暖かな鼓動を感じても、ミノリは。アイラが飛び出すのを止めることだけを考えていたので、そこまで気が廻らなかった。

 消火活動に向かった騎士達に、異変は起こっていた。一人、また一人と。後ろから順に消えていったのである。
 柱に身を潜めて機会を窺っていたトレベレス及びベルガーの配下の者達が暗闇より腕を伸ばし、口を塞いで的確に胸元に短剣を突き刺していたからだ。皆無言で走っていた、ので気付かなかったのである。足音立てずに、順々に姫達の寝室へと魔の手は伸びていた。

「騎士団長殿! 火事ではありませんか、捜しましたよ」

 やってきたベルガーにトレベレスの姿を見つけ、声を書ける前にベルガーが声を発した。火を放ったのはベルガーだが、神妙な顔つきで騎士団長に近寄る。

「誠に申し訳ありません、現在消火活動に向かっております」
「我らの手の者も良ければ御使い下さい、役に立てましょう。貴殿の指示を仰ぐよう伝えて有ります」
「忝い、助かります」

 頭を垂れた騎士達の数は、もはや四人。ベルガーは目配せすると直様背後に下がり、替わりに前に進み出た家臣達が剣を引き抜いていた。
 顔を上げた騎士団長に、素早く剣が振り下ろされる。ベルガーも槍を構え、容赦なく突き立てた。

「消火活動、期待しております」

 槍を抜き、ベルガーは脇を通り過ぎる。騎士達はその場に崩れ落ち、その瞬間火事の原因を知った。「アイラ様」騎士達は、姫の名を呼んだ。

 揉めていたアイラとミノリだったが、トモハラが逸早く異常な城内の気配を察知し、二人の間に割って入った。剣を構え、ミノリと他の騎士達にも構えさせると、暗闇に視線を走らせる。

「アイラ様、マロー様、お部屋へ」
「トモハラ?」
「必ず御守り致しますから、どうか、お部屋へ」

 言うが早いか、暗闇から影が飛び出してきた。悲鳴を上げたマローを抱えて、アイラは部屋へと飛び込む。
 剣がぶつかる音がした、混乱気味のマローから目を離さずにアイラはマローに急いで暖かな上着をかけると、自分は果実ナイフで寝巻きの裾を切り、結んで膝上で縛り上げる。
 トライから受け取った剣を引き抜き、ドアからそっと顔を出した。すでに女官は一人死んでいる、腰を抜かしている女官の腕を引っ張り部屋に引きずり込むと、外の様子を窺った。

「行け! ミノリ、トモハラ! お二人を連れて逃げるんだ! 後で合流するっ」
「で、ですがっ」

 騎士は六人、敵は四人ばかりだ。見知った顔だった、ベルガーとトレベレスが連れてきた者達だと直ぐに解った。

「どうして?」

 アイラは愕然として呟くと、唇を噛み締め飛び出し、騎士達の前に躍り出る。一人の騎士に向けられた剣を、懸命に防いだのだ。

「アイラ様! 出てこないで下さい!」
「騎士団長が不在なのですから、私の指示に従いなさい! 皆、部屋の中へ!」
「で、ですが!」
「良いから、早くっ」

 声を張り上げるアイラ、騎士達は必死に攻防をしながら後退し、部屋へと潜り込む。外に居たアイラを引っ張り、一人の騎士がドアを強引に閉めると自分は外に残った。

「カルダモン!? 早く中に!」

 ドアから外に声をかけるアイラ、外で騎士が笑った。

「名前を憶えていただけ、光栄でございます。早く、お逃げ下さい」

 一人、騎士は。外で戦うつもりなのだろう。

 ……ありがとう、ごめんなさい。

 低く涙声で呟き、アイラはドアに鍵をかけた。ミノリに声をかけ、騎士達に動かせるものをドアの前に移動させてもらう。
 部屋を一瞥すると、震えるマローに、放心状態の女官、そして手負いの騎士が三人にミノリとトモハラだ。
 アイラは汗と涙を拭うと泣いている場合ではないと唇を噛み、そっと壁際の本棚をずらす。そこに通路が現れたので、皆唖然とそちらを見る。
 自分が摘み取った薬草を夢中で鞄につめこみ、水を手負いの騎士達に渡すと手づくりの薬を無理やり飲ませた。冷静に深呼吸し思考を正す、鎮痛剤は今飲ませた、敵が部屋に侵入してくるまでの時間稼ぎは出来た。武器もこうして手にしている、ランプもあるだけ火を灯した。
 アイラは瞳を閉じると、鋭く叫ぶ。

「抜け道があります。行きましょう、何処かに身を潜めるのです!」

 唖然としている騎士達に叱咤し、アイラは自分が先頭になって中に入った。裏側から本棚を戻し、必死に階段を突き進むアイラ。震えるマローは、トモハルが背負う事になった。
 嫌がることなく、いや、そんな気力もなく大人しくしている。

「アイラ様、何処へ続いているのですか?」
「待って。様々なところへ行く事が出来るので、今安全な場所を考えているところなのです」
「どうしてこのような通路を?」
「幼い頃から読んでいた本の中に、城の見取り図がありました。把握は出来ています」

 誰も、この状況下では思いつかなかった。
 ”破壊の姫君に、何故そのような見取り図を渡したのか”ということだ。
 懸命に脳内で地図を描き続けるアイラ、記憶を辿って安全な道を探す。時折、壁の向こうから衝撃音が聞こえるのが恐怖である。

「ベルガーとトレベレス。あいつらっ」

 ミノリが吐き捨てるように呟けば、アイラがしっ、とそれを制した。

「今は身を潜めることを考えましょう。皆、助からねば」

 通路は、入り組んでいた。城内に張り巡らされているらしく、人の足音も聴こえる。
 アイラは歩きながら思案していた。いつ火が城に放たれても良いように直ぐに脱出が出来る場所で、皆がゆったりと居られるような広い場所、出来れば食物も欲しい。傷ついた騎士の手当てをせねばならず、マローの様子も気がかりなので休ませたい。
 確かに王族の逃げ場として、一時の待機所はあったのだがそこでは全員入らなかった。

「トレベレス様、ベルガー様」

 小さく、誰にも聴こえぬように呟いたアイラ、アイラにも動乱を起した人物が誰なのかすでに理解している。先程まで語っていたトレベレス、何故、火を放ち、襲い掛かってきたのか。
 アイラは、ようやく足を止めると一見何もない右の壁を押す。くるり、と壁は回転した。手招きで皆をそこへ潜り込ませると、そこは小さな部屋であった。しかし、薬草やワインが用意されている。

「手当てしますから、皆、こちらへ」


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