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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第61回   深淵の邪美 〜ミシア・ドライ・レイジ〜
 三人を見送ったアリナとサマルトは、軽く視線を交差させ踵を返す。こちらも時間がない、極力動き回るべきだろうが、何よりこの二人。

「ボク達ってさ、そういうのに向いてないよねー」
「同意。とりあえずクラフトから貰った置手紙通りにやってみるしかないな」
「どれどれ」

 そういうことだ、この二人に大人しく水面下で情報を収集するなど到底無理な注文である。人の流れに身を任せつつ、交互に紙を眺めてからがっくりと肩を落として武器屋の壁にもたれ掛かった。サマルトは嘆く。

「忘れてた、ここの惑星の字読めないんだった」
「そうだったね、読み上げると、こう」

 こめかみを押さえつつアリナは大声で読む、簡単なことだった、文字数は少ないのだから。

『大人しくしていて下さい。目立つと何が起こるか分からないので』

 そう書かれている。どうしろというのだ、この一週間。十分経過し、アリナが唾を吐き捨て、ようやく壁から離れたので慌ててサマルトも起きあがった。

「牢獄にでも行ってみるか」
「ろ、牢獄?」
「あぁ、西の外れにどでかいのがあった筈だ、この街には。結構犯罪者が多いらしくてさ」
「物騒だなぁ」

 サマルトの発言に苦笑いし、アリナは露店でポテトフライを二人分購入すると片方を手渡し食べ歩きを始める。
 先程朝食をとったばかりなのだが、小腹が空いたらしい。

「これ食べて歩いてたほうが、観光客を装えるだろ?」

 自分の空腹を満たしつつ、尤もな理由をつけて、にっこり笑ったアリナに思わずサマルトは空笑いだ。サマルトはまだ満腹状態で食べることが出来ない、いらない。
 牢獄は、確かに街に存在していた。重々しい金網で隔たれ、華やかな街とは一変した息苦しい雰囲気である。しかし、入り口には門番の姿すらなく、辺りは静まり返っていた。
 不審に思い、アリナは入り口に手を触れてみる。簡単に、開いた。
 半分ほど減ったポテトを片手に進入する二人、そこは適度にランプが置かれており明るい。

「いらっしゃいませ」
「い、いらっしゃいませ?」

 突如声をかけられた、入って数歩の所に受付があり、手を差し出されたのだ。意味が分からず唖然としていると、紙を出される。

「観覧料金ですよ」
「か、かんらん?」
「ひょっとして、ご存じではないのですか?」
「何を?」

 疑問符を頭に浮かべて呆けている二人に、受付嬢は語り出す。この牢獄、数ヶ月前に閉鎖されており、今では建物を取り壊す代わりに観光名所として金を貰っているのだそうだ。中には牢獄気分を味わうためにここで食事会を開いたりする金持ちも存在するとかで、最上階は大広間や宿泊施設もあるのだそう。
 口をだらしなく開いて突っ立っているアリナだが、観光客を装っているのだ、我に返ると丁度良いとばかりに金を払って見学することにした。

「案内人、おつけしましょうか? 別料金ですけど」
「……お願いします」

 にこやかに出てきた案内人に促され、二人は進む。予想外の事態である。

「こちら二階は、軽度の犯罪を犯した者が入れられていた牢屋になります。
 地下の牢屋が第一級犯罪を犯した者達が容れられる場所になりますね、脱獄出来ないように常に看守が張っておりました」
「はぁ」
「四階には軽食をとれる場所も御座います、是非昼食はそちらで! 牢獄弁当も販売しておりますよ」
「へぇ」

 絶対要らないっ、と二人は心中で叫んだが案内人は笑顔で二人を連れ回した。好き好んでここへ来る人の気が知れない。

「牢屋の中にも入れますよー、別料金で絵師を呼び、絵も残せますが」
「遠慮します」
「まぁまぁ、そう言わずに。せっかくなので牢屋の中にはどうぞ」
「ふぉ」

 無理矢理二人は牢屋に押し込まれた、簡素なベッドに用を足す為の穴、それだけしかない。一体何が楽しいのか。
 顔を見合わせて肩を落とした、何故こんなことになったのだろう。大人しく宿で寝ておくべきだった、と悪態ついても仕方がない。

