20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第91回   策略〜外伝4 月影の晩に〜
 翌日の事。
 早朝、陽が姿を現したので勇んでアイラは庭に舞い戻り、必死にミノリと指輪を捜した。指輪など、トレベレスが持ち帰っているのでありはしない。
 トライも同じ様に捜していたのだが、家臣が血相変えて走ってきた。

「騒々しいな、何事だ」
「トライ様、母上様が病に倒れられたそうです。一刻も早く、お戻り下さい」
「何だって?」

 作業を中断し、アイラは機転を利かせて傍に居た騎士達に直様指示を出した。この国で最も有効だとされる薬草の手配、腕の立つ医者の選出、そしてトライの帰路の旅支度だ。
 トライと駆けつけた家臣に深く頭を垂れて、アイラは気丈に告げる。

「トライ様、お戻り下さいませ。傍に愛する我が子がいるだけで、違うと思うのです。今、旅の準備を致します」
「かたじけない、お言葉に甘えるとしよう。直ぐに戻るから、それまではこの城に居るように。ラスカサスのリュイ殿の件に関して、オレにも言いたいことがある。妹姫もアイラとは離れたくないのだ、城に留まれ。オレがなんとかする、必ず戻るからそれまで行動を起こすな」

 眉を潜め、家臣が持ってきた書簡を受け取り、食い入るように内容を読むトライ。アイラの頭を撫でながら、不意にミノリに視線を移した。

「おい、騎士のお前。用事がある、少し付き合え」
「は? ……判りました、ですが俺とてアイラ様護衛の騎士です。長く離れられません」
「数分で良い。成程、書簡は本物、か」

 小さく呟くと、トライは胸元に書簡を仕舞い込み、皆と共に庭を後にした。アイラは後ろ髪引かれる思いで庭を眺める、時間が出来たらまた捜そうと誓ったが、無駄なことだった。
 二度と指輪には巡り会えない気がして、アイラは瞳を伏せる。後悔した、何故あとの時窓から手を伸ばしてしまったのか。自分には大きいと知っていた筈なのに。
 アイラが他の騎士達と旅の準備の確認をしていた頃、自室に向かう途中でトライとミノリはトレベレスに出遭った。
 声をかけてきたのは、トレベレスだった。

「指輪は見つかったのか?」

 多少おどけた雰囲気に、ミノリはあからさまに顔を顰めるが気づいたトライが前に出てその表情を隠す。従兄弟なのでこの目の前の男の性格を把握していた、ミノリを守ったのだ。

「……いや」

 押し殺した声で返答したトライに大きく肩を竦めると、窓を見つめる。

「しかし騒々しいな、まさか指輪の買い付けにでも出掛けるのか?」
「違う」

 トライは視線を合わせることなく、無視して通過する。構っている余裕はない、関わると厄介なことに巻き込まれることは重々知っていた。
 興味を示さないトライに多少苛立ち、自分が所持しているアイラの指輪をさり気無くひけらかそうかとも思ったが、トレベレスは躊躇した。
 二人の距離が開いていく、トレベレスが大袈裟に舌打ちした音が聞こえたが、それも無視したトライ。ミノリは、二人の間に妙な緊張感があることを感じ取った。
 早足で部屋に戻り、招き入れたミノリに振り返ると、剣をいきなり喉元に突きつける。思わず声を上げそうになったミノリだが、息を殺してトライを見つめ返した。

「嫌な予感がする、書簡は本物だが、この時機で母上が倒れられるなど。取り越し苦労であれば良いのだが……お前、責任もってオレがこの城にいない間、アイラを護れよ」
「言われなくても、護るって前から言ってんのに」

 精一杯の強がりを見せた、友達にでも語るような口ぶりになってしまい、言い終えてから怯む。が、目の前の王子は冷ややかな視線で自分を見つめるのみだ。躊躇しつつも剣を引き抜き、ミノリはトライの剣先を弾き返した。
 王子に、なんという態度を。
 急に腕が震えだし、顔が青褪める。呼吸が乱れ、口元を押さえた。
 しかしトライは喉の奥で笑い、ミノリを満足そうに見つめると軽く頷く。

