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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第70回   退屈凌ぎに、弄ぶ
 魔王の庭にて、勇者と三人の魔王、及びその信頼を受けている魔族四人が楽しく談話しつつ、食事をしていたその頃。
 七月上旬の月は、雲一つない空にぽっかりと浮かび、淡い光を放っていた。海に、森に、その光を惜しみなく降り注ぎながら、静かに神々しく浮かんでいる。

「つまんない……」

 その月の光が零れ落ちている魔界の森で、マビルは小さく心底つまらなそうに呟いた。
 足元には、死んでいる魔族の男。
 まだ若い男だ、四肢を切断されて絶命していた。整った顔立ちだったのだろうが、恐怖と激痛で顔は歪み、凝視しがたい表情である。
 マビルはその死体を火炎の魔法で焼却しながら、足元の石を何処へともなく蹴り上げる。

「つまんない……。そして、なんかムカツク」

 歯軋り。歯が欠けてしまいそうなほど、力強く歯を噛み付ける。胸に粘着ある汚泥が絡みついたようで気分が悪い、胸のうちから込み上げる、この苛立ちをどう表現したらよいのだろう。

「勇者、ムカつく……気がする」

 マビルは、再び石を蹴り上げた。石は空中で粉砕される。パラパラと散りゆく砕けた石を見つつ、遠くの月を仰ぐ。
 髪を風に靡かせて、マビルは流れる様に宙を移動した。森に何かしらの気配を感じたので退屈しのぎに、出向く。
 普段は自ら動かない、獲物が来るまでその場にいる。自分から動く事など体力と時間の無駄で、馬鹿らしい事だと思っていた。
 森の端に、赤い髪の少年が立っていた。迷子なのだろうがなかなかの顔立ちである、マビルは軽やかに地面に降り立つとそっと右腕を伸ばす。
 迷子、というよりもマビルが誘き寄せた、と言ったほうが良いかもしれない。蜘蛛の巣にかかった虫だということだ、本来ならば結界が張ってあるので入り込めない筈だ。
 突如現れた美少女マビルに呆気に取られていた少年だが、誘惑の香りには逆らう事など出来なかった。
 小さく舌を出して、艶かしく唇を嘗めるマビルから淫靡な香りが漂う。色香にあてられて、少年はふらふらと近づいていった。「よかった、あたし好みな男の子!」小さく零したマビルは、嬉しそうに微笑む。

「あたし、マビル。よろしくね。今、とっても暇なんだけどぉ、あなたはぁ、あたしと遊んで楽しませてくれるぅ?」

 とりあえず、退屈凌ぎにはなりそうだった。少年は全速力で頷いていた、従うしかない。

「マビル、君は今まで見た誰よりも美しい!」
「そぉ? ありがとー」

 跪いて、足の爪先に口付けの雨を降らし始めた少年。十五歳くらいだろう、よく見ると顔立ちはまだ幼い。マビルは全裸で、自分に平伏している少年を満足そうに見下ろしている。
 数分し地面には脱ぎ散らかした二人の衣服が転がっている、マビルの身体には無数の赤いキスマークが多々ついていた。二人は直様、秘め事を始めていた。既に情事の後だ。

「あなたもー、えっち、上手いね。うん、気に入った! 顔も綺麗だし、綺麗な宝石くれたし。次は可愛いお洋服頂戴ね」
「勿論、マビルが望むなら! 例え火の中水の中。君の愛があればドコヘだっていけるよ」
「わーい、ありがとう。マビル、嬉しいー」

 手の中にある指輪を空へと掲げる、少年が肌身離さず持っていた親から譲り受けた物だ。非常に精巧な作りだったのでマビルが興味を持った、だから少年はいとも容易くあげてしまった。大きな瞳を輝かせて、小首傾げて「それ、ちょーだい」と言われて何度も頷いてしまった。
 本来ならば、絶対に有り得ない。代々伝わる由緒正しい指輪だ、間違っても他人の手に渡す事などなかった。 
 とん、と地面を蹴って近くの泉に入るマビル。艶やかな黒髪に、水滴がしたたり、更にます妖艶な香りを醸し出す。
 魔族の少年は慌てて立ち上がると夢中で追いかけ、泉に入る。笑いながらマビルを抱き締め、唇を貪り、胸を弄り。

「愛してるよ、マビル」
「うん、ありがとう」
「永遠に、愛しているよ。君の愛があれば、死なないよ」
「ホント?」

 狂おしそうに熱した声を出し、懸命にマビルを抱き締めている少年にマビルは無邪気に笑った。胸に舌を這わせていた少年の頭を抱き締めたかと思えば、マビルはそのまま一気に水中へと少年の顔を押し込める。

「ぐげばべぇあ!」

 無数の泡が、下から。豪快な音を立てて暴れる少年を、マビルは愉快そうに押付けたまま、無邪気に笑っている。
 数分後。
 静まり返った、泉。マビルは舌打ちし、少年の頭から手を離す。
 ゆっくりと、少年の身体が上下に揺れた。水に漂っている、無論身体は動かない。

「……死んでるじゃん、嘘つき。あたしの愛が足りなかったのかしら?」

 溺死だ、水中で少年は呼吸など出来るわけがなかった。水に浮かぶ、揺れる赤い少年の髪は妙に美しい。
 が、つまらなそうにマビルは小さく欠伸をする。玩具は、なくなってしまった。また、退屈な時間が訪れる。

「誰が死体の処理すると思ってるの? 死ぬなら全部あたしの目の前から消滅させてよね、面倒なんだから」

 忌々しそうにマビルは少年に唾を吐き捨てると、それでも泉から引き摺り上げる。頭を思い切り踏み潰し、小さく火炎の呪文を唱えて放った。水中に放置しておいたら腐敗して、異臭を放つことくらいマビルとて理解している。そんなものを見る前に、焼却しておいたほうが楽だ。

「男なんて、馬鹿ばっかりー。でも、しまったな、お洋服持ってきてもらえばよかったかな」

 全裸で地面に転がると、瞳を閉じた。

「苛々する……落ち着かない……。これもあれもそれも、おねーちゃんが来てから!」

 唇を、噛締めた。見たことがない姉に、無性に腹がたつ。何故こうも苛立つのだろう。それは恐怖心でもあるような気がしていたが、マビルは口には出さなかった。弱々しい、自分の足元にも及ばない姉の気配に何を躊躇うというのだろう。
 しかし歯痒くて、もどかしい感情が自分を支配する。
 誰かが耳元で囁くのだ『このままでは、お前の全てが姉に持っていかれるよ』と。
 月影の晩に。
 燃え盛る死体の隣で、マビルは眠れずに瞳を閉じる。夜は、嫌いだ。一人を実感するから、嫌いだ。
 寝付けずに立ち上がったマビルは、家を目指した。無理やり酒を呑み、ベッドに入って眠る。酔いが回り、なんとか寝付けそうだった。一人きりの、静かな家。誰もいない、孤独な家。慣れているが、非常に物悲しい。

 ……夢を、観た。
 茶色い髪の見知らぬ男が、自分を見て微笑んでいる。何をするでもなく、見ている。思わず手を伸ばしかけたが、やめておいた。だが、その男は穏やかに微笑んだまま常に隣に居た。

 翌朝、マビルは。
 大粒の涙を零し、泣いていた。枕が濡れていた、恥じて慌てて顔をこする。何故、泣いたのか解らない。けれども、切なくて苦しくて、確かに涙を流していた。止まらない涙はマビルの手に垂れる、不思議そうに見つめる。


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