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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第69回   魔王と勇者、出会いの先に
 豪快に馬鹿笑いをしつつ、ボリボリと音を立てながら頭を掻くアイセルに、スリザの肘鉄が容赦なく叩き込まれる。低く呻いてよろけたアイセルは、ふらついた足取りでアサギの前へと辿り着くとにこやかに笑った。きょとん、としているアサギに右手を差し出す。
 不思議そうにその手を見たアサギ、その瞬間手品の様に深紅の薔薇の花が一輪飛び出してきた。思わず感嘆の声を上げたアサギに、アイセルは薔薇をその黒髪に挿して微笑む。

「棘は抜いてあるから大丈夫ですよ、でないとオレが怪我しますから。……あぁ、その艶めかしい黒髪に良くお似合いだ」
「わぁ、ありがとうございます」

 拍手して零れ落ちるほどの笑顔を浮かべたアサギに、アイセルはつられて微笑んだ。が、一瞬瞳を細めて鋭い眼光で挑むように見つめる。気付いた者は、アレクだけ。しかし、そ知らぬ振りをしてアレクは静かに移動した。
 部下達の自己紹介が終わったので、ようやく佇んでいた魔王アレクがアサギへと近寄る。
 思わず、皆に緊張が走った。スリザは、固く拳を握り締める。サイゴンは、背筋を伝う冷や汗に唇を噛締める。ホーチミンは、手から吹き出る汗を衣服でそっと拭った。
 見事なまでの銀髪、神秘的な月を連想させるその長い髪に、紅玉の様な眩く光を放つ怜悧な瞳。整った顔立ちの魔王アレクは、静かに目の前の小さな勇者を見下ろした。
 途轍もなく綺麗な男の人だ、とアサギは思った。トビィも美形だがまた違った凄みがある。ハイとリュウも整った顔立ちだが、二人よりも更に気高く秀麗な雰囲気である。”魔王”という肩書きが最も似合う魔王だと、思った。

「初めまして……私は、アレク。名前くらいならば聞いたことがあるだろうか、惑星クレオの勇者よ」

 風の声の様に澄み切った空気に良く通る声で、アレクは告げる。思ったより高音だ。アサギは小さく頷くと、口元に笑みを浮かべてこう答えた。

「初めまして、アサギです。魔王、アレク様……私の、敵ですよね」

 お辞儀をしたアサギは、顔を上げると真っ直ぐにアレクを見つめ続けている。まさか、”敵”だなんて言うとは思わなかったと、リュウは思わず口笛を吹いた。隣でハイがリュウを殴りつけ、唇を噛締めると二人を見守る。
 目の前に正統なる魔王アレクと、正統なる勇者アサギが対峙している。互いに、敵である。……一般論ならば、だが。
 沈黙しているアレクに、アサギは続けた。

「惑星クレオの魔王アレク様。多分、私の敵という立場なのだと思います、というか、思っていました。魔王と勇者って、対立しているものだと思っていたので。なので、質問させてください。『あなたは、私の敵ですか?』」

 大きな瞳で、そう躊躇せず聞いてきたアサギに、多少アレクは面食らった。まさか、そのような質問がくるとは思わなかったのだ。唇を舌で湿らせ、アサギを見据える。
 口を開きかけたが、ふと、アサギの瞳が黒ではないことに気がついた。

「緑……新緑の、娘」

 ぼそり、と呟いたアレクに、弾かれたようにアイセルがアサギを凝視する。アサギの髪も、瞳も漆黒だ。美しい、鴉の濡れ羽色である。
 しかし。
 月と星、天上の光に照らし出されて不思議と、アサギの髪と瞳が……緑に見える。

「お前が敵だと思うのならば、私はお前の敵なのだろう」

 静かに、アレクはそう告げていた。
 瞬間、その場にいた全員に背筋を、何かが走った。ぞわり、とした感覚に、思わず身体を引き攣らせる。皆、息を殺してアサギの返事を待つ。