「よし、その息だ、上等。……本来ならばトモハラ、だったか? あの男にも頼みたいところだが、アイツは妹姫に入れ込んでいる様だし。無礼講だ、気にするな。だが、他の二人は駄目だ、特にトレベレスは些細なことで激怒する」

 意外な言葉にミノリは顔を上げると、安堵して肩の荷を下ろす。いけ好かない王子だが、話が分かるので嬉しいのも事実だった。

「……ご心配には及びませんから、どうぞお引き取りください」

 丁寧な口調で不躾な思いを伝えてみた、トライは口角を微妙に上げて笑うと腕を組み壁にもたれる。
 普通、他国の王子にたかが騎士がとってもよい行動でも口調でもないのだが、堅苦しい姿勢よりも、平素の自分をトライとて好んでいる気がして、どうにも気が緩んでしまう。
 トライも気にしていなかった、何故かミノリとトモハラは弟のように思えてしまったのだ。

「……気をつけろ、忘れるな」

 兄としてなのか、男としてなのか。絞り出したトライの声にミノリは眉を顰める。

「だから、何を」

 ミノリがトライを見た瞬間、背筋が凍った。真剣な眼差しの瞳の奥には、鋭利な刃物の切っ先に似た光が見えた。ミノリは言葉を失い、ただ、頷くことしか出来ない。

「嫌な予感がする、外れて欲しいが」

 トライは、自室の荷物を片付け始めた。王子であれども率先して自ら行うのがトライだ、帰路の支度をしつつ始終思案している。ミノリとて、冗談でもなんでもなく、何かが起こる前兆のようで恐ろしくなりふと、窓の外を見れば。

「太陽が……不気味だ」

 小さく漏らす、トライも視線を移した。
 太陽が、ぼやけている。空に消えてしまうように、揺らめいていた。
 昼間威厳を示している太陽が、陽炎の様に儚く。二人は、無意識の内に唇を噛締めていた。

 同じように妙な太陽を横目で見つつ、ベルガーは自室で優雅に紅茶を飲んでいた。しかし、やって来たトレベレスに意外そうに瞳を丸くすると多少の皮肉も籠めて、鼻で笑う。

「早いじゃないか、行動が。書簡が偽者であるとトライ殿に見破られなければ良いが? トライ殿の洞察力、そして慎重さ……そこまで慌てずともよかったろうに、確実に行くべきだろう」
「見破られません。あれは、本物です」

 自分がトライと比較されているような意味合いを含んだ、ベルガーのおどけた口調に、仏頂面でトレベレスは答える。小馬鹿にされているような気がするのは、言葉通りだと自分も痛感しているからかもしれない。
 確かに性急過ぎたことは、自覚していた。
 だが、昨晩。
 トライと寄り添うアイラを間近で見て、邪魔をしたくなった。何故かは解らないが、無性に苛立ち、胸焼けがした。未だに所持しているトライがアイラに贈った指輪を、直ぐ様捻り潰したい衝動に駆られている。

「で、トライ殿はいつ発たれると?」
「本日中には。アイラ姫が、労って色々用意しているようですし」
「ふん、では数日中に事を起すか。そろそろこの城にも退屈していた頃合、あぁ、紅茶だけは我国へ持ち帰るとしようか」

 無感情でそう告げたベルガーは、静かに椅子から立ち上がるとドアへと向かう。連れ立って、トレベレスも部屋を後にした。向かう先は、マローの部屋である。
 途中、騒がしい方向に目をやれば、アイラが自ら率先して食料の仕分けをしていた。日持ちする干し肉やら、ワインやらを丁重に閉まっている。

「成程、あの姫君ならば篭城することになろうとも、食料のありかも知っており、それを振り分ける力量もある、と」

 小声で漏らしたベルガーのその一言を、トレベレスも聞き取っていた、二人してアイラを見つめる。そこへやってきたのは、トモハラだ。マローの言いつけ通り、冷水に沈めておいた果実酒をグラスに注ぎ、それを運ぶのである。

