20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ
 ようこそゲストさん トップページへ ご利用方法 Q&A 操作マニュアル パスワードを忘れた
 ■ 目次へ

作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第89回   求婚〜外伝4 月影の晩に〜
 なんという威厳に満ちた姫だろうか、威風堂々としたその姿を眩しく見つめる。騎士達は深く頭を垂れて、初めて反論しているアイラの言葉を待った。間違った事など、自分達の姫は言っていない。全てが真実だ、と。姫の言葉で誤っているこの国の方針を正して欲しい、と願をかける。

「マローに言われるのならばともかく、貴女に言われる筋合いはないと思います」

 アイラのその言葉に、女官は顔色を変えて思わず攻撃態勢をとっていた。瞬時に頭に血が上ったのだろう、小刻みに震えながらアイラを睨みつけ口を開く。
 しかし、声が出ない。
 口が半開きで、止まった。反論しなければ、と女官は思ったのだが口がそれ以上開かないのだ。
 それを知ってか知らずか、アイラは再び口を開く。

「誰だって、皆幸せに暮らしたいものです。違いますか? けれど、自分が出来る事には限りがあります。先程のマローの一言で、料理人様達は無論、ご家族の方も路頭に迷う事になっていたかもしれません。それは、止めなければいけないことです。それが出来る人物は、現時点で私しかいません。位が上の者は、下の者から崇められるからこそ、護らねばならないと思うのです。貴女なら、解るでしょう? もし、解らないのであれば少し頭を冷やして、考えてください」

 シン、と冷たい空気が張り詰める。
 女官は恐怖を覚えた、周囲も息を飲むことすら恐れて皆黙り込んだ。
 アイラの騎士達だけは、静かにアイラに平伏していた。満足そうに、微笑んで。

「やれやれ、余計なことを」

 いつの間に来たのか、トライがミノリの隣に立って苦笑している。騎士達の視線が自分に集まったので、トライは静かに口を開いた。
 その騎士達にしか聴こえないように、静かに。

「今ので、多くの者がアイラに”畏怖”の念を抱いただろう。しかし、こうも思った筈だ。『このお方は、本当に呪いの姫君なのか。ここまで国民を思慮に入れているのに、破壊する呪いの姫君なのか』……ともな? アイラは、接した者を虜にする。そうなると、オレが国に連れて帰り辛くなる。困ったことをしてくれた、見ていてスッとしたの確かだが」
「それは、トライ王子の希望ですよね。オレはアイラ様がこの国を統治されたほうが……良いです。だからこの国にいて戴きたいのです」

 仏頂面のミノリにトライは鼻で笑うと、気にすることもなく室内を見渡した。青褪め、項垂れている者達が、多々いる。
 皆、アイラに対して先日とは違う態度を取るだろう。トライは壁にもたれたまま、静かに様子を見ていた。
 そこへ、沈黙を破ってドアを開いた者がいた。当然、注目を一斉に浴びる事になる。

「失礼致します。隣国ラスカサス国の第四皇子、リュイ・ガレン様よりの使者殿が謁見をと申しておられます!」

 そう告げると、ドアを開いて横に立つ。手続きも無く城内に入国は出来ないが、先日滞在していたリュイには、入国許可書を譲渡した。堂々とそれを見せながら、数名が一礼をして入ってくる。
 緊急の用事なのだろう、何事かと皆興味の対象はアイラからそちらへ移った。流石にここまで踏み込んでくるのはどうかと皆眉を顰めて軽く睨み付けるが、彼らにとってそれは朗報だった。
 姫君たちの前で跪き、懐から恭しく何かを取り出すと、それを広げて使者が読み上げ始める。

「忠誠を捧げている、我主君リュイ様より。麗しき姫君に手紙を託されましたゆえ、恐縮ですがこの場で読み上げさせて頂きます。
『先日は、大層なもてなしを有難う御座いました。御気に召すか解りませんが、我国の風景を画家に描かせましたので、お受け取り下さい。高山ならではの木の実や、珍しい鳥も贈らせて頂きます。音楽がお好きなようですので、楽器も用意いたしました。今回は御伺い出来なく、書簡にての事、非常に心苦しく思っております。何故ならば、用意しなければならないことがありまして。
 最愛なる、恵みの国の麗しき姫君よ。我国へいらして下さい、決して貴女を退屈させません。天上の輝く星を永遠に見られるように、庭を造り、高山花を植え替えております。私は第四皇子です、我国を統治する皇女帝にはなれないでしょうが、生涯をかけて貴女を愛し抜くと誓います』
 以上です……どうか、リュイ様のお言葉をお受け入れくださいますよう」

