光の中は心地良くて、穏やかな波に揺られているような、夢心地でいられた。真っ白なその中で、幼い勇者達は呆然と佇んでいた。 気がつけば、そこはすでに異世界だったのだ。 何時の間にこちらへ来たのだろう、見上げれば純白の天井、見渡せば純白の壁、全てが”純白”。真珠の輝きの様に品の良い煌びやかさがある。 床だけが、靴の裏についた土で汚された。歩くのが申し訳ないような、まるで積もりたての雪の広場のようである。 勇者達は軽い刺激を瞳に受け、瞬きを何度も繰り返し瞳を慣れさせようとする。何もかも純白のその世界は、瞳には眩し過ぎた。 慣れてくると、その場所が大きな部屋の中だということが判明した。正面にドアらしきものがある、ノブだけが銀色に輝いていたから辛うじて解った。
「さ、行きましょう」
連れ立って歩いていく一行。 ドアを開くと幅の広い廊下が長く続いていた、壁には絵画が何枚も飾ってある。歩きながら観て行くと、その絵画が一つの物語になっていることが判明した。 天使が地上を見下ろしている場景から始まり、地上に降りた天使達が人々に知恵と祝福を与え、人々はそこから国家を築き上げた。天使達は舞い戻り、それを永久に見守り続ける……というような内容に取れる。 そこから先の絵画はない。 まるで外国の美術館だ、アサギと友紀は手を繋ぎながら感嘆の声を漏らす。教科書で見たような素晴らしい風景に心が躍った。 やがて巨大な扉に行き着いた、左右に開くことが出来るその扉は、片方ずつに男女の彫刻が施されていた。荘厳で逞しくも優しく、凛々しい面影のその男女は、惑星クレオの勇者を指す。今で言うとアサギと朋玄になるわけだ。 重そうなその扉に手をかける、が意外に軽く簡単に開いた。
「お待ちしておりました、勇者様」
開いた先に、横に並んで一斉に深く礼をする人々。その中央に、高貴な雰囲気の老人が一人立っていた。 透き通ったその声は、勇者達に安堵と、緊張感を同時にもたらした。高年齢とは思えない声色だ、神秘的である。
「ここは神聖城クリストヴァル。どうしてここへいらしたかは、お解かりですね?」
淡い水色の長いワンピースを着込んだ巫女達、若草色のワンピースに身を包んだ神官達が、顔を上げる。 思わず勇者達は後退りした、その無駄のない、ばらつきのない動作に怯む。 が、アサギだけが正面を捉えたまま、一歩進んで唇を軽く嘗めると緊張気味だが言葉を発した。
「勇者としてここへ来ました。魔王がこの世界を脅かしているということも、ある程度把握出来ました。詳しいことはまだ聞いていませんが、理解していきたいと思います」
アサギの声が響き渡った、曇りのない声だ、はっきりとしたその口調に、マダーニは満足そうに薄く微笑む。 穏やかに老人は微笑んで小さく頷くと、傍らに控えていた巫女から、細長い箱を受け取る。
「ここは四星クレオですよね。二星ハンニバル、三星チュザーレの魔王であるハイとミラボーが何故か移動してきた、というのは本当ですか?」
凛とした声が響き渡る、堂々としたそのアサギの姿に、他の勇者は圧倒された。聴いた内容を、単語を全て理解し質問している。
「本当のようです。さぁ、その前に。来なさい、クレオの勇者の片割れ。……そう、その少年」
老人は一歩足を踏み出し、アサギを静かに見つめると朋玄に視線を移した。朋玄は多少怯んだが、唇を噛み締めると自信を持って颯爽と歩み出る。 ……この少年は、人前に出ることに慣れており、どんな時も自信を失わないで行くだろう。 老人は瞳を細めて、朋玄を頼もしそうに見つめた。箱を開き、朋玄に中身を確認させる。
「惑星クレオに伝わる伝説の勇者の剣。その片割れです。お持ちなされ」
柄に鳥……不死鳥だろうか彫刻が施されており、見た目一メートル程の剣だった。一瞬狼狽し老人を見る朋玄だが、神妙に頷いた老人に、深く頷くと息を大きく吸い込んで震える手で朋玄はその剣を取る。 見た目よりもずっと軽量のその剣を、持った瞬間に武者震いが来た。
「い、いきなり最強クラスの剣が貰えるんだ……ついてるね、俺」
想定外だった、面食らう。朋玄が強がって言ってみたのだが、やはり足も手も声すらも震えていた。 伝説の、勇者の剣。それを持たされて平常心でいられる者が、いるだろうか。 しかし硬く握り締め、恭しく掲げると誇らしげに勇者達に見せる。胸の高鳴り、手にした瞬間湧き上がる興奮。 他にも箱に丁重に仕舞われていた、篭手と肩あてが運ばれてきた。もちろんそれらも朋玄の所有すべき物であり、勇者の片割れであるアサギの物ではないようだ。 察して、申し訳なさそうに老人は謝罪する。
「もう一人の勇者よ。ここにはそなたの剣がない。剣はピョートルに保管されている」
箱が他に見当たらなかったので、アサギは自分の分がここにないことを予感していた。ので、特に気落ちしていない。 軽く微笑むと「はい」と返事をする。
「ピョートル、ですね」
聞き取った単語を復唱するアサギ、それは何処かの地名を指すのだろう、胸で硬く拳を握る。 老人は静かにそんな様子のアサギを見つめ、ただただ、凝視していた。沈黙が流れ、気まずそうに勇者達が身動ぎしているのをアサギは感じ取る。瞳を更に細め、老人は深い溜息を吐いた。 その一連の行動に不信感を抱く者が、多からず存在してしまう。
……今の溜息は、何を指す? 最高位であるこの老人、何故アサギを見て溜息を吐いた? 今の沈黙は?
眉を潜めてそれでも口を噤んだままの周囲を気にした様子も無く、老人は懐から丸められた羊紙を取り出し、アサギへと差し出した。 地図である。 近寄ってきた他の勇者達へとそれを見せているアサギを見つめ、老人は深く頷く。
「ここが現在地クリストバル、そしてこちらがピョートル。万が一に備えて、剣の保管場所を二つに分けたのです」
片方が敵の手に落ちても、片方さえ無事ならば……勝機はあるという計算だろうか。地図で指し示された場所は、予想以上に掛け離れていた為、不満の声が上がった。 この地図が示す規模が、日本なのか世界レベルなのかすら解らないが、それでもほぼ正反対の位置である。
「それを取りにいかなければいけないわけよね、アサギちゃんの為に、アサギちゃんの所有すべき武器だから」
マダーニがアサギの肩に手を置き、微笑みかける。深く頷くと、アサギは地図を握って位置の把握を急いだ。 この地図がどれほど縮小されたものか分からないが、クリストバルとピョートルが直線で結んだとしても遠距離であることは明らかな為だ。直線では行けないだろうし、地形が全く検討がつかない。 そもそも車がないだろうし、新幹線も飛行機もない。……やはり徒歩なのだろうか、考えると眩暈がしそうだった。 しかし、考えただけでアサギは鳥肌が立った、血が騒ぐ、胸が躍る。 ふと。 気になる箇所を発見し、食い入る様に見つめているアサギ。 その地図には何も描かれていないのだが、妙にアサギはその一点が気になって凝視した。そっと、その箇所に指を滑らす。懐かしそうに、瞳を細めた。
|
|