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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第73回   帰還は心を洗い流す
 時間軸は勇者アサギが魔王ハイに攫われ、賢者アーサーが故郷の惑星へ移動した直後へと遡る。
 惑星チュザーレ、ボルジア城。学者や神官が集まっている城の一角にて、驚きの声が上がった。

「アーサー!? どうであったのだ!?」
「おぉ、よくぞご無事で!」
「勇者殿は!? お会いできたのでしょうな!?」

 アーサーは突如として、近隣の戦果報告を話していたその者達の前に姿を現した。転送陣がその室内にあったのだから仕方がない。
 惑星間の転移魔法は身体に当然大きな負担がかかる、近くの報告書がまとめて置かれていた棚によろめきながら力なくもたれかかった。転移魔法は成功した、荒い呼吸ながらも薄く口元に笑みを浮かべる。自信はあったが、歓ばざるを得ない。額に吹き出る汗を拭うことなく、震えている足元を見つめる。汗が、地面に一つ、また一つと染みを作った。
 が、そんな状態でもお構いなしに皆は口々に質問してくる。何があったのか知りたい気持ちは分かるが、この状態では苦笑いをするのが限界だった。
 強度な精神、及び魔力を要する転移魔法。今回行ったのは”惑星間の移動”だ。簡単に出来るわけがない、途方もない負担が本人にはかかる。
 惑星クレオから、惑星チュザーレへの転移。
 ”賢者”と呼ばれているアーサーは、無論並外れた精神力の持ち主で、だからこそ簡単に一行の前から姿を消し、こうして自分の惑星へと戻ったわけだが……。
 常人では計り知れない負担が、身体をとりわけ脳に圧し掛かる。吐き気に、眩暈、頭痛、下手をすれば発狂してしまうこともなくはない。成功したものの、アーサーは口元を押さえる。胃の中のものが逆流してきた。
 設備の整った場所からならば比較的転移は簡単だ、他にも祈りを捧げ、補助にまわる魔術師達がいるならば軽減できる。だが、今回は簡易な魔方陣からのたった一人での転移であり、協力者がいなかった。
 ライアン達一行にはいい加減な行動に見えても仕方がなかったのだが、アーサーにとっては生死をかけた賭けでもあった。未熟な者が行えば、時空の歪に入ったまま出てこられない。
 自分の行き先を念じ、それだけを全身で感じながら魔力を放出し決死の覚悟で挑むからこそ成功し得る。失敗したらば自分の命は愚か、惑星の運命すらも消え去る予定だった。
 どうにか持ちこたえていたアーサーだが、急に目の前が真っ暗になり意識を手放す。皆の目の前で、アーサーは青白い顔をしたまま倒れこんだ。
 どよめきが部屋から溢れ出る、救護の者が駆けつけ皆でアーサーを支えながら医務室へと急行した。ベッドに横たえさせると、直様薬湯の調合が始まった。
 どうにか意識も回復し、皆を安心させようと懸命に微笑するアーサーだが顔色は誰が見ても悪い。それに顔のパーツが痙攣を起こしていた。「暫し休息を」と半ば強引に眠らされたアーサーは、有り難く頷くと素直に瞳を閉じる。
 アーサーが帰還した事は、伏せっている間に城中に知れ渡っていた。丸一日眠り続け、目覚めた時には部屋に顔見知りが来ていた。そう仲は良くない同僚だが、それでも安堵する。
 軽い眩暈と頭痛に顔を歪めたが、用意されていた薬湯を飲み、数分後多少は慣れた身体に一息する。だが、休息している場合ではなかった。
 ベッドから起き上がると、早々に国王への謁見を申し込む。早速、一刻も早く、この目で見たことを伝えねばならない。

 惑星チュザーレ、ボルジア城。チュザーレの北半球に位置しており、暑い国で、一年中夏ではないか……と思わせるような気温であるがそうではない。郊外へと足を進めると、心地良い季節感に包まれている。
 一年は”雨季””暑季””寒季”のほぼ三つに分かれる、地球の日本でいう過ごし易い春及び秋が抜けていた。しかしながら、移り行く時の流れに花々は可憐で瑞々しく、その季節折々の風や光に応える色合いを出す。実る豊かな果実は伸びやかに育ち、人々は全ての森羅万象に感謝した。
 太陽に、雨に、風に……自然に絶大な恩恵を捧げる。とりわけ自分たちを支えてくれている大地には、豊穣の祈りを毎年捧げて過ごしてきた。
 それらを司る女神こそ、惑星チュザーレの皆が信仰しているエアリーである。
 ところが、ミラボーなる魔王が現われてから人々はそれすらままならない状態である。無論、代々伝わってきている通りに祈りを捧げるものも少なくはないのだが、確実に減少傾向だった。幾つかの街や村は、魔物の襲撃に対応する術を持たず、滅亡へと追い込まれた。
 今や大都市に人々は集結し、必死に騎士を始めとし腕に少しでも自信のある者達が懸命に防衛している現状だ。街から一歩出るにも一苦労、遠く離れた漁業や森に行こうものなら命がけである。