「……では、敵ではないのだと思います。改めて初めまして、私はアサギです。ハイ様と仲良しのアレク様、よろしくお願いします」

 落ち着いた朗らかな、声だった。
 一瞬にして、柔らかな日差しの太陽がそこに出現したかのような空気に包まれた。まどろみを誘う暖かな陽射し、若葉の香る草原で、見事な大木の木陰で皆で一休みしているかのような。そんな空気が、間違いなくそこには出現した。アサギの、声と、笑顔、それだけで。
 唖然と、皆アサギを見つめる。
 最大の敬意を込めて、肌で”器”を直感して、アイセルは再び平伏すかのように地面に倒れ込みそうになった。
 が、寸でのところでアレクに腕を捕まれる。意識が消えかけていた、我に返ったアイセルは苦笑いしてアサギを見つめる。

「い、いやぁ、腹が減ってね。何か食べませんかー、一緒に。眩暈が、うん、眩暈がね……」

 苦し紛れの声だった、が、平素から飄々とした態度をとっているアイセルなのでサイゴンとホーチミン、スリザにはそれで十分だった。三人は呆れ返って苦笑している、冷汗をかきながら安堵するアイセル。アレクだけが、気付いていた。アイセルが機転を利かせて、アサギに跪くことを回避したことを。
唇を噛み締め、一歩前に進み出ると、アレクは目線をアサギと同じ高さに腰を下ろす。

「では、よろしく。ハイの気に入りの娘、アサギよ」

 その声は、若干震えていた。
 何故ならば、待ち焦がれていた相手に出会えたからだ、渇望していたのだ、この瞬間を。
 勇者を、待っていた。惑星クレオの魔王は、勇者を待っていた。魔王の望みは、勇者と手を取り、魔族と人間の隔たりを失くす事。
 魔族が人間に歩み寄ろうとしても、人間側から受け入れを拒否される。それは、魔族達が高等な魔力や攻撃力を所持しており、畏怖の念でしか見られない存在であるからだ。過去に植えつけられた人間達の”魔族への恐怖”は簡単に拭えない。
 そして、魔族全員が共存を願っているわけでもない。
 それでも、アレクは人間と無意味な争いは避けたかったので魔王という立場ながらに暗躍してきた。
 まさか、異界の魔王が勇者を連れてくるとは思わなかった。そして、その勇者が幼い少女で、しかし”予言通りの”勇者だとは。

「ビール、ビール! いっただっきまーす!」

 アイセルの大声に、騒然となったその場。両手に大ジョッキを抱え直様、アイセルはビールを豪快に呑み始める。

「も、申し訳ありませんアレク様、このような失態を……」

 スリザが気分良く笑いながら飲み食いしているアイセルを冷ややかな視線で睨みつけながら、アレクに謝罪をする。部下ゆえに、失態は見過ごせない。
 魔王の目の前で痴態を繰り広げるわけにはいかなかったのだが、アレクは穏やかに微笑んだ。

「良い、楽しい時は笑うものだ。無礼講としよう。……さぁ、アサギ。たくさんお食べ」
「はい、ありがとうございます」

 思わずスリザは深く敬礼した、春の日差しのように微笑んだアレクの表情を見たことなど、無きに等しい。胸に何か熱いものが込み上げる。偽りでも、演技でもないアレクに心からの笑みだった。普段、気落ちし、窓辺から暗く魔族の地を見ていたアレク。
 勇者の出現で、一瞬にして表情が変わった。

 ……これが勇者の力量?

 スリザは、アレクと共に並べられた食事に手をつけ始めるアサギを、値踏みするように見つめる。

「不思議な、娘」

 率直な意見だ。アサギの周囲の空気には、違和感を感じた。自然と、心が落ち着くような、何か楽しい気分になってしまうような。「それが、勇者というもの? 異質すぎる、勇者とは一体」スリザは唖然と立ち尽くす。スリザは一人蚊帳の外、仲良く語る皆を見ていた。見ていると、不思議と自分も輪に入りたくなってくる。
 そっと脚を踏み出しワインのグラスを片手に、興味をそそられたアサギの元へと歩み寄る。

「キャベツの土瓶蒸し、うまー! 桜海老の香ばしさに、酒の香り、そして食欲をそそるこのレモンの爽やかな酸っぱさ……美味っ」

 ビールと料理を交互に、酒豪のアイセルは、ひたすらに酒を呑み続けている。と、アイセルの服が微かに引っ張られた、上機嫌でそちらを見れば。

「可及的速やかに……頼む」
「……承知致しました」

 アレクが、耳打ちをした。急に真顔に戻ったアイセルは、重々しい口調でそう返答をする。
 二人は、アサギを見つめる。勇者を、見つめた。


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