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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第93回   渇望〜外伝4 月影の晩に〜
 トレベレスの行動などただの時間稼ぎだった。
 城内においてベルガーが目をつけたのが、アイラ付きの騎士達である。危機感がないとしか思えない城内の者達だが、彼らだけは若干違うと踏んでいた。マロー付きの騎士達は取るに足らない存在だと把握していたが、彼らは軽視してはならないと第六感が働いた。何より、トライ王子がアイラに剣を教える際に、騎士の誰かにも手ほどきしたと耳にしていた。
 トライ王子とアイラ、この二人は容易く欺けないと思っていたベルガーは慎重に計画を進めた。彼らを足止めするのにもってこいな方法が、アイラへの横槍である。
 まんまとアイラ付きの騎士達は、ベルガーの策略に嵌められてしまった。アイラへの忠誠心は見て取れたので、簡単にコマは動いたのである。
 アイラを護る事のみに徹した騎士達は、場内の不穏な気配には気づくことが出来なかった。
 トレベレスがアイラに接近し、警戒している最中にベルガーの手の者達が徘徊する。睡眠中の者達の口に毒薬を垂らし、起きている者達には毒薬を酒に混ぜ振舞う。殺戮は、密やかに行われた。
 この城の騎士はアイラかマローの傍に控えている存在だ、彼らさえ一箇所に固まっているのであれば、あとは容易い。まして、もはやベルガーやその家臣達は城内の者達と溶け込み、気軽に会話さえ交わせる存在だった。
 ベルガーとトレベレスが必要なのは、妹のマロー姫唯一人。それ以外の人物は、不要だ。不要であるならば、消したほうが都合が良い。
 警戒心など見せなかった城内の者達は、ベルガーの用意した毒薬によって、騎士達がトレベレスに気を取られている間、瞬く間に命を奪われていったのである。
 それは、とても静かな夜だった。
 皆、一瞬身体を引き攣らせたが、眠るように息を引き取っていく。毒薬が足りないといけないので、睡眠薬で眠らせてから心臓を一突きにする方法も取られた。
 物音を立てることなく、確実に死に至らしめていく。ベルガーは冷めた瞳で随時状況を聞きながら、紅茶を啜っていた。トレベレスは上手く動いているだろうかと、思案しながら。

「良いではないですか、アイラ様。トレベレス様にお歌を披露して御覧なさいませ」

 張り詰めた空気の中、数人の女官達が現れた。
 ミノリとトモハラを押し退け、騎士達の存在を無視し、アイラに気味の悪いほど優しい笑みを浮かべる。
 女官の異常なまでに優しい声色に、アイラは思わず身体を震わせて俯いた。

「トレベレス様、アイラ姫を伺わせますからお部屋でお待ちいただけますか? それなりの”正装”をしなければ」

 正装、という単語に眉を潜めたミノリは、ふと後方の女官が手にしている薄布を見た。見慣れていないミノリですら何か解った、どう見ても透けているその布。
 バラバラになっていた破片が、一気に並べられて全貌が見えた。
 思わずミノリは悲鳴を上げ、アイラに腕を伸ばした。”夜伽の正装”だろう。薄い桃色の布に、深紅のリボンがついている。あれは、ドレスではない、ショールでもない。
 このタイミングで女官達がそれを持ってきたのだ、確実にトレベレスとアイラを契らせるつもりなのだろう。

「でも、マローが一人では寂しがります。共に休まねば」

 不審に思ったアイラが抵抗したので、ミノリは安堵の溜息を漏らした。しかし、無駄な抵抗である。

「王子の誘いを断るなど。なりませんよ。マロー様は私達が傍におりますから、寂しくなどありません」
「ささ、お着替えましょうね。トレベレス様、ワインをお持ちいたします、お部屋へどうぞ」

 無理やりアイラの腕を掴み、女官達はアイラを取り囲んだ。アイラは、不安そうに、困惑して、ミノリとトモハラに手を伸ばす。そして騎士達に瞳を投げかけた、大きな瞳が伏せられ、迷子の子犬の様に怯えて。

