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作品名:DESTINY 作者:把 多摩子

第6回   選ばれた”六人”の勇者
 手を取り合い、和気藹々と語り続けるサマルト、ムーン、アサギの三人。が、突如後方から眩い光に照らされ、鋭く悲鳴を上げた。

「ちっ、また追手か!」

 腕で辛うじて光を遮りつつ、サマルトがアサギを庇う様に前に出る。眩い光は巨大だった、それは徐々に弱まっていく。先程とは何かが違うようだ。
 最初は一つだと思ったのだが、薄れていくうちに二つあるのだと解った。その光で、校庭に散乱していた魔物の死骸はまるで原子に還るように消えていく。
 剣を構えながら、必死で威嚇するサマルトの後方、ムーンが驚愕の瞳で光を見つめる。魔物の死骸を打ち消した時点で、憶測だが追っ手ではないと思った。しかし、味方が来るとは思えない。検討がつかなかった。 
 二つの光の中に、人影。
 万が一に備えて攻撃態勢は崩す事無く、しかしムーンは強張らせていた身体の力を抜く。

「大丈夫よ、サマルト。あれは敵ではなさそう」

 落ち着きを取り戻し、瞳を細めてサマルトの肩に手を置くムーン、怪訝にサマルトも光を見る。不機嫌そうに渋々剣を鞘に戻した、眩しそうに光を見つめるアサギを背に隠しながら。
 徐々に光が薄れていき、ムーンは迷う事無くそちらへと歩み寄る。
 光の中から人影が七、現れた。
 乾いた校庭の砂が、妙に音を立てる。近づく足音に警戒を解いたムーンは、何者なのか予測がついていた。

「やはり、ムーン王女。久しゅう御座います、憶えておられますか?」
「あぁ、アーサー殿でしたか。本当に御久し振りです、まさかお会いできるとは」

 一人がムーンを見つめ、やんわりと笑みを浮かべて話し掛ける。安堵し、先程とは違ってまだ幼さの残る笑顔でムーンもそれに応えた。
 二人は顔見知りだった。

「アーサー殿がこちらへ来た目的は……やはり、勇者を?」
「えぇ、お察しの通り。ムーン王女もですね? それから……あちらの方々もその様子、何者なのかは存じませんが」

 アーサーが一瞥した先には、ムーンが知らない人間が立っている。
 何処となく雰囲気から気品漂うアーサーと違い、その六人は粗野な感じがした。王女であるムーンが、あまり接しない階級の者達である。差別はしないが、やはり育ちからか抵抗が表面に出てしまった。その中の女性が、薄布を纏い肌を露出させていたので嫌悪感を覚えてしまった。
 そんな様子に気づいたのか、そ知らぬふりをしたのか。恭しく跪きムーンの手を取ると、その右手に口付けをするアーサー。
 もう一組の団体を気にする様子もなく、サマルトの背から顔を覗かせたアサギへと視線を移す。

「あの子が、勇者ですか」
「そのようです」

 アーサーには勇者の片鱗が見えたのだろうか、ムーンは満足そうに頷く。一見普通の少女にしか見えないが、よくも分かったものだ。
 返事を聞くと、優雅な物腰でアサギに会釈をした。ムーンの手を恭しく引きながらアサギに近づき、アーサーはそっと跪く。

「一目でわかりました、勇者殿。初めてお目にかかります、私は惑星チュザーレのアーサーと申します。ボルジア城で賢者の称号を得ました、お会いできて光栄です」
「あ、えっと、初めましてっ。浅葱といいます。よろしくお願いします」

