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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第77回   勝利を、我が手に
 気分は乗らないが、アーサーは宴に出席しないわけにはいかない。このような状況下でせめて戦意を上げ様という計らいだ、一応主役なのだろうからせめて顔を出さねばならなかった。アーサー的にはそれどころではなかったが、脚を進める。

「ココ! リン!」

 擦れ違う人々と軽く会釈を交し、勧められた酒を丁重に断りながら瞳を走らせた。主役の登場に皆が声をかけようと一目散に近寄ってくるのが、多少煩わしく感じられる。
 夜の空に星座は何時も同じ様に光り輝いている、ふと見上げて皮肉めいて顔を歪めたが視線を下ろした先に知り合いを見つけ、直様アーサーは大声で呼んだ。
 不意に大声で名を呼ばれ、弾かれたように振り返ったココは満面の笑みで腕を大きく振り応える。

「アーサー! ドコ行ってたのさ、あたい探しちゃったよ〜」
「レーヴァテインを見てきていた、正真正銘、あれは勇者剣だ」

 ココからおどけた声色が消え、唇を噛締めると顔色も変わる。間近で一人の人間が消滅した際を看取った人物だ、警戒して当然だった。悪魔の呪いの剣にしか見えなかったのだろう、持ち帰ったナスカには畏怖の念すら抱いた。
 沈黙したままリンが近寄ってくる、軽く頷きアーサーは手頃な椅子を三つ用意すると、二人を座らせ余っていた食事を適当に皿に取りながら語り続けた。

「あれを、ダイキに届けたい。彼が持つべきだ」
「ぼうや、なんだろ? 本当に勇者なのか?」
「若干、十二歳。正直、目を疑ったのが事実な程幼い。しかし、勇者である事に間違いはない」
「アーサーにそう言わせるくらいだ、余程秀でたぼうやなんだろうな」

 テーブルに肘を乗せて沈黙を続けるココの代わりに、リンが尋ねてきた。ハスキーボイスの彼女は常に落ち着いた声で、感情を読み取る事が難しい。勇者を軽視しているような口調にも感じられたが、そういうわけでもなさそうだった。興味があるように思えるが、信じていない感じにも思える。
 掴めない。

「いや、勇者の破片すらまだ見出せていない。恐ろしく優秀なのは、惑星クレオの勇者、アサギだ。彼女が勇者の要にして、全ての統括者、と言っても過言ではない」

 ちらりと横目でココを見つめる、まだ口を閉ざしたまま思案しているようだった。「現在は魔王に攫われているが」と、自嘲気味に付け加えたアーサーは、ようやく席につくと冷えた食事を口に運ぶ。
 何も言わず立ち上がったココが歩き出すのを目で追っていた二人は、言葉を発しない。ようやく戻ってきた彼女の手には、湯気が立つカップが三つある。暖かな茶をリンとアーサーに差し出したのだ、三人で輪を囲み語りを再会する。

「アサギ?」
「あぁ、今まで見たことがないほど、美しい少女だ。外見もだが、内面からも不思議な魅力が沸き出ている。天性の魅力だろうな、女神というか天使というかとにかく可愛い」
「……賢者様を翻弄出来るとは、なかなかやるね勇者アサギ」

 アーサーが上気した頬と興奮気味の声で語っていたので、多少の驚きと、僅かな嫌悪感とが混じった声を出したリン。勇者が美しい、というのは意外であったが、何より堅物のこの男がこうも浮き足立っている様子は見慣れない。ココも瞳を開いてアーサーを見ている。
 不謹慎ではあるのだが、リンもココもその勇者に非常に興味を示さざるを得ない。

「各国の主要都市へと、伝令が向けられた。こちら側の動きを魔物達に知られては非常に拙いが、最大にして最後の戦いになるかと思われる。戦士や傭兵達は無論、一般市民も参加するかもしれないな」

 二人を無視し、アーサーは口元を拭うと食事を終えて茶を啜っていた。

「それぞれ完璧な指揮官が必要となる、上手く纏め上げ迅速に行動出来る者が」
「残されている将は少ない、アーサー」
「しかし、ミラボー不在のこの機を逃すわけにはいかない。そして私はダイキに剣を届けなければならない」
「アーサー、万が一がある。ここを離れ、先に剣を届けては? ダイキとの関わりはアーサーしか持ち合わせていないのだから」