「あのー、質問してもいーかな」

 アリナが苦し紛れに声を出す、笑顔で案内人は近寄ってきた。その笑顔が妙に怖い、指導されているのだろうが、作り物の笑顔が周囲の雰囲気も手伝って不安に思える。

「ここの人たち、何処へ行ったわけ? 犯罪者がいなくなったわけじゃないよねぇ?」

 アリナの最もな質問に案内人は笑顔のまま、こう答えた。

「シポラへ行きましたよ。あそこの教祖様方は寛大でして、犯罪者こそ必要だと。自分の過去の過ちを認め、悔い改め世の為、人の為に働けるようにと、犯罪者達に機会を与えたのです」

 二人の顔色が思わず変わる、声を出そうとしたサマルトの足を思い切り踏みつけ、アリナは素知らぬ振りをした。
 前言撤回、情報に辿り着いたらしい。ここへ来たのは、無駄ではなかった。

「立派なんだねー、シポラのその……教祖様?」
「えぇ。他にも孤児や浮浪者を集めて行かれましたよ」

 二人は結局最上階まで案内してもらい、昼食をそこで頂いた。結構人は来ているようで、中には例の牢獄弁当とやらに手を出している人物もいる。案内人が昼食を取るために関係者の部屋へ消えていったので、二人は張り詰めていた緊張をようやく解くと、食事する。いまいち味がわからないのは、先程衝撃的な言葉を聞いた為だろうか。
 トマト風味のひき肉パスタを二人して食べつつ、周囲を伺いながら小声で会話する。

「変だよな、ここ。シポラの教祖を大絶賛してたぜ」
「あぁ。始終笑顔だし、ひょっとしてここの運営資金とか売上金とか全部シポラ行きじゃね? ボクの憶測だけどね」
「なぁ。数日後、またここに来ないか? 案内人抜きで」

 サマルトの持ちかけにアリナも深く頷く、二人の視線が鋭さを増した。折角牢屋の中にも入れるのだから、何か手がかりを探せるかもしれない、と踏んだのである。幸い二人は男女だ、恋人同士に見られているのかもしれないし、色々と好都合だった。
 昼食を終え、迎えに来た案内人は再び説明を開始した。この場所が建てられた経緯や、建設当時の様子をまるで見ていたかのように語る。ようやく出口へ向かう途中で、上の空で頷いていただけのアリナが質問した。

「シポラって、何する場所? よく知らないんだけど、人がそんなに必要なもんなの?」

 そ知らぬ振りをして、確信めいた質問だ。息を殺し、返答を待つ二人。案内人は笑顔で振り向く、清々しいまでの笑顔だ、やはり蝋人形のような”作り笑い”を浮かべているようにしか見えない。
 この表情しか見ていない。

「世界を安息の地へ導くべく、活動をしている宗教の教祖様方がいらっしゃる場所ですよ。神殿の設備を整えたり、教えを説いたりしています。また、地方への街道を皆で造ったりと」
「へぇー、団体名はなんてーの?」
「ピーオーディーです」
「ぴーおーでぃー?」
「えぇ」

 ガイドの笑顔に釣られて笑顔になった、だが首を傾げる。「変な名前」思わずサマルトがそう呟いていた。
 気を取り直して次の質問である、質問する分には料金も発生しないし、訝しがられないだろう。恐らくだが。

「教祖様”方”って。教祖様は二人以上いるわけ?」
「えぇ、お二人ですよ。美男子ですねぇ、なので女性の愛好者も多いのです。実際、彼らの美貌に惹かれて入団した女性も後を立たないとか」
「へぇえええー。参考になったよ、ありがと。是非一度見てみたいもんだね」
「一階の受付では、常時仮入団申し込みも可能ですよ」
「ほー、そりゃどーも」

