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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第92回   夜伽に隠された意味〜外伝4 月影の晩に〜
 悲鳴に近い声を上げたのは、アイラだった。
 ドレスの裾を持ち上げて勢い良く駆け寄りトモハラの傍らに立つと、交互に二人を不安そうに見つめる。
 腕を振り上げたままだった為、ばつの悪そうな顔をしてトレベレスはそのまま腕をひっこめて肩を竦めると、軽く会釈する。唇を噛締め、舌打ちしてアイラから視線を逸らした。

「……いえ、特に何も。では」
「そうですか、失礼致しました」

 けれども、トモハラの頬には先程蹴られた箇所が赤く腫れ上がり、痛々しく残っている。
 トレベレスは無言のまま踵を返し、そのままベルガーと合流すると足早に去っていったのだが、その姿をやはり憎々しげにトモハラは見ていた。
 アイラとて、何かあった事実は把握しているが何が原因でこうなったのか、訊くに訊けない。礼儀正しいトモハラが粗相をするなど有り得ないので、マロー関連だと憶測はできたが。

「トモハラ……」
「申し訳ありませんでした、アイラ様の手を煩わせてしまいましたね」

 アイラと視線は合わせずに、トモハラは直様立ち上がると立ち去る。

「マロー様に……焼き菓子を頼まれておりますので、これにて失礼致します」
「解りました。いつも、ありがとう」

 微かに振り返ったトモハラの瞳に、困惑気味だが微笑んでいるアイラが飛び込んでくる。
 ……あぁ、あれが。マロー姫だったらよかったのに。ありがとう、と声をかけてもらえたら、どんなに嬉しい事だろう。

 トモハラは軽く脳裏を過ぎったそんな思いに自嘲気味に笑うと、そのまま歩き出した。

 トライ一行が帰路に着いた頃。
 ラスカサスからの使者達に書簡を持たせるべく、アイラは自分で書き綴っていた。内容は、妹と離れたくないので、二人でそちらにお邪魔してみても良いでしょうか、といった文面である。
 返答としては間違っているが、今はこれが精一杯だった。
 隣で、マローがベルガーから頂いたらしい肌に良いという花の蜜を顔につけて愉しんでいる。とても今、マローを置いて一人で何処かに行くことは出来ない。

 その頃当然城内部では、アイラをラスカサスへやるべきだとの声が出ており、隠密に会合が開かれていた。

「あちらが望んだのだ、致し方ない。友好を結べばあちらが破滅した場合の領土は、我らの物になるだろう」
「となると、やはり土地的にはリュイ皇子のラスカサスより、トライ王子の領土のほうが好ましいが」
「しかし、トライ王子がどう出てくるか」
「ともかく、ラスカサスよりの使者に書簡を」

 本当に潰したい国は、ベルガーのファンアイク帝国、及びトレベレスのネーデルラント国だ。他国にとって脅威となっている侵略国である、本来ならばアイラをこの二人に差し向ける予定であった。
 だがトライがアイラに付きっきりだったので、二人の元へと深夜に忍びこませることが出来なかったのだ。
 仮に、マローをこの二人のどちらかに差し出せば、これ幸いにとこちらを属国にしてきそうな勢いである。人質は、マローだ、そうなると誰も手が出せない。そして、マローが子を授かれば、もはや邪魔するものなど何もないだろう。
 予言通りであるならば。

「今晩中にアイラ姫をトレベレス殿か、ベルガー殿の部屋に送りましょうか。幸いトライ殿が不在です。夜伽の準備とて、終わっているでしょうからアイラ姫は立派に勤めるでしょう」
「それが良いかと。ただ、ベルガー殿は用心深い、そして酒を呑まない。なればトレベレス殿が適任かと、思われます。強い酒でも持たせて、今すぐにでも」
「歳とて、ベルガー殿よりお若い。理性など先に崩れるでしょうし、あとはアイラ姫次第でしょうね」

 姫に、王子を誘惑させる。寝所に誘い、巧みに子を孕ませる。自国の為だと思っていた、正義なのだと思っていた。

 その頃、ミノリはトモハラと共に思案していた。雲隠れした月が物悲しい晩だった。
 トライの真剣な眼差しと、微かに震えていたような声を思い出し、ミノリはトモハラに相談を持ちかけたのである。
 硬くなったパンを齧りつつ、冷えたクリームシチューに浸してそれを口にしていたトモハラ、ミノリが小さく周囲を気にして囁いた言葉に、眉を潜めた。

「何だって?」
「だから、トライ王子が。俺達に気をつけろ、と。嫌な予感がする、ってしきりに言ってたんだ。アイツ、いけ好かないけど、腕は確かだと思うんだな」

 横から、クリームシチューに入っていた小さな鶏肉を横取りし、自分の口に運んだミノリを、項垂れて観ていたトモハラだったが、静かに、溜息を吐く。

「実は俺も嫌な予感がして仕方がない」

 押し殺したトモハルの声に頭を掻いたミノリは、一気にパンを喉の奥に押し込むと二人は席を立つ。向かう先は狭い自室だ。ありったけの薬草や、武器を今のうちに隠し持っておく為に、だった。
 ”嫌な予感”
 それが何かは解らないが、少なくとも近いうちに起こってしまうだろうと、直感したのだ。緊張した面持ちで口数少なく、二人は最悪の事態を想定する。医務室へ交互に出向き、貰える物を戴いた。