 リンとアーサーの会話を大人しく聴いているココ、会話には参加せずに髪を持て遊んでいる。だが聞き流しているわけではない、発言する事がないだけだ。

「それも思案したが、また勝手に一人で転移するわけにもいかない。こちらで、やるべきことを私も終わらせたいのだ。まぁ、ミラボーが戻ってくるとなると厄介だが……考えないでおこう」
「しかし、先日の奇襲も有る。あちらとて簡単には敗北しないだろう、いくら士気が上がれども綿密な計画は必要かと」

 アーサーは地図を取り出した、無論、惑星チュザーレの地図である。広げ、二人に説明を始める。

「あくまで大凡の予定だ、反応のあった都市次第では変更になる」

 蜂起した仲間達は、近場で三〜五の団体となり密集して今現在乗っ取られてしまった街や城の回収に向かう。タイミングを間違えたり、狙う配置を間違えると非常に厳しいが、同時に他地方で起こせば魔物達とて混乱するだろう。
 ゆえに、指揮官の重要性が問われてくるのだ。武者震いなのか、ココがそっと身体を抱き締めた。
 ココは、元は辺境の村出身である。決して裕福ではない自給自足の村で、男達に混じって魔物退治に明け暮れていた。が、あまりにも魔物の奇襲が増え、村の者達だけでは護りきれなくなり皆で現在いるボルジア城まで避難してきたのである。
 途中、多くの命が失われた。住み慣れた土地を捨てて、逃げるように転がり込めばこことて、安全ではなく。魔物を倒す事に存在意義を見出し、快感と興奮に溺れそうになった頃もあったが、それを克服し強者を目指す。
 村自体、足技を得意とする戦闘民族だった為ボルジア城に来てからも歓迎を受けた村人達。ココは伝統の足技を得意とし、ブーツの先端に鉄が埋め込んでいるものを毎日履いていた。かなり重いがそれを毎日履きこなし、戦闘時の跳躍も俊敏な動きも可能としていた。強靭な脚、そして女だてらに最前線で戦う度胸。
 茶色の髪を無造作に二つに束ねている、可愛らしい顔立ちをしているが瞳は狩をする肉食獣の様に鋭く冷ややかだ。
 リンは、微かに顔を顰め忌々しそうに自分の足を見つめながら軽く溜息を吐いた。金髪長身の美女だが、引き締まった身体は豪快に剣を振り回す。自身を多くは語らず、作戦会議には積極的に会話に入るがそれ以外は寡黙な女だった。素性を皆知らないが、気付けばボルジア城にて剣を振るっていた。
 彼女、実は遠方の大貴族の娘である。戦闘とは全く無縁な筈であった、屋敷の中でぬくぬくと育てられていた。しかし、ある時民衆を楯にし自分達を護っていた父親に嫌気が差し無我夢中で飛び出したのだ。手持ちはありったけの宝石と、剣のみ。世間知らずのお嬢様は何度騙され、宝石を奪われ。人買いに捕まり、身体を奪われそうになった。
 しかし運は味方した、師匠とも呼べる男に出会い、同行したのである。その際に、剣を教えて貰った。女だからと嘗められないように、と常に寡黙でどこか冷徹な雰囲気を出すようにとも教え込まれた。
 リン、十四歳。
 出合った男は三十八歳、男女の仲になるには歳が離れてはいたが淡い恋心を抱かずにはいられなかったリン。しかし、そういった関係も持たず二人は旅をした。向かっているのはボルジア城、リンは知らなかったが彼は騎士団員であったのだ。
 その途中、男は命を落とした為リンは一人、ボルジア城へ辿り着いた。見知らぬ女を城が受け入れたのは、男の手紙及び剣をリンが丁重に差し出してからである。
 あれは、魔物の奇襲であった。リンを庇い、還らぬ人となった男。初恋の、人。リンは、彼から教えられた通りに剣を振るい続けている。今では名が通る程にもなった。
 三人は冷えた空気を感じ、身体に障るから、と解散した。多くは語らなかったが、思うことは三人とも同じである。
 ”失敗は許されない”それが自分たちに課せられた使命であると。