 二人は軽く礼をして牢獄を後にした、早足でそこから立ち去り人混みへと入り込む。奇怪な、場所だった。今頃になって、異常な興奮が押し寄せてくる。相当危険な場所にいたのではないか?
 サマルトが周囲を軽く窺い、剣を触りながら小声で語る。追っ手が不安だったのだ、怪しい二人組みだと目をつけられていなかったか、唇を噛み締める。迂闊に行動できない場所に思えた。

「なぁ、変だよな」
「あぁ」
「昨日教会で出会った女性は、あんな風に言ってなかったぜ」
「少し早いが、宿へ戻ろうか? その方が話がしやすい。あ、その前に」

 周囲を見渡すとアリナが道を逸れて路地裏へと入っていく、慌ててサマルトはその後を追った。
 そこはゴミが散乱しており、整備されている表通りと違って悪臭漂う汚れた場所だった。気にせず突き進むアリナの後ろを、顔を顰めつつ追う。汚物がいたるところに放置してある、不衛生な場所だ。
 蹲っている人間や、こちらを見て下卑た笑いをしている男達、雑居ビルの二階から大声で笑って身を乗り出している裸同然の女達。
 冷や汗をかきつつサマルトがアリナの肩に手を掛けようとしたが、その足が停止した。

「自分の身は自分で守れよ」

 小声でアリナがそう告げる、瞳を丸くして前を見れば厳つい巨漢達が目の前に立ちふさがっていた。逃げようとするサマルトのマントをがっしりと掴み、アリナは楽しそうに男に話しかける。

「幾ら?」
「参加費は五十マリだ、どうする?」
「ん、了解」

 状況が飲み込めずに右往左往しているサマルトを後目に、アリナは屈伸を軽くしてから男達へと近づいた。指を鳴らす。
 歓声が上がった、見ればいつの間にか周囲を多数の人間が取り囲んでいるではないか。ストリートファイトだ、掛け金有りの。
 見る見るうちに周囲からも金が飛び交う、アリナの前には二倍は膨れ上がったような体格の大男が立っている。
 転がっていた缶を誰かが棒で叩くとカーン! と鈍い音が響き渡る、試合開始の音だった。男はアリナを瞳を細めて見ていたが、そのまま突進してきた。慌てずアリナは動かずに男を待っている、タイミングを計っていた。
 観客の視界からアリナが消えた瞬間に、盛大な音を立てて男が地面に倒れ込んだのは、ほんの数秒のことだった。
 束の間の沈黙、そして地面が揺れるほどの騒音が上がる。もう何を言っているのか聞き取れない人々の声、罵声なのか歓声なのか、解らない。興奮状態で脚を踏み鳴らし、壁を殴っている者もいる。
 瞬時にしゃがみ、足払いをした後転倒する前に後方に回り込み、右足で背中に蹴りを食らわせ地面に叩き付けたのだ。目に見えた者は、多くはいない。
 満足そうにアリナは微笑むと、金を受け取っていた。上機嫌だ。
 しかし反面、額の汗を拭い、サマルトは大きな音を当てて唾を飲み込む。この場所は心臓に悪い、アリナが強いことは知っているが、周囲の雰囲気は圧倒的に敵に有利だ。アリナを応援するものなど誰もいなかった、気弱な者ならば泣き出してしまいそうである。この付近を縄張りにしているならず者の集まりだ、結束力は無駄に高そうだ。
 一人勝ち抜き、大人しく帰して貰えるのだろうか……サマルトは脈打つ心臓を必死で押さえつける。正直魔物より怖いと思った。
 当然憤懣しているその者達に、あっけらかんとアリナは笑うと受け取った金をそのまま突き出して一言。