「やれやれ、我儘姫様には騎士殿も大変だな」
「それにしても妙ですよね、あんなことくらい、その辺りの女中に頼めば良いのに」

 ベルガーとトレベレスが庭の木陰で休んでいたマローのもとへと向かう際に、再びトモハラと擦れ違った。
 別のものを注文されたのだろう、と二人の王子は笑った。
 軽く会釈をし、跪くと二人が通り過ぎるのを待つトモハラだが、その瞬間に二人は嫌悪感を抱いた。トモハラが、二人に対して殺意を抱いているような、そんな視線で睨んできたからだ。
 流石に、無視が出来なかった。

「おい」
「何でしょうか」

 トレベレスが床に片膝ついたトモハラを見下ろす、周囲に緊張が走った。

「お前、毎回オレ達に対して無礼ではなかろうか。客人だぞ」
「不快な思いをさせていたのでしたら、申し訳ありませんでした」

 態度はきっちりとしているが、感情が籠もっていない。その態度に苛立ち、トレベレスは思い切り右足でトモハラの頭部を蹴り上げる。
 トレベレスの家臣が止めに入ったが、ベルガーは見て見ぬ振りだ。信頼している者達に「他国の騎士を足蹴にするのは拙い」と囁かれてもトレベレスは聞かない。

「お前、生意気だ。たかが騎士の分際で」

 それでも、トモハラは動じることなく、体勢を元に戻して言葉を聞いている。それが更に火に油を注いだ、頭に血が上ったトレベレスが腕を振り上げると流石にベルガーが止めに入った。トレベレスのマントを摘み、耳元で囁く。「我らが気にする程の奴ではない、捨て置け」呆れたような口調で言われたので、歯軋りすると唾を吐き捨て、トレベレスは忌々しそうにトモハラを見下ろした。
 ベルガーには見くびられたくないのだが、大袈裟に溜息を吐いている様子に身体が震える。原因を作ったのはトモハラだ、自分が我慢すればよかっただけのことだが、やはり殴らねば気が済まない気がしてきた。

「……本当に、あの方を愛していらっしゃるならば、良いんだ。けれど、違うから」

 トモハラは、はっきりそう呟いて、負けじとトレベレスとベルガーを憎々しげに見やる。トモハラも我慢が出来なかった、他国の王子に声をかけて良いはずがない。しかし、このままではマローが泣く気がして耐えられなかった。

「コイツ!」

 今の一言で逆上し、ベルガーが止めるのも聞かずに再び手を振り上げた。

「どうかなさいましたか?!」

 悲鳴に近い声を上げたのは、アイラだった。
 ドレスの裾を持ち上げて勢い良く駆け寄りトモハラの傍らに立つと、交互に二人を不安そうに見つめる。
 腕を振り上げたままだった為、ばつの悪そうな顔をしてトレベレスはそのまま腕をひっこめて肩を竦めると、軽く会釈する。唇を噛締め、舌打ちしてアイラから視線を逸らした。

「……いえ、特に何も。では」
「そうですか、失礼致しました」

 けれども、トモハラの頬には先程蹴られた箇所が赤く腫れ上がり、痛々しく残っている。
 トレベレスは無言のまま踵を返し、そのままベルガーと合流すると足早に去っていったのだが、その姿をやはり憎々しげにトモハラは見ていた。
 アイラとて、何かあった事実は把握しているが何が原因でこうなったのか、訊くに訊けない。礼儀正しいトモハラが粗相をするなど有り得ないので、マロー関連だと憶測はできたが。

「トモハラ……」
「申し訳ありませんでした、アイラ様の手を煩わせてしまいましたね」

 アイラと視線は合わせずに、トモハラは直様立ち上がると立ち去る。

「マロー様に……焼き菓子を頼まれておりますので、これにて失礼致します」
「解りました。いつも、ありがとう」

 微かに振り返ったトモハラの瞳に、困惑気味だが微笑んでいるアイラが飛び込んでくる。
 ……あぁ、あれが。マロー姫だったらよかったのに。ありがとう、と声をかけてもらえたら、どんなに嬉しい事だろう。

 トモハラは軽く脳裏を過ぎったそんな思いに自嘲気味に笑うと、そのまま歩き出した。

 トライ一行が帰路に着いた頃。
 ラスカサスからの使者達に書簡を持たせるべく、アイラは自分で書き綴っていた。内容は、妹と離れたくないので、二人でそちらにお邪魔してみても良いでしょうか、といった文面である。
 返答としては間違っているが、今はこれが精一杯だった。
 隣で、マローがベルガーから頂いたらしい肌に良いという花の蜜を顔につけて愉しんでいる。とても今、マローを置いて一人で何処かに行くことは出来ない。