 数日後、各地からの伝令が徐々に集まり始めた頃。

「ボルジア城第一部隊・騎士スカルノ。第二部隊・騎士ハノイ。第三部隊・賢者ナスカ。第四部隊・賢者アーサー。それぞれの弓兵隊長、槍兵隊長、重兵隊長、軽兵隊長、僧兵隊長、魔兵隊長は……」

 指揮官が四名、選出された。
 人混みの中、名を呼ばれたナスカは表情を曇らせ寂しそうに瞳を伏せる。唇を軽く噛締めた、解ってはいた事だがアーサーとは離れてしまった。承知していた、どうにも覆せない事だと知っていた、けれども。……まだ、整理がつかない。このように動揺した状況下で上手く皆に指示が出せるか不安だ、だが成功させなければアーサーの足手纏いになる。

「アーサー、生きて。生きて、帰りましょうね」

 ナスカの呟きに気付くものなど、居なかった。
 リン、ココ、セーラー、メアリの顔見知り組は全員ナスカに配置された、気の知れた仲間ながらやり易いので多少の安堵を憶える。手を振っている各々に微笑し、肩の荷を多少下ろす。

「……こんな時、ねえちゃまが居たら心強いのに」

 メアリが、ぼそりと半泣きで呟いた。まだ幼い彼女は人混みの中で埋もれている、手にしている杖はデュオマーキュリーという名の代々伝わる家宝だ。一メートル程の鉄で出来た杖で、両端にターコイズとサンゴが付属されている。比較的大きな石なので、杖自体が高価である。水属性のターコイズで魔力を高めつつ危機を回避する為に造られた。
 メアリの実家は代々高名な魔術師を出してきた名家だ、なのでメアリ本人に無論期待が課せられている。しかし、まだ彼女は破片すら見せることが出来ていなかった。というのも、周囲が気の毒に腫れ物でも触るように接しているためである。 

「ねえちゃま?」

 不思議そうにリンが首を傾げた、納得したようにセーラが声をかける。落胆しているメアリの肩に手を置き、そっと髪を撫でる。

「リンとココは知らないわね。メアリにはお姉様がいらっしゃるの。それは聡明で偉大な魔術師であられたわね、彼女が居れば心強いけれど。でも、メアリ。貴女は彼女の妹、貴女とて彼女に近づけるはずよ」
「私には……無理。まだ、水属性しか使えないし。ねえちゃまは、身内の私がいうのもなんだけど……本当に素敵で」

 涙声になったメアリを引き寄せ、そっとセーラが髪を撫でて落ち着かせる。リンが軽く首を動かした、セーラは瞳を伏せる。メアリの姉は亡くなっているのではと察した、恐らく魔物の手にかかってだろう。

