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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第66回   捕らわれ勇者の、日常生活
 案内された浴室で、一人入浴したアサギは用意されていたシルクのネグリジェに羽根の様に軽い煌びやかな布のローブを羽織り、待遇にうろたえ廊下を歩いて部屋に戻ってきた。

「ここは魔界……で、さっきのは魔王様……だよね? 確か」

 思わず呟く。その筈だと言い聞かせる、腑に落ちないが。
 ベッドに腰掛け、髪をタオルで拭きながら口に出して脳内を整理整頓してみる。魔王と対面出来たのは良いが、この先どうしたものか。とても戦闘する雰囲気ではない、もう、出来ない。
 この世界へ召喚された意味を考えつつ、外が暗かったので普段の癖でカーテンを閉めてみれば、ふと眼下に広がる闇が目に入った。月は先程まで顔を出していた、が、今は雲に光を遮断されている。不意に窓が揺れた、風の仕業だろうが外で奇怪な声が響いているようだ。背後で物音がした……気がして、アサギは思わず振り返るが別に何もいない。脈打つ心臓、背筋の冷ややかさ。静まり返る部屋が不気味で、微かな物音さえも過敏になる。
 例えば遠方の従兄弟の家に泊まりに行って一人部屋で、眠るときのような。誰もいない自宅の自室で、夜中留守番しているような。一人きりの教室で、薄暗く校庭から声が聞こえてこない時のような。家族で宿泊した旅館で、一人目を醒まして聴こえる時計の針の音の室内のような。
 ゾクリ、鳥肌が立つ。思わず自身の肩を抱き締める。
 広すぎる部屋が更に巨大に見えた、外から何者かが覗いているような気がした。一人。暗闇に、一人。見知らぬ土地に、一人。
 異界に飛ばされても、傍らには常に親友が、友達が、好きな人が、仲間が居た。宿で眠るときも、馬車で眠るときも、皆が居てくれた。だが、この場所は。
 誰も居ない。
 震える身体、顔は青褪め、吐く息は途切れ途切れに。

「ハイ様、リュウ様っ」

 アサギは、慌ててドアを探すと足をもつらせながら必死でそちらへ向かう。魔王二人の名を呼んだ、現時点で傍にいてくれる人物などこの二人しかいない。
 廊下に出てみれば誰かが居るに違いない、そう願った。きっと、二人を呼んできてくれるか連れて来てくれるに違いないと思った。
 一人は、無性に怖かった。闇の中に一人きりは何かを思い起こしそうで、過剰に怯えていた。

 一方、先程失神していたハイは勢い良く起き上がると自室の枕を一つ持ち出し、駆け足でアサギの部屋に向かっている。
 寝着に着替えて、笑みを浮かべて。決して疚しい笑みではない。
 向かう先は当然アサギの部屋だった、姿を見れば解るだろうハイは共に眠るつもりだった。
 もう一度言う、疚しい考えなど、ない。
 純粋に、ただアサギの傍に居たいだけである。ハイにとってアサギが世界の全てであり、片時も離れたくなかった。

「何処へ行くぐハイ? 枕なんか持ち出して……まさかアサギの部屋に行くわけじゃない……のだぐーよね? はははははー」

 都合よく前方からやってきたリュウ、擦れ違い座間にハイに「おやすみー」と挨拶して行く。白地に苺模様の寝着に帽子、成人男性が着用するとは思えない、というか魔王が着用するとは思えないデザインであるがリュウの一番のお気に入りである。
 皆最初観た時は度肝を抜かれたが、一週間後には、慣れた。
 欠伸をしながらリュウは片手を振る、「いくらなんでもハイにそこまでの度胸があるわけないのだぐー」と笑いながら通り過ぎれば。

「何を言うんだ、そうに決まっているだろう」

 ハイは立ち止まるとリュウを振り返り、はっきりと大真面目に断言。
 はははー……と笑っていたリュウの声が、裏返る。
 まるで瞬間移動、流石魔王というべきか俊敏すぎる動きだった、リュウはハイの目の前に立ちはだかると、勢い良く掴みかかって身体を揺する。

「な、なんだってー!? 生涯童……げふんげふん、伏字伏字っ……貞だと思っていた、あのハイが! あんな年端もいかない人形のような幼子を!? あーしてこーして、あっはんうっふん、あああああああぁ、ご無体なっ、的なー!? ふ、普通の男だったのだぐー!?」