「これ賭けて、もっかい挑戦」

 侮蔑的な態度に思えたのか、ざわめきと非難の声が上がり、いきり立って数人の男達がアリナを取り囲む。平然と腰に手をあて、アリナは鼻で笑った。

「何、四人がかりだって? ボクはそれでも構わないけれど、金額は四倍にしてくれよ」

 言うなり跳躍し、一人の男の頭部に蹴りを入れる。地面に舞い戻ると、次は外回し蹴りを別の男に喰らわせた。重心をを上手く使い、コークスクリューパンチを三人目の男に叩き込んでから、男の突きを紙一重で避ける。突き出してきた腕を捕らえて捻り上げ、悲鳴を上げたところで背後に回りバックドロップで締める。ド派手な大技ばかりを駆使したのは、余裕だったからだ。
 その間、数分。乱れた髪を整えることなく、アリナはにこり、と微笑むと手を差し出して。

「はい、お金」

 無邪気な笑顔が逆に怖い、誰も反論も反撃も出来なかった。ただ、静まり返り金を集め始める。小柄な少女が軽々と数人がかりの男達を倒し、呼吸も乱れていない。弱っていたならば追撃したかったが、全く歯が立たない相手だと嫌でも悟る。  
 とりあえず四百マリという大金が手に入ったので、二人は上機嫌で宿に戻った。

「ひやっとしたよ」
「あはは悪かったね、でもボクは無謀なことはしないよ。さぁて、軽く運動したから夕飯、夕飯!」

 宿に戻り汗を温泉で流してから待ちわびた夕飯だ、白菜と牛肉のクリーム煮に、パンである。二人で今日の出来事と今後について話をするため部屋に行くが、サマルトが不意に首を傾げる。

「な、部屋って昨日と同じでいいんだよな?」

 部屋の入口に来て、ドアに鍵を差し込んだが開かない。アリナが手招きし、隣の部屋を指したのでそこに入る。そこには、二人の荷物があった。
 思わず、沈黙するサマルトの傍らをすり抜けてアリナがベッドに倒れ込んだ。二人分の荷物とは、アリナとサマルトのものだ。嫌な予感がして、しどろもどろ、サマルトは壁に背をつけて疑問を口にする。

「ま、まさか。一つの部屋で寝ないよな!?」
「寝るよー、金が勿体無いだろ」

 あっけらかんと語るアリナ、眠そうな声を出している。もう舟を漕ぎ始めているのだ。しかし、そうはいかない。

「お前は女だぞ!?」
「そうだよ、一応」
「年頃の娘だろう!?」
「何、サマルト王子君はボクを夜這いしてしまいそうだって?」

 抱腹絶倒、転がりながら涙を流すアリナに流石のサマルトも冷静さを取り戻した。徐に近寄ると、爆笑しているアリナの頭部の左右に手を沈めて圧し掛かる。唖然、とアリナが口を開いてサマルトを見た。赤面しながらも、真剣なサマルトである。
 婚約を済ませていない男女二人が密室にとどまるなど、あってはならないことだ。サマルトはそう習った。

「こういう可能性だって、あるだろっ。部屋を分け」

 言い終わらないうちに、にこりと微笑んだアリナは素早く拳をサマルトの腹部に叩き込んだ。

「ガッ!」
「うん、大丈夫。ボクのほーが強いから」

 痙攣し、身動きとれず硬直しているサマルトをひょい、っと退かしてアリナは柔軟体操を始めて……悪びれた様子もなくウインクする。
 サマルトに叩き込まれた拳は相当なものであり、当分起きられないだろう。生死の境を彷徨っていたが、アリナは口笛とともに腹筋を始める。
 回復魔法を使用し、無事生還を果たしたサマルトは、すごすごと隣のベッドに転がった。シーツに包まり半べそをかく。強すぎた、あの一撃。人に殴られたことも初めてで、魔物からの攻撃ですらあそこまで重く骨が軋んだものはなかった。
 アリナが悪びれた様子もなく肩を叩いて話しかけた、叩かれ思わず身体が跳ね上がるのは先程の恐怖からだ。触れられることが、トラウマになりそうだった。

