雪が降りしきる凍える空気の中、城の一角で産声が上がる。歓声を上げた助産婦達は直様落胆し、悲鳴を上げた医師と、天に祈る参謀と、喜びに満ち溢れる筈の室内からは不穏な空気が漂い始めた。 女の腹から産まれ出てきた赤子は二人で、緑の髪と、黒の髪だった。古来より双子は忌み嫌われてきた、皆で悲痛な溜息を漏らしても当然だ。特にこの産んだ女は、そこらの女ではない。 出産は無理だと思われていた高齢だったが、こうして無事、元気な双子を産み落とした。しかし当然、本人には相当な負担がかかっており、待機していた医師が診察に直様当たる。主産したのはこの城の女王だ。 双子を産湯に浸からせて、不安そうに大量の汗をかきながら青白い顔で女王は唇を開いた。医師に制されたが、苦痛の表情ながらも言葉を発した。
「この、世に……破壊と繁栄をもたらす、双子……」
皆が聞き取った、聞き辛くとも聞き取ってしまった。唖然と互いに顔を見合わせ、徐々に青褪めていく。女王は嘔吐しつつ、それでも語った、今伝えなければ遅いと悟っていた為だ。
「みどりの髪の姉は、破壊の子を。くろの髪の双子の妹は、繁栄の子を……それぞれ、産み落とす。我国には必ず黒の、妹を……女王に。みどりの姉は、他国へ嫁がせなさい、最も巨大で卑劣な敵国に送りな、さい……。たごん、無用、知られれば……くろの我が子が、狙われる」
静まり返る一室、皆固唾を飲んで汗ばむ身体をどうすることも出来ずに聞き入った。
「みどりの姉を殺せば、その時点で我国に破滅が訪れます、決して、乱雑に扱わぬよう……うぅ!」
女王がくぐもった声を上げ大きく仰け反った、皆が金縛りから解け駆け寄るが、それでも語りを止める事はない。
「の、呪いの子を産む母親は、無論呪いの塊、災いの元。くろの、妹を、妹さえ、いれば」
激しく咳き込んだ女王の唇から鮮血が迸った、悲鳴を上げて女王を宥める皆。「もう良いですから、解りましたから御身を休めて」と。 号泣しながら参謀が女王に寄り添った、幼き頃から常に傍らにいた姉妹のようなものだった。女王は参謀の手を僅かな力で握り締めながら、全身を大きく震わす。
「大事な、我が子を、お願いね」
薄っすらと瞳に涙を浮かべながら、再び吐血する。死に際参謀の手をどこにそんな力が残っていたのかというほど、強く握り締めた女王。 参謀の顔が引き攣った。 雪が、降り積もり続ける中。城内は女王を失った悲しみで、皆泣き喚いた。偉大な女王を亡くし、これから来る不安に怯える。
大地の加護を受けし国・ラファーガ。 代々女にのみ、受け継がれてきたこの国。歴代女王の中で最も偉大、自国の者から信頼を集め、他国からは恐れられた女王は双子の娘を産み落とした。 巨大な魔力を持ち、近辺から恐れられた”魔女”が産み落としたのは双子。いわくつきの、双子。 緑の髪の姉は、破壊の子を産むだろう。 黒の髪の妹は、繁栄の子を産むだろう。 最期の予言だった、聴いていた者は参謀一人、医師が三人、助産婦が二人の六人だった。六人はこの予言を他言無用とし、互いに頷き合う。 双子姫を成長させ、女王の言葉通りに行動しようと誓いを交わす。姉はその時勢力を伸ばしている敵国へ送る、容姿さえ気に入ってもらえ、子さえ孕めば用は無い。どんな手段を用いても、だ。姉の産み落とした子によって、その国は滅亡するだろう。 妹はラファーガの女王として日々、成長させねばならない。妹の産む御子によって、我国は繁栄するだろう何年も。 間違えなければ、素晴らしい最期の女王の魔力の賜物だ。自国を愛するあまり、願いが天に届き授かったとしか思えない。 