 慌てて頭を下げるアサギ、初々しい動作に軽く吹き出して頭をそっと撫でるアーサー。
 右手をそっと掴み、下から覗き込む形でアサギに微笑する。

「ですが、あまりにアサギの手首は細く、折れてしまいそう。華奢な花の茎、丁重に大切に、この私が御守致します」

 ……ただの、ヤサ男にしか見えない。
 咳払いするムーンには、お構いなしでアーサーは微笑み続けた。 
 困ったように俯くしかないアサギ、テレビで観た海外のラブロマンスドラマに出てくる男性の様だ、無論こんな扱いを受けるのは初めてである。
 慣れない。
 その隣で不貞腐れ気味のサマルトを一瞬見ると、ムーンは呆れて項垂れた。
 確かにこのアーサーという男、若くして賢者の地位に登り詰めただけあって、実力は目を見張るものがある。それはムーンも知っている、評判は耳に入ってきた。しかし反面、どうも女性に対しての態度がいけ好かない。
 誰にでも大袈裟に姫扱いし、軟派な感じがする。好色なのだろうか、眉間に皺を寄せてアーサーを見つめた。
 舌打ちしたサマルトが、困惑気味のアサギと手を離さないアーサーの間に割って入った。
 胸を張り、大声で声高らかに叫ぶ。

「俺はサマルト。何度か会った事もあるだろう、よろしく」
「はぁ」

 暫し考え込むように宙の一点を見つめていたアーサーだが、その末に出た言葉は。

「思い出しました、各国の王子の中で一番尻の青いガキ臭い王子。乱暴物で無頓着、目に余る行為……の、サマルト王子ですね」
「うっわぁー、すげぇコイツむかつく」

 穏やかな笑みを浮かべたまま淡々と言葉を紡いだアーサーに、サマルトは憤慨して思わず拳を強く握った。
 確かに頭に血が上りやすいサマルトもいけないのだが、それでもそのアーサーの表現の仕方はどうなのか。
 挑発したのか、素で出た言葉なのかムーンには見当がつかない。
 歯軋りしながらアーサーに身体を震わせるサマルトの傍ら、ムーンが最も深くて長い溜息を吐く。

「サマルトには勝てない相手よ。彼、口が達者だもの」

 サマルトの耳元で、そう囁く。
 しかし、仮にも王子である。魔王に侵略され危機に瀕している王国であれども、王子である。 
 そんな様子を遠目にしながら、すっかり放置されていたもう一組の団体が近寄ってきた。
 先頭の妖艶な美女は、アサギに真っ直ぐ進んでくる。
 動きに気づくと重たい腰を上げ、憮然とアーサーがその美女の正面に立ちはだかった。

「ちょっとぉ、話を進めないでくれる勝手に。勇者を祭り上げないで、その子は私達の勇者なのだから」

 紫の流れるような髪、暗闇で光る猫のような鋭い瞳、抜群の豊満な身体、瞼にたっぷり光る粉、唇は魅惑の真紅。
 アサギは海外モデルのようなその美女に、思わず感嘆の溜息を漏らす。
 挑発的にその美女は、サマルト、ムーン、アーサーに視線を投げかけ、最後にアサギで止める。口元に笑みを浮かべると視線を逸らさずに堂々と宣言した。

「この子は、私達惑星クレオの大事な勇者。奪わないで」
「はぁ!? 何を勝手に! 俺達の勇者であるという、この碧石が証拠。何を根拠にそんなことを」

 サマルトが慌てふためいてアサギの手首に嵌っている光る石を、堂々と美女に見せ付けた。
 しかし臆することなく自信たっぷりに、美女がアサギの手を取る。

「よく観て頂戴。彼女に相応しいのはこちらの石。翠の石、クレオの勇者の石」

 高笑いしながら、勝ち誇った様にサマルトにアサギの手首を見せ付けた。
 カシャン……。
 碧石が虚しく地面へと落下し、代わりにアサギの手首には翠の石が埋め込まれた腕輪がある。
 サマルトの絶叫が響き渡った、無残にも地面に落ちた勇者の腕輪をすぐさま拾い上げると、無意味に撫でた。