 ラスカサスよりの使者は、丁重に立ち上がると寄り添うように立っていた二人の姫君の下へと歩き出した。
 普通ならば、繁栄の子を産むマロー姫に求婚を、だ。しかし、書簡の内容が、マロー宛ではないことなど、皆気付いていた。ただ、俄かに信じがたかっただけだ。
 トライが舌打ちし、ミノリが青褪める。

「アイラ姫様、どうぞお受け取り下さい」

 皆の思い通り、恭しく使者はアイラの前で跪くと書簡を差し出した。
 室内が、一気に姦しくなった。先程の料理人への刑罰どころではない。女官は額に汗を浮かべて、逃げ出す。
 風の守護を受ける、ラスカサスの第四皇子リュイが求婚したのは、呪いの子を産むアイラ姫。

「子供だと思い、油断した……。やるじゃないか、あの皇子」

 トライがマントを翻し、直様アイラの元へと向かう中で、アイラの騎士達は揺れる周囲と裏腹に静かに立ち尽くしている。あまりに唐突な最悪の事態だった、鈍器で殴られたようだ。
 アイラ姫がどう応えるのか、検討がつかない。これでは、トライ王子の計画が台無しになってしまう。リュイとトライ、どちらかというとやはり数日ともにし性格を把握しつつあるトライ王子に好感を持ち始めていた騎士達。水の国への移住計画を半ば心待ちにしていた騎士達は、青褪めた。
 リュイ皇子は、自分達を国に招きいれるだろうか? 問題はそこだ、騎士達はアイラと離れたくなかった。
 よもや戦線離脱したと思われたリュイ皇子が、真っ先に求婚に出てくるとは。誰も予想していなかった。

「どうするつもりだ、アイラ」
「トライ様。どうするも……こうするも、私は」

 戸惑いを隠せないアイラは、書簡を受け取ったものの困り果ててトライに視線を送る。トライは安堵した、アイラが自分を頼ったことに、そして決断出来ないことに。
 冷静さを装いつつアイラは呼吸を整えると、使者に頭を下げて声をかける。

「遠くから……お疲れでしょう。お返事の書簡を用意するまで、ごゆるりと城にご滞在下さい。部屋を用意致します」
「取り計らい、有難う御座います。恐縮です」

 マローは使者を見つめていたのだが、アイラのドレスを力強く握り締めて、唇を噛み続ける。

「嫌よ、行っては駄目よ」

 掠れた心痛な声で、マローはそう告げた。アイラは柔らかく微笑むと、そっとマローの頭部を優しく撫でる。震える愛しい妹、迷子の雨に打たれた仔猫のように見えた。
 落ち着かせようと、何度もゆっくり撫で続ける。

「大丈夫です、お断りするからね。マローが居て欲しいというならば、ここに居るから」
「うん……約束よ。ちゃんと、傍に居てね?」
「安心して、マロー」

 室内の華燭が、大きく揺れていた。室内の開けておいた窓から、夜風が心地良く入り込んでいる。
 喧騒が続く中、アイラとマローは二人で寄り添い手を握った。トライが唇を噛み、そんな二人を見つめていた頃。

 ベルガーとトレベレスは、家臣と共に食事を終え共に室内へと戻っていったのだが。瞳が据わったまま、喉の奥で笑うベルガー。無論、騒ぎの一部始終を聞いていた。

「大したボウヤだ。よもや、姉に求婚するとは」

 夜風に当たりながら、来室していたトレベレスに聴こえるように呟く。大袈裟に深い溜息を吐きつつ肩を落としたトレベレスは、同じ様に皮肉めいた声で呟き返す。

「風の国の皇子といい、オレの従弟といい。翻弄されすぎている、あの呪いの娘に。自滅してくれるのならば一向に構わないのだが」

 言い終え、不意に二人の視線が交差した。二人が狙う妹姫への求婚ではないので、放っておけば良いのに何故か気にかかる。トライ、そしてリュイが妙に……腹立たしく思えてしまう。
 どちらかが呪いの子を産む姉を引き取ってくれるのならば、好都合な筈だった。
 しかし。
 二人は暫し沈黙し、互いの顔を見ずにベルガーは庭を、トレベレスは天井を見つめる。妙な気分だった、胸に流れのない水底に溜まった得体の知れない汚いものが流れ込んでくるようで、気分が悪い。
 徐にベルガーが口を開く。

