低く溜息を吐き、老神官は困ったような顔を見せ返答した。
「はっきりと『魔王を殺せ』と言ったほうがよかっただろうか? しかし、解決策はそれだけではないのも確かじゃろう? 方法はあるのだ、しかし、それはあの小さな勇者らが決めること。自らの意思で選択し、出した答えに向かうか向かわないかは、彼ら次第」 「お言葉ですが、私にはあの子供らが勇者には思えませんでしたが。石を所持していたからこそ、そう思うより他なかっただけのこと。全く、力の欠片すら見えませんでした。……一人を除いて」
”一人”その単語を聞き、周りがざわめく。巫女に鋭い視線を投げかけた老神官だが、何も口にはしない。 淡々と表情を口調を変えることなく、巫女は言葉を紡いだ。
「ですが、私にはその子の”力の欠片”が勇者のものであるのかどうか、判別が出来ませんでした」
更にざわめきは大きくなる、眉を顰めてその巫女を皆が指差した。老神官が片手を掲げ、その場の騒音を鎮める。徐々に皆、その手を見て口を噤んだが、咳き込みながら老神官は困惑気味に口を開いた。
「あの石は、クレロ神とエアリー神の意思。我ら人間には到底解り得ぬことじゃろうよ。あの子供達が内に秘めた想いをどう表していくかが楽しみじゃ。預言書通り、勇者は六人であったしのぉ。”四つ”の星を合わせての勇者が……”六人”」
最後のほうだけ声を微かに、そのまま小さく自嘲気味ともとれるように微妙な笑いを残して去っていく。 再び広がるざわめきを止めるものなど誰もいなかった、今の言葉はあまりにもその場に居た者たちにとって衝撃的であった。 そう、勇者は六人現われたのだ。ネロから二人、ハンニバルから一人、チュザーレから一人、そしてクレオから二人。
「そういえば……何故六人なの?」
一人の巫女が全員の疑問を口にし、音として空気へと伝える。四人でも、八人でもなく、何故か六人。互いに顔を見合わせながら、不安げに小声で会話をする。 勇者が現われたというのに、未来は明るいはずなのに。何故かしら……突如空に浮かんだ不幸の星に照らされたように、ゆっくりじんわりと、心に暗雲が立ち込めていく。 惑星クレオには、二つの勇者の神器が存在する事など皆は百も承知だ。ネロについて詳細は知らないが、ならば何故他の惑星は一人なのか。
「まさか、二人が死……」
言いかけた一人の巫女が慌てて自身の口を塞ぎ、肩を竦めた。 縁起でもないことを、巫女がきつめの口調で吐き捨てる様に言った。
「二人が寝返る可能性もあるわよね」
すると先程老神官と臆することなく会話をしていた巫女が、そう簡単に言ってのける。 他の巫女達は身体を振るわせて寄り添い、淡々と恐ろしいことを口にした二人の巫女を畏怖の念を込めて見つめる。 しかしそれらを一瞥すると、興味なさそうにその異端の巫女らは部屋から出て行った。何故皆がそんな視線を送ったのか、意味が解らないとでもいうように。 勇者は、”六人”。各惑星から一人ずつ選定されるのではなく、何故か六人。 巫女達は顔を見合わせたまま、思いを言葉に出来ず、ただ沈黙を守り続ける。勇者が来たというのに、この雰囲気は思わしくない。 異界から運ばれてきたものは、未来への希望ではなかったのだろうか。 一人歩き続ける異端の巫女は、壁に描かれていた勇者の絵画を見つめて、僅かに口元を吊り上げた。 部屋に戻った老神官は、深い溜息を吐きながらベッドに腰掛けると胸の前で手を組み瞳を閉じて祈った。
そんな神聖城クリストヴァルの様子など露知らず、勇者達一行は馬車を走らせている。変わり行く景色、大自然の色彩を堪能しつつ、アサギと友紀はうっとりとその光景に酔いしれていた。
「何か珍しいものでも?」
不思議そうに声をかけてきたアーサーに、アサギはにこりあどけない笑みをこぼした。
「私達の世界は、こういう場所が年々減ってきているんです。えーっと。自然がなくなってきていて……それは人間達が住みやすいように土地を開発しているからなのですが」
この世界には電気が、ない。空気を汚す存在が、ない。 街を建設する際には自然を壊すだろうが、なえるべくそのままの状態で住めるように検討するだろう。 地球にとて、未知の地域はあるのだろうが平素生活している中ではお見え出来ない。勇者達が暮らしている地区は、そこまで都会ではないので足を伸ばせば直ぐそこに田舎の風景は広がっている。 しかし、山にしろ川にしろ、歩道があったり鉄筋の橋があったり設備されているものだ。川底もコンクリートで埋められている場合もある、そもそも自然そのままの河の形ですら、ない。 はしゃいでいる少女二人を眺めつつ、不意にアーサーは低く唸って腕を組んだ。
……そういえば、先程アサギ達がいた世界は、空気が異様に汚れていた。それこそ毒の臭気に囲まれているような。不思議な素材で出来た建物が聳え立ち、鉄格子のような網が張り巡らせていた場所だった。
アサギ達の小学校は決して新しいとは言えない校舎だ、この地区では古い部類に入る。敷地内は金網で包囲されており、確かにアーサーから見れば不可解で、囚人を入れておくための牢獄のようだった。それが当たり前の世界にいるアサギ達には、連想しがたいイメージだったが。 ふと、アーサーは勇者達の生い立ちが気になり始めた。互いの自己紹介は必要だろう、素性を知らない相手を信頼し、戦闘を行うことは問題だと判断した。 途中適当に食事を取り、馬を休ませるために小川を探し、束の間の休息を取りつつ、一行はようやく自己紹介を始めることにした。 アサギと友紀のはしゃぎ振りを見て気が引けていたらしく、こうして自己紹介を伸ばしていたのだった。
「そろそろ、お互いの事を話しましょうか? まずは、勇者ちゃん達よろしく」
マダーニが拍手しながら勇者達を見つめる。他の者達も興味深々で、顔を赤らめて縮こまる勇者達を皆で一斉に見つめた。 それでも一人、意を決し息を大きく吸い込んで、アサギは軽くお辞儀をする。どうやらアサギが最初に自己紹介を始めるようだ。
「えっと、アサギといいます。石の色が翠なので、惑星クレオの勇者みたいです。宜しくお願いします」
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