 伏字になっていない、魔王的発言。慌てふためくリュウを他所に、眉を顰めてハイは憮然としていた。
 腕を跳ね除け、襟元を直すと枕片手に仁王立ちする。

「意味がわからん。私がアサギと眠ろうが、リュウには関係ないだろう。何をそんなに」
「いや、普通、うら若き娘は……男と寝るのを躊躇すると思うのだが。……何しろ相手がハイだしぃー」

 ほぼ初対面で、一回り以上歳が離れた魔王。……流石に一般的に考えて一緒に眠る娘は少ないだろう。
 しかして昨今、何故か甘い言葉に誘われてついていく少女達もいると、地球の日本ではニュースになっていた。だが、そんなことリュウは知らない。ともすれば、見た目だけなら比較的整った顔立ちのハイだ。幼い娘を拉致監禁し、好みの嫁に育成することも可能かもしれない。
 それはさておき、意味ありげに語尾を伸ばされ、ハイは思わず顔に陰りを見せた。

「そ、そうなのか!? ……添い寝してもらうと、暖かいではないか。私もよく犬や猫や狸や狐を寝所に招き入れたものだ」
「わぁ、獣」

 リュウは思わずビシィ、とハイに突っ込みを入れたがそれどころではない。

「んー、多分数分後には『きゃあ、何するんですか、ハイ様っ。不潔、変態、あっち行ってっ』で終わりなのだぐ。さようなら、ハイ。短い恋を有難う」
「誰が変態で不潔なんだ。相変わらず失礼な奴だな……ともかく私はアサギと寝てくる」
「わぁ、もうなんていうか」

 ハイはリュウを押し退け、疾風の如くアサギの部屋の前まで辿り着くと激しくドアを強打する。廊下中に響き渡るくらいだ、騒音以外の何者でもない、周囲の迷惑を顧みない。

「忠告してあげたのにー、どうなっても知らないのだぐー」

 リュウは満面の笑みでそう言いながら、ハイの後方に立ち壁にもたれて様子を窺っている。
 楽しかったのだ、心底。これでハイがアサギに殴られても、非常に愉快だ。この先一ヶ月はそれで過ごせそうだ、考えるだけでワクワクが止まらない。迷惑極まりない魔王である、壁にもたれて優越感に浸っている。

「アサギ、私だ! ドアを開けてくれ!」

 ドアに耳を寄せ、アサギの返答を聞き取ろうとする。「そこまでしなくてもいいのにー」とヤジを飛ばすリュウを無視し、何故か必死なハイ。とにかく彼は中に入りたい一心だった。
 ドアに耳を押し付ける、弱々しい泣き声が聞こえてきたので、ハイはドアを渾身の力で蹴り飛ばすと、部屋に転がり込んだ。別に鍵は掛かってなかったので開いたのだが、すでにノブを回すという行為自体が面倒だった様だ。
 意外に力があったんだなぁ、とリュウは感心して破壊されたドアを見つめていた。修理費を請求されなければ良いのだが、そ知らぬフリをすることにした。

「どうしたぁ、私の大事なアサギ! 誰に虐められたんだ、殺してくるから名前を言いなさい!」

 ペチペチ、と気の抜けた拍手を送りながら、リュウも部屋に悠々と進入する。「アサギが出現してから、退屈しなくて有り難いぐ」これでもか、というくらいに目を見開き猛ダッシュで床に座り込んでいるアサギの元へと駆け寄ったハイを見つめ、口元を緩めた。
 数年共にいるが、死霊を操る以外に能がない魔王だと、リュウは思っていた。それまた失礼な話だが、結局この二人の魔王はなんのかんので仲が良い。

「何があった!?」

 もう少し感情の抑制が出来ないものか、と隣へ歩いてきたリュウは思いつつアサギの背中をさすっているハイを見下ろす。勢いで力任せに抱きしめ、よしよし、と頭を撫でるハイ。気遣っているのは分かるが、力の加減を知らないのでアサギは案の定苦しそうだった。身体を強すぎる力で圧迫されていたが、身を捩り、辛うじて声を発するアサギ。
 苦しいので、手短に。だが、それは省略し過ぎた。