「馬鹿なっ、この子に間違いなく俺達の腕輪が填まっただろう!? 何故外れた」
「先に貴方達がこの子に遭遇した……クレオの勇者であるにも関わらず、ハンニバルの石に反応した、ということは。勇者としての器が、あまりに巨大すぎて、反応してしまった……と考えたけれど、私は」

 勇者としての器が、あまりにも巨大すぎて。
 シン、と静まり返った中で、一人アサギだけが首を傾げる。

「あのー、お取り込み中のところごめんなさい。質問しても良いですか?」
「どうぞ」

 微笑んで、アサギの視線へ合わせるためと腰を屈める美女。

「勇者って、そんなにたくさん存在するものなんですか?」

 率直な質問だった。
 話を聞いた限りでは、自分以外にも勇者が居るらしい。勇者というのは、一人だけだと思っていた。アサギは混乱気味に、自分の手首に填まっている腕輪を見つめる。
 美女はゆっくりと微笑むと、共に来た団体の一人を手招きして呼び寄せた。

「説明、するわね。まずは、私はマダーニ。そのひょろ長い戦士がライアン。巨乳の娘がアリナで、後ろのじーさんがブジャタ、女の子みたいな線の細い男がクラフトで……」

 解りやすいような解りにくいような、そんな説明をされたメンバーは苦笑いをしている。手招きされて近寄ってきたマダーニに似た容姿の少女が、微笑してお辞儀をした。

「この子が私の妹のミシア。というわけで、ミシア、交代」

 ぽん、と肩を叩いて一歩下がると、ミシアを前面に出す。
 物静かそうな少女は遠慮がちに軽く礼をし、アサギに微笑みかけた。

「勇者を渇望している惑星が、現時点で四つ存在致します。一星ネロ、二星ハンニバル、三星チュザーレ、四星クレオ。話を聞いていた限りでは、サマルトさん、ムーンさんがハンニバルから、アーサーさんがチュザーレから……合っていますよね?」

 三人を見て同意を得ると、ミシアは安堵した様に溜息を吐いた。

「勇者、は『世界が混沌の危機に陥った時、伝説の勇者が石に選ばれ世界に光をもたらす』とされています。石は各惑星に存在します。だから、勇者が数人存在するのです」

 ミシアがゆっくりと、手にしていた直径十センチほどの水晶球を胸で優しく抱き締める。瞳を閉じ何かしら詠唱すると、その水晶球が淡く光り始めた。
 それは煙のように何本か白い帯を発し、ふわり、と風に流されるように宙を舞う。まるで、何かを探すように。
 一本は当然のように、アサギの目の前で静止した。その帯は白から翠へと色彩を変えている、丁度腕輪の石と同じ色だった。
 残る帯は……五本存在している。
 固唾を飲み込み、その帯を見つめる一同。ゆっくり、ゆっくり、帯は伸びる。
 やがて帯は生徒達の間を掻い潜って、終点を探し当てたようだ。アサギは思わず声を張り上げて、帯の前に立っていた見知った人物の名を叫んだ。

「友紀っ」
「浅葱ちゃんっ」

 親友の友紀が、怯えた瞳で帯の先端を見つめている。その目の前に伸びた帯は銀色で、何時の間にやら琥珀色の石が填まっている首飾りが帯の先端に浮かんでいた。
 友紀はそれを恐る恐る手に取ると、ごく自然な動作でそれを首へとかける。鎖骨でやんわりと光るそれを見つめてから、戸惑いがちにアサギを見た。

「ネロの、勇者の片割れ」

 小さく呟いたミシアに、アサギは思わず友紀へと駆け寄る。見れば他のメンバーも顔見知りばかりだ、全員同級生。
 友紀と同じ琥珀色の石が填め込まれた腕輪を、怪訝に見つめている実。
 先程までアサギの手首に填まっていた碧の腕輪を手にしているのは、健一。
 紅の腕輪を左手に填めて健一と会話しているのは、大樹。
 そしてアサギと同じ翠の石の腕輪を填めているのが、朋玄。
 実は、忌々しそうにその腕輪を見つめたまま動かない。健一、大樹、朋玄は三人で集まって何かしら会話していた。

