アーサーは一人、厳重に兵が配置された一室を訪れていた。姿を見せると気づいた兵達は畏まって一礼し、アーサーを招き入れる。扉の向こうから、奇怪な気配を感じ取ったアーサーは眉を潜めた。
「成程、異質だ」
ぼそり、と呟けばどっと肌から汗が吹き出す。安置されている一振りの剣から湧き出る魔力が、賢者であり高等な魔力を持ち得ているアーサーに圧力をかけていた。兵士達には、全くの無害らしい。
「大丈夫ですか、アーサー殿。苦しそうですが」 「あぁ、平気だ。……真っ向から勝負を挑まれているような錯覚に陥る」
まだ、扉は開いていない。扉越しにこの重圧だ、アーサーは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。 アーサーは兵士達の脇をすり抜けて、一呼吸置いてから扉を開くと剣へと足を速める。重々しい扉が、物々しい音を立てて左右に開いた。十メートルほど先に安置されている剣が、不気味に光った気がした。 同じ様にナスカもこのような重圧をかけられたのだろうか。先程、そんな話はしていなかったが。 苦笑したアーサーの知らず握り締めた手の平が、汗で滴る。剣から発せられる空気は、紛れもない挑戦状でドス黒い赤色に光を放っている気がした。
「何をそこまで威嚇する? 」
間近に迫れば、空気が電気を帯びアーサーのマントを揺らしながら爆ぜる様に肌を刺激していた。 ナスカと、自分。魔力は同等、ならば違いは何か。性別、ではあるまい。 無意識の内に愛用の杖を握り締めたアーサーは、思わず構えを取っていた。 目の前の剣、一本が。強大に膨れ上がった、邪悪な魔物に見えてくる。よくもまぁ、ナスカはこれを持ち帰ったものだ。 しかしふと、思いついたことが。
「ダイキか!」
弾かれたように叫んだ、ナスカになくて、アーサーにあるもの。アーサーに微かに残っているかもしれないダイキの気配を感じ取り、急かすように剣は……所有者を求めているのだろうか。 後方で狼狽している兵士達を尻目に、アーサーは口元に笑みを浮かべる。
「勇者ダイキに会いたい、と?」
剣に声をかけた。一瞬、剣が眩く輝いた気がしたアーサーは直感する。紛れもなくこれはレーヴァテイン、勇者の剣。
「暫し、待ってくれ。……こちらを片付ける。必ず、私がダイキの許へと届けるから」
剣に約束をした、満足そうに剣は威圧感を放つことを静止し、沈黙に入る。それまで部屋に充満していた重苦しい空気が、瞬時に掻き消えた。 何時の間にかアーサーの汗も、引いている。一刻も早く、この剣をダイキの許へと連れて行かねば。意志を持っているような、この目の前の剣。末恐ろしい剣である。
「彼に……ダイキに扱えますかね?」
捨て台詞を吐くようにアーサーは呟いた、が瞳は微笑んでいる。 扱える、だろう。 アーサーには見えた、この剣を背に掲げて勇ましく立っているダイキの姿が。勇者は、成長しているだろう。この機にも自覚し、己を高めているだろう。遅れを取るわけにはいかない、軍事会議を一刻も早く開くべきだ。 アーサーの身体が小刻みに震える、恐怖と興奮の入り混じった感情が渦巻く。呼ばれるようにアーサーの許へと辿り着いたレーヴァテイン、全ては勇者ダイキへと巡り合う為、なのだろうか。 人すらも、剣すらも、全てが何かの路を進んでいるようだった。 「絡まっていた運命の糸が、ほどけていくような感覚です」
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