「一緒に、寝て欲しいんですけど」

 と、一言。
 涙で瞳を潤ませつつ、微かに頬を赤く染め、上目遣いで。
 恐怖に怯え先程まで泣いていた、付け加えて呼吸困難で苦しかった為浮かんだ涙、ハイの背が高いので上を見るのは当然のこと。あざとい仕草になってしまったが、アサギは故意ではない。正確には『見知らぬ土地で一人きり、ここは魔界で怖いので。眠れません、出来れば知っている人に一緒に居て欲しいんですけど』と言いたかっただけだ。
 リュウは呆然と口を大きく広げて力を喪失したように、前のめりになった。想定外もいいところだった、まさかそんなこと言うとは思っていなかったのだ。
 一方ハイは”想いが同じだった”と、感極まりない笑みを浮かべて更にアサギを抱きしめる。まさに天に昇るようだった、幸福を噛み締めている。

「だ、大胆な娘なのだ。や、まさか挑発だし雌みたいな衣服だしハイを女だと思って? や、けっこうガタイは良いし、どう見ても雄。……あれなのだ、最近の娘はそんな感じ? 清純派に見せかけた小悪魔だぐ! まさに羊の毛皮を被った狼!」

 予想に反したアサギの反応に狼狽しつつ、リュウはそれでも新たなフラグを立て直す。自主規制になったので、声には出さなかったが口元が締まり無く緩んでいる。

「そうだったのか、アサギ! 来るのが遅れてすまなかった、泣かせたのは私だったのだな。よぉし、今悪い私に罰を食らわせるから少し待つんだよ」

 ぼぐっ!
 自分の頬を手加減無用で殴りつけ、満面の笑みでアサギを覗き込むハイ。

「わぁ、きもいぐ」
「ハイ様!?」

 リュウも流石にドン引きし、数歩後退した。相当危険な人物だったと改めて思い直し、身震いする。アサギも身体を仰け反らせた、今のが何なのかさっぱり解らないが、とりあえず痛そうなので心配そうに見つめた。

「大丈夫、そのつもりで来たからな。さぁ寝よう、すぐ寝よう! もう疲れただろう、ゆっくりおやすみ。リュウよ、さらば! ドアはしっかり閉めていくように。もう行け、邪魔だ、迷惑だ」
「やー、ドアは破壊されてるのだぐー、閉め様子がないのだぐー」

 上機嫌で、夢心地のハイ。掠れた声で破壊されたドアを指すリュウなど、気にも留めない。まるでその背に羽根がはえたかのように弾みながら歩き、優しくアサギをベッドに寝かすと、隣に自身の枕を置いて満足そうに小さく頷く。
 違和感無く隣に入り込むと、手だけ振ってリュウを追い払った。
 唖然と様子を見つめていたリュウだが、 困惑気味にアサギは上半身だけ起こすと、立ちつくしているリュウに照れ笑いを浮かべる。

「よかった、ハイ様が居てくれて。リュウ様も、おやすみなさい」
「え、えぇあぁ、うん……。ぐー」

 にこ、と朗らかに微笑むと勢いよくベッドに倒れ込んで、自然と瞳を閉じるアサギ。ハイの横で安心したのだろう、ものの数秒で寝息を立て始めた。

「寝るの、はやっ!」
「まだ居たのか。ついでだ、灯りも消していってくれな」

 ハイに言われるがままに虚ろな瞳で頷くと、壊れたドアを踏みつけて廊下へと出たリュウは。仕方ないので廊下のカーテンを引きちぎり、適当に部屋を覆い隠すようにドア代わりにする。律儀である。

「いや、廊下に”声”が響き渡ったら皆、眠り辛いぐ。っていうか、眠れないぐ」 

 余計な一言、次いで一息。

「よーし、よく分からないけど、なんか魔王と勇者が一つのべべべべべっどに。ほぼ初対面なのに!」

 状況把握は間違ってはいない、カーテンの向こう側で何が起こるのだろう。深呼吸を、五回繰り返す。急に身体が震えだした、アドリナリンが大量に放出されている。地面を蹴り上げ猛スピードでリュウは廊下を駆け抜けると、ある一つの部屋を目指した。
 リュウ的には大事件である「もう面倒だから結婚してしまえばいいのにー」と漏らす。笑いが込み上げてきたので、堪えることなく声に出しながら深夜の魔王城を徘徊する。