「実君も勇者みたいだね」

 ”勇者”の意味を理解していない友紀が、笑顔でアサギに語りかけた。修学旅行で同じ班に選ばれた、的な感覚で言ったのだが、それは大間違いだ。美しい宝石に選ばれて、友紀は多少高揚していた。
 反して不安そうに小さく友紀を見たアサギは、不機嫌そうな実を気にしながら小声で語る。

「なんだか、迷惑そう」
「そんなことないよ、みんな友達だもの。大丈夫」

 親友のアサギと同じだったことが嬉しくて、友紀は安心感に包まれていた。その為、実を心配するアサギを励ました。彼女にはこの時まだ余裕があったのだ、”異世界で勇者になる”……ゲームや漫画でも有り触れているが、友紀はその類の物を手に取り目にしたことがなかった。

「浅葱、お揃い」

 嬉しそうに駆け寄ってきたのは朋玄だった、アサギと同じ色の石を持っている。皆に見えるようにそれを空に掲げた、反射して光り輝いている。
 生徒会長・朋玄。茶色気味のさらさらな髪、校内で美少年といえば名の上がる、勉強も体育も得意な少年だ。故に、優等生のアサギとは何かと仲が良かった。
 ちなみに朋玄もそんな環境から『アサギと釣り合うのは自分しかいない』と思い込んでいる、多少自信過剰な少年である。

「石でどの惑星の勇者かが、判別出来るみたいだね」
「浅葱と俺が一緒、実と友紀が一緒。……健一と大樹は違うみたいだな、四色ある」

 遅れて二人も合流し、互いに石を見せ合った。
 健一は純粋な黒髪の大きな瞳が印象的な、まだまだ可愛らしい顔立ちの少年だ。背も低く、アサギや友紀と大して変わらない。
 大樹が小学六年生にしては長身で、大人びた少年だった。百七十センチ近い為、電車の運賃が子供料金で乗ろうとすると止められる……という本人にしたら傍迷惑な、けれども少年達から見たら羨ましい身長の持ち主である。一番落ち着いて見えるのだが、それも本人的には不本意なものだった。
 集合し始めた異世界の勇者達をしげしげと見つめていた一同だが、健一を見るなり、ムーンとサマルトが同時に鋭く叫ぶ。

「ロシア!?」
「似ている、ロシアに……数年前のロシアにそっくりだ」

 驚いて健一は二人を交互に見つめていたが、どうしてよいか分からず軽く頭を下げた。挨拶のつもりだった、ロシア、と言われても地球の国名しか思い出せない。
 ムーンとサマルトが指すものは無論国家ではない、人名だった。
 健一の腕には碧石がある、間違いなく二星ハンニバルの勇者の証。先程まで、アサギがその腕に填めていたものだ。
 低く唸るサマルトと、ムーンは微かに身体を震わせて、知らず涙を零しながら健一を見つめた。
 
 ……あぁ、そうだ、ムーンはロシアに片思いをしていた。
 
 サマルトは思い出し、似ている健一を改めて見つめた。
 ロシアは数ヶ月前、魔物に襲われたムーンを庇って息絶えていた。本来ならばロシアもこの場に居る筈だった、五カ国の若い王族の中で最もリーダー意識の高かった一番年上の王子である。剣の腕前では右に出る者がいないと言っても過言ではなかった。

「認めざるを得ない、か。解った、彼が俺達の勇者だ」

 呟いたサマルトに、ムーンが神妙に頷く。溢れていた涙をそっと指ですくうと、微笑した。熱の入った視線を思わず送ってしまったことなど、本人は知らない。懐かしさゆえか、高ぶっている緊張感で色恋事と錯覚したのか。
 隣では、アーサーが大樹を見つめている。大樹の腕には紅石がある、それは三星チュザーレの勇者である証だ。

