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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第75回   賢者の恋煩い
 揺らめく蝋燭の火、時折炎が勢いを増し、ジジッと音を立てながら燃えている。その炎が賢者アーサーを照らしていた。顔立ちが整っていることもあり、思案している横顔は確かに真面目で禁欲的な雰囲気である。冗談の通じない、お堅い賢者……と言われれば納得も出来る。
 惑星クレオでのアーサーとはまるで別人のようだが、こちらが素なのかも知れない。

「わっ!」
「うわっ」

 陽気な声と、背中に何かが当たる感触。思わず悲鳴に近い声を上げたアーサーは、血相変えて振り返る。

「ぷっ! やだ、そんなに驚かないでよ。乙女心は傷つき易いのよ? お分かりかしらアーサー君」
「なんだ、ナスカか。寿命が縮まった、図書館では静かに」

 怪訝に眉を顰めて一言文句を告げる、微笑しながら隣の席に座ったナスカはお構いなしだ。ちなみに、ナスカはアーサーと同じ歳である。誕生日が離れているので、約一年といっても過言ではない差はあるが。容姿が大人び、ゆったりとした風貌から年上に見られてしまうがまだ若い。
 アーサーは静かに立ち上がると、不要と感じた本を何冊か手にし本棚へと向かう。その後ろをナスカが大人しくついてきた、興味津々でアーサーの行動をじっと見つめている。
 城お抱えの宮廷魔導師である両親のもとで、ナスカは産まれた。賢者の称号を得ても不思議ではない父親は、厳しく優しく一人娘を躾けてきた。見るからに凡人ではない雰囲気、同年代の女性からは嫌悪されがちの才色兼備な雰囲気を醸し出すナスカ。男から見ればお高い美人、噂はするが決して近寄れない高嶺の美女的立場だった。
 反してアーサーは家系的には本来騎士である、が反対を押し切ってこちら側へと進んだ。今でも父親からは小言を言われているが、選択した道は間違いではなかったとアーサーは家に戻ると痛感する。有能な騎士である兄と、その弟の賢者……家名は更に勢いを増すだろう。世間体的には良い事だと思うが、未だに父はどうにも納得してくれなかった。剣に頼って生きてきたので、魔力へと身を投じたアーサーが許せないのだろうという事も薄々アーサーにも解るが、今はそんなことを言っている時代ではない。
 しかしアーサー自身、幼き頃は剣を習っていた為そこそこならば剣も操る事が出来る。
 アーサーとナスカ、貴重な賢者。幼き頃より家も近く親しかった者同士、無論婚姻の話とて浮上している。
 だが、アーサーにはナスカは妹か姉、親しい友人程度にしか見えなかった。

「ねぇ、何を探しているの? 私はアーサーがここに居ると小母様から聞いて、足を運んでみたのだけれど。こんな場所に私達の利益になるような本、残されていないわ」
「そうだろうか。……禁呪レベルの本を探している、賢い本は所有者を選び、導くものだよナスカ」

 行き詰っているけれど、と付け加え図書館の奥へと消えていく。太陽の光が差し込まない場所、ツン、と黴臭さが鼻につく。
 蝋燭を掲げながら、軽く瞳を細めて神経を集中させたアーサーの横顔を、じっと見つめるナスカ。ほんのり顔が赤らんだことに、アーサーは気づかない。

「私に出来る事はある? 役に立ちたいの」

 思わずナスカは口に出した、はっとして慌てて口を塞ぐが遅い。ゆっくりとアーサーは振り返り不思議そうに首を縦に振る、身動ぎしているナスカに手を差し伸べた。

「一緒に、探してもらえるかな?」

 埃を払い、抜き取った本を数冊ナスカへ手渡したアーサーは自分も何冊か手に取ると狭い通路に腰を下ろした。思わず埃に咳き込み、遠慮がちに受け取るとナスカも隣に座り込む。
 そっと、動いてアーサーへと近寄った。肩が触れる程度に、近く。微かに触れるその部分が妙に愛しく、嬉しそうにナスカは微笑する。
 本をめくる音と、蝋燭の火が燃える音。
 そんな中で二人は黙々と作業に入るのだが……痺れを切らしたのはナスカだった。高鳴る胸、こんな薄暗い中で好きな男と二人きり……誰も居ない、二人だけの空間。不謹慎だが、再会出来るとは思っていなかったナスカにとってアーサーの存在は今、特別である。
 仄かな恋心を確かに抱いていた、だがこんな悲惨な状況下では愛も何もない。我慢していたが、昨日会って感情が昂ぶった。胸がはちきれそうだった、冷静を装っていたが、今ならば人の目を気にしない。
 賢者という称号以前に、ナスカは女だ。年頃の娘だった。