「おやすみなさいませ」

 疾走するリュウと遭遇した魔族達が次々に声をかける、大きく手を振って挨拶しつつ、階段を上って角を曲がると二人の魔族が夜中だというのに掃除していた。

「明日は忙しくなるから、早目に寝ておくのだぐ!」
「はぁ」

 嬉しそうに愛想良く笑みを振りまき、豪快に笑いながら疾走するリュウを皆一礼して眺めた。「相変わらず元気で忙しい方だなぁ」と軽い溜息と共に感心する。だが、無駄に元気なのは迷惑だ。掃除をした廊下に、足跡がついている。
 苦笑いしつつも掃除をきっちりと済ませて、二人は道具を片づけながら互いに頷いて大浴場へと向かった。城に住んでいる掃除担当の召使いだ、主に夜中に掃除し、朝魔王達が不快な思いをしないように働いている。
 湧き出る温泉を魔王アレクは公共大浴場として提供しているが、この時間は城に勤務する者しか入る事が出来ない。数人しかいないが、皆顔見知りだ。

「あのリュウ様の表情……悪知恵を働かせた後の」
「しっ! 思っていても口にするな」

 湯気立ち込める浴室の中、徐に一人が口にした。
 懐かしむように瞳を細め、大きな溜息を吐く。「リュウ様の悪戯のお陰で、しなくても良い掃除をする羽目に幾度となくなったものだ」「そうだったな……」二人して、脱力しながら笑った。

「黙っていれば、普通の魔王様なんだがな」
「口を開くと、なぁ……」
「あと、寝間着の趣味が……」
「無類の苺中毒者なのも……」

 黙っていたとしても、普通の魔王ではなさそうな口調である。
 二人は思った『願わくば掃除が増えませんように』と。しかし、すでに破壊されたアサギの部屋のドアを片づけねばならない。そんなことは当然知らないが、嫌な予感は若干していた。

 そんなリュウは、ようやく目指していた場所に到着する。惑星クレオ、魔王アレクの部屋である。
 一応ノックをし、ドアの両側に立っている警備達に軽く挨拶をすると、返事を待たずに部屋へと足を踏み入れる。窓辺に立っているアレク一人きりの室内だった。魔王ともなれば誰か近辺にいそうだが、一人の時間を大切にしているのか、それとも他人を信用していないのか。リュウは軽く瞳を細め、意外な沈黙の室内を見渡した。軽く唇を尖らせ、皮肉めいて笑う。
 意外な来訪者に目を開くアレクだが、リュウの微妙な表情の変化について何も言わない。

「明日。急で申し訳ないけど、魔族達に召集かけて欲しいのだぐ」
「明日? まぁ、伝令を飛ばせば可能だが……午後ならば。随分性急だが、何かあったのか?」

 一体別惑星の魔王が何の用事なのか。アレクは眉を顰めると、リュウを見据える。だが、あっけらかんとリュウは笑う。

「うん、アサギが来たのだぐーよ」
「アサギ?」
「クレオの女勇者ちゃんだぐ、小さくて、可愛いのだぐ。ハイと一緒に今寝てるのだぐー、懐いてるみたい。折角だし、結婚させちゃおうかと思って」
「……そうなのか」
「うん、よろしくーなのだぐ」

 にこり、と微笑んでそのまま豪快にドアを閉めて出ていくリュウ。
 外では警備兵が狼狽していたが、肩を叩いて気さくに笑う。魔王同士とはいえ、こうも楽に侵入を赦して良い筈はない。
 当たり障りのない返事しかしていない魔王アレクは、その消えた魔王リュウの姿を思い出しながら、廊下に響いている彼の笑い声を聴きつつ。部屋に数個灯っていた蝋燭の火を、指で消しながら小声で呟いた。

「勇者」

 来ていたのは当然知っている、アレクとて待っていた存在だ。まさか、別の魔王が連れてくるとは思ってもみなかったが。
 月明かりだけの部屋で、アレクはベッドに入らず愛用の椅子に深く腰掛けると頭を抱えて唇を噛む。暫し、震えていた。様々な思案が、糸になり複雑に絡まり、解けない。

「会わなければ。会って私達の願いを聞いて貰わねば。ナスタチューム、ついに……勇者が来た。君が居てくれたら、心強いが我等の願いを伝えなければ。でなければ離れている意味がないのだな」