敬愛を籠めて、六人はその場で黙祷する。 暫くして、魔物でも見るかのような視線で六人は姉を見た。「不憫な子」と、参謀は呟いたが仕方がないことである。 姉を殺したくとも、殺せない、呪われた嬰児だとしても、殺せない。時が来るまで、育てるしかない。 助産婦は、恐々姉を引き上げた、手が震えていたので誤って湯船に落としてしまった。 しかし、誰も気にも留めない。 妹は恭しく丁重に、二重の毛布に包まれてあやされた。毛布が二重なのは、姉の毛布も使われたからだった、姉はそこらにあったシーツで包まれた。 誰も姉を抱きたくなく、姉はただ泣き喚く。煩くて思わず医師が頬を叩いた、が、誰も咎めなかった。呪われた子を、誰が抱きたがるだろう、姉はそこに捨て置かれた。 女王の葬儀の支度の間も、そこに捨て置かれた。 大事な妹は直様暖かな部屋へと移されて、姉の分も皆に尽くされた。 緑の髪の姉の名をアイラ。 黒の髪の妹の名をマロー。 乳も存分に与えられず、構っても貰えず、まして抱いても貰えず姉は育つ。その分妹は城中から愛されて、成長した。
「女王様も、歴代の女王様も誰も、緑の髪なんていなかったのに。本当にあの子は悪魔だね」 「マロー様は美しい、お母様似の艶やかな黒髪であられる。女神のようだ」 名前すら、呼んでもらえない姉のアイラ。 六人によって守られていた筈の双子の秘密は、双子の姫が成長するに従い城中に漏洩していた。誰が漏らしたのかは解らない、ひょっとすると六人の双子に対する扱いの差により、皆が察したのかも知れない。 妹マローには、常に何かしら贈り物が届いていた。おやつには毎日甘くて瑞々しい果物を、蜂蜜を大量に入れたふわふわの焼き菓子を。 商人が訪れれば、こぞって皆マローに宝石を買い与え、部屋は毎日様々な可憐な花で埋め尽くされ。何着もドレスを贈る、一日に何度も着替えては髪を梳かす。 姉アイラには、書物が贈られた。接する事がすでに恐怖、部屋から出てきてもらっては困るので書物を贈ったのだ。食事は毎日三回運ばれたが、マローとは違い質素なものだった。 他国へ何れ嫁がせる呪われた子には、金をかける必要など無い、ということだろう。パンと、スープがほとんどで、稀に肉か野菜がついてきた。 それでもアイラは不平を言わず一人で食事をし、手元の書物を読み耽る。部屋から外の世界を見れば、木々が青々と生い茂り、水色の爽やかな空が何処までも続いている。鳥達が稀に窓際にやってきたので、とっておいたパン屑を投げて楽しんだ。 居る場所は同じだった、けれど、風景は毎日違っていた。流れる純白の雲は、カタチを変える。来る鳥達も、種類が違うし囀る歌も、また違う。下には花壇がある、花の香りが風に乗って部屋にも届いた。 アイラは窓辺で今日も書物を読み耽る、何も辛い事などありはしなかった。 そして、何より双子の妹マローは姉を慕って頻繁に部屋に来ていたことだ。それがアイラの最大の愉しみで、生き甲斐でもあった。マローが楽しければ、幸せであればアイラは良かった。
「アイラ姉様! 見て、美味しいものを持ってきたわ」 「ありがとう、一緒に食べましょうか」
アイラのドレスは、布地もそうだが縫い目も手荒で、とても一国の姫君が着るようなものではない。一方、マローは煌びやかな深紅のドレスを身に纏っていた、宝石も散りばめられている。 それでも、アイラは何も言わない。眩しく瞳に映る妹のマローに、似合って当然だと思っていた。 こっそりとハンカチに包んでマローはマドレーヌを持ってきた、自慢げに姉に見せる。静かに息を鼻から吸い込み、思わず微笑むアイラ、甘い香りに笑みが零れた。 双子の姫は、十二歳になっていた。二人とも見目麗しく成長した、それこそ誰しもが”欲する”容姿に。確かに食事から豊富な栄養分を摂取できないアイラは、マローと比較すれば髪も艶がないし、肌にもはりがない。そして、華やかなマローに比べてアイラは行動も地味で、若干輝きにかけていた。 二人して窓辺に座って、マドレーヌと紅茶を頂く。その間、双子の会話が始まった。