「聞いて、アーサー」
「何を?」

 命令調のナスカの言葉に、怪訝にアーサーは顔を上げる。アーサーにとっては有余がなく、無駄な会話は省きたい。邪魔をされれば当然だ、それならば一人で淡々と作業をしたほうが効率が良いというもの。思うように進んでいない為、多少気が立っているアーサーは、口調が普段よりもきつくなっている。
 鋭く冷たい声に身体を引き攣らせたナスカだったが、左手を硬く握り締めた。

「あのね、多方面へ伝令が向けられたの。転移装置で迎える場所へは数人で向かって、戦いへ向けて兵を集めるのよ。これが多分最後の足掻き。一斉蜂起、慎重に進めないといけないわね。次はもう、本当にないだろうから」

 言葉を飲み込み、ナスカは続ける。それくらいの作戦であるならば、アーサーとて知っている。
 だからこうして本を手にしているのだ、勢いに後押しされ幸運が重なった事もあり。世界中で一斉に総攻撃をかける、という半ば破れかぶれの作戦だ。
 全てを今回の攻撃に託した、捨て身の戦いである。背水の陣だ。

「勝たなければ、ならないわ。戦いに出向くものが死しても勝利を掴み取らなければ、ならない。生き残った人々が、次へ続けていけるように」
「そうだね」

 だが、アーサーは。
 惑星クレオへ戻らねばならない、この星で行き途絶えるわけには行かない。アサギが連れ去られたままだ、救出に向かわねばならないと自身で言い聞かせている。惑星クレオはともかくとして”アサギ”個人を助けたかった。
 視線を合わせてくれないアーサーに、次から次へと話題を変えて気を引くことにしたナスカは、途切れる間もなく会話を繰り出す。賢者とて、色恋事は苦手だ。

「あ、そうだ……。プロセインの地下で勇者の武器と思われる剣を入手したの、後で確認してくれない?」
「なんだって? あぁそういえば、昨日」

 そういえばそう言っていた、本当にそれが勇者の武器ならばダイキ専用、ということになる。それも勿論届けなければならないだろうから、アーサーは死ぬわけにはいかない。
 どうすべきか、早速届けに行くのが良いのだろうかと、軽くアーサーは思案する。だが、その剣は普通のものではない。

「布に、包まれているわ。……一人、死んでしまったの」
「どういうこと?」

 低音のナスカの声に、怪訝にアーサーは顔を上げる。ようやく、視線が合った。ナスカは多少口元に笑みを浮かべると、若干声を上ずらせて語りだす。自分以外の話でも、こうして見つめてもらえることが嬉しかった。
 首を横に振りつつ大きな溜息を吐くと、ナスカは膝に顔を埋め、くぐもった声で応える。

「厳重な宝箱に仕舞われて、一振りの剣が見つかったわ。観るだけでも神秘的な輝きを放ち、尋常ではない力を秘めていると解るの。一人の騎士がそれに手を触れた、すると……一瞬のうちに炎に包まれて騎士は炎上。救出する間もなく、息絶えてしまった。でも、不思議な事に直に触れないのであれば、平気なの。だから持ち帰ったわ、城内に保管されている」
「正統な勇者以外、触れることを赦さない……ということだろう」

 もし、本当に勇者の剣であるのならば、だが。ただの、呪いの剣かもしれない。可能性は五分五分だ。

「レーヴァテイン、か」

 アーサーが呟いたのは、惑星チュザーレの勇者の剣の名前だ。古書で読んだ事がある、確か図解付だった筈だと本の位置を思い出す為眉間に皺を寄せる。

「片手長剣。災いを引き起こす剣だが、正統な持ち主が扱えば絶大な力を誇る、と」
「えぇ、神殿プロセインにて厳重に保管されていた、となると確かに辻褄は合うから本物の可能性が高いわね。布で巻いて持ち上げるときは、流石に私も冷汗ものだったけれど」

 ナスカが持ち帰ったらしい、度胸が有る。人一人が抹消された後で、どれだけの勇気を持ってしてナスカは剣に触れたのだろうか。周囲が固唾を飲み込み見ていた光景が、いとも簡単に想像出来た。
 右手の親指の爪を噛み、アーサーは気だるそうに立ち上がると本を戻す。