「彼が我らの星の勇者、ですか」

 何処となく、残念そうに呟いたアーサーは肩を竦めた。
 選ばれし勇者は、”六人”。
 マダーニが中心に躍り出ると、綺麗な透き通るソプラノの声で語り出す。

「揃いし六人の勇者様。あなた方を御守りし、共に魔王を倒すこと……それを約束いたします。どうか共に戦ってください、準備は宜しいですか」

 ミシアが水晶を掲げて詠唱に入った、空間が歪み校庭に一箇所、摩訶不思議な空間が出来上がる。ぼんやりと、向こう側に純白の建物が浮かび上がっていた。
 空間の歪が見える、映画の世界で見たように、目の前の風景が不確かなものに思えた。皆、息を飲むしかない。足が震えだす、これは現実だ。

「惑星クレオ・神聖城クリストヴァルへの道です」

 マダーニが腕を差し伸べる、道を作るように左右に別れて微笑している惑星クレオからの使者達を見つめると、アサギは堂々とその道の前に立った。

「私、行きます。お願いします」

 躊躇なくアサギがそう答え、その道へと進んでいった。断る理由がアサギには見当たらない、待ち焦がれた世界が目の前に存在するのだから。

「なんだか、とっても懐かしい空気」

 呟いた台詞に皆微笑んだが、現時点でアサギの言葉を理解した者等いない。
 もし、居たのならば。
 ……物語は別の話になっていた。懐かしくて当然だ、以前”居た”のだから。

 勇者と呼ばれた、勇者に選ばれた、ならば応えよう。
 サマルトとムーンが現れて、魔物と対峙した時点でアサギは決めていたこの世界に、足を踏み入れよう。
 幼い頃から夢があった、勇者になりたかった。勇者になりたかったのは、誰かを救えるから、大勢の人を救えるから。大勢の人を笑顔にしたら、自分にも良いことが返って来るはずだから。
 だから勇者になる、私は勇者になる。
 良いことをすれば、良いことをしていれば、いつか、きっと……。

「いつか、きっと」

 無意識のうちにアサギは唇を動かすが、それは誰にも聞こえない。
 アサギが行くなら、と友紀が続いた。スカートの裾を掴み、友紀が戸惑いながら進んでいく。
 無論、朋玄も胸を張り堂々と二人の後方から進んでいった。釣られるように、健一と大樹がその後ろをついてく。
 その様子を見つめながら、慌てふためき道を遮ろうとしたのはサマルト、ムーン、アーサーだ。勇者が全員自分達とは別の惑星へ行こうとしている、それは困る。ここまで来た意味がなくなってしまう。

「ちょ、ちょっと待った! 待った、待ったっ」
「言いたいことは解るわ。安心して、サマルト君。あなた方も惑星クレオへ来て戴くのよ」

 マダーニのその発言に、絶句し大人しくなるサマルト。ムーンが怪訝にマダーニに詰め寄っていく。見渡しながら肩を竦めた。

「ハイ、だった? あなた方ハンニバルの魔王の名前。そいつも、チュザーレの魔王ミラボーってのも、すっごい迷惑なんだけどクレオに来ちゃったの何かしらね、魔王連合軍でも作るのかしら?」
「な、なんだって!?」

 心底嫌そうに舌打ちしながら、マダーニは髪を掻きあげる。訝しみながらも、腕を組んで小さく頷くアーサーは若干納得したようだ。

「……ここ最近、魔物の動きに変化が生じていたのは、私達も気にかかっていたのですが。魔王が惑星を移動した、と? 本当ならば、私もクレオへ行かなければなりませんね。事の真偽を確かめねば」
「どうやってソレを知ったんだ? 宣戦布告に来たわけじゃないだろ、魔王が」