 その頃当然城内部では、アイラをラスカサスへやるべきだとの声が出ており、隠密に会合が開かれていた。

「あちらが望んだのだ、致し方ない。友好を結べばあちらが破滅した場合の領土は、我らの物になるだろう」
「となると、やはり土地的にはリュイ皇子のラスカサスより、トライ王子の領土のほうが好ましいが」
「しかし、トライ王子がどう出てくるか」
「ともかく、ラスカサスよりの使者に書簡を」

 本当に潰したい国は、ベルガーのファンアイク帝国、及びトレベレスのネーデルラント国だ。他国にとって脅威となっている侵略国である、本来ならばアイラをこの二人に差し向ける予定であった。
 だがトライがアイラに付きっきりだったので、二人の元へと深夜に忍びこませることが出来なかったのだ。
 仮に、マローをこの二人のどちらかに差し出せば、これ幸いにとこちらを属国にしてきそうな勢いである。人質は、マローだ、そうなると誰も手が出せない。そして、マローが子を授かれば、もはや邪魔するものなど何もないだろう。
 予言通りであるならば。

「今晩中にアイラ姫をトレベレス殿か、ベルガー殿の部屋に送りましょうか。幸いトライ殿が不在です。夜伽の準備とて、終わっているでしょうからアイラ姫は立派に勤めるでしょう」
「それが良いかと。ただ、ベルガー殿は用心深い、そして酒を呑まない。なればトレベレス殿が適任かと、思われます。強い酒でも持たせて、今すぐにでも」
「歳とて、ベルガー殿よりお若い。理性など先に崩れるでしょうし、あとはアイラ姫次第でしょうね」

 姫に、王子を誘惑させる。寝所に誘い、巧みに子を孕ませる。自国の為だと思っていた、正義なのだと思っていた。

 その頃、ミノリはトモハラと共に思案していた。雲隠れした月が物悲しい晩だった。
 トライの真剣な眼差しと、微かに震えていたような声を思い出し、ミノリはトモハラに相談を持ちかけたのである。
 硬くなったパンを齧りつつ、冷えたクリームシチューに浸してそれを口にしていたトモハラ、ミノリが小さく周囲を気にして囁いた言葉に、眉を潜めた。

「何だって?」
「だから、トライ王子が。俺達に気をつけろ、と。嫌な予感がする、ってしきりに言ってたんだ。アイツ、いけ好かないけど、腕は確かだと思うんだな」

 横から、クリームシチューに入っていた小さな鶏肉を横取りし、自分の口に運んだミノリを、項垂れて観ていたトモハラだったが、静かに、溜息を吐く。

「実は俺も嫌な予感がして仕方がない」

 押し殺したトモハルの声に頭を掻いたミノリは、一気にパンを喉の奥に押し込むと二人は席を立つ。向かう先は狭い自室だ。ありったけの薬草や、武器を今のうちに隠し持っておく為に、だった。
 ”嫌な予感”
 それが何かは解らないが、少なくとも近いうちに起こってしまうだろうと、直感したのだ。緊張した面持ちで口数少なく、二人は最悪の事態を想定する。医務室へ交互に出向き、貰える物を戴いた。

「ねぇ、眠れないから、またあの飲み物頂戴」

 肌の手入れに飽きたのか、マローはひょこり、とドアから顔を出した。が、そこにトモハラの姿はない。
 騎士の一人がホットミルクを作っては来てくれたが、やはり味が違う。
 不貞腐れて、飲みかけのコップを突き返したマローの頭を優しく撫でたアイラは、書簡を書き終えていた。

「ご機嫌斜め? いつもの美味しいミルクではなかったの?」
「うん、美味しくなかったの」
「作ってくれた人が違うからよ。トモハラでしょう、作ってくれていたのは。彼を呼んでみたら?」
「知らない、もう、寝るからいーのっ」