「ごめんごめん、冗談冗談。さて、明日からの予定だけどさ」
「あの施設へは三日後に行こう、明日は別の場所を散策な。おやすみ」

 余程堪えたのだろう、ぶっきらぼうにそう告げると、眠りについたサマルト。声が震えていたので、アリナは苦笑すると買っておいたワインを取り出し、一人呑み始める。「あんなことするから悪いんだ」と小声で呆れたように溜息を吐くアリナ。男は苦手だ、女の子なら大歓迎だが。
 豪快にボトルから呑む、つまみはスモークチーズだ、一人でも美味しい。芋虫のようにシーツの中で丸まっているサマルトを見つめながら、アリナは眉間に皺を寄せる。
 いつ。いつ、ミシアの事を話すべきか、と。
 今日話したかったが、これでは聞いてもらえそうにない。アリナは軽く頭をかきながら、ワインを一本空にした。

 その後二人は毎日情報収集に勤しんだが、これといって目立ったものはなく。三日後に訪れたあの牢獄では、再度目を光らせたが、特にこれといって何も見つからず骨折り損だったと落胆した。
 ただ。
 最後に足を運んだ地下の牢屋にて、サマルトが文字を見つけた。それは、誰かに見つけて欲しいような、そんな思いが籠められている気がした。しかし、人目に触れてはならない気もした。
 偶然だった、食べていた魚のから揚げを床に落としてしまい、拾い上げた先で文字らしきものを見つけたのだ。文字が読めないサマルトは、当然アリナを呼ぶ。壁の模様にしては不自然だった、そこまで重要だと思っていなかった。

「帰ろう、サマルト」

 指された箇所を見た瞬間に、急に表情を強張らせ腕を掴んできたアリナに、ことの重大さを感じる。唇を噛み締め、顔つきが変わっていた。固唾を飲み込み宿に早足で帰宅すると、何時もの部屋で二人は身を寄せ合う。誰かに聞かれているとは思えないが、念の為だ。

「破壊の姫君、麗しの女神、降臨し世界を導きたまえ。腐敗した世界に、制裁を。おぉ、破壊の姫君よ、愛する女神よ。シポラに降臨されよ」

 ぼそ、っと口走ったアリナ。先程床に書き込まれていた文字だ。サマルトは唇を噛み締めた、ジェノヴァで得た情報と一致である。
 これでシポラには教祖が二人以上存在し、崇めているのが破壊の姫君である、ということが把握出来た。真実は、今シポラに向かっている三人から聞くことが出来るだろう。「無事だといいが」と、嫌な予感に二人は顔を見合わせる。
 いてもたってもいられず、部屋をうろつくサマルトを睨みつけるように見つめるアリナ。この機に”ミシア”について語ろうと、徐にアリナは口を開く。
 思案しているサマルトにこれ以上問題を投げかけるのも気が引けるが、聞いて貰いたい。

「あの、さ」
「ん?」
「ミシアのこと、どー思う?」
「へ?」

 意表をついたアリナの言葉に、拍子抜けしてサマルトは身体の緊張から解放された。赤面し、何故か俯く。思い出すようにうっとりと、天井を見上げる。アリナの意図とは別の方向へ向かってしまった。

「綺麗な人だよね、なんていうかこう、異国風味満載の」
「違う違う、そうでないっつーの。顔は綺麗だけどさ、なんか……感じない?」
「スタイルも良いよな、胸とか腰とか。奥ゆかしい色っぽさがあるよね。あぁいう人、好きだなぁ。マダーニより好み、でもアサギが一番好き」
「殺すぞ、コラ。不貞な輩め」

 話が全く噛み合わない、アリナは大袈裟に溜息を吐き憮然としてベッドに転がる。後ろで何か言い訳をしているサマルトに興味を持たず、不審なミシアの話も出来ずに、出発の日を迎えることになった。
 全くミシアを疑っていないサマルトに話をしても、混乱させるのは明らか。それどころかこちらに疑惑の目を向けられそうだった、好印象しかミシアに抱いていないのだから。不気味さなど微塵も感じていないのだろう。
 またサマルトは嘘偽りが苦手だと数日で判断した、話をした後ミシアに直面した際、挙動不審になることを恐れて、アリナは告げることが出来なかった。
 二人は気を引き締めて、シポラへと向かう。アリナが稼いだ金で馬を二頭借りたので、それで地図を片手に旅立った。行く先の空は、暗く。暗雲立ち込め、不気味だった。嫌な予感しかしない、流石にアリナの表情から笑みが消える。