 反発するサマルトに、気だるくマダーニは告げる。

「魔王自身の姿を確認したわけじゃない。けれど、魔物の種類が増加して、明らかに別世界の魔物が徘徊している。それは私も気付いていたのだけれど、確信したのは今から行く神聖城クリストヴァルの神官達が、魔王の集結を予言したからよ。その話を聞いて……現在に至るわけ」
「何より、こうして別の星の勇者達が一同に集まり、その場所に我らが集結した……そう、まるで不可思議な運命の路に足を踏み入れて導かれたような、そんな状況下ですじゃ。信じてくだされ」

 押し黙っていた最年長のブジャタが、咳き込みながらそう語る。

「身内を誉めるのもなんだけど、妹のミシア。この子もそんな夢を見た、この子の力は信用して良いと思う」

 ミシア、と呼ばれた水晶を持っていた神秘的な美少女がやんわりと微笑む。マダーニと対照的で、彼女からは何かしら不思議な魔力を三人は感じ取った。姉妹らしいが、容姿以外は似ても似つかない。静と動、水と火、と表現したら良いのだろうか。
 ムーンが意を決してマダーニに頭を下げる、認めたのだ。面白くなさそうにサマルトも、それでも同意した。アーサーも、神妙に頷くと決意する。
 皆が全員、次の路へと進もうとした時だった。
 アサギが弾かれたように一点を見つめる、そうなのだ一人……足りない。

「お前らさ、何考えてんの」

 名を小さく呼ぶアサギは、思わず友紀の手を力強く握って、実を見つめる。
 そうだ、実だけが輪を離れてこちらを睨んでいた。
 その視線は、こうなることの元になったアサギを睨みつけている。視線を感じ、アサギは申し訳なく肩を竦ませるしかなかった。

「新しいソフトを買った、ゲーム機に差し込んだ。名前をつけて冒険の旅に出た、敵を倒してレベルが上がった……なら、いくらでも俺もやるよ。でもさ、勇者って俺達だろ? どうやって戦うわけ? 死んだらどうなるわけ? なんでそんな簡単についていっちまうかな。俺は絶対行かない」

 アサギを鋭く睨みつけ、怒鳴る実。まぁ、正論だろう。
 視線に耐えられず、後退するアサギを庇って朋玄が前に出た。
 アサギが行くと言い出し、それに釣られて皆が行くと言い出したのだから、実にとってアサギが最も邪魔な存在であることは間違いない。それに、実がアサギのことを嫌悪しているというのも、朋玄は知っている。実際は、その”先”も知っていたが。
 自分の意思とは裏腹に、勇者に仕立て上げられた現状が実には気に食わないのだろう。誰かに釣られて同じ行動をするのが、実は大嫌いだった、幼馴染の朋玄だからこそ、解る。
 こうなることは、お見通しだった。

「実は来なくてもいいよ。俺は行くけど」
「朋玄が行くのってさぁ、田上が行くからだろ? 勇者ってそんな動機でなっていいわけ?」

 実の挑発に怯む事無く、自信有り気に微笑む朋玄。

「浅葱と俺は同じ星の勇者らしい。浅葱を護ることこそ、勇者である俺の使命な気がするんだ。それに、大事な浅葱を一人で行かせるわけにはいかないからね」
「あっそ、勝手にすれば?」

 よくもまぁ恥ずかしげもなくぽんぽんと言葉が出るよな、朋玄。……そう悪態ずいて石を放り投げると、実は他の生徒達の輪へと戻っていった。
 呆然と立ち尽くして、アサギは実を見つめる。同じ勇者の中に実の姿を見つけた時、アサギはとても嬉しかったのだ。
 親友の友紀しか知りえない事実だが、アサギは実が気になっていた。気になっていた、というか片想いをしていた。 
 実に嫌われているという自覚はあったのだが、勇者になって色んな冒険をしていたら”また”以前のように仲良くなれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまった。