『熱気を含みし母なる大地に 来たれ恵みの雨よ
 天からの命の水よ 麗しの花達が歓喜の色と香りで迎えるから
 こちらへおいで 
 その恩恵を浴び、果実香しくたわわに実れ 
 命を繋ぐ物語は天からの雨で始まり 全ては大地で終わる』

 盛夏にはこのような詩が各地で歌われ、皆で舞を捧げていたのだが今ではその祭り事が消えかけていた。歌う者といえばまだ魔物の恐怖を知らない、遊びたい子供達だ。子供から子供へと代々受け継がれ、広場に集合し大人達の忘れてしまった詩を歌う。
 そして、願うのだ”精霊神エアリー”様に。
 街の外に出て遊べないのならば、街の中で場所を探し、笑っていたい。毎日怯え、疲労の顔色を浮かべている大人達に子供達は嫌気がさしていた。
 子供らの天使のような歌声に、幾人かの大人達は耳を傾ける。だが、耳を貸していられないほど状況は深刻だった。
 この惑星の人々が太古より祈りを捧げてきたもの……精霊神エアリー。 
 崇拝している者も確かに存在するのだが、神に頼ったところで現状は良くならず。次第に人々は崇拝を忘れていった。
 神は、何もしてはくれない。信用を失いつつある、精霊神エアリー。
 埃を被ったタペストリーが、何処かの家に。罅割れた銅像が、何処かの家に。物悲しく、置き去りになっていた。

 国王との謁見が、終了した。
 勇者に確かに出会ったこと、勇者は六人存在しているということ、全員惑星クレオにいるということ、最も絶大な能力を誇ると思われる惑星クレオの美しい勇者が魔王に拉致されたということ、そして魔王ミラボーが現在惑星クレオに移動しているということ。
 手短にアーサーは語る、一言一言に皆何とも言えぬ声を発していた。
 勇者が存在し、合流出来たことは非常に良い事だが魔王に拉致とは。絶望的なのではないのか、と皆の表情に陰りが落ちる。
 数時間経過し、ようやく解放されたアーサーの耳に突如激しい雨の音が届いてきた。外を見れば鉛色の雲が空を埋め尽くしている、大地を叩きつけるかのように激しく雨が降り注いでいた。

「雨ですか。こういう時に限ってあいつらは襲ってきますしね」

 独り言を漏らす、愛用の杖を右手で握り締めるとアーサーは歩幅を大きく歩き出した。城の上層部へと階段を上りながら、首を鳴らす。
 屋上に出れば、魔導士に僧侶、弓兵などがすでに待機している。

「大丈夫ですか、アーサー殿! 心強いですがお身体は」
「問題ないです、気にしないで下さい」
「はっ!」

 数人が安堵した表情で駆け寄ってきた、一人一人に声をかけ、アーサーは進む。敵の襲来が近いことを予感したアーサーは、唇を噛締めると煩すぎる雨音に眉を顰める。
 だが、次の瞬間唖然と一人の名を呼んだ。その美しい髪を瞳に入れた瞬間に。

「ナスカ……? ナスカなのか!?」

 それは、叫び声に近かった。
 振り返った少女は、ゆっくりと笑みを浮かべながら雨に濡れた髪を弄りつつ微笑する。

「そんな狐につままれたような顔をしないで。私は死んだりしない、約束したでしょうアーサーと」

 雲一つない青空を連想させる雄大な水色の髪は緩やかなウェーブを描き、濃い青の瞳は深い水底を連想させる。
 ナスカ=スチュアート。
 神殿プロセインを守護する為に派遣された一人で、アーサーの幼馴染であり、同じく賢者の称号を得ている少女だ。アーサーが驚くのも無理はない、全滅したと聞かされていたからである。
 上手く言葉が出てこないアーサーに、柔らかな笑みを浮かべてナスカは立っていた。

「世評を気にするなんて、貴方らしくないわね? だけど、その話は後になりそうだわ」

 ナスカの微笑が急に強張る、瞳に戦意を宿す。と、同時にアーサーも既に杖を掲げ詠唱に入っていた。
 誰かの一声に反応するように、鋭く下卑た叫び声を上げながら頭上から魔物が襲い掛かってくる。 
 美しい半裸の少女、しかし下半身は鳥。肉を抉り取る鋭い爪に、背にはドブ色の羽、空の部隊ハーピーだ。
 クレオにて、アリナやトビィが遭遇したセイレーンに似てはいるが、こちらは声が美しくない。人間の少女のなれの果てだとも、邪悪な魔法による合成生物だとも言われるが真相は不明だった。
 そして、それを指揮しているのはドラゴンに乗った魔導士らしい。
 戦闘開始である、二人の賢者は互いに得意の呪文を放った。 久し振りの再会で、こんな状況下でも不敵な笑みを浮かべて張り合うように二人の賢者は笑う。


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