「ねぇ、眠れないから、またあの飲み物頂戴」

 肌の手入れに飽きたのか、マローはひょこり、とドアから顔を出した。が、そこにトモハラの姿はない。
 騎士の一人がホットミルクを作っては来てくれたが、やはり味が違う。
 不貞腐れて、飲みかけのコップを突き返したマローの頭を優しく撫でたアイラは、書簡を書き終えていた。

「ご機嫌斜め? いつもの美味しいミルクではなかったの?」
「うん、美味しくなかったの」
「作ってくれた人が違うからよ。トモハラでしょう、作ってくれていたのは。彼を呼んでみたら?」
「知らない、もう、寝るからいーのっ」

 図星だった。アイラに率直に名前を言われ、指摘され、硬直したマローは布団へと倒れこみ、そのまま瞳を閉じて嘘の寝息を立て始める。
 苦笑いをして、それでもマローの頭を撫で頬に口づけると、アイラはそっとドアから出て行った。
 素直になれない、妹。そこが可愛らしいのだが、それでは多分『終わらない』。
 アイラは知っていた、マローが何を気にしているのかを。

「お出かけですか、アイラ様」

 ミノリは不在である、だが騎士の数人がついてきてくれる。

「誰か、ランプを持っていない? 指輪を朝探せなかったから、今から探そうかと思って」

 騎士達が一気に項垂れ、アイラの前に立ち塞がる。夜露にまみれた草むらの中で、姫が探し物など有り得ない。

「おやめください、気になるのでしたら、我らが夜中に探しておきますから」
「でも」
「騎士の言う通りだ、やめておかれたほうが良いかと、アイラ姫」

 いつの間に来たのか、トレベレスが軽く微笑んで立っていた。
 背筋を正し敬礼した騎士たちの脇をすり抜け、アイラの前に来るとトレベレスは悪戯っぽく耳元で囁いた。

「トライが帰宅すれば、同じ様な物を持ってきてくれますよ」
「ですから、同じ様な物では駄目なのです」

 むっとしてトレベレスを睨み返したアイラ、肩を竦めてアイラの肩に触れるとそのままするり、と背中を叩く。勝手に身体に触れるなどと、と騎士達は殺気を放つが、気にも留めずトレベレスは腰を抱く。

「マロー姫に会いに来たのだが、妹姫はお休みで?」
「はい、申し訳ありませんが眠りについております」
「そうか、では出直すとしようか。しかし、今宵は月もなく暇だ。アイラ姫、話し相手になっていただければ、と」
「え? 私、ですか?」

 無邪気に笑うトレベレスに、騎士たちは一斉に警戒した。トライからの忠告を、ミノリ経由で聞いていたからだった。
 それまで、マローに付きっ切りであったのに、トライが消えた途端にこの態度、豹変振り。アイラは戸惑いを隠せずに、困って、左右に身体を動かしている。

「眠いですか? トライからの話だと、貴女は大層物知りだとか。私の部屋で御伽噺でもお聞かせ願えませんかね? お歌も、そこらの歌い手より上手であられるようですし」
「お断りします!」

 言葉を挟んだのは、息を切らせて走ってきたミノリだ、後方にトモハラも居る。ほっと、安堵の溜息を吐いたアイラ、声を聞いて安心した。
 トレベレスは怪訝な表情で一瞬そちらを観たが、すぐにアイラに視線を直す。ミノリは無視し、にっこりと優美にアイラに笑いかけ、さり気無く髪を摘んで口元へ運ぶと舐めた。

「いかがですか、アイラ姫」
「えと……ですが、夜も遅いですし……。マローが、一人では寂しがりますし……」

 しどろもどろ、語るアイラ。それもそのはずだ、トレベレスの右手がアイラの腰から離れない。
 顔の距離とて、近い。いや、近過ぎるのだ、鼻が触れるか触れないかだ。トライと親密で、始終共に居たとはいえ、このような接し方ではなかった。
 近過ぎる体温に、アイラはただ俯き加減で軽い抵抗を見せるだけだった。赤面し、必死に小声で反論しているアイラだが、トレベレスは愉快そうに微笑みながら体勢を崩そうとしない。
 逆上したミノリが、剣を引き抜きそうになったが、トモハラに止められた。が、止めたトモハラの手も、怒りで震えている。
 騎士達は、この品性のカケラもないようなトレベレスを、憎憎しげに睨み付けた。
 よもや、誰かが何かの弾みで剣を引き抜くのではないか、というほどの緊迫した空気の中で。狼狽しているアイラの頬は軽く紅潮している、そのことに誰が気付いただろう。
 喉の奥で愉快そうに笑いながら、挑発しているとしか思えないトレベレスの態度は止まらない。壁にアイラを押付けて騎士達の視線などお構いなしに、髪を撫で、自分の身体でアイラを被い何かを耳元で囁いている。
 騎士達はトレベレスへの嫉妬と憤慨に、気を取られ過ぎてしまった。
 その頃、水面下ではすでに侵略は始まっていたのだ。


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