『あさぎちゃん、おっきくなっても、なかよしでいようね』

 幼稚園時代の事だ、アサギは実と大変仲が良かった。
 しかし小学校へ行ったら、実がいなかった。引越ししていた事を知らなかったのだが、小学四年生になったら、転校生として実が戻ってきた。
 アサギは一瞬で幼稚園で仲が良かった実だ、と、解ったのだが実は全くアサギの事を憶えていなかったのだ。
 優等生で誰からも好かれているアサギだが、実は問題児で先生に叱られ、先月は線路に石を置いたとかで警察に呼び出され、正反対である。
 優等生と、問題児。
 アサギは優等生の朋玄と何かしら噂されていたが、周りも実との噂は当然してくれない。
 実際、アサギは実の口から「田上浅葱が嫌い」と聞いている。
 昨年五年生、違うクラスだったアサギと実。
 実のアサギ嫌いは有名で「男子生徒が一体何故か」と訊いていた。

「実って変わってるよなー。田上の何処が嫌いなわけ?」
「お高くしてるとこ、優等生ぶってること、自分が正しいと思ってること。誰にでも好かれてると思っているとこ、などなど」

 さらり、とまるで訊かれるのを待っていた様に、実は友達に言った。
 そうかー? と首を傾げる友達に、実は面白くなさそうに吐き捨てる。
 
 ……そら見ろ、お前らだって田上浅葱主義者じゃないか、そういうのが気に食わないんだよ。

「嫌いなもんは、嫌い。大嫌い。俺は田上浅葱が大嫌い」

 その実の肩を、友達が揺さぶって叫び声を上げたのだが、遅い。教室の入り口、アサギ本人が突っ立っていた。
 唖然とその姿を見つめ、実は急速に青褪める。居るなんて知らなかった、クラスが違うから、来るなんて思っていなかった。
 アサギは静かに沈黙するクラスの中、同じ生徒会役員の朋玄を呼び、気にするわけでもなく笑顔でノートを手渡していた。生徒会の次の議題が書かれているノートだ、それを届けに来ていたのだ。
 泣きもせず、怒りもせず、アサギは普段通り手を振って教室から離れていく。
 慌てふためく一同だが、実は窓から空を見ている。
 雨が朝から降り続けていた、豪雨だった。

「お、おい、いいのかよ、実」
「全部聞いていたみたいだけど……あれは拙いよ」

 反論するとか激怒するとか、泣くとか。何かリアクションしてくれればよかったのに……実は小さく、そう呟いた。

「いいよ、別に。クラスだって違うしさ、顔を合わせる機会なんてないし。俺に嫌われててもどうってことないんだよ、相手にしてねーんだよ」
「は?」

 小声で言い終えたら急に苛立ちが増した、椅子を蹴り上げる。椅子が盛大な音を立てて倒れ、女子が悲鳴を上げた。朋玄が近寄って来て説教をしているが、言い争う気にもなれなくて実は無視した。
 ……いいんだよ、別に。そう呟くと窓際まで移動すると流れ落ちてくる水滴を見つめる。
 だから、実は知らなかった。
 廊下に出てゆっくりと自分の教室へ戻っていたアサギが、号泣していたことを。雨と同じ様に、瞳から大粒の涙を零していたことを。

 そんな過去があったからこそアサギは、実に声をかけられないのだった。
 一緒に行こうよ、そう言いたかったけれど、言ったところでどうにもならないのは、十分承知の上だ。
 声をかけても拒絶されて反発するだけだろう、出掛かった言葉をアサギは飲み込む。
 今は幼馴染の朋玄が頼みの綱だ、祈るような気持ちで見つめる。それしか、アサギには出来なかった。しかし悪びれた様子もなく、朋玄の口から飛び出た言葉は。

「うん、じゃあいいや。一人くらい勇者が居なくても平気だろうし。その分俺が頑張ればいいよね、じゃ、意気地なしの実。また何処かで」

 そんな言葉!? 喉の奥で悲鳴を上げて、出掛かった言葉を読み込んで。アサギは絶望し友紀の手を強く握る、もう駄目だ、と思った。眩暈がする、狼狽した健一と大樹も、朋玄に言い直すように説得を始めたようだ。