 図星だった。アイラに率直に名前を言われ、指摘され、硬直したマローは布団へと倒れこみ、そのまま瞳を閉じて嘘の寝息を立て始める。
 苦笑いをして、それでもマローの頭を撫で頬に口づけると、アイラはそっとドアから出て行った。
 素直になれない、妹。そこが可愛らしいのだが、それでは多分『終わらない』。
 アイラは知っていた、マローが何を気にしているのかを。

「お出かけですか、アイラ様」

 ミノリは不在である、だが騎士の数人がついてきてくれる。

「誰か、ランプを持っていない? 指輪を朝探せなかったから、今から探そうかと思って」

 騎士達が一気に項垂れ、アイラの前に立ち塞がる。夜露にまみれた草むらの中で、姫が探し物など有り得ない。

「おやめください、気になるのでしたら、我らが夜中に探しておきますから」
「でも」
「騎士の言う通りだ、やめておかれたほうが良いかと、アイラ姫」

 いつの間に来たのか、トレベレスが軽く微笑んで立っていた。
 背筋を正し敬礼した騎士たちの脇をすり抜け、アイラの前に来るとトレベレスは悪戯っぽく耳元で囁いた。

「トライが帰宅すれば、同じ様な物を持ってきてくれますよ」
「ですから、同じ様な物では駄目なのです」

 むっとしてトレベレスを睨み返したアイラ、肩を竦めてアイラの肩に触れるとそのままするり、と背中を叩く。勝手に身体に触れるなどと、と騎士達は殺気を放つが、気にも留めずトレベレスは腰を抱く。

「マロー姫に会いに来たのだが、妹姫はお休みで?」
「はい、申し訳ありませんが眠りについております」
「そうか、では出直すとしようか。しかし、今宵は月もなく暇だ。アイラ姫、話し相手になっていただければ、と」
「え? 私、ですか?」

 無邪気に笑うトレベレスに、騎士たちは一斉に警戒した。トライからの忠告を、ミノリ経由で聞いていたからだった。
 それまで、マローに付きっ切りであったのに、トライが消えた途端にこの態度、豹変振り。アイラは戸惑いを隠せずに、困って、左右に身体を動かしている。

「眠いですか? トライからの話だと、貴女は大層物知りだとか。私の部屋で御伽噺でもお聞かせ願えませんかね? お歌も、そこらの歌い手より上手であられるようですし」
「お断りします!」

 言葉を挟んだのは、息を切らせて走ってきたミノリだ、後方にトモハラも居る。ほっと、安堵の溜息を吐いたアイラ、声を聞いて安心した。
 トレベレスは怪訝な表情で一瞬そちらを観たが、すぐにアイラに視線を直す。ミノリは無視し、にっこりと優美にアイラに笑いかけ、さり気無く髪を摘んで口元へ運ぶと舐めた。

「いかがですか、アイラ姫」
「えと……ですが、夜も遅いですし……。マローが、一人では寂しがりますし……」

 しどろもどろ、語るアイラ。それもそのはずだ、トレベレスの右手がアイラの腰から離れない。
 顔の距離とて、近い。いや、近過ぎるのだ、鼻が触れるか触れないかだ。トライと親密で、始終共に居たとはいえ、このような接し方ではなかった。
 近過ぎる体温に、アイラはただ俯き加減で軽い抵抗を見せるだけだった。赤面し、必死に小声で反論しているアイラだが、トレベレスは愉快そうに微笑みながら体勢を崩そうとしない。
 逆上したミノリが、剣を引き抜きそうになったが、トモハラに止められた。が、止めたトモハラの手も、怒りで震えている。
 騎士達は、この品性のカケラもないようなトレベレスを、憎憎しげに睨み付けた。
 よもや、誰かが何かの弾みで剣を引き抜くのではないか、というほどの緊迫した空気の中で。狼狽しているアイラの頬は軽く紅潮している、そのことに誰が気付いただろう。
 喉の奥で愉快そうに笑いながら、挑発しているとしか思えないトレベレスの態度は止まらない。壁にアイラを押付けて騎士達の視線などお構いなしに、髪を撫で、自分の身体でアイラを被い何かを耳元で囁いている。
 騎士達はトレベレスへの嫉妬と憤慨に、気を取られ過ぎてしまった。
 その頃、水面下ではすでに侵略は始まっていたのだ。


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 276