「エーア・ロクシタン。優秀な魔術師です、今もこれからも。メアリ、いつ再会しても良いように勤勉に励みましょうね」
「うん……ありがとうセーラ」

 まだ幼いメアリだが、彼女は自ら志願しこの場所に居る。城からほど近い街が二人の故郷であった、姉であるエーアは近郊にも名を馳せるほどの魔術師であり、またかなりの美貌の持ち主でもあった為常に人気があった。
 烏の濡れ羽色の髪はしっとりと艶があり、首を傾げるだけで妖艶だ。メアリは、金髪だった。何度姉のような髪に憧れた事だろう、髪を弄びながら幼い頃から姉を見ていた。大人になれば、姉の様に美しく聡明になれると信じていた。
 両親はメアリが物心つく前に亡くなっていたので、エーアがメアリの母親代わりだった。メアリを護る為に、必死に努力をしていたのかもしれない。だが、それはメアリの知らない事だった。
 そんな姉の噂は無論、ボルジア城にも届き腕を買われて城へ出向いた。元々、両親不在とはいえ近郊では名高い魔術師の末裔である。目をつけられないはずがない。
 幾度かの遠征で、エーアは戻ってこなかった。
 城へ出向いてから、相応しくないのでは、と影で囁かれた非常に貧相な男と恋仲になったエーア。同じ職業だったが、能力は格段にエーアが上だ。彼と居るときはメアリが初めて見る、朗らかな表情をしていた。恋をしていたのだろう、あの常に全てを拒絶し、自分だけに甘く優しくしてくれていた姉の”結界”が解けた瞬間だ。
 そんな彼とは戦いに出向くときも常に一緒だった、そして二人同時に戻ってこなかった。
 けれども、メアリは姉が死んだなどとは認めていなかった。何処かで生きている筈だと、信じていた。全く、死んでいる気がしないのだ。
 密やかに噂されるのは姉の死だが、荒立つ心を必死に押し殺してメアリは耐えている。姉の死で本当に一人きりになった魔術師は、周囲から遠ざけられた。それがメアリには大きな負担だ、姉と違い戦えない未熟な妹には誰
も見向きもしない。
 セーラは不憫に思い、姉の様にメアリに寄り添っている。彼女の魔力を解き放つ鍵は、心の安定にあるのだろうと考え付いた。強くなりたいのに、何かが邪魔をしている。
 強くなったところで、何が産まれるわけでもないがメアリが望むのであれば手を差し伸べたい。セーラは身寄りのなかったメアリを引き取った、小さな家に今は二人で住んでいる。
 天涯孤独の幼い魔術師であるメアリは、毎晩就寝前に空に姉の安否を祈ってはいるが、セーラとて絶望的だと思っている。決して口には出さなかったが。涙を浮かべてその姿を見つめていた。 
 しかし、メアリは正しかった、エーアは生きているのだから。惑星クレオの魔界にいる、魔王ミラボーの手先として。

 アーサーは、再びレーヴァテインを訪れた。剣に誓いに来たのだ、生還することを。剣は何も発する事はない、不気味など程静まり返っている。
 今回の任務は魔王の撃破ではなかった、アーサーの立場を考慮して最も安全と思われる地域への派遣となる。そして、他の部隊から比較すると城から最も近い。
 大部隊での移動は目立つので、徐々に指揮官達は移動していくのだが、アーサーは最後だった。それまでは集まってきた一般市民達に戦闘を教えこみ、応急処置の仕方を学ばせる。やらねばならないことは、多々有る。寧ろ、そちらのほうが精神を消耗しかねなかった。
 やがて遠方の第一部隊が、精鋭部隊を引き連れて出発した。その数日後に、第二部隊が。さらに数日後にナスカ率いる第三部隊が出発し、それをアーサーは見送る。

「勝利を、我らに」

 毎日レーヴァテインに跪き、アーサーは祈りを捧げた。神にではない、自らの決意にだ。静まり返っている室内に後方から足音が聞こえてくる。徐にアーサーは瞳を開くと、唇を軽く湿らせる。

「アーサー殿、指示を」

 一礼し、兵が一人訪れていた。声が地下の一室に木霊している、剣が静かに二人を見守る。

「まずは、皆に作戦を再度頭に叩き込んでもらう。意図を理解していなければ計画など破綻だ、誰かに指示されて動くのではなく、自らの意志で活動してもらいたい。そうすれば自ずと、皆団結できるだろう」
「はっ!」
「それから、志願した一般市民には所持品の説明も。憶える事が大変なれば、紙に書き記し薬草の扱い方を徹底だ」
「ははっ!」
「見て憶えている時間など、ない。実戦に移り怪我をしない程度に組み手を繰り返そう」
「畏まりました」

 一刻も早く、任務を完了し。剣をダイキに届け、そして。

「アサギ、待っていてくださいね」

 アーサーは微笑した、そうだ、アサギを救わねばならないのだから。
 剣がぼんやりと光を放った、僅かにそれ気づいたアーサーが振り返ったが、剣は何も言わない。ただ、アーサーは励ましてくれたのだろうと、そう解釈していた。
 違う、そうではない。剣が反応したのは、アーサーの決意でも、ダイキでもない。彼が最後に呟いた人物の名前に、剣は反応した。
 が、そんなこと解る筈もなかった。


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