 一方、シポラを目指していた三人は。途中で後ろから来た貨物に乗せてもらい、シポラへと順調に進んでいた。魔物の攻撃にも、三人で耐えられた。二人の魔法が高度でもあるし、何よりダイキの腕が甲板で格段に上がっていたのだ。
 シポラ付近で下車し、お礼を告げるとうっそうとした森の中に佇んでいる巨大な構造物に近寄る。非常に大きな建物だが、未だ完成はしていないようだった。足場が見える、増設しているのか。しかし、人影はなく静まり返っている。
 三人は注意深く周囲を探った、何処からか侵入できないかと思ったのだ。
 二本の高い塔、その頂上に”光り輝く何かがいる”事を把握しながら、それに気づかれないようにする。

「サンダーバード、ですね」

 クラフトが密やかに告げ、表情を曇らせる。厄介なものなのだろうと、ダイキは大きく息を吸い込んだ。

「シポラへ旅立った少年達は、普通にあの大きな門から入っていったんですよね」
「でしょうね、見張りがいるように思えませんが内側からでないと開かない気がします」

 大きな門が一つだけ、そこが出入り口なようだ外壁は頑丈ではなさそうだが、高く入り込む隙はない。しかし、罠か、それとも偶然か。
 抜け穴らしき洞窟を、森の中の離れた場所で見つけたのである。三人は意を決してそこへ飛び込んだ、飛び込んだ先は、薄暗い小部屋で何やら多種多様の道具が置いてある。物置小屋なのだろう、ドアが不気味に佇んでいたので武器を構える。逸る鼓動を出来るだけ落ち着かせながら、クラフトがドアを開いた。緊張が高まる、静まり返っているが空気が流れてきた。
 道が、続いていた。気配がないことを確かめ、そこを通過していく。
 時折、上から砂が落ち、声が聴こえるので上には人がいることを把握する。建物の真下を通過しているようだ。
 道は終点が階段だった、これで城の内部に入り込めるのだろう。隠し通路にしては、手薄な気がするが罠か。

「どう思います?」
「一度、戻りましょうか? 二人と合流します?」
「危なくなったら今の道を引き返そう、あと少し、先へ」

 ダイキの堂々とした声に、二人は頷くとそのドアに触れる。僅かに開いて様子を窺い、人気がないことを確認して音をたてないように開いた。
 廊下だ、赤色の絨毯が敷いてあり綺麗な場所だった。しかしここにいては目立つだろう、三人は近場の新たなドアを微かに開き、そこへと潜り込む。
 台所だろうか、食材やら調理器具が所狭しと並んでいた。誰も居ないので隠れ場所を探しながら、とりあえずその場で待機することにした。
 やがて数分待てば二人の男が入ってきたので、背後から捕らえ、口に布を突っ込み縄で縛り上げると衣服を脱がせる。それをダイキとクラフトが着用し、散策に行くのだ。ミシアはそこに残り、捕まえた二人を見張る事になった。
 二人を見送ると、ミシアは台所を物色し、食べ物を探す。勝手にワインを見つけ、口にした。酷く喉が渇いていた、毒など入っていないだろうからと手当たり次第に飲む。腹も減っていたので、何かすぐに口に出来るものはないか戸棚を開いた。

「ワイン、お好きでしたか」

 気配もなく後方に現れた男に、悲鳴を上げそうになったミシアだが、強張った表情で目を見つめた。弓矢はいまさら構えてもどうにもならない、魔法の詠唱も不利、懐の短剣を抜き放つと構える。
 若い、魔族だった。薄桃の髪に、あどけない笑顔。なかなかの美男子である、思わずほぅ、と歓喜の溜息を零したミシアだが慌てて目を釣り上がらせる。が、眼下の魔族は、恭しく頭を垂れてこう告げた。

「ようこそ、破壊の姫君様。お待ちしておりました」


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