「っ!」
 救いを求めて差し伸べられたアイラの腕を掴んだのは、ミノリである。騎士達も動いた、女官達をぐるり、と取り囲み険しい表情で威嚇の為剣に手をかける。
 だが、女官達とて肝が据わっている。恐怖も驚愕も浮かべない瞳で、騎士を一瞥したまま、アイラを引き寄せる。

「トレベレス様。アイラ様の歌声を存分に御愉しみくださいな」

 その”歌声”に秘められた真の意味など、ミノリにもトモハラにとて理解出来た事だ。青褪めて唇を噛み締める。
 トレベレスは喉の奥で笑うと、女官達の中でもがいているアイラに近寄り、そっとその髪に触れる。

「愉しみたいが、アイラ様は拒んでおられる様子。またの機会でも構いませんが?」

 女官に、ニコリと爽やかな笑みを浮かべたトレベレスだが、内心侮蔑の笑みを向けていた。魂胆など解っていた、アイラに子種をつけ自国を滅ぼすが良い、ということだろう。出される酒は、相当強いものになると思っていた。
 その手になど乗らない。確かに、上等の生娘だろうが”いわくつき”だ。
 じっと、トレベレスはアイラの瞳を見た。困惑気味に頬を赤らめて見つめ返してきたアイラに、思わず舌打ちする。

「成程な、これが”犯してはならない禁忌”の魅力か」

 小声でそう呟くと、トレベレスは数歩離れ、威嚇を解かない騎士達に大袈裟に肩を竦める。

「女性の前だ、物騒なものに手をかけるな」

 言いながら、トレベレスは遠目でアイラを見た。
 眩暈。近づいた瞬間に感じていた、何度も感じていた。一目見た時から、自分が確かに欲していたのはこちらの姉姫だった。
 しかし、近づけば終わりな気がした、ゆえに距離を置いた。だがそれすら意味を成さない。”破壊の呪いの姫”だと頭が解っていても、身体が反応する。
 トライとアイラを何度見ただろう、その都度無性に苛立った。それが嫉妬だと気づくのに、時間は要さない。
 大きく深呼吸したトレベレスは、軽く頭を押さえる。
 万が一、二人きりの密室であのような夜伽の薄布を纏い、アイラが仄かな明かりの中でこちらを見ていたならば。

「酒などなくとも、危険だ」

 トレベレスはそう吐き捨てるように呟くと、額に汗が浮かぶのを感じつつ壁にもたれる。
 数分、沈黙。
 トレベレスが、おもむろに口を開き、壁から離れて歩き出す。

「アイラ姫のご機嫌の良い時にでも、是非歌声を御聞かせ下さい」
「えぇ、明日にでも。おやすみなさいませ、トレベレス様」

 女官達は一斉に頭を垂れて、他国の王子を見送る。騎士達は胸を撫で下ろし、ようやく剣から手を離した。
 突き飛ばされるようにアイラは女官達の輪から跳ね出される、ドレスの裾を踏みつけ、転倒しそうになったところを、間一髪でミノリとトモハラが受け止めた。

「折角の好機を、本当に役に立たない姉姫様だこと」

 聴こえるように言ったとしか思えない、女官の発言に思わずミノリは目くじら立てて憤慨し怒鳴りつけた。
 だが、それすらも女官達は気にも留めない。

「落ち着け、ミノリ。ともかく、マロー様の元へ帰ろう」
「アイツら!」

 必死に、冷静な声でトモハラも宥めてはいるが、腕は震えていた。両腕を握り締めて怒りを押さえ込もうとしている様子が、手に取るように解る。
 俯いたままのアイラを、騎士達が背中を撫でて落ち着かせ始め、ゆっくりと部屋へと戻り始めた。
 けれども、誰が気付いただろう。 
 アイラが頬を赤らめて、消えていったトレベレスの姿を追い求めていた事を。


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