「ねぇ、アイラ姉様。”恋”って何か知ってる?」 「こい?」
書物を読み耽っていたアイラは、物知りだったがそんな単語は見たことが無かった。当然だ、アイラへ届けられる書物に”男女の恋愛事”を書いたものは一冊もないのだから。それは、下手に知識を得て万が一、ラファーガ国の男と恋仲になり子を孕まれては困るからである。 マローとてそうだった、ドコも知らない馬の骨と恋に落ちてしまっては困るので誰も教えない。 ゆえに、アイラもマローは異性すら知らなかった。 城内はほぼ女ばかりで構成され、男も数人働いてはいたが二人の周囲にはいてはならない存在だ。
「女中がこの間庭で話していたの。好きな相手と口づけしたんですって! それはとても甘美な時間だったらしいの。恋ってそういうものらしーわ」 「甘美」 「うん。うっとりと話しててとても楽しそうだった」 「何かな、気になるな……」
双子の姫は、互いの顔を見て首を傾げるばかり。けれど、乙女は教えなくとも本能で”誰か”を捜すものだ。 アイラとて例外ではなく、マローが帰った後書物を読み直し”恋”を調べた。けれども、出てこない。溜息混じりに欠伸をし、アイラは月の光を浴びながら眠りにつく。 何故か、胸が踊った。よくわからないが、その響きがとても高貴であるような気がした。 月は、アイラを照らし続ける。部屋に押し込められ、質素な食事しか与えられずとも月光を浴びて、アイラの見事な新緑の髪は光り輝いていた。 眠れないのは、何故だろう。起き上がって窓から顔を出した、夜風に辺り落ち着かせようと努力してみた。
「こい」
ぽつり、と呟く。両腕を伸ばして、静かに瞳を閉じる。 口を軽く開いて、息を吸うと静かに吐き出しなら……歌った。
「例えばこの腕の先に 何かが触れたなら 私はそれを引き寄せて 抱き締めたい それはきっと暖かで とても大事な物だから 麗しの月光 柔らかな光で全てを照らす 優しく包み込んで 皆に安息を 私も月光のように」
なれるかな、なりたいな。 小さな声だった、けれどはっきりとそれは風に乗って運ばれる。人々寝静まる暗闇の中、それでも月光を頼りにし。夜行性の動物達が、それに聴き入った。草花が、それに耳を傾けて合唱するように身体を震わした。 アイラは歌う、眠れなくて、歌う。
「こい ってなーに? かんび ってどんなの? みんな好き 可愛い妹 美しい 窓から広がる自然。……こいって なぁに?」
一晩中、アイラは歌った。歌といっても曲など聴いたことがないから、同じフレーズを多々繰り返すだけだ。同じフレーズでも毎回若干、音程が違う。だからそれは歌とはいえなかったのかもしれない、それでも。 誰かに語るように、それが次第に音色になって。緑の髪の双子の姉の歌声は、風に乗って大地を駆け抜け夜空に舞う。 後日、庭師が気づいた。 アイラの部屋付近の植物達が、異常に急成長し害虫を払い除け咲き誇っている事に。身震いし、一目散に逃げ帰ると同僚に語る。瞬時にそれは、城中に触れ回った。 『呪いの悪魔の子、ついに本性を現し始めた』と。
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