「先にそちらを観に行く、禁呪探しは後回しだ」
「私も一緒に行くわ!」

 同じ様に立ち上がったナスカに、不思議そうにアーサーは視線を投げかける。

「場所さえ教えてもらえれば、一人で行ける。貴重な時間だ、ナスカは別の事を」
「いいじゃない、それくらい」

 本を片付けて微笑するナスカ、軽い溜息と共にアーサーは踵を返した。二人、無言で図書室を歩く。
 不意に。

「……ねぇ、アーサー?」

 ナスカが、思いつめたような声で背後から声をかけた。静かに足を止め、振り返ったアーサーを、ランプの光が照らす。思わず息を飲み込んだナスカは、仄かに頬を染め。

「そ、その、先程の新しい魔法の事……なんだけれど……私じゃ……ダメかしら?」
「は?」

 深呼吸し、控え目にナスカはそう告げた。静まり返っている図書室だからこそ聞き取れたが、本当に弱々しいものだった。
 アーサーの唇から出たのは、すっとんきょうな声。
 何とも間の抜けたアーサーの声に、ナスカの心は軽く苛立った、そして自分が情けなくて惨めにも思えた。確かに意味不明な単語であったかもしれない、だがナスカにとっては精一杯だったのだ。それこそ、妙な魔剣を持ち上げるよりも大きな勇気を持ってして、発言したのだ。
 薄闇の図書室、対戦を前に控えて不謹慎かもしれないが、いやだからこそナスカは。

「意味が解らない、説明してくれ」

 怪訝に訊いて来たアーサーは、近寄るどころか立ち尽くしたままだ。色恋沙汰は確かに鈍そうだが、こうして自分がうっすらと頬を染めて震える声で告げた精一杯の言葉を、全くアーサーが理解できていないというのが、本当にナスカにとっては悲痛だ。
 軽く肩を落とし気を入れ直す為に、大きく深呼吸すると胸に手をそっと置く。解らなくもない、そうなのだ、アーサーは自分にとって”恋愛対象”にはならないから……気付かない。直接言葉をぶつけなければ、理解してもらえない。言葉に隠された意味など、気付いてもらえる筈がない。一息ついてから、ナスカは”賢者らしく”訂正した。

「二人の術を合わせてはいけない? あなたは火炎、私は風。そう、この間の様に。タイミングの練習さえすれば良いと思わない? 空いた時間で、他の魔導士達の面倒をみて……」
「だがそれは、二人が常に共にいなければいけないのだろう? それでは、使い物にならない。私とナスカ、指揮官になるであろう状況で流石にそれは無謀だ」

 つまりは、そういうことなのだが。ナスカは唇を噛締めた、全く伝わらない。
 一緒にいたい、と。常に共にいたい、と。そう言いたいのだが、微塵もアーサーには伝わっていなかった。
 呆れ返って眉を顰めると、アーサーは踵を返す。去っていく背中を見て焦燥感に駆られたナスカは、思わず声を張り上げていた。

「一緒に、居れば良いのよ。私たちの他にも指揮官が立派に務まる人はいるわ、合成魔法の必要性を理解して貰えれば許可が必ず降りるから」
「無理だ、絶対に。そのようなことは、断じて許可できない! ……頭を冷やしてくれ、ナスカ。君はそこまで単純で愚かだったか? 二人揃って相応の効果が出るだろうか?」

 アーサーの鋭い声が、室内に響き渡った。振り返り、本棚を拳で叩いた為に埃が舞う、黴が鼻につく。暗転する空気、ナスカは思わず身体を震わせてそれでもアーサーを見つめる。
 こんな時に冗談はよせ、と目が訴えているがナスカとて必死だ、冗談ではない。生真面目なナスカ、無論恋愛など経験がなかった。そんな暇すら与えて貰えなかった、興味もなかった。自分の気持ちに気付いたのはアーサーと離れてからだ、プロセインへ派遣されたあの時からだ。
 派遣され、指揮官を任命され誇らしく思い、意気揚々と城を出た。残していくアーサーに不敵に笑って手を振った、自信有り気に勝気に気丈に振舞った。だが、離れて暫くして急に胸に穴が空いたように不安になった。常に隣に居た存在がいないというだけで、こうも不安に押し潰されそうになる自分に、引き攣った笑みを浮かべた。自分は賢者だと言い聞かせた、だが、思えば思うほどアーサーが恋しい。
 アーサーに会いたくて必死にもがいた、数人の命を任されている身でありながら考えていたことはアーサーだった。
 だが、死に物狂いで帰還すれば、当の本人は勇者を探しに出向いた、と。
 それからは懸命にアーサーの無事を毎晩天に祈った、また会える様に願をかけた。ようやく、再会出来たが……上手く気持ちが伝えられない。
 恋愛事を話せる友人などいないので、勝手が解らないのだ。相談も出来ない、無論プライドが邪魔して語ることなど相手がいても出来ないだろう。賢者と呼ばれても、こちらはからきし、である。
 アーサーが苛立ち、鬱陶しがっているのは一目瞭然だった。