 魔王アレクは、明け方までそこで頭を抱えていた。リュウからの願いはともかく、今後自分が”どうすべきか”を思案していた。すべきことは、決まっている。だが、怖かった。

「魔王リュウ……もっとも警戒すべき魔王。争うことなく、この惑星に馴染むのであれば滞在を許可するが、そうでないのならば。しかし、何故この惑星に皆集結したのか。腹の底では何を考えているのか解らぬ」

 争いを好まない魔王アレクは、他惑星からの魔王を受け入れてしまったことを若干後悔した。しかし、拒否し、無駄な血を流すことだけは避けたかった。

「まだ望みはある、望む未来に行き着くように私が動けば良い。やらねばならぬ、尊い命を護る為に」

 魔王アレクは歯軋りすると、瞳を閉じる。微かに身体が震えていた。歴代魔王の中で最も魔力が高いと誉れ高い魔王だが、平和を望み、上に立つことを嫌い、自信が欠けていた。
 彼の心は、酷く脆く、弱い。

 魔王ハイと勇者アサギ。ドアが崩壊したその部屋で、月の微かな灯りに照らされているアサギの寝顔を、飽きもせずに見つめていたハイ。
 かれこれ、数時間経過した。
 月の位置が次第に変わるが、指で頬に触れてみたり、髪を撫でてみたり。緩んだ顔で、不気味な笑いを漏らしている。

「かわいいー」

 二十七歳の男と、十二歳の少女、の図。
 しまりなく鼻の下を伸ばしている男、警察に見つかったらその場でお縄だろう。そんな世界ではないので、魔王ハイが捕まることはない。よかった。
 うっすらと笑みを浮かべているように見えるアサギのその寝顔に、吸い込まれるように魅入っていた。
 それゆえに、ハイが気づいた時にはすでに月は消え、目映いばかりの太陽が顔を覗かせていたのである。
 月の仄かな幻想的な明かりから、太陽の眩しい熱い陽射しへと明かりが変わった頃になって、ようやくハイはアサギから視線を外した。

「なんと!? 朝!?」

 血の気が引く、というのも、すでに明朝は予定が入っており、体力を使うことを知っていた。眠っておかねば魔王といえど、人間であるから体調不良を起しかねない。

「今日はアサギと森へ出掛けるのだから……、相当足腰にきそうだ」

 よっこらしょ。  
 アサギの隣で布団を被ったハイ、隣で未だに眠っているアサギに、戸惑い気味に近づくと髪に口付けをする。名残惜しそうに見つめ、瞳を軽く閉じ、数秒でまた開いて見つめて、閉じる。こうしている間にも時間は過ぎていくが、ハイにとって至福の時だった。
 何故か、アサギが隣に居るだけで気分が落ち着くのが不思議だ。
 鼻に刺激を感じる程の強い花の香りではなく、ほんの僅かに、動くときにだけ香る、甘く爽やかな花の香りが始終している気がして。勇者だとか、そういうことは頭から外す。唯一人の、とても大切にせねばならない少女。

「アサギ」

 名前を呼んでみる、軽く身を起し、顔を覗きこむとハイは再び名を呼んだ。当然返事はない、小さく笑うとハイは再び布団を被って瞳を閉じ、そっと深呼吸する。
 胸が、甘酸っぱい香りで満たされる、時折締め付けられるような感覚、だがそれが心地良い。

「不思議な、娘だな」

 今まで出逢った誰とも違う、不思議な娘。瞳に姿を入れただけで、傍にいるだけで心が何かを急かすように高鳴る。胸がざわめく、身体が宙に浮くように。ハイは、静かに寝息を立て始めた、窓から入り込んだ朝日が二人の顔を照らしていた。

『来た、のか……』

 もし、室内に起きている誰かが居たのならば、その声が聴こえていただろう。が、生憎アサギもハイも眠っていたので、気づかなかった。

『ここは。……思いの外心地良い、流石クリフ神の創った惑星。あの時の空気が若干残っている、それに、時折懐かしい生命の声が届く。ここへ逃れたのか、無事でよかった』

 声は、誰に、というわけでもなく一人で呟いていた。微かに喜んでいるような、いや、悲しんでいるような。諦めにも似た悲痛な声で言葉を零すと、そのまま沈黙した。


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