「土の女王を過信し過ぎているのではなかろうか」
「と、申しますと?」

 眉を潜めてトレベレスはベルガーを見やると、煙草に火をつけて吸いつつ窓際へと移動する。

「姉が、繁栄の声を産むと? まだ疑いを?」
「それもあるが……元々、繁栄も破壊も出鱈目では、ということだ」
「そこからですか。疑心に捕らわれすぎではないですか、ベルガー殿」
「あの姉、アイラ、といったか? 先程の国への、民への思いを聞いたろう。あれが破壊へと導く者の言葉か。そこらにはいない、才色兼備な姫にしか見えなくなってきたが」
「まぁ、確かに。思いだけは大したものだ、最初に見た頃と比べると、見違えるほど光を放つ……不思議な姫だとは思いますけど」

 言うなり、二人は再び口を噤む。思い出したのだ、最初にアイラを見た瞬間を。
 あの時、確かに繁栄の姫はアイラだと直感した。そして、何故かこの娘を捜していたような、待ち侘びていたような、そんな懐かしくも切ない想いに捕らわれたのだ。
 思わず、二人は顔を見合わせる。
 と。
 キィィィ、カトン。

「っ!」

 木製の何かが動いた音に、二人は瞬時に身構えるが、室内は静まり返っている。が、二人は微動出せずに数分その場で防御態勢を崩さなかった。
 音は、止まった。
 気を取り直し怪訝にトレベレスに向き直ったベルガーは、ようやく本題に入る。わざわざ世間話をしているのではない。

「ともかく、だ。一つここは手を組もう」
「唐突ですね、ベルガー殿」

 運ばれてきた紅茶を啜りつつ、未だに先程の奇怪な音が気になった二人だが、互いが信頼を置いている家臣を数人部屋に招きいれ、月が雲で陰る中、密話が開始される。

「繁栄の姫さえ手に入ればこのような場所に用はない。ここは牙城だ、内部から幾らでも攻め落とせるだろう。城の見取り図は既に手に入れておいた」
「野心家のベルガー殿は、行動もお早いことで」
「つまらん皮肉はよい、トレベレス殿。確かにこの地は、土壌が豊かだ、農産物においては優秀な地。わざわざ繁栄の子を他国へ寄越し、破壊の子をこの地に留まらせる気など、もとよりここの者達にはないだろう。面倒なので、このまま戦争を仕掛け、妹姫のみ連れ帰ろうと思う。報復に備え、徹底的に国は潰すが」
「で、手を組め、ということですか?」

 トレベレスの解りきった問いに、ベルガーは軽く頷く。

「妹姫は、平等に。何処かに幽閉し、互いの所有物としようと思う。それならばどちらの子を孕もうが、文句はなかろう?」
「成程。確かに現在我らは牙城の内部、状況把握も出来ている。そしてオレの兵と、ベルガー殿の兵を合わせればやれないこともない、と。問題はトライも現時点でこの場に存在する、ということですけどね」

 トレベレスが悔しそうに唇を噛んだ表情を見逃さなかったベルガーは、飄々と言う。

「トライ王子か、武勇に優れた王子だと名声は聞いている」
「オレと五分五分ですけど」

 当然勘に触ったようで、トレベレスが間入れず反発をした。吹き出しそうになったのを止めて、ベルガーは苦笑いですり抜けた。噂は本当だ、トレベレスはトライに対抗心を抱いている、と。それも粘着な。

「トレベレス殿は従兄だろう? 一定期間でよい、この城から離れさせてはくれまいか」
「それが最良だとは思いますけどね」

 思案していたトレベレスだが、不意に顔を上げると一人の家臣を手招きで呼びつける。耳打ちし、二人が同時に頷くと、その家臣は一礼し部屋を出て行った。
 視線で家臣を追っていたベルガーに、トレベレスは喉の奥で笑う。

「臥床についてもらいましょう、トライの母親に。万が一に備えてあの国には、オレの息のかかった者が数名待機しております。数日、時間は要しますが偽の書簡でも作ってここへ届けさせている間に、薬でも盛って書簡を本物にすれば良いのです」
「やれやれ、トライ殿も苦労しておられるようだな」
「アイツが片意地を張っているから、まぁこれは当然の報いということで。では、手筈でも突き詰めておきましょうか?」
「あぁ、しかし、あまり二人が共にいるところを見られるのも良くないだろう。我らは仮にも敵同士だ、今宵は解散、また明朝に続けよう」
「それもそうですね、では、良い夜を」

 型通りの挨拶を交し、トレベレスは部屋を出て行った。ドアの閉まる音を聴きながら、ベルガーは再び紅茶を啜る。

「どうせ来たのだから、愉しませて貰おう」
「良いのですか? 姫をあの若造と共有するなど」
「私は、破壊も繁栄も然程信じていない。だが、それに踊らされている者達を利用するのは、良い手だと判断したまで」


← 前の回  次の回 → ■ 目次

■ 20代から中高年のための小説投稿 & レビューコミュニティ トップページ
アクセス: 276