「今のナスカとは会話する気になれない……。レーヴァテインは私一人で観に行く」

 きつく言い放つと、睨みつける。蛇に睨まれた蛙の様に、びくり、と硬直したナスカ。去っていくアーサーの、揺れる髪を見ていた。
 もし、世界が平和だったのなら。望むように、のんびりと共に過ごせただろうか。

「一緒に……居れば良いと思うのに」

 ナスカの手にしている蝋燭は、残り少なく。前進するアーサーを暗闇が包み込んでいった、呆然とその姿を見つめた。まるで、何かが全てを飲み込んで抹消してしまうようだった。
 信頼を失ってしまっただろうと、ナスカは自嘲気味に軽く笑う。

「もし、もし。帰ってこられなかった。……。もう、会えないのよ? 私はそれが酷く怖いの……。だから、一緒に」

 唇を不自然に歪め、瞳から零れ落ちる涙をマントの端で拭いながら歩き出した。恋心に気付けば、恐怖が押し寄せた。
 共に死ねるのなら、どれだけ素敵なことか。だが、身を案じて離れ離れで戦うのは……嫌だった。護れる位置に、居たい。存在を傍らに感じれば、余計に勇気が、力が湧く気がした。

「泣いてはいけないわ、私」

 我儘だ、とナスカは思う。悪いのは自分なのだと、解っている。アーサーの態度は確かに冷たい、だが当然だろう。
 自分は、賢者だ。アーサーも賢者だ、貴重な二人なのだ。国にとって、民にとって、世界にとって重要な二人なのだ。

「一体、私はアーサーになんと言ってもらいたかったの?」

 消沈して呟く、困惑させ、憤怒させただけだった。誰も、なんの得にもなっていない。

『離れていても、互いを想い合おう』

 とは、到底言ってもらえる筈もなく。

「私、結構我儘だったのね」

 ぽつりと、声を零す。不安だった、恐怖に怯えて一人寂しく戦闘中も嘆いていた。自分の支えはアーサーへの想い、また会えるという希望。恋愛感情が全くないアーサーだが、せめて、友人としてでもよいから。
 何か、何か言葉が欲しかった。
 前髪をかき上げナスカは、悔しそうに右腕で涙を拭う。情けない、こんなに心乱れ惨めな思いをするのは初めてだった。暫しその場で泣いていたが、泣いていても仕方なく。涙が止まった頃、人目を避けナスカは帰宅する。
 ベッドに倒れこみ、そのまま眠りについていた。敗れた恋心の治し方など、本には載っていなかった。

 その晩質素ながらも宴を開く事になったのは、アーサーの帰還も含めつつ今後の活性に向けてだ。
 城の中庭にて少しのワインに野菜が主のスープ、薄く切ったベーコンをパンに挟み皆で食べる。夜空が星の瞬きを美しく際立たせている頃、食事会を終えここに残ったのは数人。
 隊長クラスの顔見知りだった、指揮官として任されている人物達である。その中には武術家ココ、剣士リンの姿があった。ナスカは欠席していた。

「どう? 身体の調子は?」

 花壇の縁に座り込んでいたココが、歩いてきたリンに声をかける。苦笑いでリンはゆっくり視線を送ると、肩を竦め自嘲気味に「まぁ、適度に」と呟いた。

「今はただ、完治に向けて」

 歩いていた、ということは以前より回復はしている。しかし極端に顔色が悪い。無理してベッドから這い出て来たのだろうと推測し、ココが今度は肩を竦める。星のひとつを見つめながら、リンは切なそうに瞬きを繰り返している。
 もどかしい気持ちは痛いほど解るが、なんと声をかけてよいのかココには分からなかった。深い溜息を一つ吐きながら困惑気味に笑い、周囲に視線を送る。友人を探してみたのだが、先程から見つからなかった。
 ココは花壇から飛び降りて大袈裟に首を振る、誰かいないか物色するがすぐに諦めて唇を尖らせた。

「おっかしいなぁー、セーラもアーサーもナスカもいない。メアリは早々に帰宅したろうけど、さ。折角久々に会話を愉しもうと思ったのに」

 腕組みしつつ、不貞腐れてそっぽを向くと再び花壇に腰掛ける。こうして夜空を見上げていると、大戦中だという事を忘れそうになった。
 何事もなければ、こんなにも平穏なのに。ぼそり、と言葉を漏らす。
 宇宙は、広大で今いる自分など、あの中に紛れてしまえば重要なものではないように思えた。


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