「誰が意気地なしだ!」

 案の定火に油を注いだらしい、実は憤慨して朋玄に詰め寄る。
 結果的に、実はこちらへ戻ってきた。気に食わないと言葉より力で返すタイプだ、今にも殴りかかろうとしている。

「えー、本当のことだろ。怖いんだろ?」
「怖くはないけど、簡単に受け入れるのが変だって言ってるんだよ」
「受け入れられないのは、怖くて自信がないからだろ?」
「違うって言ってるだろっ」
「じゃあ来ればいいじゃん、怖くないなら来いよ」
「あーあー、解ったよ、行くよ、行くっつってるだろっ!」

 捨てた勇者の石を拾い上げ、実は大股で朋玄に近寄ると、右手の拳で殴りつけた。
 が、それを難なく受け止める朋玄。

「意気地なしでないことを証明してやるよ」
「精々頑張れば」

 鼻で笑い、朋玄はマダーニに向き直った。

「そういうわけで、勇者、全員行きます」

 安堵し、アサギは友紀に凭れ掛かる。
 朋玄なりの、実の説得の仕方だった。こうなることは、解っていた。
 勇者一同、安堵の深い溜息を吐くしかない。 
 健一と大樹に話し掛けられ、幾分か実は冷静さを取り戻したようである。そして軽く青褪めた、朋玄の策略にまんまと嵌められたことに。舌打ちして睨みつける実だが、朋玄は勝ち誇ったように腰に手を当てて満足そうだ。
 ようやくアサギも張り詰めていた緊張を解くと、笑みを零した。

「何? 実が来たほうがよかった?」
「も、もちろん。みんなで仲良く協力しなきゃ」

 話しかけてきた朋玄に、不意に本心を突かれてアサギは狼狽えて返事をする。朋玄はそんなアサギを気にする様子でもなく、アサギに微笑んだ。
 こうなることは見透かしていたように、マダーニは軽く笑うと仲間達と頷き合う。

「じゃあ、行くわよ!」

 声を合図に、光が全員を包み込んでいった。校庭に残る教師と生徒達は、唖然とその光景を見守る。
 理解し難い状況で何をどうすればよいのだろう、これは夢だ夢に違いない。
 一人、その中で全力で走り出す少年がいた。三河亮、アサギの幼馴染だ。

「浅葱っ!」
「みーちゃん、行ってくるね!」

 アサギはまるで旅行へ出向くかのように、楽しそうに亮に手を振る。光の、薄れていく中で。

「待て、行くな! 僕も行くから!」

 無我夢中で亮は手を伸ばす、光の中へと手を伸ばす、だが、無常にもそれは弾かれた。
 勇者でない者は、立ち入るべからず。
 亮は目の前で掻き消えていくアサギを見つめながら、唖然と、自身の手を見た。

「どうして、どうして僕は選ばれなかった……?」

 残された全員に、その言葉が届けられた。

 ……勇者の器って、なんだろう、何を基準に選ばれたのだろう。

 悔しそうに顔を歪めて、校庭を踏み鳴らす亮。
 
「浅葱の傍に、いなければいけないのにっ!」

 傍を離れてはいけない気がしていた、けれども、一緒にいられない。誰か勇者を代わって欲しかった、実が行かないのなら自分が行くつもりだった。
 捨てられていた勇者の石を拾うため、亮は近くにまで歩み寄っていたのだ。実に、行って欲しくなかった。
 
 ……どうか、どうか、誰か、彼女を護ってくれ。僕が傍にいられないのなら、誰か別の人間が、彼女を護ってくれ。

 亮の周りを風が吹き荒れる。砂塵が舞って、校庭に残された一同が再び叫び声を上げた。風が、物悲しく地を這う。離れてしまった大事な娘を捜すように、一陣の風が舞う。
 亮の身体から、風が巻き起こって吹き荒ぶ。

「浅葱っ!」


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