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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第62回   誘う二人の魔族
 静寂がその場を支配する、ミシアは左手にワインを、右手に短剣を構えて強張った表情のまま相手を睨み付けていた。
 穏やかな笑みを浮かべて、幼い顔つきのその男は片手を差し伸べている。整った顔立ちは、娘達を虜に出来るほど甘く、そして声も聞いていて耳に心地良く。
 非を上げるならば、人間ではない種族ということだ。

「よろしければこちらへ来て、一緒に呑みませんか? 良いチーズが入りましたので」

 悪びれた様子も無く、優雅に手を差し伸べてきた。一歩後退したミシアの額に汗が浮かぶ、この男は計り知れない。恐らく自分が勝てる相手ではない、しかし何処にも逃げることは出来ない。何故侵入者に話しかけてきたのか、侵入者だと気づかれていないのか。何を考えているのか、さっぱり意図が掴めない。
 見た目は麗しいが、先程から肌に突き刺さるような痛みを感じる。空気が震えているのか、脳が警告して吐き気をもよおすほど鳥肌を立てているのか。
 何よりダイキとクラフトは無事なのだろうか、二人はどうなったのか不安だ、まさか死んでなどいないだろうが。

「あぁ、あのお二人でしたらば、まだ彷徨っておられますので大丈夫ですよ。ご心配なく、お二人がこちらに戻られる前に、お帰しいたします」

 絶句したミシアに、目の前の魔族は微笑むばかりだ。全てお見通しである、口にしていないのにミシアの心を読んでしまった。
 ミシアは深く唇を噛み締め、我武者羅に武器を手に攻撃しようかとも考えたが、無駄な努力だと判断する。
 ワインのボトルを傍らに静かに置くと、男を見据え意を決した。

「……貴方は、誰かしら?」

 ようやく声を発したミシアに、男は満足そうに笑うと深々とお辞儀をする。非常に紳士的な態度に思えた。
 顔を上げて一歩、また一歩近づいて跪くと、恭しくミシアの手を取り甲に口付ける。あまりの事に、ミシアは口をあけて男を見つめる。

「申し遅れました。ピーオーディー教祖を務めております、イエン・アイです。アイ、とでもお呼びくださいませ」

 深々と未だに首を垂れているアイを見下ろしていると、小気味良い感覚が背筋を伝ってきた。美しい魔族が平伏していると、客観的に想像しただけで血肉が踊りそうだった。だが我に返る、何故自分に跪いているのか。
 唇を湿らせ、動揺を悟られないように声を絞り出すミシア。 

「……色々と訊きたい事があるのだけれど」
「でしょうね、私達も話したいことが山積みです。ですから、どうかこちらへ」

 アイは静かに立ち上がると、丁寧にミシアの手を取り歩き出す。
 どう歩いたのだろう、美しい装飾が施されたドアを開いて部屋に入ればビロードで統一された豪華な場所だ。何処かの王宮の一室のような、気品ある部屋だった。煌びやかな世界が広がっている、こんな部屋は見たことが無い。 部屋を見渡せば、窓から外を見つめている長身の男が目に入る。静かにアイとミシアを見つめて深く会釈をし、近寄ってきた。

「あら、イイ男」

 思わずミシアの口から零れた言葉、何処となく雰囲気がトビィに似ている気がした。アイよりも自分好みだったので、反射的に頬を赤らめる。
 長身の冷酷そうな鋭い瞳の男だった、髪の色と瞳がアイと同じであるが雰囲気は正反対だ。近寄りがたい雰囲気を纏っているところが、またそそられる。

「お待ちしておりました、出迎えもせずに申し訳ありません。イエン・タイです」
「あらやだ、声まで好み」

 ミシアが思わずそう口にする。低音の、耳元で囁かれたら背筋がざわつくような滅多にお目にかかれない良い声である。聴こえたタイは艶かしく微笑すると、アイと同じ様に跪き、タイはミシアの甲に口づけた。下から上目使いで微笑まれると、胸が高鳴る。
 ミシアは唖然としたまま、手を引かれて中央の椅子に座った。これまた座り心地が良く、瞬時に眠りに堕ちてしまいそうな感覚だ。相当高級な素材で作られているのだろう、軽く羽根のようでありながら、身体を包み込んでくれる。
 タイがワインを運ぶ、アイがチーズを出す。
 二人が正面に着席したので、ミシアは開き直りワインとチーズに手を伸ばす。始終自分を恭しく見つめてくる二人の美男子を肴に、ワインを軽く口の中で転がしながら流し込んだ。
 目の前の男は間違いなく魔族達であった、だが、何故か客人としてもてなされている自分。二人の魔族に囲まれて、恐怖を痛感しないのは……何故だろう。確かに緊張はしていたのだが、堂々としている自分にミシアも驚きが隠せない。
 綺麗に空になったグラスに、タイが再びワインを注ぎ入れた。
 入れ方も様になっていた、ワイン愛好家なのだろうか、手馴れている。その様子に感嘆の溜息を漏らすミシア。血のような赤ワイン、ミシアはグラスを転がしながら二人に鋭い視線を送ると、言葉を促した。
 それに気づいたのかタイが微笑し、アイと軽く頷くと口を開く。

「困惑気味でしょうから、お話を」
「是非、そうして欲しいわ。手短にね」
「承知いたしました。では、まずこちらをご覧下さい」

 すっかりミシアは悠々とソファに深く座り込み、常にそこに存在したかのように我が物顔で踏ん反り返っている。自分に危害を加えない、と悟った。
 タイが徐に立ち上がり、壁にかけてある掛け軸を指差す。

「我らが崇めている破壊の姫君です」
「破壊の……姫君?」

 小さく復唱したミシアに軽く頷き、タイは掛け軸を愛おしく見つめる。言われて瞳を細めたミシアだが、そこに描かれているのは、実際見ても何か解らなかった。
 布には煌く星々の中心で何かが爆発を起しているような刺繍が施されており、他には薄っすらと星に混じって線が見えるが……それだけだ。確かに、布も上等で糸は金や銀を織り交ぜられて作られているようで、高級品には間違いないのだが。抽象的で、普通に売っていたら間違いなく素通りしてしまうものだった。
 だが、アイも深く頭を垂れて見つめているので、ミシアもとりあえずそれを凝視するしかなかった。見続けたり、角度を変えれば何かしら秘密を解く鍵が見つかるかと思ったのだが。生憎、何も解らなかった。

「麗しき破壊の姫君が降臨されれば、その星は再生を迎えるのです。堕落した星に、制裁を与える存在。それが破壊の姫君……ミシア様、貴女です」

 二人が同時にそう告げた、数回瞬きし、ミシアは素直に声を出す。

「はぁ?」


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